各々の評価点
ガイカクの底辺奴隷騎士団(仮)は、指揮官クラスの面々を付近の街へ連行した。
負傷者の多かった兵たちだが、古参兵を仮の指揮官として付近の友軍基地へと撤退することとなった。
身分の高い者以外は、身代金が取れない。なんなら飯代が負担……ということもあって、このようになるのが普通である。
そう、普通だ。何が何だかわからないうちに壊滅した割に、ガイカクは普通に捕虜の受け入れや敵の解放を行ったのである。
いっそ拍子抜けするほど穏当に、トリマンたちは捕虜として拘束されて、座敷牢のように比較的穏当な軟禁を受けることになった。
その彼らの元に、『正騎士』が現れた。なんのことはない、捕虜尋問である。
捕虜尋問というのは割と普通であり、荒っぽいことも含まれる。
だが今回はそんなことはなく、地球的に言って『人道的』な尋問だった。
彼らは応接室のような取調室に案内され、そこで正騎士……ティストリア側近の騎士と話すことになったのである。
「私の名前はウェズン……総騎士団長直下の正騎士だ。やや傲慢な言い方をすれば、人間のエリートということになる。今回は君たちへの、尋問担当者になった」
「……敗戦の将である私へ、御国は慈悲深い対応をしてくださった。祖国の利益に反さない限り、何でも話しましょう。ですが……正直に申し上げて、そもそも話すだけのことがあるとも思えません」
取調室には、トリマンだけではなく将校全員が集まっている。
だが代表として話しているのは、彼だけだった。
「お察しの通り、私どもは演習で砦の守りについていただけの若輩者。それも、装備十分兵力十分な状況で、二日で陥落させられた未熟者です」
「それでもかまわない。今回君たちは城の守りにつき……我が方の部隊と戦った。何が起きてどう判断し、どう行動したのか教えてくれ」
正騎士ウェズンは、あくまでも敬意を持った表情をしている。
それにほだされる形で……というとやや不謹慎だが、トリマンは誠実に話をし始めた。
「……と、なっております」
「そうか……ところで、これは野暮な質問だが……」
元より二日で終わった戦いである、長く話すほどのこともない。
すぐに説明は済んだが、そこでウェズンは問いを投げる。
「我が方の野営地へ、夜襲をしよう、とは思わなかったのか?」
「……負傷した兵へ応急処置だけをして、それを率いて無理やりに攻め込めと?」
「ありえなくはないだろう。というよりもそれ以外に、あの部隊へ損害を与えることはできない」
敵の手の内はわからないが、こちらの射程外から攻撃できる、という点だけは確実である。
ならば砦にこもっていても仕方ない、打って出るしかない。
かといって昼に出れば、オーガを含めたほぼ同数の敵に勝てるわけもない。
負傷への手当てもそこそこに、夜間に無理やり出撃するしかない。
「そうですね、ありえなくはない。ですが……だからこそ、相手もそれを想定していたでしょう」
「……そうだな」
「もちろんただ無謀なだけの部隊が相手なら、無警戒ということもある。ですがあそこまで計画的に動いていた敵に、それがあったとは思えない」
最初の攻撃で、圧倒的に優勢となった。
それでもガイカクの部下たちは、事前の指示通りあっさり下がった。
それはガイカクが極めて計画的に動く男であり、彼女たちがガイカクの指示に忠実だということ。
「だが損害を与えることはできた……一矢報いることはできた。違うか?」
「……」
「君たちの判断が愚かだったとは思わない。だが結果として、君たちは一方的に殴られて、反撃もせずに降参した。それを君たちの祖国がどう思うか……」
ウェズンの提起は、けっして的外れではない。
指揮官の面目の為に、下の兵が犠牲になるのはよくあることだ。
むしろ、それをしない将校の方が舐められる、ということさえある。
「そうですね……そう判断する者もいるでしょう。ですが……」
もちろんトリマンも、それが頭をよぎらなかったわけではない。
だがそれでも、彼は降伏を迷わなかった。
「先ほども申した通り、有効打を浴びせることができない、と確信していました。襲撃をしても万全の迎撃をされ、むしろ大打撃を受けることになると。そうなれば、私も助からない……それでは面子もなにもない」
「……」
「もっと言えば……兵から見れば、敵は理解不能な怪物。それに手負いのまま夜襲を仕掛けろと命じれば、むしろ私が殺されかねない」
トリマンは、あえて合理的な理由だけを並べていた。
あんな砦の為に、兵を無駄死にさせたくない。そんな私情は、敵へ口にするものではない。
(ここでもしも本音を言えば……あの砦で戦死した兵へ、申し訳が立たない。加えて言えば、勝者に対して『どうってことない』など惨めにもほどがある)
トリマンの表情から、内心を悟ったウェズン。
彼は尋問が終わったと判断し、席を立とうとした。
「……私は騎士として、軍人として、結果論を嫌う」
よって彼が口にしている言葉は、あくまでも私語だった。
「指揮官たるもの、常に危険性と戦果を想像し、秤にかけるべきだ。その意味で貴殿は、秤を見誤らなかった。貴殿はその裁量を発揮する前に敗北したが……敗北を受け入れた度量だけでも十分賞賛に値する」
ウェズンもまた、あの砦にそこまでの価値を見出さなかった。
民間人が背後にいるとか、あるいは貴人を保護しているとか、そういう理由があれば夜襲をするべきだったというだろう。
だがそうではないのだから、無駄に兵を死なせることは避けるべきだ。
「貴殿が帰国後、どのような沙汰を下されるかはわからないが、少なくともこの国にいる間は配慮させていただく」
「……ありがたく。では、ぶしつけな質問をよろしいでしょうか」
部屋を出ようとするウェズンへ、トリマンは質問を投げた。
それはある意味、あの砦にいた全員が疑問に思っていることだった。
「私どもが守っていた砦へ攻め込んだ部隊……アレはなんですか? なぜあんな……合理的なようで非合理な攻め方を……」
「本来なら、答える義務はない。だがあえて教えよう……」
ウェズンは、真実を伝えた。
「あの部隊を率いていた者の名は……ガイカク・ヒクメ。彼は新しく創設される騎士団の、団長になることが内定している」
「ではその部下も……騎士になれるほどのエリートだと?」
「わからない」
わからない、調べてもいない、という真実を伝えた。
「君はただ、ガイカク・ヒクメという名前を憶えておき、それを祖国に報告することだ。おそらく後々、大きな意味を持つだろう」
※
ティストリア直属の正騎士、ウェズン。
彼は奪った砦を守っている、ガイカク・ヒクメの元へ向かった。
一応騎士団長、ということになっているガイカクよりも、ウェズンは下である。
だがガイカクは、あくまでも下手に出ていた。
「これはこれは、ウェズン卿……ようこそおいでくださいました……ヒヒヒヒ……」
「……道化めいた振る舞いは結構です、騎士団長殿」
「いえいえ……しょせん新参者。ティストリア様直属の貴方様に比べれば、私など木っ端同然……ゲゲゲゲ……」
染みついているのか、それとも一周回って馬鹿にしているのか、それとも正体を知られたくないのか。
あくまでも下男めいた振る舞いをする、ガイカク・ヒクメ。
文句を言いたいところではあるが、それでもウェズンはそれを慎んだ。
「敵の指揮官へ、尋問を行いました。貴方の報告通りの戦況だった様子……」
「何をおっしゃる、私がティストリア様へ誤った報告をするわけがございません」
「……ですが、どうやったかは報告なさりませんでしたね」
「それはティストリア様からご許可をいただいてのこと」
「……本当に、手品師のような方だ」
ガイカクは戦況自体は報告したが、具体的な手段に関しては一切報告しなかった。
それをティストリアが良しとしているので、ウェズンはそれを突っ込むことはない。
「この砦については、ほどなく引継ぎの部隊が派遣される。それまではここを守っていただく」
「ひひひ……拝命いたしました」
「それが終わり次第次の指令を受けていただくが……それの結果次第で、貴殿は正式な騎士団長となり、貴殿の配下は騎士団へと昇格される」
「恐れ多いことです……」
ここでガイカクは、下男としての、儀礼のような質問をした。
本人としては聞く意義を感じなかったが、下男はこれを聞くだろうとしての質問である。
「ところで今回の戦果を、ティストリア様はお喜びになってくださいますかな?」
「……無論だ。今回の戦果は、騎士団として及第点のもの。少なくとも総騎士団長としての面目を潰すものではない」
「では、点数にしていかほどで?」
「九十点、というところだろうな」
「御手厳しい……百点をいただけると思っていたのですが……」
露骨に残念そうにふるまうガイカク。
だがしかし、それも演技だとウェズンは見抜く。
いや一種の儀礼だと察し、流した。
「……ティストリア様は、己が口にした基準を曲げぬ。早く落とすこと、敵兵をできるだけ殺さぬこと、城を可能な限り壊さぬこと。そして……乱暴狼藉を働かぬこと。その基準であった以上、二十人を殺し、即日に陥落させなかった以上……満点ではない」
「おお……もうしわけない……」
「他の騎士団ならば、できたであろうことだ。貴殿も、やろうと思えばできたのでは?」
他の騎士団ならできた、というのは半分正解で半分嘘だ。
他の騎士団は名前が売れているため、旗を掲げて前進すればそれだけで降伏させられたということである。
まったく無名の状態で同じ条件なら、さすがにちょっと厳しいだろう。
「お許しください……非才な私では、その満点を出すために危ない橋を渡ることになったでしょう」
「……」
「正当なる騎士ではない私には、そのような果断さは……」
「団長殿、卑屈に振舞うことはない」
ウェズンは、ガイカクに対して敬意のある反応をした。
それはうわべではない、真意の敬意である。
「ティストリア様は、一度示した評価基準を変えない。だが私は、貴殿の選択を評価する」
「おお、もったいないお言葉です……」
「万全に満点を目指せるのならまだしも、危うい橋を渡らねば満点を目指せないというのなら……身の程を弁えて、万全に九十点を取る。何も間違えてなどいない」
あの時、砦には平凡な兵しかいなかった。
だがそれは、あくまでも結果論である。
もしもあの砦に、騎士にふさわしいだけの武力を持った兵が一人でもいれば……?
百点満点を目指して無理に突入すれば、その兵と戦い、配下を失ったかもしれない。
もちろんそんな兵が一人いたぐらいでは勝敗に影響はなく、指揮官は降伏を選ばざるを得なかっただろう。
それはそれでガイカクが合格しただろうが、兵の犠牲は戻らない。
もちろんすべてを知った後では、単なる杞憂に過ぎなかったと笑える。
だが低い確率とはいえ、ありえた、回避するべき可能性だった。
口にしてはいけないことだが……。
たかが試験にすぎず、あんな砦をとるために、そんな危ないことをする方が問題だ。
「今後も、武名をとどろかせるだろう。むしろそうでなければ、騎士団という称号にふさわしくない。そしてそうなれば……」
ガイカクが名を上げれば上げるほど、彼と初めて戦ったトリマンが評価されていく。
彼の経験が買われ……再起を図ることができるだろう。
※
敵国から奪った砦の中で、ガイカクたちは適当に過ごしていた。
もちろん警備の演習はしていたが、常に全員で警備をしているわけでもない。
ダークエルフがいるので、夜など特に暇である。
そのため思い思いに過ごしているのだが……。
ガイカクが寝ている一番良い部屋へ、毎日訪れる者がいた。
人間チーム、歩兵隊長である。
ガイカクに拾われたとはいえ、傭兵団を奴隷に落とす原因となった彼女は、当然ながら部下からの信頼を失っていた。
仕事中は指示に従っているものの、平時はそうでもなく……。
『騎士団長に抱かれてきな!』
『見捨てられないように、媚びを売るのよ!』
『え、そういうことはしたくないから、アマゾネスを作ったのに……』
『それで全員奴隷落ちじゃないの!』
『この無能経営者!』
理想の、満点の傭兵団を作ろうとして、危ない橋を渡っていた歩兵隊長。
見事に落っこちた彼女は、部下から辛らつに追い詰められて、結局ガイカクの床へ訪れていた。
「ううぅ……硬い絆で結ばれていると思ったのに……」
「仕方ねえだろう、その絆で道連れにされかけたんだからな。いや、現在進行形でそうなっているわけだしな」
女ながらに傭兵稼業、歩兵隊長の体は筋肉に覆われていた。
もちろん刃傷なども刻まれており、お世辞にも美しい女性、とはいいがたい。
色気のある下着を着ているが、娼婦には見えないだろう。
そんな彼女に、ガイカクは上着を羽織らせていた。
もちろん事後ではなく……そもそも手を出してもいない。
やる気もないものを相手にするほど、ガイカクも落ちぶれてはいないのだ。
とはいえ歩兵隊の手前、手を出している、ということにはなっている。
「お前の志は立派だが……具体的なプランがないのにやることじゃなかったな。一般兵は『上が考えてるんだろう』と思っているし、それでいい。だが経営者、指揮官がそれじゃだめだ」
「周りの人と同じことを……」
「それだけ普通のことだ……まあ言われても難しいんだがな」
理想を貫くための集団なのだから、その理想を軽んじることはできない。
……という矛盾を抱えていたからこそ、アマゾネス傭兵団は奴隷に落ちた。
彼女は本音と建て前、現実と理想、リスクとリターンを……見極められなかった、見もしなかったのだろう。
「だがな、勘違いするな。あいつらはまだ、お前を見捨てていない。これから頑張れば、また見直してくれるさ。だから捨て鉢にならず、頑張って行けよ」
「はい……騎士団長」
アマゾネス傭兵団、実に典型的な……悪い見本であった。
※
総騎士団長専用の城、騎士団の本拠地。
そこへ戻ったティストリア。
彼女は現在、各地から寄せられている任務を、どの騎士団に任せるのかを精査していた。
もちろんものによっては突っぱねるし、必要だと判断しても少しは待たせている。
その中で一つ、難しいものがあった。
ただ倒すのが難しいとかではなく、もっと複雑な、はっきり言えば関わるのが嫌な案件だった。
彼女はその案件をみても、眉一つ動かさない。
彼女の仕事は被害者の心に寄り添うことではなく、事務的に、的確に処理することだけである。
一々心を動かされて業務に支障が出れば、ただ解決が遅くなるだけだった。
だがその案件を、騎士の一人に預けた。
「この任務を、ガイカク・ヒクメへ」
「……こ、この任務をですか?!」
「どのような問題が?」
「まだ正式な騎士団となっていない集団を派遣するのは……この任務は重すぎるかと」
「なるほど、この任務は正式な騎士団を派遣するべきだと。では他の任務はこれよりも順位が下がると?」
「……そうは、申しません」
「貴方の懸念は理解できますが、元より私は自分の進退をかけている。極論を言えば、どの任務もこなせなければ、騎士団と認めることはできません。ならば、この任務を預けることも、私の責任においてなすべきでしょう」
ガイカク・ヒクメ率いる『底辺奴隷騎士団』が、正式に騎士団へと昇格するための最後の仕事。
それは、それこそ騎士団でなければ解決できないことだった。
「承知しました……そのうえで、あえて申し上げます」
「なんでしょうか」
「もしもこの件を完全に、依頼者の満足のいく結果で終わらせられれば……私も全面的に、彼を騎士団長と認め、彼が率いる者たちを騎士団と認めます。私の誇りにかけて、です」
上が言っているから認めるのではなく、自分の意志で認める。
騎士たる彼は、そう宣言していた。
その案件とは……。
『違法魔導士の、違法薬販売』
であった。
明日からは一日一回投稿となります。
よろしくお願いします。