5 会議とキリアス
重鎮たちが集められた会議ではあったが、ヘンリーの他にもう一人若手が参加していた。魔法使いのキリアスだ。そのキリアスが会議の冒頭で報告した。
「ジュゼル・リーズリー氏の行方はいまだに判明していません。行方不明になってからすでに五ヶ月が経過しましたので、彼を見つけることは難しいでしょう。生きているかどうかも……」
会議室の雰囲気がグンと重たくなった。ヘンリーは(なぜ文官の自分が呼ばれたんだ?)と思いながら聞いている。軍務大臣がキリアスに質問した。
「ジュゼル・リーズリーは瞬間移動を研究していたのだろう? ヤツがどこに行きたがっていたか、知らないのかね?」
「リーズリー氏は秘密主義の人でしたから、何も知りません」
「何も? まったく。魔法使いは魔法以外のことには小指の先ほども役に立たないな」
軍務大臣は魔法使い全体を見下す気持ちを隠そうともしない。キリアスは気色ばむこともなく肩をすくめた。自分が魔法以外に興味がないことを自覚している。
その後もこれといった打開策がないまま、リーズリーを批判する意見が続いていた。そこまで黙って聞いていた国王がヘンリーを見た。
「ヘンリー、筆頭文官としての意見は? 本音を聞きたい」
国王の指名にヘンリーは少し緊張する。
「損か得かの視点で意見を述べます。もともと瞬間移動魔法はジュゼル・リーズリー氏しか使えないものでした。ゆくゆくはリーズリー氏の指導でその魔導具を使える魔法使いを増やす予定でした。しかしその開発中の魔導具と指導役が消えた今、これ以上の時間と人手を捜索に使うのは損失が大きくなるだけかと思います」
「それもそうだな……。あやつは天涯孤独の身の上で、連座制を用いたくても罰する身内がいない。文官、軍人、魔法使い。相当数を探索に動員してもう五ヶ月。そろそろ諦めるべきか……」
そこで軍務大臣が声を上げた。
「しかしながら陛下、誰にも罰を与えずにこの件を終わらせれば、第二第三のジュゼル・リーズリーが現れるのではありませんか? 国の資金を使っておきながら完成間近に姿を消す魔法使いが、今後も続くかもしれませぬ」
「ちょっと待ってくださいよ。さすがにそれは我々魔法使い全員を侮辱する発言です」
「魔法使いは魔法のことで頭がいっぱいだからな。あり得る話だ」
(ああ、時間の無駄だなあ。仕事が山積みなのに)
ヘンリーは冷めた目で軍務大臣と魔法使いを眺める。軍務大臣がその視線に気づいた。
「何か言いたいことがあるのならはっきり言いたまえ、ヘンリー・ハウラー筆頭文官」
「ではこうしたらいかがでしょう。魔法部に相応の責任を取ってもらうことで、この件は幕引きとしませんか」
キリアスがぎょっとする。
「魔法部が責任を取るのですか? リーズリー氏がトップだったとき、我々魔法使い全員がその下にいたんですよ? どこの世界に上司の責任を部下に取らせる職場があるんですか! 普通は逆ですよ」
「それはそうですが、責任の所在をはっきりさせなければ話はいつまでも決着がつきません。どうでしょう、魔法部の予算を一年間三割減。これで手を打ちませんか」
「三割も? 絶対に嫌です。僕は納得いきません。仲間たちになんて報告すればいいんですか。リーズリー氏のせいで僕たちの予算が削られましたと言えとでも?」
「その通りです」
「そんなっ!」
ヘンリーは早くこの会議を終わらせたかった。経理の総責任者は財務大臣だが、ヘンリーはその舵取りをしている。帳簿上は魔法部への予算を減らし、その上で魔法使いたちに新規の仕事を与え、その対価を払い、差し引きゼロにすればいいだろう。ヘンリーにとってそのくらいのことは朝飯前だ。
「キリアス君、詳しいことはのちほどゆっくり話し合いましょうか」
「僕は丸め込まれませんよ!」
「ええ、わかっていますとも」
宰相は国王がうなずくのを確認して会議を締めくくった。
「では魔法部の予算を三割減らす。これでジュゼルの件は終わりとする」
軍務大臣もこれ以上のいい考えはなかったらしく、むすっとしながらも納得して立ち上がった。納得していないのはキリアスだ。会議室を出るなりヘンリーに食ってかかった。
「ヘンリーさん、酷いですよ。なんで真面目に取り組んでいた僕らの予算が減らされるんですか。今だって予算が全然足りないのに、あんまりです」
「落ち着いてください。ちゃんといい方法を考えてあります。キリアス君は美味しいものに興味はありますか? 魔法使いの人たちはすぐに食事を抜いて研究に没頭してしまうから、食に興味があるかどうかわかりませんが。美味しい食事をごちそうしますよ。食べながら打開策を説明しますが?」
「まあ、陛下が了承なさった以上、もう諦めるしかないんだけどさ。それで、美味しいものってなんですか? 城の食堂なら遠慮します。あんな食べ飽きた料理で丸め込まれるのは嫌です」
「お城の料理じゃありませんよ。美味しくて珍しい料理です。明日行きましょうか。削った分の予算をどうやって取り戻すか、詳しく説明しますよ」
予算が戻ると聞いて、キリアスの目が輝いた。
「もう、そういうことなら早く言ってくださいよ。ヘンリーさんならきっと僕たちの味方になってくれると思ってましたよ」
「相変わらず調子がいいですね。取り上げた予算をすぐに戻してあげるなんて、あの場で言うわけにはいかないでしょ? 明日の午後二時でいいですか。そう遠くはない店です。食べたらその美味しさにきっと驚きますよ」
「わかった。明日の午後二時だね? 楽しみ! ヘンリーさんの部屋に行くね!」
こうしてヘンリーは『隠れ家』にキリアスを連れて行く約束をした。本当はあの店に知り合いを連れて行きたくはなかったが、あの店以上に美味しい店を知らないから、ヘンリーの精一杯のもてなしである。
これからキリアスは仲間に予算を減らされることを告げ、不満をぶつけられるだろう。他の仕事をして予算の減額を補うにしても、魔法使いたちの仕事は大幅に増える。本来の研究ができなくなることに不満が出るだろう。
(何をどうやっても不満は出る。それをどう納得させるかだなあ)
文官たちが仕事をしている大部屋に戻り、ヘンリーがため息をつくと、同期の仲間が近寄ってきた。
「ため息なんかついてどうした。会議の内容が芳しくなかったのかい?」
「いや、そうでもない。例の失踪事件は幕引きになった」
「よかったじゃないか。開発に費やした大金が無駄になったけど、いつまでもあれに関わっている余裕は誰にもないからね。みんな忙しいんだ」
「まあな」
「お疲れ様。今夜、一杯飲みに行こうじゃないか。総勢八人で飲みに行くことになっているんだ。たまには付き合えよ」
「ああ、そうしようか」
ヘンリーはあまり酒を飲まない。飲めないわけではないが、酒で気が緩んで失敗するリスクを避けている。用心して生きることが身に沁み込んでいるのだ。だが全く酒席に参加しないのも目立つから、「酒に弱い」と言い訳をしてたまに参加するだけにしている。
こうしてヘンリーは久しぶりに仲間と飲みに行くのだが、酒場で思いがけない人に会う。