見えている罠
本作の書籍化二巻
英雄女騎士に有能とバレた俺の美人ハーレム騎士団2 ガイカク・ヒクメの奇術騎士団
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とある時のことである。
とある国の、とある会議室にて……二人の男が、話をしていた。
とても広く、格調高い部屋だった。二人の男の着ている服、顔から感じられる知性や品性からして不適当ではなかったが、それでも部屋に対して人数が少なすぎた。
それでも話す内容は、部屋に適したものである。
「それで、いい作戦は思いついたか?」
「それが全く」
片方は体格がいいのだが、文官の服を着ていた。
もう片方は、貧弱だが武官の格好をしていた。
その二人は、とても親し気に話をしている。
しかしその話題は、気楽からほど遠かった。
「お前でもか……俺も辛いんだぞ? 誰に頼んでも無理としか言われなくてなあ……」
「騎士団長を捕まえろ、なんて無理難題……できるならとっくの昔にやっている」
つまりは……文官の男が『ガイカク・ヒクメを捕まえてほしい』という依頼を受け、それを武官の男に依頼したのだ。
どう考えても無理な依頼だったが、それでも武官の男は真面目に策を講じ、それなりに検討を重ねてやっていた。
その結果、無理という結論が出ていた。
「……こういってはなんだが、どんな目的であったとしても、政治的に解決するべきじゃないのか? スカウトもそうだが、こう、交渉で依頼をするとか」
「そんなことはとっくに試している。だが相手の文官も消極的、それどころか『そんな事実はない』と言い切っている」
外交は二枚舌三枚舌であるが、この場合悪いのは外交官ではなくガイカクであろう。
いくらなんでも『我が国の騎士団はその特権をフル活用して、ガンガン違法行為をしています』などと言えるわけもない。
「そこは、お前……」
「まあ待て……濁して伝えられたことがあるのだがな……ガイカク・ヒクメと言えど神ではない。何でもできるわけではないだろうし、失敗することだってあるだろう? 合法の範囲で失敗したならまだしも、非合法の行為で失敗したら目も当てられまい」
「……確かにそうだな」
文官同士、二枚舌同士の会話というのは迂遠になりがちである。
迂遠になればなるほど賢い、言質をとらせないのが賢い、という魔境である。
だからこそ今の文章も実際には何十倍もの文章を使って伝えられたものだった。
そしてその内容は、武人でも理解できる内容である。
「しかしだなあ……それを言えば、我ら武官が無理矢理ガイカク・ヒクメを拘束したとしても、結局は同じではないか?」
「これは我ら側の認識であって、我らに依頼をしている側の認識ではない。良くも悪くも、我らの仕事は『ガイカク・ヒクメを連れてくること』だからな……その先は知らん」
「それに我らを巻き込まないでほしいのだが……」
依頼する側というのは、何時だって勝手なものである。
依頼を受けた側は、何時だって頭を悩ませるのだ。
知るかボケ、と言いたいところだが、そういうわけにもいかないのである。
「……ところで、文官であるお前に一枚舌で返事が欲しいのだが」
「……お前の舌は一枚しかないのに、毒を含んでいるな」
「お前たちへの依頼は、率直なものか?」
「……ん~~、違うな」
武官の男の質問は、シンプルである。
何のためにガイカクを浚うのか、明言されているのか、という確認だ。
「このままではあの国の軍事力が肥大化する、ガイカクの魔導は我らにも必要だ……というお題目だ。これも間違いではないが……まあ大義名分だな」
「それならば、大義名分の方を少し満たしてみよう」
大義名分を掲げられると、反論は厄介になる。
だがその大義名分に反さない対案を用意できれば、大義名分を掲げている者も黙らざるを得なくなる。
「具体的にはどうする?」
「奴の作った魔導兵器を鹵獲する」
痩せている武官の男の提案は、それなりの説得力があった。
「もちろん難しいが……ガイカク・ヒクメ自身を拉致しようとするよりは、数段簡単だろう」
ガイカクの使用する魔導技術は違法であることがほどんどだ。
だが逆説的に言って、未知の技術ではない。
だからこそガイカクの生み出した違法兵器を鹵獲して持ち帰ることができれば、他の魔導士に解析してもらえるだろう。
「……なんの成果も出せないよりはマシか」
顧客が本当に求めている物、ではないとわかってはいる。
だが無理なので、多少の妥協案を出そうとしていた。
顧客も真正のバカではない、少しでも成果があれば不満を表に出すことはない(不満を持たないとは言っていない)。
「しかし、どうやって? ガイカクは今まで、一度も鹵獲を許していないぞ」
「八割は運任せだ、まずは条件が整うのを待つ」
魔導兵器を鹵獲すると言っても、相手は騎士団である。
いかなる条件であっても絶対に成功する、なんてことはあり得ない。
「条件?」
「まずは、奇術騎士団を他の騎士団と引き離すことだ。特に三ツ星騎士団と一緒なら、どうあっても達成できまい」
「そうだろうな……次は?」
「野戦ではあるが……木の生い茂る、山岳地帯が付近にあることが望ましいな」
「それだけか?」
「ああ。条件にある国境地帯は、それなりにある。だがそこで交戦を始めても、奇術騎士団が来るとは限らないだろう。まして単独で来る保証はない」
奇術騎士団に限らず、ほぼすべての騎士団は遊軍である。
各地から救援要請があれば、どこにでも行く。
だからこそ望む戦場に来ることもあるだろうし、来ないこともあるだろう。
来ないことの方が、ずっと多いだろうが。
「もちろん私が現地に居なければ何もできないしな」
「……それは、こちらでもなんとかできるかもしれない」
体格のいい文官は、まさに文官らしい、闇のある顔をしていた。
「あの国も一枚岩ではない、その程度の配慮ならしてくれるだろう」
「……武官としては歓迎しかねるな。そんなに上手くいくか?」
「これが豪傑騎士団や水晶騎士団、貝紫騎士団を陥れる、となったら無理だろう。だが奇術騎士団やその同盟である三ツ星騎士団なら可能だ」
奇術騎士団に近づきたいという者は大勢いるが、それをガイカクは跳ねのけている。
もちろん全部を引き受けていたらキリがないし、騎士団の仕事に支障が出るので仕方ないのだが……。
それは消極的ながらも敵を増やしている、ということだ。
ガイカクに失敗してほしい、ガイカクの立場が弱くなってほしい、簡単に声がかけられるところまで降りてきてほしい、こちらの要求を聞き入れざるを得なくなるまで落ちぶれてほしい。
そう思う者が、ガイカクを遠くから眺めているのだ。
彼らは彼らで、それぞれに力を持っている。
協調すれば、騎士団を誘導することも可能だろう。
「この二つの騎士団を分散させるには、複数の戦場から同時に救援要請を出させてやればいい。それで向こうは飲まざるを得なくなる」
「……騎士団として、拒否する可能性は?」
「ないだろう。広報のための人助けならともかく、本業である軍隊への救援要請を断ることはできないからな。それに……騎士団はプライドも高い。周囲の誘導に気付いても、二手に別けることを選ばざるを得ない。あるいは、そのように誘導すればいい」
「それだけ立派な体格をお持ちなのに、頼もしいぐらいに陰湿だな」
「臆病と言ってくれ」
痩せた武官は、うんざりしながらも文官の提案を認めていた。
「同じ武官として、ガイカクに同情するよ。わかっていても罠に飛び込まざるを得ないのだからな」
「だがな……奴の魔導兵器を鹵獲するなんて、簡単ではないぞ? そもそもどんな魔導兵器を出してくるのか、まったく予想できん」
「いや、それは違う」
痩せた武官は、まさに武官、という肉食獣の眼をしていた。
それはこちらに気付いていない獲物を発見し、如何にして捕らえるかに全能力を費やそうとするときのそれであった。
「奴は智将だ。優れた武器を発明し、それを効果的に運用することができる。逆に場を整えてやれば、『用いるであろう有効な兵器』をある程度絞ることができる」
「……具体的には?」
痩せた男の名前は、メラス。人間であり、軍人であった。
「強力で正確な砲台……それが有効に働く場を整える」
さて、最後に特筆すべきことを一つ。
この会話は、ガイカクたちが山城へ出発するより、かなり前のことだった。
つまり……ガイカクたちが山城に向かっていた時点で、彼らの罠は始まっていたのである。
※
時間はそこから少し進み……。
ガイカクたちが山城から本部に戻っている最中のことである。
とても愉快そうに笑っているガイカクは、自分の部下たちを集めて会議を開いていた。
「いろいろ考えたんだが……今回の任務、元々の時点で簡単すぎた。俺たち二つの騎士団が、同時にかかるほどじゃなかった」
自分たちが罠に向かうよう誘導されている、と悟ったからこそ、彼は笑っていた。
その笑いの意味を悟った者達は、ものすごく怯えていた。
「そんな状況で、敵は戦わずして逃げた。コレの意味するところは……『三ツ星騎士団と奇術騎士団を同時に戦場へ投入するのはもったいない』『それぞれ違う戦場に投入しても問題ないのではないか?』と思わせる……というか、二つの騎士団を分散させる口実にするための作戦だった」
「そ、それって……ティストリア様もわかってますかね?」
「さあ? 俺たちの報告を聞いたら確実に気付くだろうが……今の段階では違うかもな。復帰戦ってことで慎重を期したんだろうが……そこに付け込まれたな。ひひひひ!」
それを聞いた彼女たちは、『久しぶりの感覚』に寒気を覚えていた。
自分達の環境の裏側、社会全体の風潮。真綿で圧迫されている感じがあったのだ。
よくわからない物、大きすぎて全体が見えないものが、自分達を害そうとしていると解釈していた。
それはそれで、間違ってはいない。
「出る杭は打たれる……ひひひ! たまらないなあ、嬉しいだろ?」
「い、いえ……嬉しくは、ない、です」
順調だった人生が、座礁しつつある。
それを感じた彼女たちは、ふらつく感覚を抑えきれなかった。
元の人生に戻るのではないか、という不安があった。
あんな想いをするぐらいなら、華々しく散った方がまだましだった。
それほどに忌避する恐怖をぬぐえるのは、目の前の賢者だけである。
その彼は、まさに邪悪、凶悪、醜悪な笑みを浮かべている。
「……まだ全体像は見えないが、おそらく俺の『手品』には対策をとられるだろう。そうなったときに頼れるのは」
その賢者の言葉は、彼女らを騎士に戻していた。
「単純な、武力だ」
歩兵隊が、重歩兵隊が。
それぞれ武力を担当すると自負する者達が、震えていた。
「歩兵隊、お前らはしばらくの間セフェウ卿の指揮下にいたが……サボっていたか?」
「いえ! 他の騎士団の従騎士と共に、苛烈な訓練を受けていました! 彼らには及びませんが、それでも実力はつけています!」
「よろしい……重歩兵隊、お前らもしばらく暇だったが、どうだ?」
「わ、私達だって、遊んでません! 大暴れするために、鍛えてます!」
「よろしい……」
悪の権化のように、ガイカクは笑っていた。
「俺たちの弱点は、兵の弱さだ。相手は確実にそれを突いてくる……実際弱いからな。だがそれは、他の騎士団と比べての話だ」
これから先に罠を仕掛けて待つ敵を、この時点で嘲笑していたのだ。
「お前たちを雑魚扱いしてくる、舐め腐った奴らに……奇術騎士団の、タネも仕掛けもない暴力を見せてやれ!」
罠があると知っても、自分達は行かなければならない。それが騎士団というものだ。
だが罠があると知ってなお食い破れるからこその騎士団であった。
「おおおおおお!」
「おおおおおお!」
「ああああああ!」
「いやあ……楽しくなってきたな!」
智将と呼ばれた男、ガイカク。
勇敢な兵士たちを率いる彼は、やはり有能な騎士団長であった。