柔らかい暴力
本作の書籍化二巻
英雄女騎士に有能とバレた俺の美人ハーレム騎士団2 ガイカク・ヒクメの奇術騎士団
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野城。
野原に建てられた、粗末な城である。
城と言っても、まったく大したものではない。それこそ武家屋敷を大きくした程度であり、一階建て分の高さのある木の壁と、その内側に建物がある程度でしかない。
当たり前だが、ないよりは強い。しかしないよりはまし、という程度でしかない。
とてもではないが、籠城戦ができるほどではない。攻城兵器など必要ない、普通に突破されてしまうだろう。
そんな城の中で、メラスは指揮官たちを集めて会議を開いていた。
「予定通り、奇術騎士団がこの地に現れてくれた。武官としては遺憾だが、政治の力ということだろう。お膳立ては済んでいる、後は戦うだけだ。だが……勝つこと自体が目的ではない、とは理解してほしい。特にガイカク・ヒクメに関しては、殺せそうでも浚えそうでも手を出すな」
メラスはしっかりと、絶対にやってはいけないことのリストを作っていた。
「今回の我らの目的は……用意されているであろう砲塔の確保だ。そのために手を尽くしているが……だからこそ、こちらの戦いを可能な限り有利に進める必要がある。ティウをはじめとする精鋭が、任務を滞りなく進められるようにな」
そこまで言ってから、メラスは周辺の地図を持ってきた。
双方の陣地の中間地点で衝突する予定だが、そこにどの兵をどのように配置するかを説明していた。
「最前線に重歩兵と銃兵、それから弓兵を配置する」
「……それはどちらかというと、騎兵が相手の陣形では?」
「速攻戦への対応、だと思って欲しい。おそらく敵……奇術騎士団は、速攻を仕掛けてくるはずだ」
そうするしかない、と臭わせていた。
「我らはそれに対抗するため、簡易のバリケードをある程度作らせている。それを最前線に置き、その後方に固い重歩兵を更に置いて……火縄銃と弓兵で攻め立てる」
「徹底して接近を拒む、というわけですか。もちろん普通に有効な手ですが……」
「その通りだ。相手の準備はわからないが、思惑は読める。速攻で来ると想定し、できるだけ近づけさせないようにするのだ」
※
開戦初日……。
カーリーストス伯爵と奇術騎士団の連合軍とメラス軍は、アーストリナ平原で対峙していた。
野城の破壊を目指す連合軍は攻勢の構えであり、逆にメラス軍は防御の構えである。
メラス軍は簡易バリケードを最前線に置き、そのすぐ後ろに遠距離攻撃部隊と防御特化の重歩兵隊を配置している。
それは遠くからでもわかる、わかりやすい配置であった。
「……いかがしましょうか、ヒクメ卿。迂回するというのも手ですが」
「最前線の後方には、騎兵隊の影が見えます。うかつに陣形を乱すと、横っ腹を突かれるかと。なによりいきなり打ち合わせと違うことをするのは、兵の混乱を招きますよ」
「そ、そうですね! で、では……作戦通りに、奇術騎士団が敵への突破口を作るということで……」
「ええ、そのように」
まだ少年であるカーリーストス伯爵は、合戦を前に緊張していた。
そしてそれを、隣に立つガイカクに吐露する。
「……わ、私は、未熟です。ケガをして引退する前の父ならば、あの敵とも互角に渡り合えたでしょう。それに比べて私は……至らなくて申し訳ない、です」
「くく……そう思うのであれば、弱音はとっておくことです。今はただ、事前の打ち合わせ通りに戦うだけですよ」
「……はい」
そのガイカクは、あえてごまかした。
状況は単純である、もう見守るだけだと説き、ただ立っているだけだと説いた。
実際のところ、あとはもう前線の現場に任せるしかないのである。
そうして……奇術騎士団重歩兵隊……二十人のオーガ兵が、密集した横並びの陣形を作っていた。
彼女たちは武器らしい武器を持たず、ただ奇妙な色の盾だけを持っている。
その意味するところは、バリケードに接近するための『移動する壁』。
矢玉を受け止めながら前進し、背後の仲間を無傷で到達させるための壁であった。
「……ヒクメ卿。これは噂なのですが、奇術騎士団のオーガは……騎士たりえない、弱兵とのことで」
「ほう、誰から聞きましたか?」
「誰、というわけではなく……その、一般論? として、と言いますか……」
「なるほど、不安ですか」
少しだけ、脅すようにガイカクは笑った。
「俺が、弱い部下を突っ込ませて、死んでいくところを眺めているような男だと?」
「そ、そんな、ことは、ありません……すみません」
「悪気がないのはわかりますがね……さすがに不快になる言葉は避けた方が良いかと」
その脅しをかき消すように、無邪気に笑った。
「まあ弱いのは本当です。少なくとも、正騎士になれるほどではない」
「え、ええ……?」
「ですがね、もう一度言いますが……俺が、弱い部下を突っ込ませて、死んでいくところを眺めているような男だと?」
「それは、違うと思います」
「そういうことですよ……まあ見ていてください」
ざうざうざう、と。
重い足音と共に、二十人の壁が動き始めた。
オーガが先行する姿を見て、メラス軍は少し驚いていた。
指揮官であるメラスの読みでは、速攻であるはずだった。
だがオーガが先行するということは、遅攻のはずである。
オーガの足は遅くない。
筋肉の塊である彼らは、走ってもそれなりに速い。
だが、長時間、長距離の走行に耐えられない。
仮に百メートル以上を全力疾走したら、膝が壊れてしまうだろう。
これは彼らの骨が弱いというより、二足歩行の上で体重が重いからである。
脂肪の塊だろうが筋肉の塊だろうが、体重が重ければ膝には負担が大きい。
長時間の走行は、骨格に甚大なダメージを負わせてしまうのだ。
だからこそオーガは、エリートであっても早く走ることはない。
「……そろそろ上げていく!」
「おう!」
それを知っている敵味方は、だからこそ重歩兵隊の動きを見て違和感を覚えた。
盾を前に構えている彼女たちの歩く速度が、ゆっくりと加速し始めたのである。
まだまだ敵のバリケードが遠くにあるにも拘わらず、もう全力疾走のような速度に達しつつあった。
おいおい、足がダメになるだろ。
誰もがそう思う中、彼女らはさらに加速していく。
「……え?」
人間よりはるかに巨大な筋肉の塊が、速度を増しながら接近してくる。
質の悪い冗談に、メラス軍はあっけに取られていた。
骨が折れる、転ぶ、死ぬ。
そうなるはずなのに、一行にそうならない。
それどころか速度を活かしたままに、全身でバリケードに体当たりをしていく。
「おおおおおお!!」
「ああああああ!!」
本来自滅するほどの、速度と重量。
それがバリケードに真っ向からぶつかり、それを粉砕していた。
まるで障子紙を破るかのように、素通りしたかのように、メラス軍の正面に達する。
培養骨肉強化鎧。
その改良点、高機動型骨格であった。
フレッシュ・ゴーレムはその構造上、それ自体にも骨格がある。
今までは文字通り骨格を使用していたのだが、足の骨格だけ金属製に変えていた。
とはいえ、仮に金属製の骨格だったとしても、早く走れるとは言えないだろう。
だがその骨格の形状が特異だったのだ。
膝関節、足首の関節がないのである。
この高機動型骨格は、競技用義足のようなフォルムをしている。
軟骨などによる関節は存在せず、一枚の金属板がバネのように変形することで膝を曲げることに対応している。
そして重要なのは、そのバネの弾性が非常に強いことであった。
彼女たちが全力で走っても、負担を肩代わり、ならぬ脚代わりしてくれるのである。
もちろん彼女たち自身の重量もあって、一回の全力疾走で交換が必要になるが……。
逆に言えば、一回は膝の負荷を気にせず戦えるのだ。
そして、弾性を利用した走行は、通常の走行よりも速い。
高機動型に恥じぬ、暴力的な突撃を可能とする。
「う、撃て、撃てええ!」
常軌を逸した突撃が眼前に迫った瞬間、ようやく前線の指揮官は発砲を命じた。
重歩兵の後ろに隠れていた銃兵たちは、あわてて引き金を引く。
至近距離での、大量の弾丸。
それは高い威力を保ったまま、オーガの持つ盾に命中し、めり込んでいた。
だが、それだけであった。
異様な色をしている彼女らの盾は、『緩衝芋盾』である。
特殊な加工法によって食用が困難になるほどの弾力を持つ『こんにゃく』を分厚く貼ったこの盾は、銃弾が命中したときの衝撃を大幅に減衰する効果を持っている。
要は緩衝材まみれの、柔らかい盾。
それをもって身を守った彼女たちは、メラス軍の重歩兵隊の前に達した。
(メラス閣下の読みは正しかった……こいつら、速攻を仕掛けてきた……!)
手遅れ極まりない後悔に浸りながら、重歩兵たちは死を悟っていた。
己たちが金属製の鎧や盾、武器を持っているのにもかかわらず……。
こんにゃくの盾を持っているだけの、けったいな鎧を着込んでいる彼女たちに抵抗する気力さえ湧かなかった。
(私たちが……その読みを無駄にした……!)
「しねえええええええ!」
奇術騎士団の重歩兵隊は、盾を放り捨てた。そしてそのまま、普通に体当たりをした。
二十人のオーガの、一列の体当たり。
それは重歩兵隊、その後ろの銃兵隊、更に更にその後ろの弓兵隊たちさえも吹き飛ばしていた。
「おおおあああああ!」
この時点で、彼女たちの膝関節を保護していた『足の金属骨格』は破壊されていた。
彼女たちの膝には、自分達の重量と、生体パワードスーツの重量がかかっている。
しかしそれも、もう問題にならない。
一度この間合いに入ってしまえば、走る必要などないのだから。
接近戦でオーガの集団に勝てるのは、やはりオーガの集団だけなのだから。
「んんんんん~~~!!」
まるで自らが二十発の砲弾になったかのように、素手の彼女たちは敵陣の最前線を破壊していく。
その光景を見て、メラスは……。
「……なんて敵だ」
速攻対策を真正面から粉砕してく、想定外の速攻。
部下の不甲斐なさを呪うより先に、大任の重さに汗をかくのであった。