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第98話 迷宮脱出

 私がこの地下迷宮に来てからどれぐらいの時間が経ったのか。

 体感的には一ヶ月くらいだったんだけど、その間に私はいつの間にやら10歳になっていた。ステータスを確認するだけで年齢が分かるって言うのは地味に便利だね。

 季節は冬。

 吸血鬼の私にとっては過ごしやすい季節だ。

 太陽の光が弱まるこの季節はいつもより活動しやすい。

 だからこそ……


「出れた……ようやく出れたぞぉぉぉっ!」


 地下迷宮を脱出した瞬間に、私は冬空をその視界に収めることができた。

 肌を撫ぜる風も、視界に流れる雲も全てが懐かしい。

 そして……


「お前とも久しぶりだな。会いたかったぜこの野郎」


 天上に上る真っ赤な太陽。

 この肌を刺す陽の光すらも愛おしい。

 今はそんな気分だ。


 しかし……本当にこれまで長かった。

 トラップに飛ばされ、土蜘蛛に追われ、スライムにさえ殺されかけたあの日々ともこれでようやくおさらばできる。

 とはいえ、のんびりしてたら本気で肌が溶けてしまう。さっさと日陰に避難させてもらおう。


「ルナ、こっち」


 私が日の光に弱いことを知っているリンは率先して日陰に誘導してくれた。

 可愛い上に気が効くなんて完璧すぎるでしょ。

 まさしく理想の女の子だね。


「ひとまずここで休息を取ろう。迷宮を抜けた以上、急ぐ必要はないからな。とはいえ、最終目的地くらいは決めておきたいところだが……」


 それとは逆にせっかちなのがウィスパーだ。

 岩陰に腰を下ろした私達は中心に広げた地図を取り囲むように顔を合わせる。


「ここから一番近いのはホルンって街だな。雪で道が塞がれてないかだけが心配だが、このぐらいの時期なら多分大丈夫だろう」


「時間はかかるの?」


「歩きで大体三日ってところだな。雪の影響を考慮しても五日はかからない」


 ふむ……ウィスパーの話を聞く限りではかなり早くに街に戻れるみたいだね。

 ひとまずは一安心かな。


「だがホルンの街に入るには問題が一つある。獣人族は危険指定種族とし認定されてしまっているんだ。だからこのままリンを連れて行くことは出来ない」


「あー……そういう街もあるんだっけ」


 この国では魔物の影響もあって、それぞれの街が独立して行政を執り行っている。だから街によっては特別な事情により、他の街では通用しない独特な法制が敷かれている場合もあるのだ。

 特定種族の出入り禁止もその一つ。

 中でも獣人種は特に出禁の制限が多い種族だ。

 見分けで判断つきやすいからね。

 自分達とは違う見た目って言うだけで、警戒してしまう部分があるんだと思う。


 ……え? 吸血鬼はどうなのかって?

 街どころかそもそも入国が禁止されてますよ。ははっ。どんだけ嫌われているんだって言うね。もう笑うしかないよ。


「ルナの場合は見た目が人族と変わらないから誤魔化せるだろうが、リンは無理だ。だからリンを連れて行くには一つ、演技をしなくちゃならん」


「演技? ……ああ、そういうこと」


 ウィスパーの言葉に、ようやく何を言おうとしているのか理解した。

 つまりはリンを奴隷として扱おうということ。

 通常なら出入りできない獣人族だが、誰かの持ち物ということであれば例外的に街に入ることが出来る。だけど……


「一応言っておく。それ身分詐称で犯罪だよ」


「バレなきゃ犯罪じゃない」


 うわ……言い切りやがったよ、こいつ。

 こういう考え方してるから犯罪値上がってるんじゃない?


「……それしか方法がないのなら、そうすべき」


「リンはそれで良いの?」


「構わない」


 折角奴隷の身分から解放されたというのに、リンはフリだけとはいえ奴隷扱いされることを承諾した。


「でも一つだけ頼みたいことがある。私の主人としての役をするのはルナにして欲しい」


「え? 私?」


 一応はリンにも希望があったらしい。

 それが私を主人としたいというのが良く分からなかったけど……前みたいにウィスパーが主人じゃ駄目なの? そっちの方が見た目的にも自然だし、慣れた関係でボロが出にくいと思うんだけど。

 ちゃんと主人として振舞える自信がなかったから辞退しようかとも思ったのだけど……


「私の主人は……ルナが良い」


 滅多に自分の意思を通そうとしないリンがこうやって私にお願いしてきたんだ。出来るだけ希望は叶えてあげたい。


「分かった。それなら私がリンのご主人様役をやるよ」


「……うん」


 私が承諾するとリンは微かに笑みを浮かべた。

 最近段々、リンの無表情の中に隠れた感情を読み取れるようになってきた気がする。リンちゃん検定三級くらいの実力はあるだろう。


「それならまた首輪を付けておかないとな。ルナ、嵌めてやれ」


「今から?」


「ここからは誰に見られても不思議じゃないからな。万全を期すためだ」


 そう言って私に首輪式の奴隷紋を渡してくるウィスパー。

 これは以前にリンがつけていたものだ。

 私は魔法陣に関しての知識が疎いから良く分かっていないんだけど、これがあれば直接体に魔法陣を描かなくても術式を起動できるらしい。


 私のときもそうしてくれよって感じだけどね。

 まあ、私の場合は絶対に逃げることができないようにって直に描かされたんだろうけど。おかげで誰にも見せることの出来ない秘密がまた一つ増えてしまっちゃじゃないか。どうしてくれる。


「リン、悪いけどちょっと我慢してね」


 しかし、元奴隷の私が元奴隷のリンを偽奴隷にするなんてなかなか奇妙な状況だな。


「えーと、ここの止め具を嵌めて……と。よし、出来た」


 カチリと音がしてリンに再び首輪が嵌められる。

 ウィスパーが一度命令権を放棄したため、この首輪にはアクセサリー以外の価値はないのだが、やっぱり人の首に首輪がついているっていうのは違和感が強い。


「……ほんとに良いの? リン」


「うん」


 それでもリンは嬉しそうに微笑んでいた。

 うーん。こればっかりは良く分からない感覚だな。

 どうしてわざわざ奴隷なんて身分に見られることを選ぶんだろう。まあ、それしか方法がないわけだどさ。


「……ルナから始めて物を貰った」


「え?」


「大切にするね」


 何かを呟いたリンに聞き返すと、首輪をなぞりながらそう言った。

 むう……やっぱり女の子の考えることは良く分からんね。

 今は私も女の子だけど。

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