81 夜道の出来事
本日から月曜・金曜の朝6時に投稿します。
ジュゼル・リーズリーさんを連れてきてくれた獣人さんたちが帰国し、折り返すように正式な獣人さんの集団がウェルノス王国にやってきた。二国間の交流が始まったのだ。
その獣人さんの一人が今、『隠れ家』で日替わりのカツ丼を食べている。
連れて来てくれたのはハリソンさん。ハリソンさんは自分の妹をヘンリーさんの婚約者にどうかなって提案した人。獣人への差別を禁止する法案のときに活躍した人でもある。
ハリソンさんが店に入ってきたとき、お連れさんの服を見て(初めて見る制服だな)と思っていたら、ハリソンさんが着席する前に「アルセテウス王国の方をお連れしたよ」と教えてくれた。
これだけでもハリソンさんが気配りの人だとわかる。
アルセテウス王国の文官さんは背が高くてがっしりとした、赤髪の男性だ。身長は二メートルを超えている。身体の厚みもすごい。カツ丼が小さく見える。
「これは旨い。肉は豚肉だね。このような豚肉料理を初めて食べましたが、気に入りました。庶民の味って感じの旨さだね。我が国でもコメは栽培されているので、ぜひこの料理を母国で広めたいです」
「お褒めいただきありがとうございます」
赤髪の男性が自己紹介をしてくれた。
「熊型獣人のチャーリーです。これから頻繁に通いますね」
「よろしくご贔屓に。熊型獣人さんなんですね」
「ええ。アルセテウス王国では何型獣人かを最初に自己紹介するのがマナーなのです。まあ、獣人同士だと、言わなくてもたいていわかるんですけどね」
チャーリーさんは紫色に光っている。(紫は熊型獣人の色なんだ)と思いながら話を聞いた。挨拶をしてから厨房に引っ込むと、なぜかワンコになったソフィアちゃんが隅っこで小さくなっている。
「ソフィアちゃんどうした?」
「フィーちゃん、こわい」
「よしよし、大丈夫よ。怖くない」
なんで変身しているんだろうと思ったけど、チャーリーさんが特別強そうだからかな? よそに預けられていて、しかも厨房にいなきゃならないから本能的に(逃げ場がない!)と怯えて変身してしまったのだろうか。だとしたら可哀想なことをしたわ。
ずっしり重いソフィアちゃんを抱っこして「大丈夫。こわくないよ。だからもう人間に戻ろうね」と慰めた。ソフィアちゃんは腕の中で人間に戻り、素早く服を着てまた私に抱きついた。幼児にしがみつかれると、庇護欲大放出になる。いい匂いのほっぺにチューをした。
ハリソンさんとチャーリーさんが帰り、カリーンさんが迎えにきた。ソフィアちゃんはカリーンさんを見るなり「おっきい人! 熊!」と大きな声で報告して、それは熊型獣人だと見抜いたのか熊みたいな人だったと言っているのかわからなくてちょっと慌てた。
厨房でソーセージを焼いていたサンドル君も「あれはどっちの意味っすかね」と苦笑している。
十二時の鐘のあとは続々とお客さんが入った。私がランチを作っている間に、サンドル君が持ち帰り用のハンバーガーやホットドッグを作る。
持ち帰りランチが出来上がるとアルバート君が配達に出る。私に余裕があればサンドル君も配達に出る。彼らが背負うリュックは、あちらの世界で料理配達の人が背負っていたような箱型だ。側面には『ランチ配達中! 隠れ家』の文字。アルバート君は「これ、宣伝になっていいですね」と感心していた。
午後二時になり、ヘンリーさんがやってきた。
最近のヘンリーさんは若者たちの兄貴分になっている。「マイさんの恋人なら俺らの兄貴分だから」という理屈で懐かれていて、ヘンリーさんも満更ではない感じで二人を可愛がっている。
「彼らが店を開くときは、いい物件を一緒に探してやりたいと思います」
「そこまで?」
「弟みたいで可愛いのですよ。俺は一人っ子なので、この感情が新鮮で楽しいのです」
そんなヘンリーさんが食事をしながら、私たちのこれからの予定をいろいろ説明してくれる。私がどこかの貴族の養女になる話とか、結婚後もこの店を維持していくにはどうすればいいかとか。
貴族の養女になるのは避けられないらしい。「貴族と平民の結婚を許すと、身分制度が崩壊してしまうから」という理由だった。私はこの国の制度を批判も賞賛もしていない。事実として受け入れている。
夜になり、店を閉めて『酒場ロミ』に来た。ヘンリーさんは今夜、宰相様と食事らしい。以前も宰相様とお食事していた。筆頭文官の立場は宰相様と密なお付き合いが必要なのかもね。
さっき気づいたけれど、ハリソンさんと熊型獣人のチャーリーさんが酒場の奥にいる。ハリソンさんの隣に赤く光っている女性がいて、その女性に見覚えがあった。
(あの女性、どこで見たんだっけ)
最近の私は感知魔法を出しっぱなしにしている。グリド先生は魔力がもったいないと言うけれど、私の魔力はこの程度では底をつくことがない。おばあちゃんに向けて全力で伝文魔法を放って魔力をほぼ空にしたときでさえ、ひと晩寝たらすっかり魔力は元通りになった。
女性の濃い赤色を見ていて思い出した。ヘンリーさんとモツ料理を食べたときの店員、ルウさんだ。ルウさんとハリソンさんがとても親しそうにしゃべっている。(二人に幸あれ)と心の中で祈る。
チャーリーさんの紫色を春待ち祭りでもぽつぽつ見たから、この国には熊型獣人がそこそこいるはずだ。そんなことを考えていたら、ロミさんがニコニコしながら私のところに来た。ロミさんは黄色に光っている。黄色は何型獣人の色なんだろう。
ロミさんが黄色に光っているのを最初に見たとき、顔に出さないように相当努力したっけ。カウンター内のバーテンダーさんも黄色。春待ち祭りの夜、黄色はたくさん見た。
「これ、サービスよ。味見をしてくれる? タレを工夫したんだけど、どう思う?」
ロメインレタスに似た葉野菜にとろりとドレッシングがかけられている。こちらでキュウリ、トマト、タマネギ以外の生野菜が出されるのは珍しい。寄生虫が怖いからだろうか。
「生野菜ですか。珍しいですね」
「私が育てている安全野菜なの」
「いただきます。ん! レタスが新鮮で美味しいし、このタレもすごく美味しい。タレを作る器にニンニクの切り口をこすり付ける程度のニンニクの風味があったら、もっと美味しいかも。あ、生意気言ってすみません」
ロミさんが驚いたような顔をする。
「そうね。言われたら確かにそうかも。ニンニクね。試してみるわ。ありがとうマイさん。もしかしてあなた食べ物商売?」
「ええ。『隠れ家』という名前の店をやっています。気が向いたらどうぞ」
「ちょっと! 『隠れ家』ですって? 今話題の? やだ、早く言ってよ!」
どういう方面で話題なのかと聞き返したら、「奉仕労働の若者を受け入れている。料理が安くて美味しい。お城の文官さんや貴族のご令嬢まで食べに来ている」という噂だそうだ。全部当たりなので苦笑した。
ロミさんはうちの料理の値段を根掘り葉掘り聞いてから、「安いわね。今度子供たちも連れて家族全員で行くわ」と言って去っていった。ロミさんが家庭持ちだと初めて知ったわ。
ほろ酔い加減で店を出て歩いていると、猫たちが寄ってくる。わらわらと集まってくる猫たちを撫で、匂いを嗅がせてくれる子は匂いも嗅ぐ。外猫はなかなかに複雑な匂いがする。それも嫌いではない。むしろ大好き。「むふふう」とにやけながら次々と猫の匂いを嗅いでいたら、背後から声をかけられた。
「お嬢さんは猫が好きなんだね」
慌てて立ち上がると知らない人だ。その人の周囲に四人の男性。暗くて顔までは見えないが、全員の立ち姿と雰囲気が堅気じゃない。東京でもよく見かけたタイプだ。すぐさま自分の身体を中心にドーム状の結界を張った。結界を張ると猫たちが一斉に姿を消す。
「なにかしら。いきなり背後から声をかけられるのは苦手なんだけど」
「ああ、悪かった。さっきの酒場で店主と話しているのが聞こえたんだけど、あんた、人気店の経営者なんだろう? 俺たち、ちょっと金に困っていてさ。少し金を貸してくれないかな。必ず返すよ」
嘘つけ。返す気ゼロだろう。
返事はしないで後ずさろうとしたら、男の周囲にいた四人の仲間が手慣れた感じに私を囲んだ。全員が手にナイフを持っている。
「女一人と甘く見てるんでしょうけど、やめたほうがいいわよ」
「おい、聞いたか? ずいぶん威勢がいい。金だけ貰えばいいかと思ったが、この女も面白そうだ」
ヒャッヒャッヒャと下品な笑い声を出すのは全世界共通か?
すかさず(変換)と心で唱えると、全員のナイフが粉となって持ち主の足元にサラサラと落ちた。
男たちが「は?」「なんだっ?」と自分の手を見て驚いている。続けて男たちの衣服と靴、ベルトを粉々にした。男たちはいきなり素っ裸になったことが理解できずにワタワタしている。
「外で素っ裸って、心細くない?」
「お、お前がやったのか!」
「さあ? どうかしら」
男たちが後ずさる。五人がかりでナイフを構えて私を脅したのだ。これで終わりにしてもらえると思うなよ。すぐさま伝文魔法を放って男たちの背後に、大蛇、オオカミ、ワニを出した。どれも特大サイズだ。
「逃げないと食われるよ」
男たちが周囲を見回し、すぐそばの暗闇にいる動物たちに気づいた。全員がくぐもった悲鳴を上げる。大蛇たちがジリッと前進すると、やつらは「ぎゃあああっ」と叫びながら走り去った。
「やっぱり歩く死体のほうが恐ろしかったかな。めっちゃ腐乱してるやつで取り囲んでやればよかったかも」
奴らを見送ってから動物を消して歩き出す。おばあちゃん、私の王都ライフは順調です。