勝算
本作の書籍化二巻
英雄女騎士に有能とバレた俺の美人ハーレム騎士団2 ガイカク・ヒクメの奇術騎士団
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軍人らしからぬほど痩せている軍人、メラス。現在彼は、側近たちを会議室に集めていた。
その側近たちの中で目立っているのは、ダークエルフの男性だろう。彼の名前はティウ、メラスの副官である。
もちろんエリートではあるが、騎士団に入れるようなトップエリートではない。エリートの中では能力が低い部類に入る。
その一方で頭脳は明晰であり、種族特性もあって慎重派。副官としては、この上なく優秀な人材だった。
「ということで……奇術騎士団の団長、ガイカク・ヒクメの製造した魔導兵器を鹵獲する作戦を進めることになった」
「……多少はマシな作戦目標が設定されたな」
「ああ、なんとかそこまでは妥協させられた」
ここでティウは、ものすごくイヤそうな顔をしていた。
「お前が『奇術騎士団の団長を拉致できないか?』とか聞いてきた時は、殺してやろうかと思ったぞ」
「駄目で元々だったのだが……」
「毎度のことだがな、お前たちはダークエルフを何だと思っているんだ」
ダークエルフはその種族特性上、暗殺を得意としている。
しかし得意にも限度というものがある。
「暗殺ならギリギリ何とかならなくはないが、騎士団長を誘拐だと? そんなことができるほど優秀なら、ダークエルフが世界を支配しているぞ」
「……うん、まったくその通りだ」
騎士団長と言えば、敵陣のど真ん中で多くの護衛に守られる立場であろう。
誰にも気づかれずに接近して気絶……まではなんとかなる。
だがそこから、成人男性を抱えて敵陣を抜けて、そのまま友軍のところまで戻るなど不可能である。
ティウ自身が言うように、そこまで有能なら世界は彼らに支配されている。
「……というか、殺した方がいいんじゃないか? それなら私でも成功の目があるぞ」
「どうやらお偉方は、どうしても『ガイカクの技術』が欲しいらしい。くだらない理由もあるだろうし、切実な理由もあるのだろうが……そのあたりは政治だな」
「誘拐されてきた男が、素直に無害な技術を公開するとは思えないんだが……」
仮にガイカクの誘拐に成功したとして、彼が素直に技術を開示するとは思えない。
むしろ敵国を内側から食い破りかねなかった。
素人でも思いつくような話としては……。
美容と健康にいい、という名目で『十年後に死ぬ』という効果の生体魔法陣を普及させてきかねない。
普通なら失笑するような懸念事項だが、生体魔法陣は技術的にそれが可能なのである。
他にも『短期的には問題ないが、長期的に問題がある』技術を、デメリットを一切教えずにばらまいてくる可能性があった。
「私の友人も言っていたが、お偉方はそこまで考えていないらしいし、私たちもそこまで考えなくてもいいらしい」
「……ま、まあそもそも誘拐する話でもないわけだしな」
「そういうことだ……」
ここでメラスは、何束かの書類を皆に見せた。
「先日のライナガンマ防衛戦で、特筆すべき戦果……いやもう、何から何まで特筆すべき戦果なのだが……その中でも今の私達に重要な話題を切りぬいたものだ」
その書類を渡すときのメラスは、凄い顔をしていた。
「……誰もが諦めていた『動力付き気球』をいきなり実戦に投入してくる敵って、なんだろうな」
国内有数の大都市を、十万の兵士と相応の攻城兵器で包囲するという必勝の策。
これはもう成功したら勝ちが確定、天地がひっくり返っても負けないな、と思っていたら……。
敵は天から攻撃してきました、という酷い落ちである。
智将としては、こんなのと戦いたくないだろう。もちろん、彼の部下も同意するところである。
「とはいえ、だ。今回のガイカクはあきらかに気球で移動していた。だからこそある程度絞り込めたことがある」
ガイカクは騎士団総本部からライナガンマへ急行していた。
なので当然だが、仲間を先回りさせておく、なんてことはできない。
奇術騎士団が行ったことは、すべて気球から行われたはずだった。
「奴が真っ先にやったことは、上空からの攻撃だ。魔力攻撃で攻城塔を四台破壊し、さらに大量の爆薬を投下して食糧庫を一つ焼いている」
「……めちゃくちゃだな」
「ああ、まったくだ……こんなのを相手にしたくない。だが……とにかく続けるぞ。上空から魔力攻撃を当てるということは……風に揺れる場所から、とんでもなく遠くから攻撃し、それを命中させたということだ。離岸した船の上で魔術を唱えて、海岸の的に当てるようなものだな」
どう考えても無理なことだった。
だがだからこそ、仕掛けがあるとわかる。
「間違いなく、特別な『何か』がある。現に爆薬による食糧庫への放火は、直撃ではなく風上へ帯状に、大量に投下することで成功させている……上手くやる自信がなかったので、一か所に全力を注いだ証拠だな。逆に言って、四台の攻城塔を破壊することについてはある程度の自信があったとみていい」
「その自身の根幹が、仕掛けというわけか」
「ああ。奴には間違いなく、超遠距離から精密に……定点攻撃できる魔導砲がある」
メラスが仲間に配った資料。それは四台の攻城塔が壊れた時の状況と、魔導士に対して聞き込みを行い、それが可能そうな手段を絞ったものだった。
「複合魔力式砲塔……というものがあるらしい。簡単に言えば、人間やエルフ、ゴブリンなどから魔力を吸い上げて魔力攻撃を発射する魔導兵器だ。非人道的な使用法をされたため、違法兵器となったのだが……当然、これはただの大砲と同じだ。なにがしかの誘導機能を追加していると思われる」
「なにがしか?」
「それが分かっているのなら、探る必要もない。だが……超遠距離から攻城塔を破壊できるだけの魔力と魔術を持つエルフを四人抱えていると考えるよりも、なにがしかの仕掛けがある砲台を一台持っていると考える方が自然だろう」
「たしかに……いくら騎士団とはいえ、考えにくいな。それこそエルフの森の精鋭を引っこ抜かなければ不可能だ」
「奴はエルフの森へ協力を要請できる立場だが、それなら相応に対価を払っているはずだし、状況的にその救援を呼べたとも考えにくいからな」
ライナガンマ防衛戦は、ガイカクにとって非常に緊急事態であり、事前の仕込みが絶対にありえないものだった。
だからこそ、可能性は絞られていく。
「この魔力砲が有効に活用できる戦場をあえて用意する。それが俺の策だ」
「……超遠距離から正確に砲撃できる砲台を、どうやって見つけるんだ?」
「超遠距離とは言うが、騎士団総本部から発射してライナガンマに命中する……というほどじゃないだろう。もしもそうなら、そもそもライナガンマに向かう必要すらないからな」
「それはまあ、そうだな……」
「それに……例えば迷路の入り口から発射して、迷路の出口まで抜けるような、滅茶苦茶な弾道もありえないだろう。せいぜい普通の大砲のように、大きく弧を描く程度のはずだ……多分な」
ガイカクの持っている砲撃は、あくまでも精密な定点攻撃ができるだけ。
動かない的には確実に当てられるが、それだけ……のはずだった。
動く的にも正確に当てられるのなら、今までの戦場でももっと有効活用していたはずである。
「だからこそ、奴が砲台を置く場所はある程度限られる」
「……自陣の後方、こちらの目が届かない場所、そして周辺に遮蔽物のない場所か。ある意味普通の砲撃と同じだな」
「ああ。私が奴なら、そういう場所がない時点で持ち込むことを辞める。逆に言って、好条件ならそれを使うだろう」
普通ならば、砲台を置くに適さない状況で戦おうとするが、今回はむしろ砲台を置いてもらわないと困る。
「これは魔導士に確認したことだが……奴は完全に完成された『培養臓器』を作れるらしい。しかしその実物を盗んできたとしても、大して意味がないそうだ」
「話がずれたな……意味がないとは?」
「完成品を出されても、製造法が分からない。料理を盗んできても、レシピが分からない道理だな」
「確かに……」
「だが、その魔力砲台は違う。その原理上、砲台には魔法陣が刻まれているはずであり……それそのものがレシピになっている。砲塔に刻まれた魔法陣をそのまま写すだけでも、ある程度の解析ができるそうだ」
培養筋肉の発展形である培養骨肉強化鎧も、盗んで持ち帰ったところで完全に再現はできない。
動力付き気球やライヴスの心臓部分も、やはり強化培養された心臓を使っているので、原理が分かっても製造法は手探りになる。
だが複合魔力式砲塔だけは、本体を無傷で盗めれば、製造技術もほぼ盗めるのだ。
「先ほどティウが言ったように、奴は砲台を自陣のすぐそばに置けない。味方と離れた……守りの薄い場所に置くしかないのだ。発見は困難だが、場所の候補を絞っている今なら鹵獲は可能だ」
「可能……か」
「簡単だ、とは言っていない。しかしお前なら……やってくれると信じている」
守りが薄いとは言うが、守りがないとは言わない。言えるわけがない。
ガイカクがそこまで怖いもの知らずなら、とっくの昔に失敗している。
「ふぅ……まあ悪くない。その作戦、乗らせてもらおう」
ーーガイカク自身も、定石を打つ智将には負けない自負があった。
確かに初見でガイカクに勝つのは無理だろう。
だが時間を置いて、検討することができれば、戦術や戦略レベルでの対応は可能。
それこそが、智将の智将たるゆえん。
如何にガイカクが天才魔導士であったとしても、本職の智将を侮ってはいけなかった。