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86 ダイヤの流れ

 ヘンリーさんにゆだねていたダイヤの寄付のことで、ハウラー子爵様から話があるという。

 お出かけ用の服に着替えてハウラー家の馬車に乗った。

 ハウラー家では使用人の皆さんが笑顔を向けてくれて、婚約者として身内扱いされていることが伝わってくる。

 子爵様の部屋に案内されて、先に来ていたヘンリーさんと三人になった。


「さっそくだが、ヘンリーの話では、マイは炭からダイヤを作り出せるそうだね。それはどの程度の量を期待できるのだろうか」

「ダイヤを作るのに、たいして魔力を使いませんから、炭さえあればいくらでも作れます。瞬間移動の魔導具が一回にどのくらいのダイヤを使うのかを知りませんが、必要な量は何度でもお渡しできると思います」


 子爵様が「いくらでも、何度でも……」と小さくつぶやいた。


「なぜダイヤを提供しようと思ったのか、マイの口から私に説明してくれるかい?」

「船の旅では時間がかかり、行き来できる人は長期間国を離れられる人に限られます。短期間で往復できたらいいなと思いました」

「なるほど」

「それと、私のダイヤでアルセテウス王国との交流が活発になれば、獣人への偏見を打ち消すお役に立てると思いました。人は知らないことに恐怖を抱くものです。未知の病、未知の人種、未知の文化。知ってしまえば恐ろしくないことも、知らなければ過剰な恐怖を感じるものです」

「なるほど。説得力がある。では今の意見を、これから国王陛下の前でも説明してくれるかい?」


 国王陛下? 確かに陛下なら大量のダイヤを魔法部に提供しても、誰にも何も言われないだろうけど。これから?


「陛下と私は長年の友人でね。一度はマイの名前を伏せて『ダイヤを寄付したい人がいる』とお伝えしたのだが、やはり匿名のままでは了承していただけなかった。陛下は寄付してくれる当人に会いたいとおっしゃっている」

「そうですか……」

「陛下はあなたの考えと人柄を確認なさりたいのだよ。お立場上、後から見返りを要求されたり政治的思惑ありきの寄付では困るのだ。わかってほしい」

「おっしゃることはわかります」

「わかってくれて助かるよ」


 話が終わり、子爵様の後ろについてヘンリーさんと玄関に向かう。


「私、貴族のマナーをろくに知らないのに、大丈夫かしら」

「マイさんが平民だったことは陛下もご存じですから安心してください。正直にお話しすれば大丈夫ですよ」

「ダイヤのことを説明するには、私が魔法を使えることもお話しすることになりますが」

「魔法部に入れと言われないよう、私が動きます」

 

 ヘンリーさんの言葉を信じる以外にないのだけど、春待ち祭りのような、キリアス君ちの農園のような事態にならないといいなあ。

 玄関前に立派な黒塗りの馬車が停められていた。王家の馬車だそうな。馬車はお城の門を御者さんの顔パスで通り抜け、どんどん進む。手に汗をかきはじめた。


 緊張するけど、私は魔法で役に立つと決めたのだ。ダイヤを寄付することで、私の「ヘンリーさんの後悔を小さくしてあげたい」という願いは一歩実現に近づく。ここは踏ん張りどころだ。私は自分の顔をパン! パン! と二回両手で挟んだ。ヘンリーさんが「えっ」と小声で驚いたけど、気にしない。


 お城に着き、護衛さんたちに囲まれながら城内に入った。たくさん歩いて広い部屋に案内された。暗く深い赤色の絨毯。重厚な織物のカーテン。磨き上げられた高級木材の大きな机。

 その大きな机の向こう側に、誰に教わらずとも国王陛下とわかる圧倒的存在感の男性が座っている。


「ミッチェル。その女性かい?」

「はい陛下、息子の婚約者、マイでございます」

「マイ、急な呼び出しに応じてくれて、感謝する」


 ハウラー子爵様が私を紹介してくれたのだけど、私は緊張しすぎて無表情になっていたと思う。

 

「マイ、よく来てくれた。ダイヤを寄付してくれるのだと子爵から聞いた。その理由を教えてくれるかね?」


 深呼吸をしてから子爵様にお話したことを繰り返した。

 陛下は私を見つめて話を聞いてくれている。話をしながら(この方がヘンリーさんの父親なのね)と思う。ハウラー子爵も緑の瞳なのだが、緑の色味がヘンリーさんの瞳の色にそっくりなのは陛下のほうだ。お顔は似ていない。


「マイ、君は魔法でダイヤを作ることができるとミッチェルが言うのだが、本当かな?」

「本当でございます」

「ここで見せてもらえるか?」


 ヘンリーさんを見た。ヘンリーさんが、懐から紙包みを取り出して陛下の机の上に置く。「ちゃんと炭を持ってきましたよ」と私にささやきながら。さすがだ。この人はいつだってぬかりがない。

 紙を広げ、炭を見る。呪文を唱えれば見応えがあるのだろうけど、陛下の前でだけ呪文を唱えるのも恥ずかしいからやらないことにした。


「では」


 心の中で完成したブリリアントカットのダイヤを思い浮かべ、(変換)と声には出さずに唱えて魔力を放出した。炭の一部がスッと消えるのと引き換えに、大粒のダイヤがコロンと二個現れた。

「くっ!」と妙な声を漏らしたのは子爵様だ。陛下は一度瞬きしただけ。ヘンリーさんは無表情にダイヤを見ている。


「我が目を疑いたくなるな。マイ、疲れは?」

「全くございません」

「一日にどのくらい作れるのだね?」


 どのくらい? 数のことよね?


「魔力が尽きるまで試したことはありませんが、五十個以上作ったときも疲れはありませんでしたので、炭があれば何個でも作れます」

 

 陛下は沈黙。自慢じゃないんです。事実を述べただけです。


「ふふっ。ミッチェル、生きていると思いがけないものを見られるな」

「私も同じことを考えておりました」


 陛下が「マイ」と言いながら私を見る。私は視線を逸らすべきだろうか。わからないからそのまま陛下の目を見返した。


「これを提供するにあたり、本当に君の希望は何もないのだね?」

「特にはございません。ただ、私のダイヤを使った魔導具が戦争に使われないことを願っております」

「……ほう?」

「私の願いは私の使う魔法が人々の幸せのために役立つこと、それだけでございます」

「では私がマイの願いを守ると約束しよう」

「ありがとうございます、陛下」


 よし。言いたいことは言えた。

 ちょっと遠い目をしているヘンリーさんと一緒に、陛下のお部屋から退出した。同じく遠い目をしている子爵様は残った。なんで親子でそんな顔なのかな。

 来た時と同じルートを歩きながら、ヘンリーさんが声を出さずに笑っている。


「私、なにかやらかしましたか?」

「いいえ。何も問題はありません。ただ、陛下の前であれだけ堂々と『戦争に使ってくれるな』と言える人は、貴族を含めてもこの国にはいないでしょう。ふふっ」


 あの言葉はやっぱり不敬だったのか。身分の違いってのを、芯のところでまだ飲み込めてないものねえ。でも国王陛下から「来てくれ」と言われたら断れないし。

 もっと遠回しで穏当な言い方をすべきだったのかもね。子爵様の遠くを見つめるような表情を思い出すとへこむわ。

 ヘンリーさんが耳元でささやいてきた。


「俺は惚れ直しました」

「そうなんですか? どうして?」

「俺の大好きな女性ひとはこの国一の魔力持ちで、この国一の凛々しい女性だなと誇らしかった」

「そう。それならいいんですけど。私が意見を言ったあと、ヘンリーさんと子爵様は、魂が抜けかかったような顔をしてたから……」


 ヘンリーさんは珍しく「あっはっは」と声を出して笑って、私の頬にチュッとした。なんで今チューをするのかわかんないわ。前を歩く護衛の人が少しだけ振り返って右目で見てたじゃないの。

 

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