24 芋型容器には
ヘンリーさんは私が魔法を使えると知った直後に魔法と私の懐事情を結びつけた。そのあまりの早さに(ひいい)と心で悲鳴を上げたが、同時に反省もした。
私は無意識にこちらの世界の人を甘く見ていたのかもしれない。ヘンリーさんはきっと、私が思うよりはるかに優秀だったのだ。
この人だけじゃなくこの世界にも必ずダ・ヴィンチやガリレオやアインシュタインみたいな人が生まれるだろう。この世界の人を甘く見たら、えらい目に遭いそうだ。
「ヘンリーさんは鋭いですね」
「儲かっていないことは最初から気づいてましたよ。あの席数であの料理の質なのにあの値段。普通ならやっていけるわけがない」
「言っておきますが、赤字ではありませんよ?」
「だが利益も出ていないはず。魔法でお金を得る方法、忠実な助手に見せてくれますよね?」
「言葉で説明するのではなく、実際にやって見せろと?」
「この目で見たいのです。ぜひ!」
「わかりました。ヘンリーさんなら知られても大丈夫でしょうし」
ヘンリーさんが立ち上がった。
「では帰りましょうか」
「もう? もっと見て回りたいのに。お買い物もしたいですし」
「次の休息の日にまた来ましょう。次はマイさんの気が済むまでご案内します」
譲る気配がない。ワクワクしているものね。仕方ないから店を出て馬に乗った。
「無詠唱ができる二人って、どんな人ですか?」
「キリアス君と彼の師匠の二人ですが、現在はキリアス君一人だけですね」
「あれ? キリアス君がうちの店で結界を張って見せてくれた時、呪文を唱えていましたよ?」
「あれはわざとです。魔法使いらしく呪文を唱えているところを、あなたに見せたかったのでしょう」
「ふうん」
さっきから気になっていることがある。
「ヘンリーさんはお城の文官さんなのに、国に私のことを報告しないで罪に問われたりは?」
「その点はあまり深く聞かないでください。罪にはなりませんが、城勤めの文官としては褒められたことではないので。マイさんはお城の魔法部で働く気はないんでしょう?」
「ありません」
「じゃあ報告しません。何か聞かれたら知らなかったと答えます」
『隠れ家』に着いたが、家に入る前に、アレを見せることにした。
「では、まずこちらへ」
なんで裏庭に回るの? という顔のヘンリーさんを「こちらです」と裏庭へ案内した。
ヘンリーさんの前でしゃがみ込み、地面に右手を当てた。オパールをイメージしながら手のひらに魔力を集め、目を閉じる。手のひらにムズムズするような感触がしたところで目を開け、そっと手を持ち上げた。
「うん? それは?」
ヘンリーさんが指先で球体を摘まみ上げた。今作ったオパールはオーブ村で作ったものよりだいぶ大きい。三つの球体はどれも直径二センチくらいはある。ヘンリーさんがハンカチを取り出して土を拭き取った。
「これって……」
「オパールです。土はオパールを作り出すのに向いているの」
「魔法でオパール? それも土から? 魔法部の人間からは聞いたことがない。でも本当にオパールに見えますね」
「本物です。宝石店や古物商を回って換金しましたけれど、どの店でも本物だと判定してくれました。私、オパールを売って『隠れ家』を開いたの」
「なんだか伝説の魔法使いみたいだ」
伝説の魔法使いなんて、おばあちゃんから貰った膨大な知識の中にはない。魔法の知識以外はほとんど省かれたのね。
「伝説の魔法使いって、なんでしょう?」
「マイさんは知らないんですね」
店に入り、今さらだから右手をピストルの形にして暖炉に火魔法を放つ。暖炉の薪がボッと音を立てて燃え始めた。
オパールをテーブルに置き、紅茶を淹れた。適当な茶葉を魔法で変換した紅茶だ。イメージしたのはあちらの世界のダージリン。深い赤色の紅茶は、たしかこの世界でも貴族の間では飲まれているはず。
「ああ、いい香りだ。色も美しいです。いい茶葉を……まさかこれも?」
「ええ。魔法で。それで、伝説の魔法使いって、どんな人ですか?」
「伝説の魔法使いは、はるか昔の人です。この国に麦の病気が蔓延して民が飢え、国全体が困窮しているときに活躍しました」
「へええ」
「食べ物も魔法で作ったらしいのですが、『自分の魔力量で食べ物を作っても国中の人間は救えないから』と言って、宝石をたくさん作って国に差し出したのです。国はそれで小麦や芋を他国から買い入れて、飢饉を乗り越えました」
木箱の中の芋に目をやりながら思う。そんなことになったら、私もアレを差し出そう。ただしヘンリーさん経由で。
「宝石だけですか?」
「金と銀の粒もあったそうです。もしかして、できるんですか?」
「金と銀は試したことがありませんが、これなら」
台所へ行き、木箱の中からお芋を出した。本物のお芋の下に、お芋そっくりに作った木製の容器。それを五つ全部取り出した。トレイに載せてテーブルまで運び、ヘンリーさんの前で五つの芋型容器の蓋をひねって開けた。
容器の中には炭を変換させたダイヤモンドがぎっしり入っている。形はざっくりしたブリリアントカット。私は詳しくないので本当にざっくりだ。
この家で暮らすようになってから炭を自由に使える。だから気が向いた時にダイヤモンドを作っていた。ヘンリーさんは怪訝そうな表情でダイヤモンドを見つめている。
「これって、ダイヤですか? それとも水晶?」
「ダイヤです。ひとつ売れば当分お金に困らないので、溜まる一方です」
「これも土から?」
「いえ、これは炭から」
「炭……。なんで炭?」
「詳しく説明するのはまた今度で。わかりやすい説明を考えておきます。その辺は詳しくなくて。よかったらいくつか持って帰りますか?」
「いえ、結構です。俺の給料でこんな大粒のダイヤを持ち帰ったら、養母は俺が国の金を横領したのかと心配します」
あっ。そうだわ。今反省したばかりなのに。
「それと、この量のダイヤを台所に置きっぱなしはダメです。芋に見える容器はいい思い付きですが、泥棒はああいう場所から探すものです」
ヘンリーさんが両肘をテーブルにつき、両手で額を押さえた。
「でも、こんな量をどこに隠せばいいのか。すぐには思いつかないな」
「どうせ元は炭なんですから、盗まれたところでまた作れ……」
「それはダメ。あなたは宝石という卵を産む鶏みたいな存在なんですよ? あなたが狙われる」
「襲われたら魔法を使えばなんとかなるんじゃ?」
ヘンリーさんが「はああ」と深いため息をついた。
「魔力を封じる魔導具があるんです。それを使われたらどうするんです?」
「そんな物があるんですか!」
「ええ。それにしても……。これ、触ってもいいですか?」
私がうなずくと、ヘンリーさんがダイヤを一個摘まみ上げてじっくり眺めている。
「宝石のことは詳しくありませんが、全く濁りがない。見たこともない美しいカットだ。これは光の反射を計算しているんだな。これだけの量を、こちらに来てから作ったんですね?」
「正確にはこの店を開いてからです。少しずつ作りました」
「一回にどのくらい作れるんですか?」
「限界まで試したことはありませんが、そのくらいのダイヤを二十個なら、全く疲れません」
少し呆れられた気がする。
「予想をはるかに超える無自覚と無防備。助手になってよかった。我ながら実にいい思いつきでした。他には? どんなことができるんですか?」
「魔法で作った入道雲で、シャワーを浴びませんか? シャワーっていうのは、ちょうどいい温度のお湯が好きなだけ雨のように降ってくる浴室の道具のことです」
「えっ、湯あみですか? 今ですか?」
ヘンリーさんの戸惑った顔がたちまち赤くなった。美形の赤面という貴重なものを眺めているうちに、誤解されていることに気がついた。
「違います違います。温かいお湯を浴びるだけで、泊っていけというお誘いじゃありません」
「ええ……おかしいと思いました。シャワーとやらを使わせてください。体験したいです」
「濡れるのが嫌いとかそういうことは?」
「俺は人間ですし今は毛皮じゃありませんし」
「失礼しました。では今シャワーを出してきます。それと湯上りにはバスローブとバスタオルを置いておきますから、使ってください。フワフワです」
ヘンリーさんが浴室に入っていった。そして四十度設定のシャワーを長いこと浴びていた。
出てきたヘンリーさんは血行のよさそうな顔色で、シャワーとバスタオルとバスローブを気に入った様子。
「シャワーはすばらしいですね。それに、このふわふわした生地もすばらしい。マイさんのいた世界って、みんながこんな贅沢な暮らしをしていたの?」
「国にもよりますが、私の国ではシャワーもそのふわふわの布も、ほとんどの家に普及していました」
ヘンリーさんはバスローブの生地をじっくり眺めている。
「魔法のない世界にシャワーがあるなら、水路が充実しているんですね。高い場所の家にはどうやって水を運んだのだろう。それに、湖や川の水を使うなら濾過する施設も必要だな。そして国中に水路を張り巡らせているのか。気が遠くなるような工事だ」
「魔法がない世界なので、むしろそれが技術の発展のためには良かったのかもしれませんね」
ヘンリーさんが驚いたように私を見た。
(ヘンリーさん、あなたはあちらの世界では誰に相当するのかな。歴史に名を残すことがないけれど、国の行く末を左右する官僚ってところかな)
「すみません、私はあまり詳しくなくて。子供向けの知識くらいしかないです」
「いえ。それでも十分参考になるので、後日じっくり聞かせてください。マイさん、またいつかシャワーを使わせてもらってもいいですか?」
「いつでもどうぞ。次は湯船にお湯も張っておきますよ。いい香りの入浴剤つきで」
「それは楽しみです。では遠慮せずシャワーを使いたいのでお礼をしますね。何がいいか考えておいてください」
猫のときにモフらせてくれればおつりがくるのだけれど。それを言うわけにもね。
ドライヤー代わりに小さい台風の温風で髪を乾かしてあげたら、うっとりした顔で「気持ちがいいです。こんな魔法があったとは」と言いながらバスタオルにスリッと頬ずりした。
実に猫っぽい仕草だった。