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想定されていた失敗

本作の書籍化二巻


英雄女騎士に有能とバレた俺の美人ハーレム騎士団2 ガイカク・ヒクメの奇術騎士団


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 カーリーストス『伯爵』が代替わりし、伯爵の率いる軍も代替わりし、結果非常に若い軍が出来上がっていた。


 そんな彼らだが、全員が一気に切り替わったからこそ、理想に燃えていた。

 これからは自分たちが故郷を守るのだと奮起していた。


 しかしメラス軍というかなりの格上が、戦略的価値の低い土地を占拠し始めた。

 何がどうしてこうなっているのか、若い彼らには理解できなかった(そりゃそうである)。

 だが自分の領地の鼻先に野城を建城されれば、何もしないわけにもいかない。

 彼らは野城の前に陣地を構築し、抗戦の構えを作った。


 とはいえ……まだ若いカーリーストス伯爵は分を弁えて、慎重な判断を下していた。

 騎士団に協力を要請し、援軍を派遣してもらうよう依頼したのだ。

 その結果やってきたのは、新進気鋭、正体不明の奇術騎士団である。


 面白く思わない者もいたが、それでも受け入れてはいた。

 若い彼らには、勝てる自信がなかったのである。


 奇術騎士団は確かに救援に来てくれた。

 戦いが始まる前にある程度の『敵の動き』を予測し、『今は野城に近づいてはいけない』と禁止事項も伝えていた。

 ガイカクは自分の部下の内情を詳しくは教えなかったが、戦場全体の動きやその理由については隠すことなく、理解できるように……つまり後で聞いていなかったと言われないようにちゃんと説明していた。

 議事録をつくり、双方で保管しあっていたほどである。


 実際に戦闘が始まってみれば……。

 奇術騎士団は手品を披露しつつ、誰よりも強く、誰よりも奔走していた。

 敵の動きもまたガイカクの予測通りであり、自分達は敵の思惑を理解したうえで分散させられていた。


 まあつまり……。

 ガイカクが予測したように、カーリーストス伯爵軍がじわじわと損耗してくことになった。

 もちろんメラス軍もかなり削られているが、それが何だというのだ。


 寝食を共にした部下たちが、じわじわ死んでいく。

 それも格好の良い死にざまではなく、なんかこう、文字通りじわじわなのだ。


 拠点を包囲されて抵抗し、じわじわ死んでいくとかではない。

 圧倒的攻勢に出ているが、それでもじわじわ死んでいく、とかでもない。

 

 ちょっと劣勢で、じわじわ死んでいっているのだ。

 それも予定通りの『ちょっと劣勢』であり、予測されてしまっているのだ。

 これが明日も明後日も続くと言われ、しかもそれが最善手だというのだ。


 言うまでもなく、普通の戦場なんてそんなもんである。

 なんなら、大敗を喫していないだけマシまである。


 だがそんな『普通の戦場』で冷静さを保てるほど、彼らは老成していなかった。

 カーリーストス伯爵軍の下士官、兵士たちは『手品のような解決』を求めていた。

 ガイカクが備えているという『極秘任務』をさっさと使って、この戦争を終わらせてほしかった。


 だがガイカクは『まだその時ではない』と言って、もったいぶっている。

 この戦況を変えうるであろうとっておきを、敵の伏せ札への牽制のままにしているのだ。


 それに正当性があることは、下士官も兵もわかっている。

 わかっているが、感情では違うのだ。


 なんなら、もう勝ちさえ望んでいなかった。

 こんなところにある野城を放置したって、戦術的な価値はないのだ。自分達の領地に入るには結構な山を乗り越えてこなければならないのだから、あってもなくても意味はない……とさえ思えている。


 なまじ均衡し、なまじドカッと損害が出ないからこそ、戦いは続く。

 今日も明日も明後日も続いて、じわじわ仲間が減っていくのだ。


 そんな状況で、敵の隙を見つけたら……まあ冷静な判断ができなくなるのは自然だろう。



 それ(・・)が起きたのは、戦争が始まって四日目のことであった。

 この日も奇術騎士団は活躍し、カーリストス伯爵軍はじわじわと削られていた。


 そんな中、カーリーストス軍の一つの部隊が、敵の野城の付近に近づいていた。

 戦線が拡大し、戦力は分散され、戦場を広く使っていた。

 その結果、一つの部隊が、ごく自然にそうなっていた。


 さんざん戦場を走り回らされた部隊は、ふと隣を見る。

 そこには敵の本拠地、攻略すべき目標、野城が見えた。


 遠くから見た時は『ただの集落じゃねえか』と思っていた野城だが、近づいてみても同じような感想だった。

 再三言うが、即興で建てた雑な『城』である。このまま人間の兵だけで突っ込んでも破れそうな壁でしかなかった。

 その上目の前にいる敵も、誘導に専念していて当たってくることはない。

 ここで方向転換して、敵の野城に突っ込むというのも悪手に思えなかった。


(……どうする? 命令違反をしてでも、この野城に突っ込むか?)


 下士官の脳裏に、やってはいけないことが浮かんでいた。


(ガイカクの奴は『野城の中にも備えはある、攻める時は全力で攻められるようになってから』と言っていた。まあそうだろう……なんかこう、罠があるんだろう、多分)


 あの野城の中に、ものすごくたくさんの兵が残っている……ということはあるまい。

 だがなんかこう、あくどい罠が仕掛けられているだろう、ということは彼でも想像できた。


 この、なんかこう、は正しい。

 落とし穴があったとしても、可燃性の油がまかれていたとしても、結局同じなのだ。

 罠があるに違いない場所、とわかっていれば中身を考える必要などない。


 なんかこう、で物事を考えることは『バカ』ではない。

 バカなのは、危険地帯と知って、不十分なままになんとなく突っ込むことだ。


(だが……罠が無かったら、罠がないところを叩ければ、この戦争を終わらせられる!)


 この野城に突入し、火をつけて回る。

 そうすればこの戦争は終わる。


(そうだ、そうなれば全部解決だ。命令違反で俺が死んでも、仲間は助かる。部下だって、俺の命令に従ってくれるし、責任も俺で終わる!)


 自己陶酔。

 自己犠牲。

 自己欺瞞。 


(いや……案外、結果さえ出せば、帳消しになるかもしれない!)


 つまりは、怠慢。

 ほぼ同数、同戦力の戦場で、多くの部下を預かっている者が陥っては行けない思考。


 ようするに、ガイカクもメラスも『まあ出るだろうな』と予測していた、必然的なバカの暴走。

 

「我が配下に告げる……俺が責任を持つ、野城に突っ込め! この戦争を終わらせるぞ!」


「その命令、待ってたぜ!」

「もううんざりだ、全員で突っ込め!」

「やっちまええええ!」


 90度方向転換し、数十人の部隊が野城に向かって接近していく。

 土煙を上げて、雄々しく突撃していく。


(ああ、これで戦争が終わる……あっさりしすぎなぐらいに!)


 思うがままに駆けている下士官は、脳内で幸せな想像に浸っていた。


(相手の精鋭だの罠だの……奇術騎士団の極秘任務だの……全部ブラフ、脅しだったんじゃないか?)


 思わせぶりな態度を看破して、真実に到達し勝利へ導く。

 そんな自分はなんと賢いのか。


 世界で自分だけが真理に至っているかのような傲慢ささえ発揮していた彼は……。

 必然の罠に陥っていた。


「メラス様! 餌にバカが食いつきました!」

「よし……撃て!」


 薄く弱い壁しかない野城ではあったが、中に見張り台ぐらいはあったし、その壁自体がブラインドとして機能していた。

 野城の中には砲台が五つほど設置されており、曲射の射角をとっていたのである。

 火薬の量も調節しており、砲弾は壁の上を越えてそのすぐそばに当たるはずだった。


 もちろん、誘導弾などではない。

 こちらからも相手が見えないのだから、命中率など知れているだろう。

 相手が一人なら、絶対に当たらない。だが何十人といれば、当たる可能性も少しはある。


 そしてそもそも、当てる必要さえない。

 自分たちのすぐそばに、五発も砲弾が着弾して、ひるまない人間はいない。

 砲台が見えていたのならともかく、見えていなかったのならなおさらだ。


「ひ、ひぃ!?」

「大砲……大砲か? 大砲が野城の中にあったのか!?」

「ちくしょう……罠だ、罠だ!」


(本当に罠があった!? ど、どうする? 落ち着け、落ち着け……!)


 下士官は混乱していた。

 このまま勝てると思っていた彼に、罠を破るという覚悟などなかった。

 だからこそ足を止めてしまっていた。


 足を止めてしまった彼らの背後には……ついさっきまで戦っていた、メラス軍の一部隊がいた。


「ようやく餌に食いついたな! いまだ、叩け、叩け! この部隊を壊滅させれば、天秤はこちらに傾くぞ!」


 メラス軍の下士官は、もちろん彼らをここに誘導していた。

 敵が野城に突っ込んだなら、大砲が発射されてから追撃をする手はずだった。

 それを忠実にこなす彼らは、当然のように同数の部隊を壊滅させていた。


 メラスたちは当然それを見ており、遠くから戦場を俯瞰しているガイカクとカーリーストス伯爵も把握していた。


「も、申し訳ありません! わ、私の部下が暴走を……!」

「ひひひ、まあなるべくしてなったという奴です。注意しても、人は止まりませんからなあ……とはいえ、相手側に天秤は傾いた」


 ガイカクは凶暴に笑っていた。

 わかりきっていたが、やはり先にミスをしたのはこちらだった。


(近い味方を助けるように指示していたんだから、遠くの味方はまあ助けられない。さて……これでもういよいよ、明日は敵の大攻勢だな)


 今日の戦場は、メラス軍が優勢になる。

 ここからカーリーストス伯爵軍は、大きく削がれるだろう。

 そして明日には一塊となって大攻勢を仕掛けてくるはずだ。


 普通の騎士団ならともかく、奇術騎士団では厳しい状況である。


(メラスもバカじゃない、俺が『一押し』を出し惜しむことは読んでいる。だからこそ、出さざるを得ない状況に追い込むはずだ……! そしてそれは成った……誘導されているとしても、俺はそうするしかない、よなあ……!)


 ガイカクは罠であると知ったうえで、軽く手を挙げた。


「動力騎兵隊! のろしを上げろ! 別動隊に、合図を送れ!」

「おう!」


 興奮しているドワーフが、ガイカクの指示に従って下がっていった。

 そしてほどなくして、色のついたまっすぐな煙が空へと昇っていく。

 それはまさに、遠くへの合図、のろしであった。


「ひ、ヒクメ卿……今の合図は、つまり、その……極秘任務を担当している部隊への合図、ということでしょうか?」

「その通り……今から準備をさせますので……明日の決戦には間に合うでしょう……!」


 自分の部下が、忠告を無視して暴走し、そのまま壊滅した。

 そのミスに敵が付け込んでくると察して、ガイカクが最後の手を切ろうとしている。

 カーリーストス伯爵はそれを理解して、すがるように期待を寄せるが……。


「ただし……相手の精鋭部隊に邪魔されなければ、ですがね」

「……!」


 カーリーストス伯爵は、戦慄してのろしを再度見た。

 こののろしが見える範囲に、極秘任務を帯びた部隊はいる。

 そしてそれを、敵の精鋭部隊も見ているはずだ。


(妨害されたら、私たちは負ける……! 妨害に負けなければ、私たちは勝てる!)


 別動隊同士の戦いが、今から始まるのだ。

 それがこの戦いの決定打になると、カーリーストス伯爵は思っていた。


 実際にはむしろその戦いこそが、メラスとガイカクの戦いの本番なのだが……。

 そんなことは、カーリーストス伯爵にはわからないことであった。


(俺の技術が盗まれて、それが戦場に投入されれば、俺は間違いなく失墜する……それを望む奴らが大勢いる。つまり……ここで出し抜けば、俺はそいつら全員に勝てるってわけだ!)


 そしてガイカクは、勝利を疑わずにのろしを睨んでいたのだった。

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