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初手、背水の陣

最新2巻、2月20日発売!


あと二日です!

 奇術騎士団が拘束され、ガイカクがこき使われていた時……。

 騎士団総本部に、全騎士団が集結していた。


 まさに、エリート集団。右にも左にも、最強格の強者しかいない。

 ライナガンマ防衛戦の時すらはるかに凌駕する、騎士団の全力。

 如何に騎士団総本部とはいえ、それぞれに独立色の強い各騎士団が全員集まるなど異様であった。


 三つの星が横に並んだ旗の、三ッ星騎士団、

 高貴で希少な紫色の塗料一色の、貝紫騎士団。

 球形の水晶の旗の、水晶騎士団。

 斧と剣を持った戦士の旗の、豪傑騎士団。


 そんななか、ポップなシルクハットとステッキを旗印にしている、奇術騎士団がいた。

 もちろん砲兵隊の20人だけであり、しかも持っている旗もエルフでも持てる軽い旗だった。


 味方が全員殺気立っていることもあって、孤独感にさいなまれている。

 そんな彼女らに配慮する余裕など、オリオンにさえなかった。


「聞いたところだとよお……奇術騎士団はメラス軍と戦うって理由でアーストリナ平原に行ったんだよな」


 そんなオリオンに、ヘーラがすごんでいる。


「勝つには勝ったが、ボロボロになって、狡いアホに取っ捕まっちまったんだろ? 私はそう聞いてるぞ……おぉ?」

「ああ、そうだ」

「なんでアンタらも同行しなかった!? そうすりゃあそもそも手を出されることもなかっただろうよ! おかげでこっちは大恥だ! 現場を抜ける時説明する羽目になった、私の気持ちも考えろ!」


 今回の事件は、起こったことがすでに恥だった。

 非常招集という正式な命令が下っていることもあって、戦場にいた彼女は味方へ事情を説明したのである。


「ちょうど敵の将も交渉で来ててな、非常招集の理由を聞いて全員ブチ切れてたんだぞ!? 敵と味方で連合組んで、そのアホをぶち殺そうぜとか言い出す始末だ! 騎士団でけじめつけると言って引いてもらったがよお……ほ、ほん、ほんとうによおぉ……!!」

「まあ待て、ヘーラ卿。オリオン卿もティストリア様の命令に従っただけだ。そう強く責めるな」

「ああん!? セフェウさんよお……私にも先生風吹かしてるんじゃねえぞ!? いつから私の教官になったんだ、おい!」

「それを言うのなら、ヘーラ卿もオリオン卿に文句を言う立場でもなかろう」


 オリオンを助ける形で、セフェウも割って入っていた。

 しかし助けられるまでもない、とオリオンは威風を放っている。


「……セフェウ卿のおっしゃったように、私はティストリア様の命令に従ったまでだ。そしてその判断が、間違っていたとも思っていない。それは機密を戦場に持ち込まないまま勝利したことからも明らかだ」


 落ち着きと殺意の同居した、歴戦の雄の風格。

 それはオーガを納得させる説得力を持っていた。


「だがそれはそれだ。同盟関係にある騎士団が、不当に拘束されているこの現状を受け入れる気はない。最善を尽くし、殺し尽くす」

「へっ……単独でも突っ込むって気配だな。なんならもう、味方(・・)の血を浴びている感じか?」

「味方殺しというのは人聞きが悪いな。私は依頼者へ非常招集を受け取ったと伝え、即時撤退すると説明もした。それを引き留めてきたので、警告もした。それでも止めてきたのだ……敵として処理して何が悪い?」


 今回の事件の発端は、メラスが作り出した政治的な誘導である。

 奇術騎士団の派遣先である当代のカーリーストス伯爵は何も知らなかったが、三ツ星騎士団の派遣先の依頼者は知っている側だった。

 それも、協力を強要されているのではなく、積極的に関わっている側だった。


 オリオンが『三ツ星騎士団は救援に向かう』と伝えたところ、自分達の作戦が上手くいっていると誤解して『そんな、三ツ星騎士団に抜けられると大変なことになってしまいます! せめてあと三日……いえ二日だけでも!』と粘ってきた。

 口実(・・)を得たオリオンは、その場の責任者を叩き殺して、この場に参上したのである。


「騎士団への協力要請を行う際に、契約書へサインをしている。その中には非常事態への対応も書かれていたはずだ。よって、こちらに不備はない」

「へへへ……獣人らしくねえことをおっしゃるなあ」

「だがそれでいい。この状況で妨害してくる輩など、敵として処理したほうが世のためだ」


 撤収を妨害してくる依頼者を、これ幸いと殺してきたというオリオン。

 その判断を、他の二人も肯定していた。

 非常招集とはそれほどの命令なのか、と奇術騎士団は慄いている。


「い、いや~~……非常招集ってそこまでの事態なんですね~~。私初めて聞きました~~」


 なお、水晶騎士団団長、エリートゴブリンのルナも同じ顔をしていた。


「……その、なんだ。うむ、君はゴブリンなので仕方ないかもしれないが、騎士養成校で私は確実に教えたはずだ」

「え、そ、そうでしたっけ? すみません、セフェウ先生~~!」

「もう同じ立場なのだから、先生と呼んでほしくないのだがな……はあ」


 種族によって性質が違うのだから仕方ない、と自分に言い聞かせつつ、騎士団長なんだから重要事項ぐらい覚えておけよと思わずにいられないセフェウ。

 そんな彼に、ルナは意気込みを伝える。


「でもそれはそれとして! 奇術騎士団の救出は頑張りますよ、私達!」

「ああ、うむ……それは疑っていない」

「で、あの子(・・・)たちは?」

「彼女らなら、もう自分の本部に戻っている。もうこちらに向かっている段階だ」


 この国にある騎士団は、総騎士団長とその直属騎士を除いて、全部で六つ。

 ティストリアが直接スカウトした色物、奇術騎士団。

 歴史ある正統派、三ツ星騎士団と貝紫騎士団。

 軍隊からのたたき上げで構成された、豪傑騎士団。

 騎士養成校の同期生で構成された、水晶騎士団。


 そして……最後の騎士団が、そこに現れる。


「セフェウ先生オリオン先生ルナちゃんお久しぶりです私のことを覚えていますか私は貴方たちのことをおぼえています挨拶がいままでなくてすみませんでも合わせる顔がなかったんです任務を一生懸命頑張るのが皆さんへの誠意だと思って頑張ってきましたですが奇術騎士団が捕まったという通達を受けて参上した次第なので怒らないでもらえると助かりますこれから合同任務なのに輪を乱したくないということもあるんですけど私もあんまり怒られたくないんですでもそれだけじゃないってこともわかってほしいです」


 ずずず、と。

 リザードマン、に見える巨体が現れた。

 だがその下半身は、明らかに蛇のそれである。


 つまりはトカゲ人間の上半身に、蛇の下半身。

 ラミア、それも大蛇種のトップエリートであった。


「貴方達が奇術騎士団の砲兵隊ですね私も話には聞いていましたこうしてお会いできて光栄です本当は貴方たちにももっと早く会わないといけなかったんですがそれも都合が合わなくてこんな時になってしまいました私は騎士団長ですがそんなに気にしなくていいです部下に裏切られて逃げ出されるようなゴミなので貴方たちの騎士団長様や他の人と比べていいそんざいじゃないんですいや本当に謙遜とかじゃなくて」


(こ、この人が、最後の騎士団長……!)


 奇術騎士団砲兵隊にも、そのラミアは謝っていた。

 もちろん彼女らは初対面なのだが、かなりの因縁がある。

 いやむしろ、奇術騎士団にとって最も関係が濃い存在と言っていい。


「ああ、ごほん。彼女は(ほうき)騎士団団長、エリートラミア(大蛇種)のイオンだ。知っての通りラミア種はこういう喋り方なので、言葉を被せないように頼む」


 オリオンは肝心なことを伝えなかったイオンに代わって、彼女の紹介をした。

 そのうえで、彼女の背後にいる従騎士、正騎士たちにも紹介の手を向ける。


「君たちは良く知らないだろうが……騎士団には主に四つの任務がある。まず領主などからの事件解決依頼と、軍事面での救援要請だ。これについては、君たちも担当しているので詳しいだろう。他にも我ら三ツ星騎士団や貝紫騎士団は、騎士養成校に所属する騎士候補生へ指導を行う立場でもある」


(後進の育成……私達には回ってこない仕事ね……)


「そして最後に……依頼とは関係なく、各地を巡る仕事だ。できるだけ多くの人に騎士団を知ってもらい、その仕事に理解を得てもらうわけだな。仕事の内容は時々で変わるが、騎士団本部へめったに戻らない仕事と思ってくれ。それを担当していたのが、箒騎士団なのだ」

「……アヴィオールが所属していた騎士団、と言えば理解できるだろう」


 オリオンが言いにくそうにしていたことを、セフェウが引き継いでいた。

 そして砲兵隊は、しばらく考える。


「アヴィオール? ……あ、もしかして私たちが倒した、脱走騎士ですか?」

「そういうことだ。奴は元々箒騎士団に所属していたのだがな……政治にうんざりして出奔したのだ」


 ふとみれば、イオンや他の箒騎士団の騎士たちも、ぺこぺこと頭を下げている。

 本来自分たちが始末をつけるべきだったことを押し付けてしまい、申し訳なく思っているのだろう。


「アヴィオール……アイツとは直接顔を合せなかったんですが、私たち全員よりも多い魔力を持つトップエリートですよね。アイツを捕まえたことで、私たちは騎士団になったんですけど……」

「奴の脱走がお前達に利したかどうかは関係ない、物事の筋道の話だ。それに……配下が脱走したことは団長の罪だ。罪悪感を受けない方が悪い」


「私語はそこまでにしてください」


 そうして全騎士団が集結したところで、ティストリアが直属の騎士たちを引き連れて現れた。

 それと同時に、緩んでいた空気が一瞬で固まる。


「この度は非常招集に応じてくださり、ありがとうございます。各地の任務を放棄しての強硬手段でしたが、必要なことだと私が判断しました」


 相変わらず、ティストリアに感情はない。

 だがその言葉は、まさに真実であった。


「皆さんへ通達を送った後、追加で報告を受けました。奇術騎士団の団員は拘束され、メラス軍の建築した野城に隔離されているようです。騎士団長であるヒクメ卿は、伯爵の城で監禁され、さまざまな要求を押し付けられている様子」


 奇術騎士団が敗北し、監禁されている。

 その事実を再確認して、砲兵隊は旗を掴んで震えていた。


「ヒクメ卿にケガはないようです。彼だけなら独力での脱出も、伯爵家の掌握も、領地経営を破綻させることも、重要人物の殲滅も容易でしょう。そうしていないのは、彼が騎士団長として、部下を守る義務を果たしているからこそ」


 ガイカクが絶対的な恐怖の対象として忠誠を誓っている女は、その印象を裏切ることなく決定を下していた。


「彼は私の部下であり、私の命令に従った結果、このような状況に陥りました。私は総騎士団長として、彼らを救助する義務があります」


 なんら恥じることはなし。

 直球勝負で、全面戦争一本道。


「カーリーストス伯爵との全面戦争に移行します。誰の助けも借りず、誰の政治的裏付けも受け付けず、誰の介入であっても排除します。降伏勧告はせず、助命嘆願を無視し、人質交換の申し出も却下します。我らもまたそれを一切しません。我らが全滅するか、敵が全滅するか。二つに一つです」


 騎士団には、他種族の国からやってきた者も多い。

 それらを『騎士団の私闘』に投入することは、それらとの関係を破綻させかねない。

 だがそんなことは知らんと、バカになって突き進む。


「それでは、全部隊、前進」


 まったく熱のない号令に、騎士たちは拳を振り上げて応じていた。


 これが騎士団最後の戦いになるかもしれない、後世に汚名を残すかもしれない。

 それでもいいと、誇り高き騎士たちは無謀な戦場に臨むのであった。



 全騎士団が任務を放棄し、自国の領主に戦争を仕掛ける。

 その判断を止めうる者たち、つまり軍部の首脳たち。

 彼らは一通の手紙、正式な文書をテーブルの上に乗せて、それを囲んでいた。


「カーリーストス伯爵からの正式な文書が、ここに届いた。内容は『メラス軍の撃退には成功したが、救援に来てくれた奇術騎士団は全員死んでしまった』だ……まあ、定型文で謝罪や感謝も添えてある」


 すっかり呆れた顔で、老齢の人間男性がそう口にした。

 わずかに残っていた期待が消えて、失望に変わっていたのだ。


 この手紙が届くまでは『杞憂じゃないか?』という可能性が残っていたのだ。

 しかしこれが届いてしまった以上、もうカーリーストス伯爵領はおしまいである。


「はあ……こんなバカな手紙をよこしてくるとはな」

「解像度の高さが、これを招いたのかもしれません。正確すぎる情報が目の前にあると、それを軸に考えがちです」

「奇術騎士団の団員は弱い、育ちもよくない。だから死んだことにしても納得するし、誰も怒らないし探しもしない……と思ったのでしょう」

「だとしてもなあ……」


 とてもフラットな視点、あるいはクリアな視点で考えたとする。

 奇術騎士団と新体制のカーリーストス伯爵軍が、メラス軍と戦ったとして……。

 撃退には成功したものの、奇術騎士団は全滅した……という可能性はある。


 この情報自体は、そこまでおかしなことではない。

 メラスは智将であるし、新体制の伯爵軍が弱いのは当然のことだ。

 ガイカクは前線に出ることもあったし、奇術騎士団の全員が死んでもそこまで異常ではない。


 この場の面々も、この手紙の内容がそこまでおかしいとは思わない。

 この情報だけで『伯爵家を滅ぼす』と言い出した騎士団を、止めるべきだと考える。


 では何が原因で、伯爵家を見捨てるのか。

 手紙の内容が問題なのではない、手紙で連絡してきたことが問題なのである。


「先代と今代がそろって直接謝罪に来ていれば、かばいようもあったのだがな」


 常識で考えて、援軍に来てくれた者たちが全員死んだら、謹んで謝罪に来るべきだろう。

 手紙一通で済ませている時点で、それを理由に戦争へ発展してもおかしくない。

 すくなくとも、この場の彼らは同じような対応をされたら、騎士団同様の対応をするつもりだった。


「そんなこともわからなかったのか、『犯人』は」

「おそらく、犯人はケガで引退した先代だろう。今代はまったく納得しておらず、先代が独断で押し通したのだ。だからこそ……今代を一人でここに来させることはできず、自分は治療で忙しい、と」

「謝罪してから治療を始めればまだいいものを……貧すれば鈍する、小人閑居して不善をなすといったところか」


 要するにもう、この手紙をよこしてきた時点で、真相がどうとか関係ないのだ。

 この世界に、騎士団を止める組織も権力も存在しなくなっている。


「もはや私たちにできることは、彼らの邪魔をしないことぐらいだろう」


 逆に、騎士団に協力する者はいない。

 それは今回の問題に関わりたくないと思っているのか、あるいは……。


 騎士団単独でも、伯爵家を一方的に殲滅できると思っているのか。

本作のコミカライズが進行しております。

ファンタジア文庫様の公式Xをご確認いただけると幸いです。

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