曇らせ展開
本作の書籍化二巻
英雄女騎士に有能とバレた俺の美人ハーレム騎士団2 ガイカク・ヒクメの奇術騎士団
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占拠する予定だった山城が崩壊した。
その現場に、友軍と騎士団は向かう。
そこにあったのは、城壁も建物も破壊された、城の残骸であった。
ある意味当然だが……。
城の内部にいるものが積極的に城を壊すのは、とても簡単なことである。
それが実際に起きるなど、到底あり得ないことではあるが。
陥落寸前なので自爆するとか、敵を誘い込んで火をつけるとかならわかる。
だが初手で、しかも交戦する前からやるなど正気ではない。
まだ燃えている城の残骸の中で、ガイカクはつまらなそうに吐き捨てた。
「くそ…!」
その姿には、演技などなかった。
この状況を作ったのはガイカクではないと、誰もが理解するに至っていた。
しかしそうであれば、誰がこの状況を作ったのか。
友軍も奇術騎士団も、さっぱりである。
だが三ツ星騎士団団長たるオリオンは、やれやれとばかりに説明を始めていた。
「してやられた……といったところか」
ある種の敗北宣言をした彼は、敵を称賛する。
「我らがここに来た以上、この山城を陥落することは確定していた。何なら我ら三ツ星騎士団だけでも、半日あれば落とせるだろう。敵は我らの旗を見た瞬間にそれを理解した。だからこそ、山城を自ら破壊したのだ」
情報操作とか催眠術の類で、山城を崩壊に導いたとかではない。
敵の行動には合理性があったのだ。
「我らがこの山城を再建するとなれば、相当な労力を要する。敵がこの城を建造するに要した分と同等のな……当然短期間では終わらず、長い年月を要するだろう」
その言葉を聞いて、友軍の将兵たちは周囲を見渡した。
破壊されている城そのものもそうだが、周辺に人里がない、建材の運搬が困難な地形だった。
それを見て、この城を再建する困難さを想像してしまったのだ。
「当然ながら、我らはそれほど長くここに居られない。占拠が不可能になった時点で撤退せねばならない。敵軍は我らがここを去った後で……この城が再建される途中か、あるいは再建が終わった後で侵攻して乗っ取る算段だろう」
オリオンが語る敵の思惑は、口で言うほど簡単ではない。
今回友軍が攻めあぐねていたように、敵が奪取することも難しいだろう。
しかし『城に立てこもって二つの騎士団を撃退する』よりは簡単で、実現の可能性がある。
これも、客観的な事実であった。
「とはいえ、城主もそう簡単に決断できることではない。自分の裁量でそんなことを決めていたら、敵前逃亡の軍法会議にかけられるだろう。それに怯えることなく、早急な決断ができたということは……上からの指示があったということだ」
上からの指示、という言葉は奇術騎士団に響く。
各国の上層部が、騎士団を特別扱いし始めたことを知っていたからだ。
まさかこういう形になるとは、さすがに誰も想像していなかったが。
「くそ……!」
そう、ガイカクであっても。
彼は本当に悔しそうに、廃墟の中で苛立っていた。
「さてヒクメ卿、今後の方針について聞きたい。逃げたであろう敵の背中は、ここからも確認できるが……追撃するかね?」
そんなガイカクに、オリオンは冷静な質問をする。
戦略的にはともかく、戦術的に考えればこちらが有利だ。
敵は有利な地形を放棄し、危険な山道を逃走している。
追撃は容易だろう。
ただし、決断は急がねばなるまい。
「決定はこの地の将が行うが……貴殿の意見もあるだろう」
「オリオン卿……お気遣い、ありがたく」
ガイカクはオリオンの『必要な話』を聞いて、冷静さを取り戻していた。
そのうえで、やはり合理的な説明を行う。
「私は反対ですね。今から敵兵の数を削いでも、八つ当たりでしかない。山道での危険な戦闘をさせるほどの意味はないでしょう」
「同感ですな。それよりもこの廃墟を維持することに兵力を割いたほうがいい。このまま放置して敵に奪い返されれば、それこそ意味がなくなる」
既に山城は崩壊しているが、山道を抑える拠点という意味は失われていない。
放棄すれば敵が奪い返して再建するだろう。そうなれば、また兵力を割いて奪取する羽目になる。
それを避けるには、こちらが占拠するしかないのだ。どれだけの労力を割くとしても……。
「それで、指揮官殿。ご決断は?」
「え、ええっと……その……」
オリオンに判断を仰がれた友軍の将は、自分の部下たちの顔を見た。
全員、ものすごくイヤそうな顔をしている。
(オリオン卿やヒクメ卿のおっしゃる通り、追撃をしても結局は再建をするしかない。この危険な山道で野戦をして、その後にまた再建をするというのは……いやそれ以前に、再建が後に控えている状態で追撃戦をさせるというのは……士気を保てない)
この山城を再建するための労働力は、やはり一般兵であろう。
その彼らに無用な危険、無駄な戦闘をさせたくはなかった。
(両騎士団長の意見に反対してまで、押し切る価値はない……)
若き将の判断は、日和見と言えるのかもしれない。
しかし集団を率いる者としては、適切な判断でもあった。
「我らの任務は、この地の確保。それはすでに達成されました……今後我らは、この地の防衛任務に就かせていただきます!」
若き将は、両騎士団長に敬礼をしていた。
「残念な結果になった、等とはおもっておりません。援軍に感謝いたします!」
それを聞いて、友軍の兵士たちもあわてて敬礼をする。
この山城の再建を思うと気が遠くなるが……それでも、勝つには勝ったのだ。
すくなくとも騎士団が来なければ、自分達は何もできず撤退していた可能性が高い。
最高の結果とは言い難いが、死傷者多数からの敗北よりは大いにマシであった。
「感謝いたします!」
兵士たちは声を上げて、感謝を表明するのであった。
※
さて、両騎士団は帰還を始めた。
現地に到着するまでは意気揚々としていたガイカクだが、その表情は一転して曇っていた。
一応不戦勝であり、自分達を見ただけで敵は逃げていったという最高の状況なのだが……。
「ああ~~! ムカつく!」
語彙が死ぬほどに、ガイカクは不機嫌だった。
荒れている山道と同じぐらい荒んだ心を、隠そうともしていない。
そんな彼を更に怒らせるのは、不甲斐ない部下たちであった。
「……なあお前達、まさか喜んでるんじゃないだろうなぁ?」
奇術騎士団の団員の多くは、ぶっちゃけ喜んでいたのである。
「え、いや~~……その、ほら! 私たちが怖くて敵が逃げるとか、最高じゃないですか?」
歩兵隊の面々は、にやにやしている。
旗を見ただけで敵が逃げ出すというのは、彼女たちの言うように最高の栄誉である。
山城を破壊されたことには驚いていたが、冷静になればこんな嬉しいことはないだろう。
「歩兵隊の言うとおりですよ、族長! これを聞けば、本部にいる仲間も喜ぶに違いありません! この我らが、こんな我らが……戦うことを諦めるほどの脅威だと認識されているのですから!」
高機動擲弾兵隊も同様である。
味方に褒めてもらうより、敵に恐れられることを好むのが彼女たちだ。
事態を冷静に受け止めれば、喜ぶことこそあっても悲しむことはない。
「弾にならなかっただけでも、私たちは嬉しいです……本当に」
砲兵隊の表情は安堵であった。
彼女たちは砲兵の本分を果たす予定だったのだが、それをせずに済んだのならありがたい。
疲れて寝込むことを喜ぶ趣味は、彼女たちにはないのである。
「ん~~……私たちは親分の気持ち、わかるなあ。こんな遠いところまで来たのにすぐ帰るって、バカみたいだし……」
不満そうなのは、重歩兵隊ぐらいであろう。
向かってくる敵をぶちのめすのが楽しいのであって、顔も見ずに逃げる敵など白けるだけであった。
「そうだろ、そうだろう! せっかくの準備が無駄になった、何をしに来たのかわからん! 俺たちは戦争をしに来たんだぞ!?」
ある意味仕事熱心なガイカクは、イライラを募らせていた。
「折角の攻城戦なのに、新兵器『ブラックダークデス・アンド・レッドヘルフレイム』を使わずに帰るなんて……! 今頃アレを敵に喰らわせて、阿鼻叫喚の渦に叩き込んでいるはずだったのに……!」
(敵は逃げて正解だった……)
物凄く物騒で頭の悪い名前の新兵器だが、ガイカクが戦場に投入する以上ろくなことにならない。
夜間偵察兵隊は、『予定されていた敵の惨状』が回避されたことに苦笑いを浮かべていた。
「まあこういうこともある。私も全盛期だった時は、交戦を避けられていたものだ」
「むぅ……」
「それにだ……こう考えることもできる」
調子に乗っている奇術騎士団の面々を、オリオンはその真剣な眼で見ていた。
「我ら三ツ星騎士団と奇術騎士団がそろっているからこそ、ああした反応をしたのではないか? もしもそれぞれが別の戦場に立てば……むしろ大喜びで襲い掛かって来るやもしれぬ」
奇術騎士団にとって三ツ星騎士団は同盟として理想的な存在であり、揃ったときは弱点のない軍となる。
だが状況によっては、別々の任務に就くこともあるだろう。そうなったとき、奇術騎士団は非常にもろくなる。
「それに加えて弱兵が逃げ出すのなら……今後貴殿らが戦う相手は、ガゲドラのように強大な敵だけということだな」
ぞっとしすぎる情報を聞いて、不戦勝で緩んでいた空気が引き締まっていた。
弱い敵が戦う前に逃げ出すのなら、これから簡単な任務がなくなるということなのだ。
「んん……それはたしかに」
そしてその言葉を聞いて、ガイカクは機嫌を直していた。
「最高に楽しみですねえ……げひゃひゃひゃ!」