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足を引っ張られた程度で失脚するなら、その程度だったという話

本作の書籍化二巻


英雄女騎士に有能とバレた俺の美人ハーレム騎士団2 ガイカク・ヒクメの奇術騎士団


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 山城攻略より帰還してから、一週間後。


 ガイカク・ヒクメは新しい依頼を受けて、部下たちの前に現れた。

 その顔は、とても楽しそうである。


「三ツ星騎士団とは別の任務に就くことになった」


 ガイカクの部下も、学習能力や記憶力はある。

 ガイカクがどうしてここまで笑っているのか、理解できている。


「こうも見え透いていると……けなげだねって褒めたくなるな、なあ?」


 もうすでに、戦争が始まっている。

 いや、もう始まっていた。


 前回の任務が回ってきた時点で……。

 いや、それさえ違う。


 自分たちが騎士団になった時から、もう戦いは始まっていた。

 足蹴にされるだけの底辺奴隷に過ぎなかった彼女たちは、足を引っ張られる側の騎士になっていたのだ。


「俺たちを誘い込み、俺たちを捕まえ、陥れるための罠が、これから向かう先に用意してある……俺やお前達を陥れるために、だぞ? 凄いなあ、お前達……世界中がお前達の成功を妬んでいる証拠だ。なんなら、現地にいる味方さえ、俺たちの失敗を願っているかもなあ……ひひひひひ!」


 愉快そうに、ガイカクは笑っていた。


「ひひひひひ!」


 悪が、そこにいた。

 罠を仕掛けている悪党が可哀想に見えるほど恐ろしい、冥府魔導の怪物がいた。


「舐められたもんだな……俺たち(・・・)をこんな、しょうもない圧力一発でどうにかしようなんて……なあ?」


 社会の底に滞留した悪なんてしょうもないものではない、地獄の権化がそこにいた。


「……世の中には、足を引っ張られたせいで成果が出せず、挫折していくやつらが大勢いる。だがな、社会で成功している奴らは、足を引っ張られなかったんじゃない。足の引っ張り合いに負けなかったんだ。勝ったか、負けたかだ」


 およそこの男が、足の引っ張り合いなんて迂遠なものに、敗北するとは思えなかった。

 その土俵で、彼が負けるなんてありえない。


「これから俺たちは、アーストリナ平原でカーリーストス伯爵の軍と合流し……野城を建城しつつあるメラス軍と交戦する! だが、騎士団以外を味方と思うな! 全員がお前たちの成功を妬む、潜在的な敵と知れ!」


 だれも信じられないなんて、彼女ら全員が既に知っている。

 なんなら、自分のことだって信じられない。

 目の前の男だけが、絶対的に信頼できる。


 そして皮肉にも……この状況こそが、ガイカクが絶対的な存在だと、客観的に認められている証拠だった。


「行くぞ! 奇術騎士団! 成功者で居続けるために戦え!」


 喝さいがあがり、騎士団本部は揺れていた。

 味方さえも協力して構成された罠に飛び込もうというのに、士気は跳ね上がっていた。

 底辺奴隷であり続けた彼女たちは、ようやく獲得した既得権益の為に戦おうとしていた。



 アーストリナ平原。まばらに森林がある、ひらけた土地である。

 現在そこには、野城……一階建ての粗末な城が建造されつつあった。


 アーストリナ平原と自国の間には、チャスカ山脈が存在している。

 そのためそこに野城を作ってもさほどの意味もないのだが、間違いなく前線拠点であり放置はできない。


 付近に領地を持つカーリーストス伯爵は自分だけでは手に余ると考え、騎士団に応援を要請。

 その結果奇術騎士団が派遣されてきたのだった。


「よくぞ来てくださいました、奇術騎士団! まさに万の救援を得た思いです!」


 カーリーストス伯爵は、若き青年であった。いや、少年と言って差し支えない年齢である。

 まだ十五も過ぎていない年齢ながら、周囲の臣下に支えられつつ戦場に立ち、自らも鎧を着込んで参戦している。

 その顔に、卑しさの影などなかった。


「ひょひょひょ! カーリーストス伯爵……このガイカク・ヒクメ、ティストリア様の忠実なるしもべなれば! ご命令とあればどこへでも参戦するつもりですぞ!」


 智将メラスが建造し始めた野城、それに対抗する形で作られた陣地。

 そこに合流したガイカクは、『友軍』のど真ん中でカーリーストス伯爵と朗らかに話をしていた。


 いつもの道化めいた振る舞いだが、もはや様式美。

 友軍たちの誰もが、『そういう文化圏から来たんだろう』と思って深く考えない。


 そしてガイカクの周囲に居る、騎士団員を頼もしそうに見ていた。


「おいおい、すげえ気迫だぜ……いくら戦場だからって、味方の軍の中でこの緊迫感……」

「常在戦場……とは違うが、味方の陣営の中にいても油断はないってことか」

「すげえぜ、今襲われても対応できるって感じだ。なんなら今すぐ俺たちに切りかかりそうだ!」

「奇術騎士団は弱兵ぞろいって言われてるが、噂は当てにならねえな……!」


 ガイカクの部下たちは、ガイカクの忠告を素直に受け止めていた。

 だからこそ友軍の中でも緊張感を保ち、怪しい行動があればすぐにでも切りかかろうとしている。

 なお、友軍たちにそんな気はない模様。


(薬が効きすぎたか……いや、悪いことでもないな)


 ガイカクだけは友軍を見て『あ、こいつらなんも知らねえや』と察していた。

 彼らもまた、社会の圧力によって戦場を押し付けられた者達である。

 カーリーストス伯爵さえ、何が起きているのかわからないまま戦場に立っているのだ。


 なので奇術騎士団との間に温度差が生じているが、頼もしさにつながっているので不都合はなかった。

 実際、カーリーストス伯爵やその部下が考えているように、初見の味方の中に敵が潜んでいないとも限らないので、警戒するのは正しかった。


「ところで……奇術騎士団といえば、複数の種族の部隊からなる混成軍と聞きましたが……」


 カーリーストス伯爵は、援軍として現れた部隊を数えて、違和感を覚えていた。

 歩兵隊(にんげん)重歩兵隊(オーガ)動力騎兵隊ドワーフ

 実に頼もしい編成だが、明らかに部隊の数が足りなかった。


「噂では、見目麗しいエルフもいるとか……」

「我らだけでは不安だと!?」


 そこを疑問視し確認したところ、歩兵隊の隊長が過敏に反応していた。声を出したのは彼女だけだが、他の誰もが敵意をむき出しにする。

 カーリーストス伯爵が、おもわず萎縮するほどに。


「そ、そのように受け止めてしまったのなら、謝らせていただきます。ですが……」

「ひょひょひょ! 謝ることなどありませんよ、伯爵」


 謝ろうとした伯爵を止めて、ガイカクは部下を諫めた。


「誰が喋っていいと言った」

「……申し訳ありません」


 ガイカクの一声で、団員たちは沈黙し居住まいを正す。

 しっかりと規律を見せつけて、ガイカクは再びお茶らけた。


「部下が失礼をいたしまして、私の方こそお詫びを……ひょひょひょ!」

「い、いえ……先ほども申し上げましたが、悪いように聞こえるいい方でした」

「不安に思われても仕方ありませぬ。相手は智将で知られるメラス……味方は多ければ多いほど良い。私が常にすべての部下を連れて歩くわけではない、と知らなければ不安に思うのも当然かと……」


 メラスといえば、多くの実績を上げている生粋の武人である。

 まだ若い伯爵やその臣下如きでは、対抗できると思うことさえおこがましい。

 であれば、奇術騎士団の数が少なければ不安に思うのが当たり前だ。


「しかし、彼女たちの気の立ちようから察していただけると思いますが……現在他の団員は、別の地点に潜んでおります。特に砲兵隊(エルフ)は、特別任務(・・・・)をお願いしておりますので……」

「なんと!」

「相手は智将……わずかな情報からでも、こちらの動きを察してきかねません。なので彼女らがどこで何をしているのか、教えることはできないのです。どうかお許しを……」


 そういってガイカクは、自分の従えている三つの部隊を示した。


「無論、この場の三つの部隊は、騎士団を代表して矢面に立ちます。この私は逃げも隠れもせず、伯爵様とともに前線に立ちますので、ご安心ください」


 全員がどこにいるのかもわからない状況、なんてふざけた作戦は取らない。

 奇術騎士団の武力をもって、目に見える形で実績を作るとガイカクは宣言していた。


 口で信用してくださいというのではなく、実際に信用を見せると言っていた。

 これには、奇術騎士団の悪い噂を聞いていた者たちは安堵していた。

 不安がぬぐわれる、というのは悪くないものである。


「それは……頼もしいです」


 緊張しているため語彙が乏しくなっていたカーリーストス伯爵は、かろうじてそういっていた。


「ただし」


 少し安堵していた少年指揮官へ、ガイカクは釘を刺していた。


「相手は智将……有能な敵です。数を率いることに関しては、私ども騎士団長よりはるかに上。野城を建築していることもあって、地の利さえ掌中に収めています。我らだけが死力を尽くしても、到底勝てる相手ではありません」


 社会の圧力などという目に見えない力ではなく、目の前にいる男からの分かりやすい圧迫。

 ガイカクは、決して少年を甘やかさなかった。


「我らが最も危険な役目を負いますが、相互に役目を果たし合ってこそということをお忘れなく」

「む、無論です!」


 ここで踏ん張る気力が、この少年には備わっていた。


「援軍を呼んだ身ではありますが! もしもの時は孤軍奮闘する覚悟でした!」

「それは頼もしい」


 ガイカクは大人の笑みで、少年の意気込みを受け入れていた。


「それでは挨拶はここまでにして、本格的に会議を始めましょう……我らの合流は敵も察したはず、猶予は多くありませんよ」

「ええ! それでは会議用のテントへお越しください!」


 ガイカクの振舞から、カーリーストス伯爵やその部下たちも察していた。

 この戦場は、余りにも不利。この男にも余裕はないという事実だ。


(さて……友軍に足を引っ張られることは無さそうだが……そもそもそこまで程度が高くない)


 ガイカクは、メラスを良く知らない。

 彼がどういう思惑で、どの程度の『バランス感覚』でここに居るのかわかっていない。

 そこを読み誤れば、彼はすべてを失うだろう。


(楽しいねえ……戦争はこうでないと)


 部下たちを死地に送る彼にとって、それは当然の掛け金だった。

 もうじき始まる知恵比べの力比べに、もはや笑いが止まらなかった。

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