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25 ep.2 【文官部屋付き雑用係ジェノは見た】◆

ヘンリーさんがマイさんと隣村へ出かける約束を取り付けた日のお話です。

マイさんの外見をやっと書きました。

「ジェノ! お茶が冷めた。淹れ直してくれ」

「はい、ただいま」


 僕は文官様たちの部屋の雑用係だ。十六歳にしては気が利く方だと思う。文官様はみんな、いつも忙しそうだ。今淹れ直しているお茶も、文官様が夢中で仕事をしている間に冷めた。


 でも、文句を言う気はない。雑貨商の四男としては、雑用係でもお城で働けるのはありがたい。経歴に箔がつく。この仕事がなかったら、今頃はどこかの家の顔も知らない人のところに婿入りさせられていたかもしれない。


「ハウラー様、お茶を淹れ直しましょうか?」

「いや、これを飲むから結構。そうだジェノ、クッキーをあげよう」


 そう言ってヘンリー・ハウラー筆頭文官様が紙包みをくれた。


「クッキーですか! ありがとうございます!」

「君はいつも走り回っているから、疲れるだろう」

「いえ! このくらいなんてことありません!」

「そうか。偉いな」


 褒めてもらってすごく嬉しかった。仕事だから甘えるつもりはないけれど、仕事をすると必ず褒めてくれるのはハウラー様だけだ。

 ハウラー様は表情がなさすぎて怖いってみんな言うけど、そうでもない。ほんの少しだけど笑うこともある。ハウラー様が笑えば、僕にはわかる。

 そのハウラー様がなんだか最近は雰囲気が穏やかになった。たまにお茶を飲みながら微笑んでいることもある。何かいいことがあったんだと思う。


 昼の十二時から午後の一時半までは雑用係も休憩になる。僕はクッキーを持って魔法部の雑用係をしているモルのところに走った。


「モル、一緒にごはんを食べに行かない?」

「ああ、行こう。早く行かないと人気のメニューが品切れになる」


 二人で食堂まで小走りで進む。モルは豚肉の煮込みが好きだ。パンと煮込みで昼食を済ませ、包みからクッキーを取り出した。


「お、クッキーか。上等な感じだな」

「上等なクッキーだと思うよ。ハウラー様にいただいたんだ」

「いいなあ。文官様たちは優しいんだな」

「どうかな。忙しい時はみんな殺気立ってるよ。でも、筆頭文官様は穏やかな方だ。険しい声を出されたことが一度もない。なんで?」


 モルが苦笑した。


「魔法部はさ、意地悪はされないけど、俺は名前を覚えられてない。君と呼ばれてる。働き始めて三年目なのになあ」

「魔法使い様たちは独特だもんね」

「まあな。うわ、このクッキー旨いな。ナッツが入ってる」

「こっちは紅茶の葉っぱが入ってるよ。香りがいいなあ」

「サクサクのホロホロだ。バターの香りがすごくいい」


 クッキーを食べ終えて仕事場に戻り、ハウラー様にお礼を言った。


「クッキーをありがとうございました。今まで食べた中でも一番美味しいクッキーでした」

「気に入ったか。また買ってきてあげよう」

「本当ですか! ありがとうございます!」


 ハウラー様の目元が少しだけ動いた。あれはハウラー様なりの笑顔だ。

 少ししてハウラー様は昼食を食べに出かけた。混雑している店が苦手なのか、毎日昼休憩をずらして出ていく。後ろ姿を見送っていたら、他の文官様から指示を出された。


「おい、ジェノ! この発注書を大通りのガトー工務店に届けてきてくれ。ついでにアルド左官店に行って、見積書を早めに出すよう伝えてくれ」

「かしこまりました」


 二つの用事を済ませてお城に戻る途中、路地の行き止まりにある店からハウラー様が出てくるのが見えた。僕は思わず近くの路地に隠れてしまった。

 だって、ハウラー様が歩きながらはっきりと笑っていたんだ。ハウラー様のあんな笑顔を見たのは初めてだ。


「ハウラー様に何があった?」


 ドアを開けて、きれいな女の人がハウラー様を見送っている。

『雑用係は文官様の私生活に興味を持ってはいけない』

 勤務初日に人事担当者様に注意された。手紙を預かったり配ったりするかららしい。だから、(ダメだ、やめておけ!)とも思ったけど、ついそのお店の前まで行ってしまった。

 

 レースのカーテンがかかっているから店内は見えないけど、『隠れ家』ってお店だった。あのハウラー様があんな笑顔になる店って、どんな店だろう。美味しいに決まっているけど、すごく高いのだろうか。

 翌日の昼に、モルにこっそりその話をしたらモルは店の名前を知っていた。


「行こうよ。その店、魔法部の人たちがしょっちゅう行っている店だ」

「でも、行って高かったら?」

「そのときはお茶だけ飲んで帰ろうぜ。でもそんなに高くないと思う。魔法部の人たちは食べ物にお金を使わないよ。お金があったら高い魔法書や魔導具の材料を買う人たちだからね」

「そうか。よし、行こう。もし高くても、お茶だけなら僕たちの給料でもなんとかなるよね」



 そして今日。僕たちは昼の十二時になると同時にお城を飛び出して『隠れ家』にやってきた。

 席は大半が埋まっていた。テーブルの数が少ない。もっと詰めてテーブルを置いたらいいのにと思うほど、ゆったりした間隔で席が設けられている。

 僕たちは壁際の二人用の小さなテーブルに案内された。


「こちらの席にどうぞ。今日の日替わりは白身魚とお芋の揚げ物です。サラダとスープとパンがついています」


 店主さんはスラッと背が高い。茶色の髪を後ろでひとつに縛っている。ぱっちりした目と小さめの口。きれいな人だ。貴族みたいにツヤツヤの頬と髪で、近くに来るとほんの少しだけいい匂いがする。一日中水仕事をしているだろうに、手が全然荒れてない。なんでだ?


 案内された席に座って、置いてあったメニューを見て驚いた。安い。庶民向けの食堂の値段だ。そして見たことのないメニューがたくさんある。僕らの後から入ってきた人が「日替わり三つで」「俺はトマト味の麺」と座る前から注文している。常連が多いってことか。

 僕たちは一番安い日替わりに決めて、モルが片手を上げた。


「お決まりですか?」

「日替わりを二つお願いします」

「かしこまりました」


 なぜか冷たい水を出された。この水は無料だろうか。迷ったけど飲んだ。緊張して喉が渇いていたから美味しかった。


「お待たせしました。白身魚とお芋の揚げ物です」

「わっ!」


 挿絵(By みてみん)


 思わず声を出してしまった。大きな魚の揚げ物が揚げた芋の上に載っている。冬には高価なレモンも添えられている。贅沢だ。周りの人を見ると、レモンをたっぷりと絞ってから魚を切り分けて食べている。魚を切らずにパンに挟んで食べている人もいた。

 僕たちはさっそく魚を切って口に入れた。


「アツッ! うまっ!」

「どれ。うわ、旨いな!」


 サクサクの衣の中は、フワフワの白身。添えられている塩には乾燥させた香草が混じっている。バジルの風味の酸っぱいクリームも添えられていて、どちらもすごく美味しい。金色のスープも美味しいし、小さな器に盛りつけられた温野菜も美味しい。僕もモルも「美味しい」しか言葉が出ない。


「ジェノ、この揚げ物、すごく軽くないか?」

「言われてみたらそうだね。屋台の揚げ物とは全然違う」

「美味しくて安くていい店だ。これならお茶も頼めるな」

「頼もう。たまには贅沢をしようよ」


 お茶もびっくりするぐらい安い。しかも小さなクッキーが二個受け皿に添えられていた。食べてみて、顔を見合わせた。ハウラー様に貰ったクッキーと同じ味だった。


「ハウラー様はここでクッキーを買ったんだね。クッキーはいくらかなあ」

「あそこに貼ってある。安い」


 クッキーは五枚入りと十枚入りがあって、お菓子屋さんのクッキーよりちょっと安い。


「俺、妹と母さんに食べさせたいから十枚入りを買って帰るわ」

「僕は自分用に買う」


 僕たちはクッキーも買って、大満足で店を出た。『隠れ家』の店主さんは、とてもいい笑顔で「またどうぞ」と声をかけてくれた。


 ハウラー様は今も時々お菓子をくれる。それは『隠れ家』の壁にも貼っていないお菓子だ。だけど食べればわかる。どのお菓子も甘さが控えめで、小麦粉とバターの香りがすごくいいところが同じだ。

 つまり、メニューにないお菓子を手に入れられるほどの常連てことだろう。


 モルは妹と母親に「また買ってきて」と頼まれているらしい。僕は仕事を頑張ったご褒美に、一日一枚ずつ大切に食べている。給料が出たらまた『隠れ家』に行く。モルと約束した。


 ハウラー様は毎日『隠れ家』に通っているのだろうか。聞いてはいけないことだから聞かないけれど、そんな気がする。


 そして、もうひとつ、すごく気になっていることがある。

 それは、ハウラー様は『隠れ家』の綺麗な店主さんのことを好きなのでは? ってことだ。だって、気になって見ていたら、ハウラー様は食事から戻ってくると、毎日、ほんと必ず毎日、とっても幸せそうな笑顔になっているんだ。

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