誰も実行に移さなかったこと
本作の書籍化二巻
英雄女騎士に有能とバレた俺の美人ハーレム騎士団2 ガイカク・ヒクメの奇術騎士団
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かくて……アーストリナ平原での戦争は、ガイカクの勝ちとなった。
相手が自分より将棋が強いなら、盤面に『玉』を持ち込まなければいい。
番外戦術さえ通り越した『イカサマ』によって、メラスは涙をのむことになった。
これもまた『戦う前から勝っている』ではあったが、その代償は重かった。
勝ちまでの段取りを決めての戦いではなく、実力勝負。
それは彼女たちの体に、深刻なダメージを与えていた。
戦争が終わった後にもかからわず、しばらくの間カーリーストス伯爵の陣地から動けなかったほどである。
中には普通なら戦士を引退しなければならない、あるいは日常生活に支障をきたすほどの傷を負っているものまでいた。
にも拘わらず、彼女らの顔は明るいものであった。
「お前達、よく頑張ったな。もう処置は終わったぞ、そろそろ移動するとしようか」
「は~~い!」
「いや~~、ようやくまともな家で眠れるんですね~~!」
「けっこうしっかりした陣地でしたけど、それでもちゃんとした屋根や壁が恋しいな~~!」
「夜中に雨が降ると、けっこううるさいもんね~~」
戦いが終わって十日目のことである。
まだまだ痛々しい包帯を巻かれている彼女らだが、そこに悲壮さはない。
未来に陰りを持たない明るさが、言葉や表情に現れていた。
そんな姿を見て、カーリーストス伯爵は慄いていた。
「う、噂では……奇術騎士団団長たるヒクメ卿は、国一番の医者でもあり……エルフの外科手術さえ成功させるほどの凄腕だとか……まさか、本当だったとは」
「そう大したものでもありませんよ、ここではさすがに設備が足りないので、処置はここまでが限界です。それに私一人では手が足りず、部下をずいぶんと待たせてしまいましたしねえ」
ガイカクはなんでもなさそうに言っているが、これもまた奇術騎士団の圧倒的な『強み』である。
死なない限り、いくらでも治療を受けられる。ただ死なないというだけではなく、現場に復帰することができる。
だからこそ彼女らは、命だけ惜しんで、身を惜しまずに戦えるのだ。
(コレが最弱の騎士団を支える、騎士団長……医者としてだけ見ても、国一番……)
それを目の当たりにして、カーリーストス伯爵は生唾を飲んだ。
(もしも彼ほどの医者がいれば、父も引退せずに済んだかもしれない)
国中の誰もが思っていることを、彼もまた思うに至ったのだった。
「カーリーストス伯爵。よろしければ、彼女らをしばらく休ませたいのですが、貴方の領地に移してもよろしいでしょうか?」
「そ、それはもちろんです! あなたがたは私からの協力要請に応じて下さった恩人です! 彼女らを助けるのも、当然のこと!」
しかしそれも、彼はすぐに振り払っていた。
自分たちの要請に応じて参上し、こんなふうにボロボロになるまで戦ってくれた大恩人たちに向かって、これ以上何かを言えるわけもない。
若く未熟で、際立った才能などまったくない彼だが、それでも礼節と恥は知っていた。
脳裏に浮かんだ『誰でも考えてしまいそうなこと』など、一瞬で忘れていた。
むしろ彼らをどうもてなすか、などと建設的なことを考えていた。
だがそれを妨害するかのように、勢いよく陣地に入ってくる影があった。
それは敵ではなく、むしろ味方であった。
「ち、父上! 陣中見舞いにいらしてくださったのですね? こ、こちらは奇術騎士団の……」
ケガで引退していたはずの、先代カーリーストス伯爵。
彼は自分と一緒に引退していた古強者を引き連れて、怪我人ばかりの奇術騎士団陣地に訪れていたのだ。
その風貌は、現役の軍人そのもの。厚手の服を着ていることもあって、どこに傷を負っているのかわからないほどであった。
なるほど、ただ佇むだけでここまでの風格を持つ男の息子であれば、自分を卑下するのも当然だ。
などと……奇術騎士団のものが考えたのは、一瞬のことである。
(……まさか)
戦に勝利した自分の後継者の陣地を訪れたにも拘わらず、先代カーリーストス伯爵はにこりとも笑わなかった。
それどころか、怪我をしていて、処置を受けたばかりの奇術騎士団の団員を『品定め』するように、一人一人を舐めまわすように見ていた。
(……嘘だろ?)
もちろん、彼女らに女としての価値を見出したのではない。
もちろん、ケガが深そうなので心配している、というわけでもない。
彼女らが深い傷を負っているにも関わらず、適切な処置を受けて、だいぶ持ち直していることを確認しているのだ。
つまり、噂に名高いガイカクの、医者としての腕前を確認しているのだ。
(え、ええ……ええ!?)
純朴なゴブリンたちでさえ、『その考え』を想像していた。
だれでも思いついて、しかし実行に移すはずもない、恥知らずこの上ない暴挙。
蛮行とさえ言えない悪行を、まさか実行するなど……あってはならないはずだった。
「貴様が奇術騎士団団長、ガイカク・ヒクメだな? 噂通りの、たしかな腕前のようだ」
あってはならないことではあったが、物理的、戦力的には余りにも容易だった。
「お前には、我が城に来てもらうぞ。拒否した場合、お前の部下がどうなるかわかっているな?」
黒い噂とどす黒い噂の絶えない、奇術騎士団。
その構成員たちでさえ、言葉を失うほどの邪悪が、そこにはいた。
「ち、父上!? 何をおっしゃるのですか!!」
思わず、現役の伯爵である、彼の息子が止めていた。
発言を許した時点で取り返しはつかなかったが、せめて実行だけは防ごうとした。
「彼らは、彼女らは、至らぬ私を助けるために遠方からいらしてくださり、身を挺して我が領地を……がっ?!」
制止しようとした自分の跡取り息子を、先代は黙って殴って吹き飛ばしていた。
息子など、話をする価値もない。そう思っていることが顕わな、猛毒の塊。
それを見て、奇術騎士団の団員は、自分たちの過去の圧迫者たちを思い出していた。
この男は、本物だ。自分たちを直接虐げてきたものと何も変わらないと。
「……!」
抵抗しようとする、立ち向かおうとする。
しかし傷だらけの体は、その意思に従うことができなかった。
強くなったはず、偉くなったはず、以前とは違うはず。
にもかかわらず、彼女たちは何もできなかった。
「ふぅ……」
そしてガイカクは、呆れていた。
目の前の強者たちへ、蔑みの目を向けている。
「おい、お前ら。俺が戻ってくるまでの間、あの野城を占拠しろ。もちろん、先代様の手勢と一緒にな」
目の前の恥知らずを睨みながら、背後にいる部下たちへ指示を出す。
それの意図は、余りにも明白で……。
先代伯爵ですら、意外に思うほどの物わかりの良さだった。
「話が早いな、ありがたい」
「……わかっていると思うが、俺の部下にもしものことがあったら、それこそ覚悟をするんだな」
「わかっているとも。こんな奴ら、殺す価値もない」
まさに『こんな奴』である先代伯爵から、『こんな奴ら』と呼ばれた団員たちは怒りで叫びそうになっていた。
だがそれを察して、ガイカクは制する。
「お前ら、命令はしたはずだぞ。俺に従えないのか?」
この状況で伝わってくるのは、ガイカクの理性と、それ以上の悪意だった。
ガイカクの傍にいた彼女らは、ガイカクの心情をくみ取っていた。
「は、はい……騎士団長、命令に従います……」
全員が、一時の敗北を受け入れていた。
「……本当に物わかりがいいな。裏がないか、警戒したくなるほどだ」
「あえて言いますがね、私にとってもこの状況は完全に想定外です。まして部下たちが、これを想定しているわけもない」
探りを入れてくる先代伯爵に対して、ガイカクは『素直』に実情を述べていた。
「私も部下も、逃げることはおろか、助けを呼ぶことさえできませんよ」
「……そうだな」
戦場を良く知る先代伯爵は、目の前の彼女らが手紙を書くことさえ難しい状態であると見抜いていた。
であれば、警戒をする価値などない。
勝者である彼は戦利品であるガイカクを連れて、敗者たちに背を向けた。
「では帰るとしようか、我が城へ」
かくて……。
奇術騎士団の団員たちは、二度と味わいたくなかった屈辱を、再び味わうことになる。
新進気鋭の奇術騎士団、初の完全敗北は……味方からの裏切りであった。