ババ抜き
本作の書籍化二巻
英雄女騎士に有能とバレた俺の美人ハーレム騎士団2 ガイカク・ヒクメの奇術騎士団
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山岳地帯で行われている、裏側での戦い。
それが始まったのは、表側の戦いが始まる少し前のことであった。
別動隊は襲撃を受けたことを報告するため、色つきののろしを上げている。
それを見たガイカクは、愉快そうに笑っていた。
「は、はははは! ひゃあはははは!」
「ど、どうされたのですか、ヒクメ卿!?」
「敵精鋭部隊が、別動隊に補足されました」
「そ、それは一大事ではないですか!?」
「そう! その通り! もうこのまま戦うしかない!」
ガイカクが嬉しそうに爆笑している姿を見て、カーリーストス伯爵もその部下たちも困惑していた。
何が嬉しいのか、さっぱりわからない。
「お前ら、わかってるな? 予定通りだ!」
その一方で、ガイカクの部下たちはひたすら真剣な表情をしていた。
「予定通り、今日で野城を攻め落とす!」
「はい!」
驚愕、驚嘆というほかない。
連日の戦闘ですでに疲労している奇術騎士団だが、今なお意気高揚。
戦意は燃え上がり、殲滅の決意に震えていた。
味方であるカーリーストス伯爵軍が困惑するほどに、彼女たちだけが異質だった。
「伯爵……おそらくですが、今日の敵は普通に攻めてきます。兵の数が減った今、普通に戦わない理由がない」
「そ、そうでしょうね」
「皆さん相手には最低限の戦力を……余った戦力をこちらにぶち込み、殺しに来るでしょうねえ……ひひひひひひ!」
戦場での道化ぶりに、伯爵軍は困惑を隠せない。
だがそんなことは知ったことではないと、ガイカクはさらにぶっこんでいく。
「我らは予定通り、軍の中央に陣取ります。敵はおそらく、我らと皆さんを分断しようとするでしょうが……それに素直に乗って、分断されてください。今回は救援などできませんので、自力で頑張ってください」
「は、はい……」
「さあ~~勝つぞ、勝つぞ、勝つぞ~~!」
味方に足を引っ張られ、敵に別動隊が潰された。戦況は何一つ好転していない。
にもかかわらず、ガイカクは笑っていた。
「な、なぜ……」
カーリーストス伯爵は混乱していた。なぜそんなにも勝利を確信しているのですか、という質問が口から出かけていた。
だがガイカクは、それに被せてきた。
「なぜ? なぜ? なぜ? そう、それが我が騎士団の優位点!」
「ひぃ!?」
「貴方がたは、今回の野城築城に、戦術的価値も戦略的価値も見いだせない! それは敵も同じこと!」
「は、はあ? なぜ、敵にもそれが分からないと言い切れるのですか?」
「説明できないからですよ!」
伯爵はここでようやく、ガイカクの人物像を理解していた。
この男は自分に説明をしたいのではなく、ただ道化ぶりたいだけなのだ。
そこいらの石を相手に独り言を言っているのと変わりないのだ。
「さあて、大一番だ! バカになって戦争をしよう、そうしよう! 今日はとことんバカになる日だ!」
※
この日のメラスは、登っていくのろしをみていろいろと思いをはせていた。
色がついているのだから、それなりの使い分けができるのだろうと察しはつく。
そのうえで、『準備完了』なのか『援護砲撃不能』なのかを少し考えた。
「わざわざ自分の居場所を知らせるわけがない……つまり、捕捉されたと報告しているのが自然だな」
「ではティウ様が任務を成功させた、ということでしょうか」
「そうなるな」
ここでメラスは、自分の副官に思いをはせた。
「きっと、多くの悪辣な罠が仕掛けられていたのだろう……それを突破することに、どれだけの労力を要したことか……」
激辛スプレー(油性)をぶちまけられた山中で間抜けな行軍を強いられている、などと想像できるわけもない。
本当に想像を絶する戦いを強いられている仲間たちに、彼は感謝の念を抱かずにいられなかった。
「それで、もう撤退するのですか?」
「いや、それはできない。仮に今我らが撤退したのなら、奇術騎士団は別動隊を救援に向かうだろう」
部下の質問を、メラスは却下していた。
「間に合いますかねえ?」
「間に合わなかったとしても、せっかく確保した砲台を奪い返されかねない。それでは意味がない……」
メラスは少し険しい目をしていた。
「我らが戦う限り、奇術騎士団は大義名分に縛られる。たとえ裏側の戦いこそが、真に重要だったとしてもな」
「では……部下に苦戦を強いることになりますな」
「その通りだ……わかりきっていたことだが……」
当たり前の話だが、現在のメラス軍は万全ではない。
もっとも重要な任務を、もっとも信頼できる部下たちに任せているため、精鋭抜きで戦争をしているのだ。
「こちらが有利というだけで、圧倒的優勢というわけではない」
※
おそらく最後の戦いになるであろう、五日目の戦い。
下士官も兵士たちも、昨日までとは違う空気を感じ取ってはいた。
そもそも作戦の指示が昨日とまるで違うのだから、無理もない。
「今日で奇術騎士団を倒すって話だが……アレと真っ向からぶつかるのか……」
「アイツら、何してくるのかさっぱりわからないうえで、普通に強いからな……」
「最弱の騎士団っていうのはわかるぜ? でもなあ……他のザコ、伯爵軍の奴らよりは明らかに強いだろ」
「ああ、まったくだ……」
とはいえ、士気が高いとは言い難かった。
こちらが優勢であるにもかかわらず、メラス軍の……特に奇術騎士団と当たる者達の士気は低い。
無理もないだろう。表向きの理由は『この野城を守る』なのだが……そもそも『野城を建築した理由』を知っている者がほとんどいない。
一般の兵士たちが尽力して建造したこの城なのだが、彼ら自身も周囲に人がいない城を建てる理由も守る理由も思いつかない。
一般兵士たちは、なんかよくわからない政治的理由で建てられたのだろうと考えており(実際その通りである)、やる気など出るわけがなかった。
それはカーリーストス伯爵軍も同様である。
「なあ……そもそもなんで、アイツらはこんなところに城なんて建てたんだ?」
「それ、何度目だよ……」
自分たちの生活している土地の、すぐそばに他国が城を建てた。
そりゃあ困るし、攻め落とすしかない。
しかしすぐそばに人里があるわけでもないし、要所を封じられているわけでもない。
ただ物理的に距離が近いというだけで、痛くもかゆくもない場所にぽつんと建っているだけなのだ。
戦う必要性は理解できるのだが、そこまで士気が高いわけがない。
あっさり倒せるのならそれでいいが、こうも苦戦していれば割に合わないと思うのが当然だ。
そして誰もが『こういう任務でもやる気を出せる奴こそが優秀』ということはわかっている。
その意味でも、奇術騎士団は浮いていた。
「ぶっ殺す……ぶっ殺す!」
「やってやる……大暴れしてやる!」
彼女らだけは、この戦争の目的を明確に理解している。
自分たちを陥れるための政治的な意図によるものだと、懇切丁寧に説明を受けている。
(絶対に勝ってやる……騎士団のままでいてやる!)
(私たちが負けたら……奇術騎士団の名前が地に落ちるのなら……勝つ!)
元が底辺である彼女たちは、危機感が強い。
今回の戦いの意義を知れる立場にあり、なおかつ被害が直撃する者達だ。
(負けてたまるか……絶対に勝つ!)
なにより、底辺の味を知り尽くしている者達だ。
彼女たちは絶対に『生きてさえいればいいことがある』なんて妄言を聞き入れない。
生まれてこの方『生きているだけ』だった人生だった。
そこから這い上がってきたからこそ、落ちることを誰よりも恐怖している。
周りの連中が、なぜ戦っているのかわからないこともあって……。
その士気の温度差こそ、彼女らの優位点と言えるだろう。
「行くぞおおお! ころせ、ころせ、ころせ~!!」
開戦の合図とともに、奇術騎士団主力部隊は駆けだしていた。
「来たぞ~~!」
「ばかめ、突出してきたな!? 自分から分断してくるとは、愚かな奴らだ!」
「包囲しろ、囲んで叩け!」
もちろんメラス側にとっては、その突出は望むところ。
元々分断するつもりだったのだと、彼女たちを包囲してくる。
いくら士気が高く、個々の実力が高いとはいえ、他の騎士団ほどではない。
四方八方から攻撃を受けていれば、さすがに力負けするところだろう。
「全心臓、全力でブン回せ!」
「敵を片っ端からひき殺せ!」
だがここで、ライヴスに乗り込んだ動力騎兵隊が突入する。
四台の戦闘車両が、包囲しようとしてくるメラス兵を跳ね飛ばしていく。
「ぐ、聞いてた馬無し車か! 今ここに突っ込んでくるとは……!」
「てっきり別行動をして、野城に突っ込むかと思ったのに……!」
それを見て、メラス兵は『怒り』を覚えていた。
「野城の周りに、深い穴をしこたま掘ったんだぞ!? お前たち対策で!」
「ここで使い潰すってことは、アレは無駄だったってことじゃねえか!」
野城を築城する際に、一般兵たちは『対車両用の落とし穴』をいくつも掘らされていた。
これは工兵隊が掘った『人間を転ばせるための穴』とは段違いに深く、大きい。
それも城の周囲に、たくさん掘ったのだ。それがどれだけの労力か、考えるまでもない。
ライヴスをこの戦場に投入したということは、それが無駄になった……と考えてしまうだろう。
実際にはその穴があるからこそ『じゃあ城に攻め込むのを辞めるか』という決断に至ったのだが……。
それでも、空振りに終わったのは面白くあるまい。
「おらおらおらああああああ!」
その面白く思わない者たちを、彼女たちは轢いていく。
周りにエリートオーガがいるか、それこそ落とし穴でも開いていない限り、止められるものではない。
というか、止めようと思う者がいなかった。
「落ち着け、総員、落ち着け!」
「馬無し車が、そこまで強いわけがない! もしもそうなら、初日から投入している!」
「こういう時の対処法も、既に習っていただろう!」
「要するに、チャリオットだ! 急に右や左に曲がれない!」
「脚を使って戦え!」
下士官たちは、冷静だった。
既知の兵器であるライヴスの特徴が既存の兵器と似ているということを悟り、それを元に対応する戦術を練っていた。
落とし穴にはまってくれれば最高だったが、そうではないパターンも想定している。
しかし……。
「動力騎兵隊、一端ペースを落とせ! 私たちも並走する!」
「さあ、連携するぞ!」
それはぶっつけ本番の、練習のできない想定だった。
対して奇術騎士団は、連携の演習ができるのだ。
相手が適切な戦術を知っているとしても、用兵ができるとしても、どうしてもテンポが遅れる。
そこを突くのが、彼女らの練度の高さ。
これもまた、強さに他ならない。
「さあ……バカになれ! 大物なんか狙うな! とにかく数を削げ!」
「殺せ、殺せ、殺せ~~!」
彼女らの行動は、やはり冷静だった。
合理性や効率性を度外視しているからこそ、判断が早い。
自分たちを潰そうとしてくる輩を、逆に跳ね返していく。
優秀な下士官を狙うとか、味方を助けるために広い視野を持つとか、そんなことは最初から度外視している。
敵が多いところに突っ込んで殺す、味方が困っていても助けようなんて考えない。
そんなバカ丸出しの強攻策は、この状況ではハマっていた。
「……参った。うん、参った」
戦術的に合理的かはともかく、俯瞰してみていても、近くで見ていても、奇術騎士団は無双の働きをしているようにしか見えない。
野城の物見台からそれを把握していたメラスは、ガイカクの兵法に感服していた。
「いくら妨害を前提にしていたとはいえ、援護砲撃を当てにしていたであろう部下を、ああも奮起させるとは……」
この場の戦況がそこまで問題ではないのだが、それでもメラスはガイカクの適切な戦力運用、思い切った作戦に感じ入っている。
「ガイカク・ヒクメは智将なのだろうが、用兵で私に勝つことは最初からあきらめていた。それを最後まで貫き、なおかつ成立させている……やはり部下を大事にし、部下に大事にされている証拠だな」
それに比べて自分は、と傷つくメラス。
今目の前で倒れていく部下たちは、政治的判断の被害者であり……自分は今回の仕事を引き受けた時点で加害者側になっている。
本当に申し訳ない、とさえ思っていた。
そうして傷ついているメラスを、傍にいる部下たちは慰めていた。
「メラス様、そう落ち込まないでください……確かに兵の犠牲は多いですが、それも一時的なものです。このままいけば、追い詰められるでしょう」
「少なくとも、大敗を覚悟するほどではありません。まだ十分、勝ち目はあります!」
この戦場で勝てば、表向きであっても『奇術騎士団に勝った』という実績を得られる。
それならば、倒れた兵士たちの名誉も傷つかない。
それに何より……。
「それに、山奥ではティウ様が敵を捉えたのでしょう? それならば、この戦場がどうなっても、そこまで問題はないではないですか」
そんな言葉を聞いて、メラスの目は見開かれていた。
「……まさか?」
今この場にいる奇術騎士団は、想定よりもかなり強い。
彼女たちは援護砲撃を待たずして、この戦場を五分と五分、それ以上まで持ち込んでいる。
であれば……。
「最初からこうするつもりだったなら……そもそも支援砲撃が必要なかった?」
あと一押しがあれば、この戦場で確実な勝利を得られただろう。
だがもしも、その一押しがなかったとしても、それなりに勝機があるのなら?
「てったいだ……」
「は?」
「全軍、撤退だ~~! 急げ、急げ! 野城は放棄する! 全軍、ティウとの合流予定地点に急ぐぞ!」
「は、はあ?」
「もう十分、奇術騎士団は弱らせた! ここから山へ援軍に向かうことはできない! だからもういい、もういい!」
遠目に見ても、奮戦している奇術騎士団は疲れている。
メラスの想像が杞憂に終わっていたとしても、ティウたちを困らせる可能性はないに等しい。
「撤退の銅鑼を鳴らせ! とにかく逃げるぞ!」
かくて……なぜ建造されたのかもわからない野城を巡る攻防戦は、終わりを告げていた。
後世の歴史では、メラス軍は奇術騎士団の別動隊を抑えることには成功したが、本隊の進撃を止めることができなかったため、撤退を選んだとされている。
その場にいた当事者たちも、同じように考えることしかできなかった。
実際その面も大きかったのだが、本質は別のところにあったのだ。
そのことにこの時点で気付いていたのは、メラスと……。
「か、勝ちましたね……て、敵はなぜ今逃げたのでしょうか?」
「さあ? 私の部下が思ったより強かったので、ビビって逃げたのでは?」
「ご、ご冗談を……その笑顔から察するに、予定通りなのでしょう?」
「ええ、まあ」
他でもない、ガイカク・ヒクメだけであった。
「でもまあ、嘘でもないですよ。別動隊がいなくても勝てるとは思っていなかった敵が、計算違いに気づいただけですから」
※
およそ一週間後。
メラスが待っていた合流地点に、精鋭部隊を引き連れたティウがたどり着いていた。
すっかり疲れた様子の彼は、誇らしげに戦果を見せつける。
「注文通りに、砲台を奪取してきたぞ。まあ敵には結構粘られたし、痛い目も見せられた上、全員に逃げられたが……それでもこの通りだ」
「そ、そうか……」
誇らしげなティウとその部下たち。
作戦の大目標を達成した彼らに対して、メラスはとても不安そうにしている。
「どうした? なぜそんな顔をしている」
「……この砲台の傍にいた者たちは、これを隠滅しようとしたか?」
「あ、ああ……もちろんだ。奴らは発射を諦めて、放火してから逃げ出した。準備していた『対魔導消火薬』を使わなければ、鎮火できなかった。それでも消しきれず、大変だったが……」
「そうか、大変だったか……」
とんでもなく具合の悪そうなメラス。
彼は怯えながら、あらかじめ呼んでいた『魔法陣に関する魔導士』に依頼をした。
「その、なんだ……確認してくれ」
「は、はい! これが、天才魔導士、奇術騎士団団長、ガイカク・ヒクメの一品!」
専門家であろう年老いた男は、弟子と共に戦利品である砲塔、砲台に近づいた。
それの内容を最初こそ興奮気味に観察していたが、どんどん顔色が悪くなっていく。
「こ、これは……!」
「どうした? まさか、燃えているのでわからない、とかか?」
「いえ、そうではなく……」
魔導士はその砲塔に、魔力を流した。
すると魔力が駆け巡り、刻まれている魔法陣に光が灯る。
「……は?」
光った魔法陣を見て、ティウは言葉を失っていた。
彼の部下である精鋭部隊も、腰を抜かしていた。
「『がんばったね』?」
砲塔に光る文字。
それは『がんばったね』というサインであった。
「ど、どういうことだ? まさか、偽物か?」
「あ、ああ……そうだ」
「お、おかしいだろ? これは確かに、敵が守っていたんだぞ?」
「……ブラフだと、不自然に思われないためにな」
「じゃあ……じゃあ本物はどうしたんだ? 私たちが偽物をつかまされたのなら、本物が別の場所にあって、お前達に向けて発射されていたはずだろう?」
表側の戦場を知らないティウには知り得ないことであったが……。
奇術騎士団は、メラスの想定以上に強かった。
智将である彼は、ガイカクの兵器や用法を重んじるあまり、団員らの練度や実力を軽視していた。
「奴は……最初から、本物の砲台など持ち込んでいなかった」
「は?」
「機密保持のために、最初から砲台を戦場に持ってこなかったのだ!」
今回のメラスの作戦は、そこまで非合理ではなかった。
だがそれでも、一つの前提が間違っていれば、それまでである。
精妙なる砲台による支援砲撃が無ければ、奇術騎士団はメラス軍に勝てない。
その前提が間違っていたなら、あるいはガイカクが部下の武力を信じていたのなら……。
メラスの作戦は、最初から破綻していたということになる。
「じゃ、じゃあ……私たちの戦いは……」
「すまない……全部、無駄だった」
実証された現実……ある種のすり替え手品に、ティウとその部下たちは絶望するのだった。
※
なお、奇術騎士団の砲兵隊は……。
「私達だけ、居残り……」
「大丈夫かな、先生……」
途中で引き返して、本部に戻っていた。
それが仲間にも言えない、極秘任務であった。
「はははは! 勝った勝った! ざまあみろ!」
この戦いから数日後、奇術騎士団は敗北する。