低致死性兵器
本作の書籍化二巻
英雄女騎士に有能とバレた俺の美人ハーレム騎士団2 ガイカク・ヒクメの奇術騎士団
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政治力というものは強大だが、強大だからこそ目立つ。
マルセロのように、迂遠に、長期間を費やして……つまりそれぞれの有力者に気付かれないように、彼らの利益と直結しない形で動かす必要がある。
逆に利益に直結する、不自然で直球な動きというものは、あっさりと相手にも伝わってしまう。
仮にガイカクがまったく気づかなかったとしても、総騎士団長であるティストリアならあっさりと気付くだろう。それを部下へ伝えないわけがない。
つまり……メラス側はガイカクが警戒していると知ったうえで、違法兵器の奪取を行わなければならないのだ。
それはいい点もあれば、悪い点もある。
広大な山中に隠れているであろうガイカクの部下たちは、ギリギリまで隠れている。
できることなら、砲台を使わずに戦いを終えたいだろう。
主戦場が追い詰められて、合図を送られて、それでようやく発射体勢に入るはずだった。
もちろん、事前にどんな合図が送られるのかなどわかるわけもない。
だがその合図の種類を確認できれば、地図と照らし合わせて『合図を確認できる場所』を絞り込むことができる。
「のろしか……思ったより普通の合図だな」
戦場から少し離れた山中で、精鋭の部下と共に潜伏していた、エリートダークエルフのティウ。
登っていく色つきののろしを確認した彼は、改めて部下と共に地図を確認した。
「この広い山の中で、今ののろしが確認できる場所に、奇術騎士団の別動隊は潜伏している。そのうえで、おそらく明日に向けて設置の準備を始めているはずだ」
地図を読む、というのはそれなりの技能がある。
平面でしかない地図の等高線を確認し、そこから脳内で立体化させ、条件を当てはめて絞っていくのだ。
「……さすがに、この広い山中全域を探す、というのは現実的ではないからな」
くだらないことを言うんじゃないぞ、と言わんばかりに部下たちを睨む。
木々の生い茂る山の中で、何かを探すなど簡単ではない。
彼の部下は精鋭で百人ぐらいいるが……それでもこの山中で目標を短期間で発見するとなれば、絶望的に数が足りない。
それこそ桁が二つか三つは足りないだろう。
「のろしが確認できる範囲ということで少しは絞れた、そのなかで一番ありそうな場所だが……ここだな」
たとえば……地図にダーツを投げて、文字通りいい加減に砲台の設置場所を決められていた場合、この手の絞り込みは不可能である。
その場合発射が失敗して奇術騎士団が負けるというパターンもあるが、ティウたちも実質失敗なので双方切ないことになるだろう。
そこから一歩進んで、とりあえず砲撃できる場所を選び、その中からくじなどで選んでいたとする。
それはそれで特定は困難であり、やっぱり天に運を任せることになるだろう。
だがそれはないだろうと、メラスとティウは読んでいた。
ガイカクのとる戦術は、基本的に合理的で堅実だ。
であれば、他に選択肢がないならまだしも、選択の余地がある状況で『運が悪ければ失敗する』という作戦にすることはない。
であれば、砲台の設置場所は『守りやすく逃げやすい場所』であるはずだった。
ティウが指さした場所は、高所であり、なおかつ砲台を運べるようななだらかな坂があり……。
なにより、そのなだらかな坂以外が急な斜面になっているのだ。
もちろん断崖絶壁というわけでもないので逃走ルートには使えるが、侵攻ルートには使えない。
仮にその急斜面から無理矢理登って攻め込もうとしたら、発見されたとたんに全滅する。
急斜面を登りながら戦う者と、上に陣取って戦う者の優劣は語るまでもない。
「今日中にこの地点のふもとに向かい、翌朝にアタックをかける。言うまでもないが……相手は何が何でも発射しようとする。そうしないと、表側の戦場で勝てないからだ。だが発射が完了次第、砲台を破棄して逃げ出すだろう。奴らにとって砲台なんてものは、作ろうと思えばいくらでも作れるからだ」
よって翌日の『裏の戦場』では……。
発射までになだらかな坂を登ろうとするティウ隊と、それを妨害しようとする奇術騎士団の戦いになるのだろう。
ティウの読み通り、守りやすい地形に砲台が設置されていれば、の話ではあるのだが。
※
ティウ隊がのろしを確認したのと同時刻……。
奇術騎士団別動隊もまた、同じようにのろしを確認していた。
結論から先に言うと、奇術騎士団別動隊は、たしかにその予測地点に陣取っていた。
その陣地を守るのは、高機動擲弾兵隊、夜間偵察兵隊である。ついでに工兵隊も参加しており、なかなかにぎやかなことになっている。
「四日目でのろしが上がったということは……やはり敵の方が上手で、こちらは劣勢に陥ったということか……これで我らにも出番が回ってきたということだな!」
「なんか、嬉しそうじゃありませんか?」
「敵の精鋭部隊を一手に引き受けるのだぞ? こんなに名誉なことはない!」
「それはそうですが……」
勇猛な高機動擲弾兵隊は、敵精鋭部隊との戦いに興奮している。
一方で夜間偵察兵隊は、恐れていた事態に発展したことでげんなりしていた。
「我ら高機動擲弾兵は、たしかに危険な任務に就いてきた……だが高機動であることを活かした任務は少ない。もう爆弾を管理する兵科になりかけていたからな」
(確かに……)
「今回はまともな戦闘ができそうで何よりだ!」
「まともになりますかねえ……」
「工兵隊も協力してくれたので、罠の設置は十分だ。精鋭部隊が相手でも、十分戦えるだろう!」
元々地の利を得て、なおかつ罠も仕掛けていて、新兵器も支給されており、なにより『作戦』を得ている。
だがそれでも相手が精鋭部隊であれば『十分戦える』でしかない。
(というか……敵、怒るだろうなあ……)
今回の新兵器のヤバさを思えば、むしろ敵に同情してしまうほどなのだが。
※
砲台設置個所と思われる山、そのふもとで一夜を明かしたティウ隊は、早々に読みの正しさを確信していた。
砲台を運んだであろう車輪の跡が、なだらかな山道に残っていたのである。
フェイクということがあり得ないでもなかったが、さすがにそこを疑っても仕方がなかった。
「さて……では総員、例の装備をつけろ」
ティウの指示に従って、彼の部下たちはとある『対魔導装備』を取り出し、装着していた。
雑に言って、ガスマスクである。それも口元だけではなく、目の部分も保護できるタイプの、顔をすっぽりと覆うものであった。
「相手が危険な魔導兵器を使ってくる可能性がある以上、必要な備えだろう。だが普段通りに動けなくなることも事実だ、慎重に進んでいくぞ」
毒ガスの類は、この世界でも認知されている。
もちろん違法兵器だが、ガイカクが違法兵器を使うのは誰もが知っていることなので、備えとして当然だった。
「さて……」
視界が悪くなった中、精鋭部隊……数十人の人間と、指揮官のティウはゆっくりと轍を追いかけていく。
誰もが『絶対にろくなことにならない』と確信している登山であったが、その期待は裏切られることはなかった。
なだらかな山道を、炸裂音とともに何かが落ちてくる。
「退避しろ~~!」
それが何なのか考えるより先に、ティウは全員へ道のわきへ逃げるように指示をした。
そんな彼らの脇を通り過ぎていくのは、爆音と赤い煙をまき散らす爆竹の塊であった。
なんとも物騒な火薬の塊は、しかし煙を残して転がっていき、そのまま下って消えていった。
「むぅ……くそ、少し耳が痛いな……」
耳がいいエリートダークエルフであるティウは特に耳が痛かったのだが、他の面々も同じであった。
至近距離で爆竹のはぜる音を聞けば、耳が痛くなっても当然である。
だがそれに少し遅れて、精鋭部隊はあることに気付いた。
赤い煙が消えたにもかかわらず、レンズ越しの視界が赤いままなのである。
その意味するところは、赤い煙がガスマスクの、目を保護するガラスに付着したということであろう。
油分を多く含んでいるのか、手でぬぐってもなかなか視界が晴れなかった。
「全然前が見えないな……」
ここで部隊のうち数人が、マスクを外してガラスをちゃんと拭おうとした。
彼らは精鋭ではあったし、対魔導士へのレクチャーも受けてはいたが、それでも『対魔導士のプロ』ではなかったのだ。
ある意味ガスマスクが正常に機能していたからこそ、彼らはついつい無警戒でマスクを外してしまったのだ。
「おい、お前達、何を…!」
爆竹の音による後遺症もあって、ティウの静止も間に合わず……。
「ぎゃあああああ!」
彼らは魔導兵器の被害を受けていた。
「くそ、やはり毒ガスだったか! すぐにマスクをつけ直せ!」
「か、か……!」
マスクを外してしまった兵士は、充血した目から涙を流し、鼻水を垂れ流しにしながら叫んでいた。
「辛い~~! か、から、から、辛い~~!」
彼らの自己申告によって、すこしだけ緊迫感が薄れた。
だがほんの少しだけ、である。行動不能に陥っていることは、余りにも明らかであった。
「毒ガスじゃなくて、催涙ガスか!」
ガイカクの製造した新兵器『ブラックダークデス・アンド・レッドヘルフレイム』。
これはガイカクの造語ではなく、れっきとした学名である。
なんの学名かと言えば、『唐辛子』の学名なのだ。
唐辛子と言えば『死神』だの『竜』だの『死ぬ』だの『サソリ』だのと物騒な名称が多い。
ガイカクが製造した『ブラックダークデス・アンド・レッドヘルフレイム』も、その一種に過ぎない。
名前から連想される通り、とんでもなく辛い。その上油分を多く含み、物体に付着するとなかなか落ちない。
香辛料としても使用できるが、催涙ガスの原料としても有効なのだ。
大量に経口摂取すれば死ぬこともあるが、空気中に散布されたものが目や口、鼻に入っても死ぬことはそうない。
とはいえ軍用の催涙ガスと同等の効果はある。行動不能にするには、十分すぎた。
「くそ……嫌らしいマネを……!」
赤い塗料を軽く塗られたかのような視界の中で、ティウは愚痴を言った。
部下が死ぬことは無さそうだし、ガスマスクの有用性も確認できたが、それはそれとして愉快なことではない。
今ガスマスクを外すことはできない。この不十分な視界のまま戦うことになるのだ。
「いかがしますか、ティウ様!」
「……自分でマスクを外した間抜けだが、このまま放置するには忍びない。同数だけ残し、下山させる」
半数以上がマスクを外していたら、そのまま全滅という間抜けなことになっていただろう。
幸いマスクを外したのは数名であったため、脱落したのは十名ほどで済んだ。
戦力は多少減ったが、問題が出るほどではなかった。
「視界は悪くなった……もっと慎重に進むぞ」
問題なのは、視界が悪くなったこと、それだけである。
焦る気持ちを抑えつつ、より慎重に進まねばならないと自分にも言い聞かせ、ティウは進んでいった。
そうして進んでいくティウの体に、触れる何かがあった。
「全員、止まれ!」
悪くなっている視界に紛れていたのは……ただの縄だった。
少し細く、見えにくい縄が、木々の間に張られていたのだ。
鳴子などもついていない、ただの縄である。
「縄だ……縄が首の高さに張られている」
「なんですか、それ……」
「仮にこれが首元や顔に当たってみろ……マスクが取れるぞ」
ある意味当たり前だが……この周囲にもまだまだ催涙ガスは残っている。
この状況でガスマスクが取れてしまうと、先ほどの二の舞……とまでは行かなくても、行動不能に陥ってしまうだろう。
ティウの注意を聞いて、兵士たちはぞっとしていた。
「全員、縄にも警戒しろ……私も気付ければ切って進むが……斜めに張り巡らされている可能性もある」
ゴブリンでも仕掛けられるような、しょっぱい罠……とも言えないイタズラだった。
だが周囲の環境と合わせると、凶悪な罠に見えてくる。
戦慄している彼らだが、それでも前に進むしかない。
そうしていると、兵士の一人が無様に転んだ。
「あだ! くそ……地面にくぼみがある!」
落とし穴、というほどではない。足をとられる程度の小さな穴が、道に開いていたのだ。
これもゴブリンでも開けられるような、しょぼいイタズラである。
だが視界が悪いこの状況では、やはり脅威と言わざるを得なかった。
「なんなんだ、このイタズラは! 害悪極まりないぞ!」
「何が奇術騎士団だ! 違法でも手品でもないじゃないか!」
「落ち着け! いや……落ち着かなくてもいい、とにかく進むぞ! この苛立ちは、敵にぶつけるんだ!」
ティウの脳裏に、嫌な考えが浮かんでいた。
とにかくこの罠地帯を抜けなければならない、そう判断していたが……。
「クソ……敵だ!」
それは、遅かった。
縄、くぼみと言った遅滞性の罠。
それが張り巡らされた地点の手前で、高機動擲弾兵たちは待ち構えていたのだ。
彼女たちは手に持っていた爆発物を、容赦なく敵に向かって投げていく。
もちろん、彼女たちもガスマスクをつけている。
しかしガイカクが製造した、油汚れのつきにくいレンズに加えて、油を落としやすい布も装備している。
視界の差は、余りにも明らかであった。
「投擲~~!」
投げてこられたのは、やはり焙烙玉、手りゅう弾。
飛んできたそれを見て、全員が指示を受けるまでもなく行動する。
(ここは山道、森林地帯! 焙烙玉の効果も、そこまでではない!)
ティウの想像通り、焙烙玉の破片はそこまでの被害を出さなかった。
だが二十発も投げられたのだから、さすがに全員が無傷とはいかない。
体に破片が突き刺さったものもいれば、マスクに穴が開いて苦しんでいる者もいた。
「よし、離脱!」
「お~~!」
その戦果を確認することもなく、高機動擲弾兵は普通に走って逃げ始めた。
視界の限られたガスマスクをつけたままでは、お得意の高機動戦もそう上手くは行かない。
とはいえ、全力疾走ではないとしても、獣人たちの足は速い。あっという間に、ティウ隊の視界から消えていった。
「追え! 追え! あの娘たちは、罠がない道を知っている! あの娘たちのとった道は、安全なはずだ!」
だがそれは、ティウにとって突破口であった。
彼女たちの通った道に、罠は仕掛けられていないはずだ。
その背を追うことこそが、最短の道であった。
「ここは山道だ! あの娘たちが登って行った以上、がけに誘導されるということもない!」
「了解!」
精鋭部隊は、ここで精鋭たる動きを取り戻していた。
あっという間に消えたはずの高機動擲弾兵の逃走ルートを、あっさりとなぞっていったのである。
だがその表情は、当然ながら怒りに染まっていた。
敵の戦術が合理的であることは認めるが、それはそれとしてイライラせざるを得ない。
そして……怒りに飲まれないこともまた、精鋭の証であった。
「隠れろ!」
高機動擲弾兵が逃げた先、山頂。
そこには木々がほとんどなく、なだらかにひらけていた。
地図の通りの、砲台の置きやすそうな場所である。
そこには夜間偵察兵隊が待機しており、簡易バリケードに隠れつつクロスボウを構えていた。
もちろん高機動擲弾兵も焙烙玉を手に、抗戦の構えを見せている。
何より重要なのは、彼女らの背後に砲塔が鎮座していたということだ。
「……!」
怒りなど、一瞬で吹き飛んでいた。
奪取目標が、読み通りそこにある。
(理想的な展開だ……抗戦の構えということは、援護射撃ができていない、まだ破棄できない状況ということ! このまま一気に勝負をつける!)
ある意味では、もう勝負はついていた。
奇術騎士団は相変わらず地の利を得ているが、それでも戦力差は歴然。
仮に今発射指示が来ても、実際に発射されるより先に止めることができるだろう。
(ここを抑えれば敵に『大きな一手』はなくなる。主目標ではなかったが、奇術騎士団を倒すこともできるな)
敵の違法兵器を簒奪するという裏の目標、奇術騎士団を退けるという表の目標。
両方を達成できると、ティウは勝利を確信していた。
(わかっているな、ダークエルフ……なんとしても、もう少し粘るぞ!)
(わかってます……逃げるのは、なんとかこらえてから!)
高機動擲弾兵隊と夜間偵察兵は、敗色濃厚でなお抗戦の気概を持っていた。
もちろん、手品や罠など、ここに来ては意味を持たない。
意味を持つのは、武力だけであった。