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91 再鑑定

 グリド先生のお屋敷は、手入れが行き届いているのに使用人の気配がなかった。


「防病法が実施されたからな。通いの者には休みを与えた。それで、見てほしいものとはなんだね?」

「私が作ったポーションです。昨日ヘンリーさんに言われて、普通は煮てから魔力を注ぐと知りました。私は祖母の作り方しか知らなかったので、煮ないで作っていたんです」

「ほう?」

「一度お城の鑑定係が特級と鑑定したそうですが、ヘンリーさんに『グリド先生にちゃんと鑑定してもらったほうがいい』と勧められまして」

「なるほど。どれ、貸してごらん」


 ソファに座っているグリド先生に、持ってきたポーション五本を渡した。グリド先生はそれを受け取ってくれたものの、「うっ」と呻いて一度のけぞった。

 しばらく瓶を眺めてから手をかざした。そして「くくくく」と笑う。


「かなりの量の魔力が込められているな。城の鑑定係は特級と判断したのだろうが、特級よりもずっと多い魔力が込められているよ」

「特級よりも……」


 そこへサラさんが腰を曲げた姿勢で、ワゴンを押してきた。前から思っていたけど、サラさんはいつも腰が痛そうだ。


「でしたら、よければサラさんに私のポーションを飲んでいただけますか? サラさんは腰が痛そうですし」

「いえ。私はポーションはいただきませんので、旦那様が飲んでくださいませ」


 温厚で控えめなサラさんの口調がいつになく強いので驚いた。すると先生が気を使ったような口調で私に話しかける。


「サラはリヨルがポーションを作り続ける姿を見ていただろう? ポーションへの忌避感が強いのだ。気にしないでやってくれ」

「忌避感、ですか。でも、もしおばあちゃんが腰を痛がっているサラさんを見たら、絶対に『私のポーションを飲んでよ』と言うと思います。そういう人でした。だから、もし気が向いたらでいいので私のポーションはおばあちゃんのポーションだと思って試してみてください」

 

 そう言って笑いかけたら、グリド先生が付け足してくれた。


「サラ、マイのポーションは元気で幸せなリヨルが作ったポーションだと思えばいいのだよ。だが無理強いする気はないよ」


 そう言ってから先生は私に目を向けた。


「ポーションの鑑定の方法はいくつかある。ジュゼル・リーズリーは感知魔法を習得していないが、魔法で作られたものを見分けられる。魔力が自分に干渉してくると言っていたな。彼は一種の天才なんだ」


 確かにリーズリーさんは天才っぽかった!


「私は感知魔法を使う。跳ね返ってくる魔力の強さでポーションに含まれる魔力量を感じ取るのだ。マイが作った店のテーブルや食器も、感知魔法でリヨの魔力を感じ取った。どんな方法であれ、使われた魔法の痕跡を調べる方法を『魔法解析術』と言う」

「では私も、感知魔法でポーションの鑑定ができるってことですか?」

「できるぞ。今度市販のポーションで試してごらん。ごく弱い魔力が跳ね返ってくるのを感じるだろう。このポーションからは、嵐のような強い魔力を感じる。だが、自分のポーションの程度を知ることはできない」


 グリド先生によると、自分で作ったポーションに感知魔法を放っても、感じ取れないそうだ。先生は「家の匂いや自分の匂いには慣れてしまって、感じなくなるだろう? あれと同じで、自分の魔力は感じ取れないのだ」とおっしゃる。

 

「それにしても、これはすごいな。保有している魔力が多ければたくさん込められるという簡単な話ではないのだが。マイはどうやってこれほどの魔力を込めたのかね」

「どうやって、ですか? いつもの変換魔法でつくりました。こう、足を開いて、おへその下辺りに魔力を集めて、水に向かって拳から魔力を注ぎました。こんな感じです。セイッ!」


 グリド先生がしばし無表情になった。それから「ぷっ」と笑い出し、サラさんまで下を向いて笑いを堪えている。瓦割りの動作ってそんなに面白いかなあ。


「笑ったりしてすまない。なん……くっ……なんとも豪快な作り方で驚いたよ。魔法使いは皆、上品かつ優雅に見えるように、神経を使う。『この程度のことは、たいしたことではありませんよ』と意識するものだが……」

「あら、そうだったんですか」

「とは言え、他の者がマイの動作を真似したところで、ここまで魔力を込めることはできないだろうよ」


 これ、褒められているんだよね?


「このポーションは特級超えの品質だ。私が保証しよう」

「旦那様、私、マイさんが作ったポーションを飲んでみます」

「そうか。作りたてだから、腰の痛みにきっとよく効くだろう」

「では、生まれて初めてポーションをいただきます」

「マイ、感知魔法を放ってサラの様子を見ているといい」


 私はこの部屋に入ってから感知魔法を止めていた。なぜならグリド先生からキン! キン! とひっきりなしに金属的な魔力の反射が返ってくるからだ。先生に言われて感知魔法を放つ。サラさんがポーションを飲んだ。

 

「あっ!」

 

 ポーションがサラさんの体の中で移動する様子が見える。ポーションが触れた部分が白く光るのだ。光が食道から胃へと移動する。そして小腸あたりでどんどん吸収されて、全身にゆっくり広がっていく。


「あら? 腰の痛みが薄れていきますわ」


 サラさんがそういう頃には、全身がかなり明るく光っている。サラさんが腰をゆっくり伸ばした。


「腰を伸ばしても痛みがありません。ポーションはこんなに早く効果が出るのですねえ」

「マイのポーションがすごいのだよ。私が作るポーションより、ずっと効果が高いはずだ。どれ、私も飲んでみようか」


 結果、グリド先生の膝と股関節の痛みも消えたそうだ。


「老化を原因とする症状への効き目は一時的なものだが、一時的な効果であってもこれは助かる。このポーションはもはや、治癒魔法並みだな」


 先生はそう言って笑う。それから私に握手を求めた。なぜ今、握手なのかよくわからないまま右手を差し出すと、先生は強く握り返してくれた。


「私の父はリヨルを権力者から救えなかったことを、最期まで後悔していた。私は私でリヨルを消したことで苦しんでいた。だが私は、マイのおかげで苦しみ続ける人生から抜け出すことができた。マイ、ありがとう。君は私の自慢の弟子だよ」


 グリド先生のその言葉をいただいて、嬉しい気持ちで『隠れ家』に帰った。

 私のポーション、今回の流行り病によく効くといいな。

 平民の皆さんに配る方法は、ヘンリーさんとも相談済みだ。

 

 先生のお屋敷を出て、警備隊に向かった。

「ヴィクトルさんをお呼び出し願いたいのですが」と伝えると「小隊長ですね」と言われた。ヴィクトルさんは小隊長だったのね。


 「お待たせしました」と言いつつ登場したヴィクトルさんは、ソフィアちゃんの優しいおじいちゃんとして会う時とは雰囲気が違う。堂々としていて迫力があった。


「お仕事中、申し訳ありません。実はヴィクトルさんにお尋ねしたいことがあります。警備隊は流行り病の患者の発生を一番早く把握する、とヘンリーさんに教わりました。間違いないですか?」

「はい。医者に診てもらえない者たちは家で横になるだけで、患者から家族へと病が広がるのはいつものことです。警備隊に患者が発生したと連絡が入れば、助け合いの仕組みを使って患者を集めます」

「どこに集めるのでしょう?」

 

 ヴィクトルさんが壁の手描きの地図を指さした。地図に何十軒か赤く色を塗られた家がある。


「川が氾濫した時と同じです。申請してくれている家々の中で、状況に応じて余裕がある家に患者を運びます」

「薬はどうしていますか?」

「薬はありません。新しい流行り病のときは一度に何百何千の患者が出ますし、どんな薬が効くのかもわかりません。我々は患者を運んで隔離する。それだけです」


 やっぱりそうなんだ。


「わかりました。今回の病もいずれ、貴族から平民の間に広まるでしょう。私の希望は患者を受け入れた場所全てに、ポーションを配らせてもらうことです」

「しかしマイさん、申し上げにくいが、流行り病にポーションは効かないのですよ」

「いえ、効果のあるポーションをお届けしますので」

「ヘンリーさんの伝手つてで、お城のポーションを差し入れてくださるのですか?」

「違います。配るのは私が作るポーションです」


 ヴィクトルさんは私の顔をじっと見て黙っている。


「大丈夫。私のポーションは効きます。今、私の師匠に鑑定してもらいました。お城で作られるポーション……並みに魔力が込められていると言われたところです。それを無料でお渡ししますので、使ってください」


 さすがに「お城のポーションより効きます」とは言いにくい。


「無料ですか。それはありがたい。ぜひお願いします」

「ポーションを効率よく配達するために、ヴィクトルさんには以前お渡ししたペンダントを身につけていてほしいのです。それで私といつでも連絡を取れます」


 アルバート君たちのグループを追い詰めて捕まえるときに渡したペンダント。あれを使えば、患者の搬送先がわかる。そこへ患者の発生状況に応じて私のポーションを配るつもりだ。


「わかりました。あのペンダントを常に身につけるようにします」

「私のポーションは必ず、お役に立ちます」

 

 さあ、今こそ私の出番だ。特級超えのポーションを大量に作ったるわ。

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