19 ポーション
ヘンリーさんは何度も私の熱を確かめてから「眠ってくださいね」と念を押して帰って行った。
私は暖炉の前でぬくぬくと毛布にくるまって眠り、のどが渇いたら水を飲んだり果物のジュースを飲んだりして過ごした。
夜の九回の鐘の音が聞こえたころには、だいぶ楽になっていた。白湯を飲んでいたらドアをノックする音。ドアを開けるとキリアス君が立っていた。
「遅くにごめん」
「中へどうぞ。どうしました?」
「これを持ってきた」
キリアス君がポケットから出したのは、円筒形のガラスの容器。中には透明感のあるきれいな緑色の液体が入っている。
「これは管理が厳しいというアレですか? だとしたらお気持ちだけで」
「そう言うだろうと思って、ちゃんと正規のルートで買ってきた。嘘はついてない。僕たち魔法部にはほんの少しだけ優先枠があるんだ」
「昼間もそう言ってくれたらヘンリーさんが怒らなかったのに」
「手続きにとにかく時間がかかるんだよ。あの後すぐに申請して、何度も急かしてやっと今だよ。ポーションは飲むのが早ければ早いほど効くのにさ!」
ポーションの管理システムに不満がある様子。
「じゃあ、お金を払います。いただくわけには」
「質問。ヘンリーさんが仕事を休んで看病するのはよくて、僕がお見舞いのポーション渡すのはなんでだめなの? ヘンリーさんとは特別な関係ってこと?」
「違います」
「じゃあ、これはお見舞い。それと、いつも美味しい食事を作ってくれる感謝の気持ちだ」
しばし互いの目を見つめ合い、根負けしたのは私。キリアス君にグイッとポーションを差し出されて、受け取った。
「ありがたく頂きます」
「うん。そうして」
「これ、材料は秘密ですか?」
「全然。重要なのは魔力だから。材料は流通している薬草と、水魔法で出した水」
「薬草の名前を聞いてもいいですか?」
「いいよ。星鳴り草、毒消し草、龍眼草、青水面草、黒葉草、三角草。この六つ。六種類の比率は薬草の状態によるかな。そこは経験」
キリアス君はスラスラと六種類の薬草の名前をあげた。おばあちゃんの知識と同じだったが、それらを市場で見たことがない。
「それでぶり返さず完治するよ。明日は営業する?」
「いえ、明後日からにします」
「明後日の日替わりは決まってる?」
「お見舞いのお礼にキリアスさんのリクエストを受け付けましょうか?」
「いいの? じゃあ、トマト味じゃない麺を食べてみたい。種類がたくさんあるって前に言っていたよね? 海の幸の麺がいい。作れる?」
胸をポンと叩いてみせた。
「お任せください。美味しいのを作ります」
「楽しみ」
「ポーションのことでもう少し教えていただきたいことがあります。私、田舎育ちで知らないことばかりなもので」
「いいよ。なに?」
キリアス君に椅子を勧め、私も座って話を始めた。ポーションの管理が厳しいと聞いたときに記憶を探ったけど、おばあちゃんの知識にはそんな話は全然なかった。
「ポーションはなんでそんなに管理が厳しいのですか?」
「城の魔法部が作るポーションは軍や医療部に納められるものだから、確実な効果が求められるんだよ」
「市販されていないんですか?」
「市販品もあるけど、あれは気休め程度しか効果がない。強い魔力を注がないと確かな効果が出ないんだよ。ポーションは作るときにかなり魔力を使う。僕だって作りすぎれば倒れるし、下手するとしばらく使いものにならなくなる」
「そんなに……」
確かな効果のポーションは、限られた人しか飲めないわけか。
「ほら、今の陛下が第三王子だったころ、上のお二人が立て続けに流行り病で亡くなったでしょ? あのとき、ポーションの質が諸事情であまり良くなかったらしいんだよね。それ以降、城で作られるポーションは、質も数もかなり厳しく管理されている」
なるほどそういう背景があったのか。おばあちゃんが知らないはずだ。
「じゃ、すぐに飲んでね。明後日の昼、楽しみにしてる。おやすみ!」
キリアス君が帰ってからポーションを眺める。私がポーションを変換魔法で作るのは、ルール違反になるのだろうか。でも、お金がないけれどポーションがあれば治るって人に渡す分には、国に損失は与えない……はず。
ただ、私が作るポーションがどれほどの品質か、私にどれだけの魔力があるのか、わからないからねえ。
日本で流通していた薬は作れそうもないから、ポーションを作りたい。私のポーションでちょこっとでいいから、この世界の誰かの役に立ちたい。
貰ったポーションを飲んだ。味を覚えないとね。色の確認のために少し残して飲んだ。
あれ? これ、青汁の味だ。それも昔の不味い青汁。よし、味は覚えた。体調を整えるために早く眠ろう。
翌朝、体調はすっかり回復。ポーション作りに問題なし。スッキリ治ったのはポーションと免疫システムのおかげかな。お客さんに風邪をうつしたくないから、今日一日は休む。これ、飲食店経営者の心得よ。
昼間の暖かいうちにポーション用の薬草も買ってこよう。
コートを着込み、体の周囲に結界を張って市場に向かった。煙突付き結界を張って歩くと、寒さは全く感じない。ステルス防犯ウエアは病み上がりの身体に優しい。
野菜のお店でポーションの薬草を見かけたことがない。買い物がてらお店で聞いてみた。
「星鳴り草と毒消し草はどこに行けば買えますかね?」
「薬草なら市場の北の端にあるオルタ薬草店だよ」
「ありがとうございます。あ、乾燥唐辛子をカップ一杯お願いします」
自作の木製キャリーケースは整備されていない路面でも埋もれないよう鉄製の車輪が大き目。それを引っ張りながら歩いていると「なんだ?」という目で見る人がいる。そのうちこれに見慣れてくれることを願うよ。真似してもらえると嬉しい。
王都の人々は、大荷物を背負うか荷車に積んで引くのが普通だけど、キャリーケースは小回りが利くし重い物を運んでも身体に優しいよ。
オルタ薬草店は看板が小さく、窓は白い布で塞がれていた。中が全く見えない。白い布は日除けかも。
カウンターの中にいたのは五十代くらいの男性と三十歳くらいの男性。二人とも真っ白なエプロンをしている。顔立ちが似ているから親子かな。
「こんにちは。星鳴り草、毒消し草、龍眼草、青水面草、黒葉草、三角草をください」
「ああ、ポーション用ですね。量はどのくらいお求めですか?」
「お値段にもよるのですが、それぞれおいくらですか?」
年長の男性が価格表を差し出した。そう高価ではない。
生と乾燥があって、生は時価。『生は冬季を除く』だ。ポーション以外にも家庭薬として単体で普段使いされてるようだ。それぞれの薬草名の隣に咳止め、血止め、痛み止め、傷の腐敗予防などの効能が書いてある。
キリアス君は気休めだと言っていたけど、効き目は弱くてもないよりましってところか。
ポーションを作るには練習が必要だろうから、多めに買っておこう。
「では六種類を十束ずつお願いします」
代金を支払い、キャリーケースに薬草の大きな包みを載せて帰った。
ポーションを作るなんて、本物の魔法使いっぽくてワクワクする。
「まずは熱湯消毒ね」
ワインの空き瓶を寸胴鍋にいれて煮た。
トングで取り出した瓶に水魔法で水を入れ、水を入れた瓶と薬草をテーブルに並べて変換魔法を放つ。おばあちゃんの知識に従って作ったら、瓶の中の水がどんどん緑色に変わっていく。乾燥していた薬草は、全部粉々になって、最後は細かい粒子に。
「味見しよ」
味はキリアス君のと同じ。美味しくない青汁の味。
問題はこれにどれほどの効果があるのか確かめられないことだ。私の体調は今、良好だから。
「そういえば……」
私の病気が発覚してから、おばあちゃんは毎日二回、自作の青汁を作って飲ませてくれた。変換魔法で日本の野草を薬草に変えてポーションを作っていた可能性、ある。もしあれがポーションなら、末期の病には効果がなかったということだ。
そもそも全ての病気を消し去るほどの効果があるなら、この世界の高位貴族は百歳以上まで生きているだろう。今度ヘンリーさんに王族は何歳なのか聞いてみよう。
「いや、待って」
全ての病を治せるようなポーションなら、値段だって途方もないものになるはず。飲食店の店主に見舞いの品として持ってくるはずがない。やはりお値段もそこそこ、効果もそこそこなのでは。
ポーション入りの瓶にコルク栓を軽く差し込んでから風魔法で中の空気を少し抜いてみた。するとコルク栓が自分からギュッと瓶に詰まる。いい感じ。陰圧にしておくと腐敗しにくいって、タッパーのテレビコマーシャルで見たことある。
ワインの瓶五本分のポーションができた。一本で七、八回分くらいかな。合計で四十人分弱。具合の悪い人がいたら、こっそりポーションを飲ませてあげたいけど、なんて言えばいいかなあ。
翌日の日替わりでシーフードのオイルパスタを出したら、キリアス君はとても喜んでくれた。