41 グリドさんが知りたかったこと
2週間、お待たせしました。
閉店後の『隠れ家』で、グリド氏におばあちゃんの話をすることになった。
ランチに来たヘンリーさんに「場所はここで」と言われてちょっと驚いた。
「うちですか? あの方歩くのが大変そうでしたよ?」
「この店の家具や食器から、マイさんのおばあさんの魔法の痕跡が感じられて嬉しいそうですよ。実際はマイさんの痕跡なんですが、それでもほのぼのするらしいです」
つまり、私が何を魔法で作ったか知られていたわけですか。冷や汗が出る。魔法部の人たちは気づいているのかしら。いや、それはないわ。全然気づいている様子がない。
「今夜の集まりにキリアス君は来ません。マイさんのおばあさんが魔法を使っていなかった頃の話だと言ったら、興味を失ったようです」
「予想を裏切らない反応ですね」
キリアス君らしいと言う意味で何げなく言った言葉だったが、ヘンリーさんからは意外な返事が返ってきた。
「彼は子供じみていて厄介ではありますが、俺はキリアス君のそういうところ、あまり苦にしていません。他者よりも飛び抜けた能力を頼りにする一方で、『他の人と同じように行動しろ』と言うのは、十七歳に求めすぎな気がするのです」
キリアス君、十七歳でしたか。日本で言ったら高校二年生だ。それで国の中枢で魔法部長をやってるってのは、やっぱりすごい。
「十七歳と聞くと、いろいろ納得です。ヘンリーさんは大人ですね」
「キリアス君もそのうち落ち着きますよ。それと、他人と違うことが重荷なのは、俺も同じですから」
「あっ……」
「ま、キリアス君は魔法の才能を重荷とは思っていないでしょうけれどね」
ヘンリーさんは最後を冗談めかして笑っていたけれど、無神経なことを言った自分がすごく恥ずかしい。
その日の夜、七時の鐘の音と同時に馬車が到着した。グリドさんを支えるようにして年配の侍女さんも降りてきた。
「すまないがこれも同席させてくれないだろうか。ぜひお願いしたいのだが」
「もちろんです。どうぞ」
「サラと申します。お許しくださり、ありがとうございます」
私からはなぜこの女性が同席するのかを、聞かない。相手の質問に答えるだけというのが約束だから。お茶とマドレーヌを出して「ご質問をどうぞ」と話を切り出した。
「早速だが、リヨルは今どこにいるのだろうか。健康に暮らしていたのだろうか」
「祖母は……もう私が戻れないほど遠い場所にいます。でも元気です」
いきなり居場所を尋ねられてしどろもどろになった。グリドさんは私の目から視線を外さずに言葉を続ける。
「リヨルがこの大陸のどこかにいたのなら、マイさんだけがここにいるのは不自然だと思ってね。私の知っている彼女なら君に伝言を預けるか、もしくは這ってでも私のところに戻ってきたはずだ。それなのにマイさんだけがここにいる。そうではないかと思っていたが、あなたの存在を知って確信した。連絡を取りようもないような場所にいるのだろう? マイさんはリヨルの魔法でここに送られたのではないかね?」
「……はい」
おばあちゃん、あなたをずっと心配していた人に出会ったよ。すごく頭のいいおじいちゃまだよ。おばあちゃんはこの世界でひとりぼっちじゃなかったんだね。安心したよ。
「祖母は元気です。私は祖母が寝込んでいるのを見たことがありません」
「そうか……。あなたの言葉を信じよう。料理も達者だったのかい?」
「ええ、料理が大好きな人でした。絵や彫刻を観に行ったり、お芝居を観るのも大好きでした。一番の楽しみは友人とおしゃべりすることだといつも言っていました」
グリドさんがハンカチで目頭を押さえた。
「リヨルの連れ合いはどんな人かね」
「祖父は勤め人でした。私が子供の頃に病気で亡くなりました。温厚な人で、祖母と喧嘩しているのを見たことがありません。仲のいい夫婦で、よく夫婦で一泊旅行に出かけていました。お土産のお菓子を食べながら、どんな景色を見て来たのか、祖母がとても嬉しそうに話してくれたのを覚えています。祖父は黙ってニコニコしながら祖母の話を聞いていました」
今度はサラさんが目を赤くして下を向いた。この人はおばあちゃんとどんな関係なんだろう。グリドさんがサラさんの肩に手を置いて、あやすようにそっと叩いている。
その様子でこの二人の間には愛がある、ただの雇用関係ではないと気づいた。客商売をやってきた人間の勘だ。
「マイさんのお母さんはどんな人かね」
「母は祖父に顔立ちが似ていました。お菓子を作るのが得意で、家庭的な人です。祖母はいつも『マイは私によく似ている』と言っていました。顔だけではなくいろんなところが似ていると繰り返し言っていました」
「あなたは幸せな家庭で育ったようだね」
「そうですね。とても幸せに育ちました」
私の両親が亡くなっておばあちゃんが悲しんだことは、わざわざ伝えなくていい。
「よかったらこの焼き菓子をどうぞ。母が得意だったお菓子です」
「ではいただこう。おお、クッキーも美味しかったが、これも美味しい。サラ、いただきなさい」
「はい。ありがとうございます、いただきます」
サラさんが上品にマドレーヌをひと口食べ、笑顔でグリドさんを見る。
「とてもおいしゅうございますね」
「美味しいな。今度またこの店に来よう」
「まあ、よろしいのですか? ありがとうございます。楽しみにしております」
仲がいいなあ。年老いて仲良く過ごせる相手がいるのは幸福なことよね、と思いながら何げなくヘンリーさんを見たら、ヘンリーさんと視線がぶつかった。ヘンリーさんは目元だけで微笑みながら私を見ていた。微妙に気恥ずかしい。
「そうか、リヨルは楽しく暮らしていたのだね。あなたを見れば、生活の苦労をしていなかったことはわかる。安心したよ」
「そうですね。お金の苦労はしませんでした」
「リヨルは魔法を使っていなかったとヘンリーに聞いたが、本当かね?」
「私は祖母が魔法使いだとは全く知らずに育ちました。事情があって私はこの……王都に送り出されましたが、そのときに初めて祖母が魔法を使えると知りました」
「そうか。リヨルの魔法で送られてきたのなら、彼女はとても健康だったということだ」
これでいいかな。どこまで話せばいいのかわからないから緊張した。
これといって困るような突っ込んだ質問もされず、この後もおばあちゃんがどんな生活をしていたか、友達とどんな付き合いをしていたのかを聞かれたぐらいで終わった。
グリドさんたちを笑顔で見送ったら、ヘンリーさんが「ふう」とため息をついた。ヘンリーさんでも緊張することがあるんだなと思う。
「マイさん、お疲れ様。ありがとう」
「いえ、祖母の話をするのはとても楽しいことでした」
「マイさんの実家はあちらの貴族だったの?」
「まさか。どうしてそう思ったんですか?」
「絵や彫刻や芝居を観るのは、ここでは貴族の嗜みなんだ。旅行もね」
身分によって趣味まで限られていると聞いても、もう驚かない。そうだろうな、と思う。
「私の国はかなり前に身分制度を廃止したのです。貧富の差はありましたけど、この世界ほどではありませんでした。私の生活は両親がいないわりには少し贅沢だったと思います」
「そう。そんな国を作りたいものです」
ヘンリーさんが遠くを見つめるような表情でしみじみと言う。横顔がカルロッタさんに似ている。
「ヘンリーさんはカルロッタさんに似てますよね」
「ええ、似ていますね。初めて会ったとき、『間違いなく俺の母親だ』と思いました」
「お母様も美しいですもんね」
照れくさそうな顔をしているヘンリーさんに、残っているマドレーヌを全部包んで渡した。
「これは?」
「宿舎の方々にどうぞ」
「魔法部に差し入れしてもいいかな? いろいろあって、魔法部には俺のせいで無理をさせているんだ。若い人が多いし、いつも腹を空かせている。こんなに美味しいお菓子はきっと喜ばれます」
「どうぞどうぞ」
帰り際、ヘンリーさんが私の手を取って手の甲にスッと唇を寄せた。(わ、映画のシーンみたい)と思って見ていたら照れ笑いをされた。
「初めてこんなことをしたので緊張しました。おやすみなさい。戸締りに気をつけて」
ヘンリーさんとは同い年でいつも守られているのは私のほうなのに、私はヘンリーさんが可愛いと思う。
明日はサラさんの回。