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第97話 夢の内容って大体10分もすれば忘れてるよね

 薄暗い迷宮内をリンと共に歩く。

 私は魔力の残滓を感知できるため、魔法系のトラップに対策が出来る。

 逆にリンはそういった魔力を見る目は持っていないけど、物理トラップに関しては抜群の探知能力を見せてくれた。

 魔物の匂いを辿って、危険そうな方角を教えてくれるのも助かる。

 私はそう言うのが出来ないからね。

 お互いがお互いの弱点を上手くカバーしている。

 だけど……


「ルナ……ウィスパーに何かあったの?」


「リンは知らなくて良いことだよ」


 リンはウィスパーのことを心配しているようだった。

 私はウィスパーの身に何があったのかをリンに隠していた。

 彼女にだけは……知られたくなかったから。

 あんな、あんな……




「なあ、ルナ……そろそろいい加減許してくれよ」




 ──男の寝起きに稀に訪れるあの情けない姿だけは。


「黙りなさいウィスパー。貴方に発言権はないのよ。大人しく5メートル後ろを歩きなさい」


 私は後ろを振り返り、とぼとぼと付いて来るウィスパーに向け言い放つ。

 数時間前、ウィスパーを起こそうとした私はその現場を目撃してしまった。

 この体になってからはその心配もなくなったせいで油断していたよ。

 まさか他人がそうなったところを目撃することになるなんて……最悪な気分だ。

 いや、確かに私も昔は男だったからそういう事情があるのは分かるよ?

 ずっとパーティの皆と一緒にいたから溜まっていたってのも分かる。だけどさ……幾らなんでも私達二人の前でそれをしちゃうのは有り得なくない?


「しばらく私達とは距離を置くこと。分かった?」


「ああ、分かった分かった」


 そう言ってひらひらと手を振って見せるウィスパー。

 こいつ……どれだけ私がショックを受けたか分かってないな。

 男だった頃ならまだ笑い話で済んだかもしれないけど、女の今はただただ恐怖だよ。初めて男が怖いと思ったね。襲われやしないか本気で心配になったくらいだし。


 やっぱり男って言うのは基本的に屑だからね。

 頭の中は八割方女といちゃつくことしか考えてないし。

 元男の私が言うんだから間違いない。


 特に嫌がる相手に無理やり迫って押し倒すような奴。

 アレはもう駄目だね。

 屑とかゴミとかそんな言葉では言い表せないような害悪だよ。死ねばいい。


「寝る時も今度からは別々の場所にするから」


「俺の腕力で何か出来ると思ってんのか?」


「何も出来ないのは確定的に明らかだけど、されそうになるってだけで嫌なのよ。精神的に壊れる自信があるわ」


 男に迫られる場面なんて想像するだけで汚らわしい。

 私は女の子が好きなんだから。


「しかし、そういうことを言うってことは意外と知識は持ってんだな。もっと箱入りなのかと思ってたよ」


「はい?」


「ませたガキだなってことだよ。何も悪いことじゃない。危機意識を持つのは良いことだと思うぞ。その警戒心が俺にさえ向かってくれなければ完璧なんだがな」


「あんたみたいな怪しい奴をそう簡単に信用できるわけないでしょ」


 ウィスパーのことは確かに嫌いじゃない。

 助けに来てくれたし、良い人だってのは分かってる。

 だけど基本的に男と女の友情は成立しないのが世の常だ。どこかで一線は引かなくてはならない。


「……そうだよな。それが普通、だよな」


「?」


 フードに隠れているせいで表情は見えなかったけど……どこかしんみりした口調が少し気になった。


「それよりそろそろ中層に出る。準備しておけよ。ここからはトラップの類が増える」


「大丈夫よ。だからこそ私達が前にいるんだし」


「……任せて」


 これまでの会話が聞かれないように塞いでいたリンの耳を放すと、リンも自信たっぷりにそう言ってくれた。本当に頼りになる子だよ。娘に欲しい。


「そういえばウィスパー、体の調子は戻ったの? 起きたときは結構ふらふらだったみたいだけど」


「ん? ああ、大分マシにはなったぞ。きっと色々あって疲れていたんだろうな。気付いたら地面に寝転がってあの様だ」


「本当にもう……次からは気をつけてよね」


 気をつけてどうにかなるようなものじゃないんだけどさ。

 それでも私達の目に付かないよう注意ぐらいはして欲しい。


「さーて……迷宮脱出まであと少し、気合入れていきますかね」


「ああ」


「……うん」


 気を取り直した私は再び三人で迷宮の脱出を目指す。

 ここに放り込まれたときにはまさかこんなことになるなんて夢にも思っていなかったことだけど、今なら言える気がする。


 ──二人に会えて良かった。


 奴隷にされたことは人生最悪の不幸だったけど、そのおかげで二人に会えたのなら……まあ、悪くない。そう思えるような気がするよ。

 何度も死にかけたけど、こうして生きて二人と一緒に歩いていられる。

 そのことが今は純粋に嬉しい。


 たった一人、孤独に過ごしていた頃とは雲泥の差だ。

 あのままだと本当に心を病みそうだったからね。

 ウィルのパーティに拾ってもらえたのは本当にラッキーだった。


「……ルナ? どうかしたの?」


「んーん。別に、ちょっとね」


 衝動的にリンの頭を撫でていた私に、上目遣いでリンが問いかける。

 言いたいことは色々あったけど……やっぱり一番はこの言葉かな。


「ありがとうね……リン」


 私を拾ってくれてありがとう。

 私を助けてくれてありがとう。

 私と……出会ってくれてありがとう。


「……お礼なんて良いよ。私は私のやりたいようにしただけだから。ルナが言った通りにね」


「それでも感謝ぐらいはさせてよ。本当に嬉しかったんだからさ」


 何が出来るわけでもない私だ。

 せめてリンの隣で彼女を喜ばせてあげたい。

 精一杯の愛情を込めて撫でてあげるとリンはいつものように気持ち良さそうに目を細めた。そして……


「それなら私も……あ、ありがと、ルナ」


「ははっ、どんだけ照れてるのさ。顔真っ赤だよ?」


「~~~~っ」


 改めて言われると恥ずかしくなったのか、そっぽを向いてしまうリン。

 まあ確かに素面のままで言うにはちょっとあれな台詞だよね。

 私から言い出しておいてなんだけどさ。


「ふふ、恥ずかしがってるリン、可愛い」


 だけどなかなか隙を見せないリンの珍しい照れ顔だ。

 この機会に精一杯、弄ってやろう。


「ねえこっち向いて話そうよ」


「や、やだ……」


「折角、可愛い顔してるんだからさ。もっとよく見せてよー」


「……っ」


 私が前に回ろうとすると、リンはそのたびに顔を隠そうとしてしまう。

 そんなところまで主人に合わせなくてもいいのに。あ、元主人か。

 恥ずかしそうにしているリンを前に、その元主人はと言うと……


「……男に対して潔癖なのに、リンに対してはあの態度……コイツまさか真性なのか? あの歳で?」


 何事かをブツブツと呟き続けていた。

 きっとリンと仲の良い私を羨んでいるんだろう。

 本当に可愛いからね、リンちゃんは。

 だけどあんなことがあったんだ。しばらくリンとウィスパーは近づけさせないぞ。リンには純粋なままでいて欲しいからね。


「ああー本当にリンは可愛いなあ」


「そ、それ以上言うなぁ……」


 その日はほとんど一日中、リンを弄ってその反応を見て楽しんだ。

 しかしその後三日ほどガン無視されてしまい、ガチで凹むことになるのをこの時の私はまだ知らないのであった。

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