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部下のためなら恥も晒す

最新2巻、2月20日発売!


あと三日です!

 アーストリナ平原にメラス軍が建造した野城。

 砲兵隊を除く奇術騎士団の団員は、そこに収容されていた。

 連日の戦闘と負傷により身動きが取れなくなっていた彼女らだったが、それによって彼女らへの拘束は緩かった。

 野城に檻だとかがなかったこともあるだろうし、200人規模の騎士団全員を拘束することが難しかったこともあるだろうが……。

 ともあれ彼女たちは鎖や縄で縛られることはなく、ベッドの上で過ごすことができていた。


 もちろん、快適な入院生活とは言い難い。

 栄養状態が不十分であったこともそうだが、なにより精神状態が良くなかった。


「お前らは身に余る幸運に恵まれたみたいだが……ようやく分相応になったと思わないか?」


 先代伯爵直属の部下であろう、年齢を重ねた人間の男たちが、事あるごとにバカにしてくるからだ。

 彼らが強いこと、多くの実戦を経験していたであろうことは、彼らの風貌から伝わってくる。

 その実績自体は評価するべきなのだろうが、彼らはむしろ団員たちの実績を評価したくないようである。


「奇術騎士団の噂は、それこそ国中にも響いている。お前たちの逸話はどれも眉唾だが面白おかしいものばかりで……だからこそ、バカな奴らはそれを口にする。真に評価されるべき人がないがしろにされているわけだな」


 世間的に見れば、先代カーリーストス伯爵やその部下たちなど大したものではない。

 以前の名君、少し前の猛将。悪い噂のなかった、欠点のない領主。そしてその部下たち。


 そんな評価さえ、なんともローカルだ。伯爵領やその近辺だけの噂であり、遠い地にいけば地名ぐらいしか知られていない。


「これでお前たちが『普通の騎士団』と同じように強ければいいが……噂通りの『最弱の騎士団』ときた。それで我らがどう思うかわかるか?」


 歩兵隊ですら、一般兵より少し強い程度。

 他の種族は、噂通りに最低数値ぞろい。


 これが、自分達よりも武名が高い。

 その事実は、彼を、彼らを苛立たせていた。


「お前たちは、本来この立場が似合いだ。戦いに参加するも、非力故に倒れ……無念の日々を過ごす。弱いなりに頑張ってエライ、と褒められる日々が似合いだ」


 ガイカクのような医者は、患者を選ぶべきだった。

 こんな雑魚ではなく、自分達や先代のような古強者をこそ癒すべきだった。


「……今まで先代様が失意の日々を過ごしていたこと。それこそが間違いだったのだ」


「ふん。その先代の自慢の部下のやっていることが、怪我人の前で愚痴を言うことか? なるほど、部下を見れば上司が分かるというものだな」


 そんな猛者たちに耐えかねて、団員たちは反論する。

 その眼には、怒りと希望が宿っていた。


「……なんだお前達、その眼は。まさか助けが来るとでも思っているのか?」

「来ると信じているともさ! お前たちがなんと言おうと、私たちは騎士団だ! 頼れる仲間が大勢いる!」

「そうとも! お前たちが私たちの死を喧伝したところで信じるわけがない!」

「……能天気な奴らだな」


 希望を宿す彼女らに、猛者は苛立っていた。

 これだけ負傷して、死を偽装されて、しかも外部へ助けを求められない状況。

 それでも彼女たちは、助かると確信している。

 そんなことがあるわけもないのに、間違っていることを大声で叫んでいる。

 それが、賢人を自認する猛者には耐えがたい。


「各地で活躍した? 大勢の人々を助けた? 感謝されている? それが何になる! 戦場で倒れたと聞けば、『ああそうなんだ、かわいそう』で終わる!」

「お前たちの偉大なる先代様がそうだったように、か?」

「!!」


 がん、と。

 強大である猛者は、弱者に暴力を振るった。


「~~!」

「どうした、何か言ってみろ!」

「強くて勇気があるな、お前は。ベッドの上で動けなくなっている怪我人を叩くなど、そうそうできることではない!」

「……!」


 彼女たちは、たしかに『この状況』が似合いの生まれだった。

 だが今の彼女たちは違う。

 自負と自信と、客観的な事実がある。


「お前達は今でこそ弱い者いじめをする余裕があるが……先のことを考えているか? 夜寝る前に、不安にならないか? 私たちはな、考えれば考えるほど愉快になるぞ!」


 いきあたりばったりの作戦だからこそ、ガイカクやティストリアですら予見できなかった。

 だが行き当たりばったりだからこそ、失敗する可能性に満ち溢れている。


「そうだな……もしまかり間違って、お前たちの嘘が見破られなかったとしてだ。それでどうするんだ? 騎士団一つが壊滅しているんだぞ? ただで済むと思っているのか!?」


 奇術騎士団全員が死んだ、という偽装の報告。

 それを真実だと受け止められたとしても、それはそれで賠償責任が生じる。


「私たちがメラス軍に負けていたのならまだしも、私たちは勝ったんだぞ? お前たちの依頼通り、メラス軍を追い返したんだぞ? それで全滅したことになっているんだぞ? その上、今代当主も生きていて、その部下たちもそんなには死んでいない! さあ、騎士団がどうするか想像できるか?」


 想定の甘い作戦が上手くいったとしても、順当に最悪の結果になる。

 ごく平和的な解決策でさえ、多大な負担が生じる。


「穏当に話をまとめるとしても! 賠償金を請求するだろうなあ! 騎士団に出動依頼をするだけでも結構なカネが動くのに、全滅までしたんならなあ! 払えるのか? 伯爵家ごときが!」

「そんなことは……知らんな! 腑抜けた当代当主の責任だ!」

「へえ、言い逃れができるのか? 伯爵様の失態を、伯爵家が無視できるのか?」


 先代が引退する前なら『跡を継いだわけでもない息子が勝手にやったこと、伯爵家としては関係ない』と言い張ることもできただろう。

 だが当主交代はすでになされている。なんの権限もない息子が勝手にやったことだ、などといいはれるわけがない。


「私たちのスポンサーであるハグェ公爵家はどうかな? 大貴族様だぞ? 伯爵家とは比べ物にならない! そんな大物に睨まれたら、御貴族様としてはつらいんじゃないか? まだまだあるぞ、他には……」

「くだらん」


 猛者は、殴って黙らせていた。

 だがその顔は、不安に震えていた。


 そんなことがあっていいはずがないのだ。

 この敗者たちの言っていることは、妄想に過ぎないはずなのだ。

 自分たちの尊敬する先代が倒れても、世界は大騒ぎをしなかったのに……。

 こんな雑魚たちが全滅したぐらいで、そんな大ごとになるわけがない。

 なっていいわけがない。


「お前たちが希望を抱いていることはわかった……それをへし折ってやろう!」


 希望を否定したいが、それはできない。

 それならメンタルにダメージを与えて、希望を抱けないようにしてやろう。


「お前たちの大好きな騎士団長様に会わせてやる……!」


 団員の中で特に反抗的なものを数人捕まえて、馬車に乗せ始めた。

 その移動先がどこなのかは考えるまでもないが、その『再会』が楽しいものであるはずもなかった。



 一方でガイカクは、特に細工などをせず治療に専念していた。

 反抗的な態度を隠さずにいたが、それはそれとして治療は最善を尽くしていた。

 幸い現在の設備でどうにもならないほどの症状もなく、先代伯爵やその部下たちへの治療は順調だった。


 何も知らない先代伯爵とその部下たちからすれば、『当然の処置を受けている』という認識である。

 むしろ今までがおかしかった、もっと早く治療を受けられるはずだった、という傲慢さであった。

 そんな彼らからすれば、ガイカクの反抗的な姿勢は受け入れがたいものであった。


 とはいえ、暴力を振るうことはできない。

 もしもガイカクの医療に支障をきたせば、それこそ取り返しが利かないからだ。

 だがそれはそれとして、従順な態度をとらせたいとは思っていた。


 そんな折である。

 部下の一人が、ガイカクの部下を城まで数人連れてきていた。


 彼はイヤらしい笑みを浮かべて、他の仲間や先代伯爵の前で叫んでいた。


「なあ騎士団長サマ、部下が無事だったか心配だっただろう? 会わせてやるよ! オラ!」

「だ、団長……」

「無理やり連れてきたな……何のマネだ」

「ベッドの上で暇そうにしているからな、それを解消してやろうって言う親切心だよ!」


 彼の主張は、まさに悪い意味で男らしかった。


「奇術騎士団の団長様! なにか面白いことをしろよ、俺たちを笑わせてみろ!」

「……なんだと?」

「どんなことでもいいぞ? 俺たちを大笑いさせろ! こいつらの前で、こいつらも一緒に大笑いさせるんだよ!」


 つまりは辱めだった。

 腕がいいだけの医者に、身の程を教えてやろうという考えであった。


「そりゃあいい! 騎士団長様の芸なんて、なかなかみられるもんじゃねえもんな!」


 周囲の古強者たちも、それにのっかった。

 先代伯爵も、にやりと笑ってそれを肯定する。


「くだらないことだ……。だが、部下を大事にしてこそ、上官というもの。この要望も、是非お前に叶えてほしい」

「……!」


 この時のガイカクは、まさに目を見開いていた。

 屈辱を味わい、憤慨し、しかしそれをおさえこまなければならない、という顔であった。


「だ、団長……す、すみませ……」


 大胆不敵を地で行くガイカクに、そんな顔をさせてしまった。

 団員は申し訳なさそうに、目に涙を浮かべる。

 それこそが、古強者たちの望んだこと。彼らなりの作戦であり、計画であった。

 それは確かに、成功していたのである。


「気にするな……お前達は悪くない。お前たちを守るのは……今は、俺だけだ。俺に任せておけ……」


 壮絶な覚悟を決めて、周囲に恥を晒そうとしている。

 ガイカクの気迫を察して、既に先代や猛者たちはにやけが止まらなかった。


 一体何をして笑わせようとするのか。

 笑いものにしてやろうとニヤつく彼らの前で、ガイカクは椅子の上『で』座った。

 椅子の上で、正座をしたのである。


 何事かと思っていると、ガイカクはにっこりと笑って饒舌に話し始めた。


「改めまして自己紹介をさせていただきます、総騎士団長ティストリア様の忠実なる下僕、奇術騎士団団長ガイカク・ヒクメにございます」


 あまりの饒舌さに、誰もがあっけに取られていた。

 にやけなど吹き飛んで、混乱に至っている。

 それはもちろん、団員たちも同じだった。


「どこをどうみても騎士らしくない私どもです、なぜ騎士になったかとどなたでも知りたくなるでしょう。私どもはもともととある、こおんな太鼓腹の貴族様に仕えておりました。とある日に『この賞金首を狩ってこい』と命じられまして、私どもはもちろんそれを成功させました。『御貴族様、この通り賞金首を狩ってまいりました』『ふん、本物のようだな。どれ、駄賃をやろう。これで酒でも飲んで帰るがいい』『へへえ……ありがとうございます。へっへっへ! 今夜は飲みまくるぞ~~!』『ふん、馬鹿め……この首の価値を知らんと見える』」


 ここでガイカクは、適当な棒を手に持って、まるでペンでも使っているかのように振舞いだした。


「『この私が討ち取った、ということにしたほうが覚えが良かろう』『よし、百名の護衛を引き連れて、この私が勇敢に立ち向かい……』『いや、百人では手抜きと思われかねん。よし、五百名の精鋭と共にこの賞金首を~~』『いやまて、いっそ……一万人の兵を引き連れてぇええええ』『……さすがに盛りすぎたか』」


 ここで彼らは、芸が始まっていることにようやく気付くのであった。


「『よし、いっそ私が一人で立ち向かい、捕らえたということにしよう』『勇敢にして精強なる私は、護衛の一人も連れず、河を越えて海を越えて山に登って谷を下って家に入って家を出て、道を歩いて躓いて、擦りむいた傷の痛みに負けず、自慢の魔術で賞金首を討ち取ったのでございます』『おお……我ながら、素晴らしい文才だ! これならあるいは、騎士団からお声がかかるかも?』」


 ガイカクの饒舌さ、身振り手振り、その表情。

 それらが困惑していた場を和ませていく。


「『貴方がこの賞金首を討ち取ったという方ですね?』『おお、ティストリア様……お美しい! 噂以上の美貌……もったいないもったいない、ありがたやありがたや、大明神大明神!』『貴方の報告書は読ませていただきました。素晴らしい武勇をお持ちなのですね。騎士団にスカウトしたいほどです』『ええ、私が騎士に? まことに? 嘘だなんておっしゃいませんか?』『ええ、もちろん。本当です』『うっし! よし! 来た、俺の時代が来た!』『任命する前に、実力を確かめましょう。さあ魔術を見せなさい』『え』『自慢の魔術を見せろと言っているのです』『あ、え~~……実はお腹が痛くて頭が痛くて喉が痛くて舌が痛くて、とても魔術を唱えられる……ああ、いえ、違います違います。私の攻撃魔術は、とんでもない、それはもう、とんでもない、信じられない威力でございまして……ここで使うと、お肌に傷が!』」


 ここでガイカクは、もっていた棒を振りかぶった。


「『では防御魔術を見せてください。私の一太刀を止めるように』『ひぇ!』『私は嘘を言いません、このまま全力で斬ります』『嘘だとおっしゃってください、誠ではないとおっしゃってください!』『私は本気です』『わ、私めの方が嘘をついておりました! 本当です、本当に嘘なんです! 賞金首を討ち取ったのは、こっちです! コイツです!』」


 ここでガイカクは、驚いた顔で自分を指さした。


「え? 今言う?」


 ここで一笑いが漏れた。


「とまあこのような縁によって、私どもはティストリア様のお目に触れ、部下として召し抱えられたのでございます。しかし元をただせば日陰者、騎士らしいふるまいなどできませぬ。その代わり、違法行為に関しては誰よりも精通しております」


 ガイカクは椅子の上で軽く尻を浮かし、膝をわずかに動かした。


「この場で違法行為に何の意味がある、と思われる方もいらっしゃるでしょう。しかし世の法律とは奇妙な物、『笑い話』を禁じてしまうこともある……」


 マクラが終わり、噺が始まる。


「禁演目『やまいの虫』に、ございます」



「『ああ、逃げろ逃げろ……あれ、逃げ場が、ない!』どうも、ありがとうございました!」


 ガイカクが話し終えて一礼をすると、どかんと大爆笑。

 ガイカクの巧みな芸によって、その場は拍手喝采に包まれていた。


 腹を抱えて倒れる者まで出ていた。

 そしてそんな中、当のガイカクの心の中は……。


(くそ……久しぶりだから、クオリティが低い!! 恥ずかしい!)


 納得できない仕上がりの芸を披露させられて、屈辱と羞恥に震えていたのであった。


(……うちの騎士団長っていったい)


 そして、結果的に自分たちの騎士団長へ不信感を抱く部下たちであった。

本作のコミカライズが進行しております。

どうか今後も、応援願います。

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