若い味方
本作の書籍化二巻
英雄女騎士に有能とバレた俺の美人ハーレム騎士団2 ガイカク・ヒクメの奇術騎士団
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初日の戦いでは、それ以上の番狂わせは起こらなかった。
そのまま初日の戦いは終わり、双方の軍は各陣地に戻る。
戻って反省会……のような軍議を開くに至った。
両軍ともに、智将、と呼ばれるだけの賢者を有しているだけに、番狂わせが起きることはなかった。
双方の将が想定したとおりに戦闘は進み、指示漏れが起きることはなく戦場は進んでいった。
なのだが、メラス軍の軍議はお通夜同然だった。
「……話には聞いていましたが、何なんですかあの敵」
「私に聞かないでくれ……」
高機動型金属骨格による高機動重歩兵隊という、僕が考えた格好いい作戦が実現したことで、野城の中の会議室は混乱を極めていた。
なまじ開戦当初だったからこそ、双方の全軍が混乱せずに拝見できていたため、全体で感想と認識を共有できていた。
「おそらく魔導士が言うところの、培養骨肉強化鎧とやらに細工がしてあるのだろう……どんな細工かは想像もできないが……」
「細工であんなことができるんなら、作戦など立てようがないのでは?」
「それは戦う前からわかっていたことだ……うむ」
メラス軍側の兵たちは、奇術騎士団とできるだけ衝突を避けろと言われていた。
だがそんな指示がなくとも、あんな光景を見たら逃げ出すだろう。
そういう意味でも、適切な指示ではあった。
だが兵士達としては、さっさと全面撤退したいぐらいである。
もちろんメラスも、同じ気持ちであった。
「相手にあそこまでの機動力があるのなら、逃げることも早めにやらなければなりません。その分前線の兵士たちは常に奇術騎士団を気にしていて、まともに戦うことが難しい……おかげで相手が弱兵ぞろいなのに、なかなか削りきれませんでした……」
「うむ……そうだな。だが……いくつかわかったこともある」
とはいえ、少なくとも『足が速いオーガ』という手品については底が見えていた。
「さすがに一日中走り続けられるわけではない、ということだ。もしもそうなら、今頃我らは逃げている」
「……そうですな、おそらく一日一回が限度でしょう」
「あ~~、いや、そうとは限らない。ガゲドラ軍との戦いを資料として得たが……培養骨肉強化鎧を馬無し車で交換できるらしい。なので車に入れば再度走ることもできるだろう」
メラスは智将なので、過去の情報と現在の状況を組み合わせて考えることができていた。
なお、導き出された回答は、自陣営にとって残酷極まりなかった。
(というか……今後奴と戦う智将は、常にこれを念頭に入れて戦うのか……)
メラスは『やっぱりガイカクは今殺した方がいいのでは』と思っていた。
バネの金属骨格により一回は全力疾走できて、瞬間強化薬によって短時間だがエリート並みに強化できる。
いくらでも『悪さ』を思いつく、都合のよすぎる兵士であった。
(聞くところによれば、奇術騎士団の面々は各種族の最低数値しか持たない雑魚ぞろいだとか……つまりガイカク以外はいくらでも使い捨てられるということだ……本人にその気がないのが本当に救いだな)
そうして物思いにふけることをなんとか振り切って、彼は話を続けた。
「とはいえだ、相手も『騎士団』でしかない。彼自身の秘密主義もあって、細工や鎧の備蓄もそこまで用意できないだろう。よほどの勝負どころでもない限り、今言ったような使い方はしてこないはずだ。だからこそ逆に、勝負所を作らない戦いをするべきだな」
「何をしてくるのかわからない敵を相手に、消耗戦、持久戦というわけですか」
「それが最善だろう。奇術騎士団は騎士団だからこそ……味方に足を引っ張られるからな」
魔導士としてのガイカクの限界は、彼自身しか正確には把握できない。
だが武人、武官としての限界は、他の騎士団長と大差ない。
騎士団は主役だったとしても、主力にはなりえないし、主権もまた同じだ。
ハルノーの時とは違い指揮系統が活きているからこそ、カーリーストス伯爵側に指揮権がある。
それこそが、メラス軍の圧倒的優位点だろう。
「敵は『若い』。ガイカク・ヒクメがどれだけ言葉を尽くしても、あるいはカーリーストス伯爵がどれだけ説得しても……現場では逸る者が現れる。ガイカク自身も、それを前提に動かなければならず……だからこそ、『一押し』を用意せざるを得ないはずだ」
ガイカクの手の内を完全に読み切ることはできなかった。
だがそんなことは、最初からわかりきっている。
「あえて言うぞ……戦術の読み合いは、今のところ事前の想定通りだ。何も意外なことは起きていない……!」
双方の読み合いは、やはり嚙み合っている。
だからこそ、ある意味で、申し合わせたかのように戦いは進む。
「だからこそ、相手の一手を上回って見せる!」
※
一方でカーリーストス伯爵軍の、軍議の空気は険悪の一言であった。
カーリーストス伯爵自身は恐縮し、なんならガイカクに尊敬の念さえ抱いていたが……。
彼の部下たちは、ハッキリ言って不満そうだった。
「ヒクメ卿……貴方の読みは正確だった! ええ、私たちがあっさり誘導されることも含めて!」
「話を聞いた時はなにくそと思っていたが……本当に、無様に、見事なほどあっさりばらけさせられましたよ!」
「そこまでわかっているのに、対策は場当たり的だ! これで士気を維持しろというほうが無理な物!」
「ご自慢の手品で、何とかしていただきたいものですなあ!」
カーリーストス伯爵軍の下士官たちは、若手ぞろいであった。
だからこそ、我慢比べのような戦いを嫌がっている。
自分たちが劣勢で、しかも自分たちの力不足が原因で……。
そのうえ、自分達が弱いことが原因で、それが明白ならなおさらだ。
「ひっひっひ……それは無理な相談です。貴方方はエリートオーガがどう戦うかわかっていても、勝ち目はないとおっしゃるでしょう? 同じ事ですよ。用兵で上回られると知っていても、結局どうしようもないのです」
そんな若さを前に、ガイカクは笑うだけだった。
実際笑うしかない実力差があって、それは全体で共有できている。
問題なのは、ガイカクに文句を言うぐらいしか、できることがないのである。
「聞けば、奇術騎士団の部隊の半数は極秘任務に就いているとか……それを我らにも教えていただきたい!」
「貴殿の手品が有効であることはわかりました。ですがだからこそ、はやく使っていただきたい!」
「貴方は自分の部下を大事にすると聞いているが……私たちも同じなのです! 損をしている、部下を失っているのは我らなのですよ!」
「予定通り、想定通りに部下を死なせていく、私たちの気持ちはわかりますか!?」
カーリーストス伯爵は、部下を諫めたかった。
だが諫めるべき言葉が見つからない。
俯瞰の視点からすれば、奇術騎士団は最善を尽くしているし、彼女たちの活躍によって被害は抑えられている。
だが現場では確実に被害が出ているのだ、それで感謝などできるわけがない。
どちらも間違っていない。
カーリーストス伯爵は、だからこそ何も言えなかった。
「まず、極秘任務について、何も言えないことはお詫びします」
だがガイカクは、何も言わないわけにはいかなかった。
はっきりと、非は認めていた。
そのうえで、話はどんどん進めていく。
「しかしこれについては、歩兵隊、重歩兵隊、動力騎兵隊にも教えていません。それだけ、極秘にしなければならない任務なのです。どうかご理解のほどを……それに、無意味というわけでもありません」
ガイカクは開示できる範囲で、手札を切っていないことによる利益を説いた。
「聞くところによれば、メラス将軍の元には、エリートダークエルフ率いる精鋭部隊がいるとか……皆さんもご存じのように、彼らはまだ戦場に現れていません。これは私の極秘任務に対応するためであり、私がそれを切った瞬間に……場合によっては私の手札を無視して戦場に突っ込んでくるかもしれません」
「……!」
若い下士官たちでも、わかる理屈であった。
彼らの視点からすれば……味方である自分達でも『極秘任務』がどんなものかわからない。
敵であるメラス軍も、『極秘任務』があることは察しているだろうが、備えとして精鋭を残しているだけで、どう対応すればいいのかわからない。
仮にメラス軍全体へ甚大な被害を加えるものであったとしても、対応が無理だと判断すれば『速攻』を仕掛けてくる可能性もある。
現在のカーリーストス伯爵軍、および奇術騎士団でそれに対応できる可能性はないに等しいだろう。
「そのうえで……あえて言いましょう。私が自分の部下を大事にしていることは事実ですが、危険にさらしていないわけではない」
ガイカクは自分の非を認めつつ、部下の名誉だけは守ろうとしていた。
「彼女らが安全圏でぬくぬくしている……かのような言い方は、断じて許容いたしかねる。重歩兵隊、歩兵隊は誰よりも勇敢に戦場を駆けており、極秘任務に就いている者たちもまた精鋭部隊と対峙する覚悟を決めている。その危険度は、皆様の部下に勝りこそすれ劣ることはない……!」
そしてその言葉に、下士官たちは言い返すことができない。
ガイカクの部下が死んでいないのは、安全圏に避難しているからではない。
だれよりも危険な戦場に飛び込み、なおかつ大暴れできているのは……。
(あいつらが、俺たちより強いからだ……! 俺たちが、弱いからだ……!)
彼らも最善を尽くしている。決して手抜きはしていないし、彼ら自身も危険を冒している。
だがそれでも、敵が強く、奇術騎士団も強い。
だからこそ、彼らの部下が多く死んでいく。
それを認めたくないからこそ、いや認めていたとしても、攻撃的になってしまう。
悲しいことに、戦場とはそういう場所であった。
「カーリーストス伯爵、なにかおっしゃることは?」
「は、はい!」
そしてガイカクは、黙っていることを許さぬように、若き伯爵へ発言を求めた。
「ヒクメ卿も奇術騎士団も、最善を尽くしてくださっている! それは皆も知っての通りだ! だからこそ……その提案に従って、明日も戦おう!」
悲しいことに、彼にできる最善は『復唱』だけであった。
「まだ野城を攻略できる段階ではない! たとえ好機を見ても、それは誘いだ! 決して仕掛けてはいけないぞ!」
彼はガイカクが言っていた『最重要指示』を全員に再度言い含めた。
しかしそれを隣で聞いているガイカクは、楽しそうに諦めていた。
(まあ、無理だな。こいつらが従っていても、兵たちがしびれを切らす。敵はそれを待っている……ひひひ、強敵だねえ)
やはりメラスの察したとおり、ガイカクに友軍への統率力はない。
これは他の騎士団長と同じ、ガイカクの武人としての限界だった。
(そうなれば、こっちは劣勢になる……俺が『一押し』を用意しなければ、分の悪いまま戦いが進む。ひひひひひ、ひひひひひ!)
そしてガイカクは、もちろん読み合いを成立させていた。
(相手もバカじゃねえ、俺が技術の盗難を恐れていることは理解している。追い詰めなければ尻尾を出さないと思っているし、出した尻尾をつかむのも簡単じゃないと思っている……!)
メラスと同様に、一手読み勝とうとしていた。
(そうなれば……今度こそ、新兵器『ブラックダークデス・アンド・レッドヘルフレイム』の出番ってもんだ!)
果たして勝つのはどちらなのか。
(騙し合いの勝負はもう決まっている……勝っているのは俺だ!)
ガイカクは、笑いから真顔になった。
(……だが殺し合いに関しては、お前たち次第だ。頑張れよ、お前ら)
周囲から認識される通り、部下を大事にしている。
彼は己の勝敗を疑わず、しかし部下の身は案じていた。