34 ep.3 【ギルシュの忠告】◆
本日2回目の投稿です。
恋人がギルシュの部屋を出て行くとき、「ああ、そうだ!」と笑顔で振り返った。
「父と母が魔法使い様に感謝していたわ。私の両親、市場まで毎日荷車を引いて通っているでしょう? あんなにきれいな道にしてもらって、本当に楽になったと言っているの。それも一夜にしてツルツルのテカテカになっているんだから、魔法使い様ってすごいわよね。よろしくお伝えしてくれる? 民草が感謝しておりますって」
「ああ、わかった」
ギルシュは笑顔でそう返事したが短い時間にいろんなことを考えた。
恋人には言っていないが、半年前からギルシュは道路整備の仕事を管理している。市場周辺の道は、大通りはともかく、恋人の実家から市場に至るまでの道はほぼ土の道で、まだそこまで整備する余裕がない。
それが一夜にしてきれいになっているということは、恋人が言うように魔法使いがやったということだ。
「魔法使いを夜働かせられる人間なんて、ヘンリーしかいない。だが、さすがに国の宝にそんなことさせるのはまずいだろう」
ギルシュにとってヘンリーは自慢の同期だ。鳩の群れを追い越すハヤブサのように出世していくヘンリーは、もはや妬みややっかみの対象ではない。このままどこまで出世するのだろうという興味すら持っている。
そんなヘンリーにギルシュは助けられたことがある。
何年も前のこと、ギルシュは発注書の数字を間違えて書いて業者に渡したのだ。
その結果、城の外壁に使う高級な石材を予定の三倍も頼んでしまった。
何日もたってからその誤りに気付き、青くなって訂正に走ったが、相手はすでに取引先の石材業者に発注してしまったあとだった。
ギルシュはヘンリーに「条件と引き換えに注文を訂正できないだろうか」と相談したところ、「それは業者に借りを作ることになるからやめたほうがいい。わかった。俺がなんとかするよ」と言って動いてくれた。
ヘンリーはあちこちに掛け合い、「まとめて買ってその分運賃や人件費を削減したほうがよい」と説得してくれた。おかげでギルシュの失敗は失敗ではなくなった。
その件以降、ギルシュにはヘンリーを守ろうという気持ちがある。だから上層部が聞いたら激怒しそうな話を聞いて、ヘンリーに忠告しなくては、と思った。
翌朝のこと。
「ヘンリー、魔法使いを夜働かせているのか? まずいって。お前のことだから何かしら交換条件を出して納得させているのだろうけど、偉いご老人たちが聞いたら問題になるぞ」
するとヘンリーは少し考えるような顔をした。
「ええと、それはどこの地区のことを言っているのかな?」
「西門から入って市場に行くまでの道だよ。全部夜のうちにツルツルのテカテカにしたそうじゃないか」
ヘンリーは珍しく目元で笑いながら「ああ、そうだね。忠告ありがとう。そんな忠告をしてくれるのはお前だけだな。恩に着るよ」と言う。
ギルシュの忠告をあっさり受け入れて、ヘンリーがまた書類の山に向かおうとした。ギルシュは(お節介のついでだ)と普段から思っていることを伝えることにした。
「お前、最近は財務部の役職がやる仕事も押し付けられているだろう。引き受けることないって。断れよ。きりがない」
「あれは最初は押し付けられたが、今は進んでやっている。予算の流れを把握しておくと、何かと便利なんだ。各部の動きを俺がさりげなく誘導できるからな」
ギルシュは「えっ」と言ったきり呆れてしまう。
「まさか宰相の地位を狙っているんじゃないだろうな」
「子爵の身分では宰相は厳しいだろう。宰相を誘導できるぐらい有能な文官になろうとは思っている」
真顔で言うヘンリーに、ギルシュは「ヘンリー、お前実はおっそろしい男だったんだな」と言って首を振りながら自分の席に戻った。
その日の午後、遅い昼食を食べに行ったヘンリーは、マイと二人になったところで話を切り出した。
「夜間に道路をきれいにしてるの、マイさんでしょう? 人の噂になっているから、やり方に注意した方がいいです。どうしてもやりたかったら、次の場所が予測不能なように動かないと」
マイは「あっ」という顔で赤くなった。
「効率よく道路整備をしたいのなら、週に一度、助手の馬に乗って整備しませんか」
断られるかと思ったが、マイはコクコクとうなずいた。
「いつかはバレると思ったので、休み休み場所を変えてやっていたんですけど」
「文官で怪しんだ人がいるんです。用心したほうがいい。馬に乗って魔法を使えばいいですよ。誰かに何か聞かれたら、俺に出かけようと誘われた、と言えばいい」
「いいんですか? ありがとうございます。馬に乗れるのは嬉しいです」
(そこは俺と夜出かけるのが嬉しい、じゃないのか)とヘンリーは笑顔の裏でガッカリした。