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84 婚約式

 サンドル君とアルバート君が緊張している。

 

「俺たちが犬型獣人に追われた時のことなんすけど、俺たちの近くに腐った死体がいきなり現れました。もしかしてあれもマイさんの魔法っすか」

「ええ、そうよ」

「やっぱり。あれは暗黒魔法じゃないかってアルバートが言うんすけど、そうなんすか?」

「暗黒魔法? 違う違う。普通の魔法の一種だけど」

「ですよね。マイさんが暗黒魔法使いなわけがないと思ってたっす。アルバートのばあちゃんが『暗黒魔法使いに関わると命を吸い取られる』って言う人で、俺らは子供のころから耳にタコなんす」


 一緒に働く二人には魔法を隠しきれないと思って、「私も少し魔法が使えるの」と言ってある。それで歩く死体なんか出したものだから暗黒魔法の使い手と疑われていたんだね。


「あれは使い手を選ぶ魔法だけど、暗黒魔法じゃないわ。離れた場所にいる人に声を伝えることができる魔法。ただ、この魔法を使えると知られたら『その魔法は便利だな。城で働け』って言われるかもしれないから、内緒でお願いね」

「わかりました。うちのばあちゃん、いろいろと迷信深いんですよ。最近は『ツルユリが高いところまで伸びているから大嵐が来る』って言ってますね」


 アルバート君のおばあちゃんの話を苦笑して聞いていたサンドル君が、今度は真面目な顔で私に質問をする。

 

「マイさんは人に知られたくない魔法の話を、なんで俺らに話すんすか?」

「あなたたちのことは信用しているから」

「俺らが誰かにしゃべるかもって思わないんすか?」

「思わない。信じられると思ったから奉仕労働を引き受けたのよ?」


 若者二人が「そうですか」「そうなんだ」と感動したような顔になった。今まで脅されながら働いてきたんだものね。信頼されることも信頼することもなかったんだろうね。


「俺、一般人は嫌いでした。一般人の中でも、ちやほやされる魔法使いはもっと嫌いでした。でも、マイさんのことは大好きです!」

「ありがとう。私も君たちが大好きよ。世の中はいろんな人がいるからさ。リドリックみたいな男ばかりじゃないって」


 一般人への印象を簡単に塗り替えられるとは思わないけど、ほんの小さな一歩でも踏み出さなきゃ前に進まないものね。


 

 婚約式の日が来た。

 桜色のドレスを着て案内された部屋は広く、華やかに生花がたくさん飾り付けられている。そこに正装したハウラー家の三人と四十歳くらいの迫力ある男性が待っていた。この人が宰相様か! 

 ヘンリーさんは片方の肩にかけるマントと勲章をつけた文官服姿だ。少し上気した顔で私に歩み寄ってくる。


「マイさん、とてもきれいだ。すごくすごくきれいだ」

「あ、うん。ありがとうございます」


 そこから先は言われるがままに宣誓をして、書類にサインをした。披露宴をしない結婚式みたいな感じ。宰相様は「ヘンリーをよろしく頼むよ」とだけ。口数が少ない人だった。

 ヘンリーさんが他の人に聞こえないよう、耳元でささやく。


「マイさんがやっと俺の婚約者になりましたね。ここまでの俺の努力が実りました」

「その言葉を後悔させないよう、ヘンリーさんを大切にしますね」

「夢のようです、マイさん」


 そこで宰相様が「甘いささやきは二人のときにゆっくりするがよい」と笑いながらおっしゃり、私は自分が赤面していくのがわかった。めっちゃ恥ずかしい。ヘンリーさんは? と見上げると完璧な無表情。無表情はあらゆる場面で強い。

 婚約式が終わったあとは全員で食事になった。コンスタンス様がずっと涙ぐんでいる。


「ヘンリーは結婚しないとずっと言い張っていたのに」


 ここまではいい。問題はその先。


「マイさんのような素敵な女性を捕まえてくるなんて」と繰り返すのが困った。「捕まえてくる」という言葉で太郎たろうのやらかしたことを思い出してしまって、こんなちゃんとした場なのに強力な笑いが込み上げてくる。

 

 思い出したのは、家から脱走した夜太郎がアオダイショウを生きたまま持ち帰ってきたときのこと。私とおばあちゃんの前で「さあどうぞ」と言うようにアオダイショウをリビングの床に置いたのだ。


 逃げ惑うアオダイショウを私とおばあちゃんで追いかけまわし、二人とも悲鳴をあげながらトングで挟んで外に放り出した。そんな場面を思い出した私がアホなのだ。こんな厳粛な場で思い出し笑いを続けたら、どんなに感じが悪いだろう。一生の黒歴史になってしまう。だからテーブルの下でずっと右の腿を強くつねり続けた。


 ハウラー家を出るときに、子爵様が「これからマイさんは我がハウラー家の一員だ。可愛い娘ができて嬉しいよ」と言ってくれた。私にお父さんとお母さんができたんだと思ったら不覚にも涙が出た。


 ヘンリーさんに送られて家に帰り、一人になった。

 伝文魔法を使っておばあちゃんに語りかけようと決めた。間違ってもスカイツリーは思い浮かべないようにした。多少大声になっても問題ないように、二階のお仏壇を思い浮かべる。

 関東地方の全部のテレビから私の声が流れないように、魔力を半分くらいに抑える。スピーカー代わりに出すのはリンゴ大の白いイガイガ。深呼吸を一回。


「おばあちゃん、今日は婚約式だったの。私に新しい家族ができるんだよ。お相手は筆頭文官のヘンリーさん。背が高いイケメンだよ。おばあちゃんは絶対に気に入ると思う。私のドレス姿、おばあちゃんにも見せたかったな。薄いピンクのウエディングドレスみたいなドレスだったの。ねえおばあちゃん、私はこうやって少しずつ、この世界の人になっていくんだね。私のことは安心していいからね。おばあちゃん、体に気をつけて長生きして。そしてやっぱり……会いたいよ」


 お仏壇の両親の写真を思い浮かべ、お父さんとお母さんの遺影を思い出したら涙が止まらなくなった。幸せな夜なのに、今日までのいろんなことを思い出して、号泣してしまう。

 さんざん泣いてから雲のシャワーを浴びた。右の腿が青あざだらけだった。



 翌日、ソフィアちゃんがやってきて「フィーちゃん、おっきい穴、掘る!」と言うなり裏庭でワンコになって穴を掘り始めた。宣言してから猛然と穴を掘るまでがやたら早い。変身にかかる時間がどんどん短くなってきている。今朝は十秒くらいだろうか。

 そして大穴を掘ってからワンコのままあくびをし始めた。

 

 挿絵(By みてみん)

 

 サンドル君たちが来る前に人間に戻ってもらおうと思っていたのに、穴の中で丸まって眠り始めた。いやいや、それは困るんだわ。


「起きて! ソフィアちゃん! もうすぐお兄さんたちが来るよ! ソフィアちゃんてば!」


 ソフィアちゃんは一分もせずに熟睡している。声をかけたらどうにか目を開けるけれど、すごく頑張っても白目。あと二十分もすれば若者二人が出勤する。彼らにワンコソフィアちゃんを見せるわけにいかないのに。

 諦めてソフィアちゃんを抱っこで抱え上げ、二階へと運ぶ。最近また重くなった。十五キロではきかないような。ヒイヒイ言いつつぐにゃぐにゃしているソフィアちゃんを抱えて運ぶ。階段を上がっていたら背後からサンドル君の声が。


「マイさん、それ、犬型獣人の子供っすよね?」

「う?」


 彼らにはスペアキーを預けていたものね。そりゃ鍵を開けて入って来るよね。でも、ドアベルの音がしなかったし、いつもより三十分は早いんじゃないかな? 

 階段でソフィアちゃんを抱っこしたまま、ゆっくり首だけで振り返った。


「おはよう? サンドル君、今朝はずいぶん早いのね。ドアベルの音がしなかったような」

「早く目が覚めたんで、早めに来たんす。厨房のドアから入りました」

「えっと、ソフィアちゃんのこと、誰にも言わないでくれるかな」

「俺ら猿型獣人はそれほど鼻が利くわけじゃないんすけど、アルバートは最初から気づいてたっすよ。『あの子、犬型獣人の匂いがする』と言ってたっす」

「そ、そうだったのね。ごめん、重いからとりあえずこの子を二階に寝かしてくる。それから話を」

「俺が運びますよ」


 こうしてソフィアちゃんが犬型獣人であることを知られてしまったが、サンドル君によると秘密にするのは当然なのだそうだ。あとから出勤してきたアルバート君が説明してくれた。

 

「一般人には絶対にしゃべりませんよ。俺ら、子供のころから叩き込まれているんで。他の獣人のことを一般人にしゃべると、親兄弟にとんでもなく怒られますから。心配いりません」

「なんだ。そっか。よかった。寿命が三年は縮んだわ」


 アルバート君が「そりゃずいぶん縮みましたね」と笑った後で、思いがけないことを言う。

 

「マイさんて、獣人が好きっすよね」

「違うよ。獣人だから好きになったんじゃないよ。好きになった人たちがたまたま獣人だっただけ」

「うわ、かっこいいな。一般人にもこんなかっこいい人がいたんすね」

「千住のドラ猫だけどね」

「センジュノドラネコってなんすか」

「話すと長くなるから、また今度で」


 その話はほんとに長くなるのだ。

 

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