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恥以外のすべてを捨てて

最新2巻、2月20日発売!


あと四日です!

 全騎士団への非常招集がかかり、最初にそれを受け取ったのは付近にいた『貝紫騎士団』であった。

 その団長であるエリートエルフ・セフェウは、怒りの表情で奇術騎士団本部に向かっていた。

 現在そこにいるのは、砲兵隊だけである。


「一応お伺いしますが、保護と説明のためですね?」

「当然だ……!」


 補佐である正騎士の言葉を、彼は即座に肯定する。


「本来なら私たちが関わるべき相手ではないが、状況が状況だ。もしもを考えて、保護下に置く……!」


 大勢の部下を引き連れて移動している彼の顔は、それこそ戦場でも見ない種類の怒りだった。

 いや、そもそも彼は戦場で怒るような男ではない。

 ゆえに、戦場の敵以上に許しがたい存在を知った顔なのだ。


「……一応言っておくが、私は奇術騎士団を良く思っていない。しかし今回のことは、彼らに責任がないと思っている。もちろん、ティストリア様が非常招集をかけたこともな」


 彼は早歩きをしながら、部下に自分の感情を伝えていた。


「騎士団を、舐めている……!」


 一言で言えば、それに尽きる。

 現役最年長の騎士団長である彼は、今回の事件を騎士団そのものへの侮辱だととらえていた。

 侮辱してもいい組織だと認識されていることに、彼は耐えがたいほどの怒りを覚えるのだ。

 それをみて、副官である正騎士はため息をついた。


「一応申し上げておきますが、今回の主犯である先代当主は、現役時代一度も騎士団を頼らなかったそうです」

「それは大変に結構だな、それで?」

「なので騎士団の実力を知らず、奇術騎士団の団員を見ていろいろと勘違いをしているのかもしれません」

「下らん……!」


 先代カーリーストス伯爵は、騎士団に頼らず独立独歩の精神で頑張ってきた。

 それは領主本来の姿であり、たしかに誇っていいことである。

 困ったことがあったらすぐに騎士団へ頼るような軟弱者を、見下していい側の人間である。

 

 だが騎士団を侮っていい理由にはならない。


「騎士団を舐めるな……!」


 怒りに震える彼が、その振動を保ったまま奇術騎士団の本部に到着する。

 するとそこには……。


「え、誰?」

「あの旗……貝紫騎士団だ!!」


 野良仕事の服を着て、違法な植物の栽培を堂々としている砲兵隊がいた。


「……こいつらが一番騎士団を舐めている」


 知っていた現実に、彼は頭を痛めるのであった。

 それはもちろん、同行していた他の騎士たちも同じである。


「騎士団長……話を進めましょう。彼女たちは何も知らないのです」

「そうだな……自分たちが世話をしている植物が、どれだけ危険なのかもな……!」


 何とか自制しているセフェウだが、そんな彼と対峙している砲兵隊の心中や如何に。


(この人が、貝紫騎士団団長、エリートエルフのセフェウ!)

(私達以外で騎士団に所属する、唯一のエルフ……!)

(あのルナを越える、騎士団最強の魔術師!)


 ガイカクの部下ほぼ全員に言えることだが、砲兵隊もまた同族に対してあまりいい印象を抱いていない。

 だがその向かう先は『種族』でも『特定の集団』でもなく、『その種族を主体とした社会』に対してである。


 エルフの(くに)に属さない彼に対して、そこまでの悪印象はなかった。


 そしてそれを裏切らない形で、セフェウは彼女らに話しかける。

 その話方は、トップエリートから底辺に対してとは思えないほど、誠意のこもったものであった。


「結論から言おう。お前たちを除く奇術騎士団の団員全員が、カーリーストス伯爵領で拘束された」

「……拘束!? 逮捕ってことですか?!」

「何が理由で!? どれが理由で!?」


 なお、底辺たちは勘違いをし、戸惑っている模様。


「……確かに奇術騎士団は、死刑を網羅する勢いであらゆる悪事をこなしている。だが今回は、そういう話ではない」


 死刑と一言で言っても、様々な種類の殺し方がある。

 罪の重さに応じて、派手で苦痛を伴う度合いが増していく。

 そして彼女たちの扱っている植物は、どれもが死刑確実のものであり……。

 それぞれ処刑の方法が変わってくるのだ。


 もちろん、今回は何の関係もない。


「ヒクメ卿率いる奇術騎士団は、カーリーストス伯爵軍と合流し、アーストリナ平原でメラス軍と交戦した。苦戦の末勝利し……お前達には言うまでもないが、騎士団の軍事機密を奪われることもなかった」


 メラスの目的……というより奇術騎士団の周囲を飛ぶハゲタカの狙いは、ガイカクの違法魔導兵器を鹵獲することであった。


 彼の技術を盗み、戦場に投入することで、技術漏洩の責任を問う。

 もちろんガイカクの頭脳をもってすれば『自分で作った兵器の対策』なんて朝飯前だろうが……。

 それでも、つけ入る隙にはなるからだ。


 ガイカクは今回の戦場に『鹵獲されたら困る兵器』をあえて持ち込まないことで、それへの根本的な対応をしていた。


 それがあだとなって、この状況になっている。


「だが、カーリーストス伯爵軍が裏切った。メラス軍との戦いによって疲弊した団員を人質に、ヒクメ卿へ不当な要求を押し付けているらしい」

「……は? え、え?」

「依頼者が、裏切った? っていうか……え、そのまんまの意味ですか?」

「意味わかんない……」


 砲兵隊の反応は、まさに呆然自失としたものであった。

 確かにそれならガイカクでも読み切れないし、対応できるものでもない。

 だが『ソレ』は……。


「その通り、許されざる悪行だ。繰り返されてはいけない過ちだ」


 ーーー個人の武術の世界では、余力を残すことが肝要という考え方がある。

 余力を残さず出し切ったら、そこを狙われてしまうからだ。


 そんな事態に陥り誰かに刺されたとして、それは刺した者が悪いのではなく刺された方が間抜け。

 そういう考え方はもちろんある、なんなら野生の世界では当たり前だ。


 だが同じ国に属する軍隊同士でやることは許されない。

 あるいは、殺されても文句は言わせない、と言ったところだろう。


「こんな者を野放しにすれば、同じことをする者が必ず現れる。そうなれば、騎士団という制度そのものが崩壊する……!」


 セフェウの言葉は、シンプルで重かった。

 だからこそ砲兵隊も頷き、何とかしようと話し合う。


「……私達だけでできることなんてない。まず三ツ星騎士団に、オリオン卿に相談しよう!」

「ハグェ公爵にも力を貸してもらおうよ! あ、あと……多分ライナガンマの人も助けてくれると思う!」

「嫌だけど……本当に嫌だけど、いざって時は、エルフの森に相談を……」

「ケンタウロスとかドワーフも力を貸してくれるよ! 先生に借りを作れるし!」


 ガイカクがいない砲兵隊(エルフ)など、無力な乙女に過ぎない。

 だがそれでも、彼女たちには残っているものがある。

 奇術騎士団の一員である、という誰もが羨むステータスだ。

 彼女たちが『私たちの騎士団長(せんせい)を助けてください』と言えば、それこそ多くの有力者が力を貸すだろう。


 特にスポンサーであるハグェ公爵家がその気になれば、伯爵家ごとき一瞬で潰せるはずだった。

 それはそれで、現実味にある解決策だった。


「お前たちの言っていることが間違っているとは言わない。だが今回の問題は、騎士団で解決する」


 しかしそれを、セフェウは暴論で却下する。


「伯爵領に侵攻し、伯爵とその家族を殺す……!」


 あえて彼は、先代の家族ではなく当代の家族と言った。

 殺す人間に変わりはないが、責任の所在をはっきりさせていた。


「誰の力も借りず、政治的な力を動かさず、騎士団の武力のみをもって始末をつける!」


 軍隊を保有している伯爵と、千にも届かない特殊部隊が真っ向からぶつかる。

 すさまじいほどの、武力へのプライド。

 それは奇術騎士団が抱えている物より、ずっと大きく重かった。


「これはティストリア様の決定だ。既に非常招集も通達されており、ほどなくして全騎士団が総本部に集結する。お前たちも奇術騎士団の代表として参加してもらうぞ」

「そ、それはまあ……いいんですが……大丈夫なんですか?」

「どういう意味だ。伯爵相手に、我らでは力不足だと?」

「そういう意味じゃないです」


 とても良い話だ、と砲兵隊も思っていた。

 仮にハグェ家に頼って、政治的な解決をしてもらっても、場合によってはカーリーストス伯爵家が無傷で終わるかもしれない。

 政治的、社会的にダメージを負うかもしれないが、肉体的にはそこまでのダメージを受けないかもしれない。

 それよりぶん殴ってぶっ殺した方がずっといい。

 それはそうなのだが……。


「私たちもそうですけど、騎士団ってみんな忙しいのでは? 非常招集を通達しても、すぐには来れないんじゃ……」


 砲兵隊としては、常識的なことを言ったつもりだった。

 だがそれを聞いて、セフェウはまた頭を抱えていた。


「……種族によっては、字を覚えられないケースがある。法律などの難しい文章を理解できないこともある。だがお前たちはエルフだろう……ヒクメ卿のように多くを学べとは言わないが、騎士団の重要な指令内容ぐらいは覚えておけ」


 きょとんとしている砲兵隊に、セフェウは『非常招集』の意味を教えていた。



「非常招集とは『すべての任務を放棄して騎士団総本部に集合せよ』という命令だ」



 詳しい意味を理解した砲兵隊は、やはり目を見開いていた。

 それこそ、カーリーストス伯爵軍が裏切ったのと同じぐらい驚いていた。


「そ、それ……アリなんですか?」

「普通は許容されん。軍事作戦に参加していても、それを放棄するのだからな。騎士団がそれに従っても、他は彼女に抗議をするだろう」


 ガイカクが恐れていたティストリアが、どれだけバカ(・・)なのか、彼女たちはようやく理解したのだ。

 そして、目の前のエルフも、負けず劣らずのバカだった。


「万難を排するとはこういうことだ。何も後ろめたいことはない、恥以外のすべてを捨てて進む覚悟が私にもある!」

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