88 目新しい料理
侍女さんからの依頼は『他の貴族がまだ食べたことのない料理』だ。
私が作り慣れている料理は、あらかた貴族用のデリバリーで披露済み。多少のアレンジで許されるのか? たぶんダメよね。そしてもちろん美味しくないと。
「いっそ点心に挑戦してみようかな」
「テンシンて、なに?」
ソフィアちゃんをお膝抱っこしたまま独り言をつぶやいたら、可愛いお顔が私を見上げた。ツインテールが少し伸びて、いっそう可愛い。
「点心ってね、美味しい食べ物よ」
「食べたい」
「これから練習で作るから、一緒に食べようね」
「ばあばと食べる」
「ここで食べてもお土産があるから大丈夫。ばあばも食べられるよ。じいじとお父さんもね」
軽食と言えばサンドイッチやカナッペ、小さいバーガーとも思ったけど、点心もいいよね。
私は点心が大好きだから、何度も作ったし食べ歩きもした。大丈夫……と思う。せいろは変換魔法で作り、調味料はクーロウ地区から調達してあるのを使える。
料理は種類を多く作りたい。だけど今から全種類を料理人さんたちに教えて習熟してもらうには、時間が足りない。だから、「ハウラー家の外部料理人として私が作りたい」と言ったらヘンリーさんが「外部料理人なんて聞いたことがありませんが、よしとしましょう」と許可してくれた。
「今までうちの名前で提供した料理のレシピは、全部マイさんから教わったのですから。実家には俺から伝えておきます」
「ありがとうございます。さあ、あとは練習あるのみ」
最初は過去に何度も作ったことがある肉まんとカスタードまんから。あんまんは迷ってヘンリーさんに聞いたら「濃厚に甘くした豆ですか。俺はちょっと抵抗があります」と言うのでやめておいた。あんこにかける手間を他に回したい。
小さめで真っ白いホカホカの肉まんとカスタードまん。一個ずつ味見をすると懐かしの味だ。
「君たち、試作品を味見してくれる?」
「いいんすか? えっ、残り全部いいんすか? やった! わ、すんごい旨いです!」
「ソフィアちゃんもどうぞ」
三人が片っ端から食べてくれる。みんなニコニコだ。やがてソフィアちゃんは中華まんの包みを抱えてカリーンさんと帰った。
「これ、他の仲間にも食べさせてえなあ。俺たち二人は職場に恵まれているけど、他の仲間はどうしているかなあ」
「俺ら、奉仕労働期間は仲間たちと会うのを禁止されているから」
サンドル君がぽつりとつぶやき、アルバート君がうなずく。そうなんだ? 仲間に会えないのか。同じグループだった他の子たちも、職場で楽しく働いていますように。今度ヴィクトルさんに他の子の様子を聞いてみよう。
今日は米粉の皮の海老蒸し餃子を作る。作りながら若者二人に話しかけた。
「あのね、今から話すのは私の勝手な夢。そう思って聞いてほしいの」
サンドル君とアルバート君が「はい」と返事をして、食べる手を止めた。
「料理、店の回し方、仕入れに原価計算。教えられることは全部教えます。だから、あのときの仲間にやる気があって、料理や掃除や接客が苦痛じゃなかったら、一緒に店をやってみたらどうかな」
するとサンドル君が気弱な顔になった。
「そうできたら最高っすけど。俺たちの下で働くとなると、仲間は面白くないんじゃないかな」
「その可能性はある。二人は先輩で仲間は後輩になるから、それを嫌だと思う人は無理ね。友人同士で共同経営って、上手くいかないことが多いのよ。でもサンドル君なら仲間をまとめられる気がするの。ただ、これは強制じゃない。あなたたちはやりたいことをやればいいと思う」
サンドル君はあまり表情を出さない子だけど、はっきりと苦いものを口に入れたような顔をした。
「仲間が捕まったのは、俺がリドリックへの仕返しを持ちかけたせいです。俺は仲間が許してくれるなら、あいつらと一緒に店を開きたいっす」
「会えるようになったら、たくさん話し合ってみて。応援するから」
私は点心の続きを作り始めた。ミンチ機が一台あるだけで料理の幅がすごく広がる。あれを作ろうと思いついた私はグッジョブだ。
毎日毎日シュウマイや小籠包、餃子などを作り続け、ランチや夕食のお客さんたちにも「試作品なのでサービスです」と言って少しずつ提供して食べてもらった。無料なのもあるだろうが、とても好評だ。問題は口が肥えているであろう王妃様付きの侍女さんにも受け入れてもらえるかどうかだ。
連日点心を作り続けていたら、アルバート君がおずおずと話しかけてきた。
「生意気言いますけど、食べ慣れた料理も作っておいたほうがいいんじゃないですかね。見たことも食べたこともない料理ばかりだと、偉い人たちはひとつでも口に合わなかったら全部下げてしまうなんてこと、ないですかね」
「ありそう。無難な料理も用意すべきね。ありがとう、アルバート君。あなたがいてくれてよかった」
そうと決まったらこの国の方々が食べ慣れているパンと肉、卵の料理も作ろう。
この国のパンはハードタイプがほとんどだ。真っ白いパンも売られているけれど、生クリームを入れた加水率の高い角食パンはない。ふわふわの食パンでサンドイッチはどうだろうか。
材料を贅沢して、ふわっふわの食パンを焼いた。それを使ってたまごサンドとハンバーグサンド。うん。我ながら美味しそう。
サンドイッチを見て若者二人が目を丸くしている。
「旨そうです。それにおしゃれです」
「このパン、ふわふわっすね。握りつぶしたら、飴玉くらいの大きさになりそうな」
「握り潰さずに食べてよ。はい、どうぞ」
二人があっという間にサンドイッチを食べ切った。顔を見れば満足しているのがわかる。料理の組み合わせに若干の不安があるけれど、目をつぶろう。
食事を提供する二日前、ヘンリーさんにも試食してもらった。
「どうです? 見た目に美しく、目新しく、美味しいでしょう?」
ヘンリーさんが憂いの滲む美しいお顔で私を見る。
「目新しい料理を望んでいるのは、どうも侍女ではない気がするのです」
「ではどなたが?」
「王家一家じゃないかな。この話、いっそ適当な理由をつけて断りますか?」
「そんな。待たせておいて断るなんて、失礼だしハウラー家の面目も潰れます」
「それはそうですが……。はあぁ。俺はマイさんを手の中に包んでおきたいのに、全然上手くいかない」
「大丈夫、大丈夫。私、今回のことは悪い流れにはならない気がするの。さあ、コーヒーでも飲みましょう」
ヘンリーさんは苦笑して「マイさんは楽天家だなあ」と言う。
そう思ってもらえてよかった。私はヘンリーさんの前では楽天家で陽気な人でいたい。ヘンリーさんが疲れたときにもたれて休むような、大きな木でありたい。私はヘンリーさんが想像している以上に、ヘンリーさんを大好きだ。照れくさいから言わないけどね。
さて、食事を提供する当日になった。サンドイッチを三種類に点心をあれこれ。イチゴとホイップクリームでイチゴサンドを作り、イチゴが美しく見える形にカットした。
大きくて甘いイチゴはこの国では手に入らないから、こちらのイチゴを日本のイチゴに変換した。素材でズルをしたわけだけど、そこは魔法使いの料理だからいいの。
点心が冷めないよう厚さ三センチの大理石の板を使った。魔法で石板を温めて下に敷き、料理を載せた。石板ごと運んでもらうのだ。ヘンリーさんが料理に付き添った。
料理を届けた当日、侍女のマリリンさんからヘンリーさんに「料理はとても喜ばれた」と伝えられた。
しかし後日、陛下とハウラー子爵様を経由して別の話が伝えられた。
王妃様が「私のために用意させたけれど、陛下と王子が喜ぶ姿を見られたことが一番嬉しかった」とお喜びになったとか。その上、王子様は「母上、このイチゴをもっと食べたいです。たまごを挟んだパンもです。もうないのですか?」とねだったそうだ。
ヘンリーさんは「やっぱり王家からの注文でしたね。俺の勘は当たるのですよ」とドヤ顔をする。
「料理をいずれまた頼みたいと言われました。絶対にそうなると思いましたよ」
「別に料理を提供するぐらいかまいませんが」
「そのうちマイさんは王妃様のお気に入りになります。料理人としてより話し相手として」
「考えすぎですよ。ヘンリーさんは私を過大評価しすぎですって」
ヘンリーさんが「ふっ」と笑う。
「今、珍しく感じの悪い笑い方をしましたよ?」
「いずれこっちの勘も当たっていると証明されます」
しかしそんな話は来なかった。なぜなら、それどころではない事態が起きたからだ。