分を弁えた最善
本作の書籍化二巻
英雄女騎士に有能とバレた俺の美人ハーレム騎士団2 ガイカク・ヒクメの奇術騎士団
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今回の任務の対象となっているのは、国境付近に建設されている城である。
草木がほとんど生えていない切り立った岩山に建っており、周辺に町や村、田畑などはない。
この山城が守っているのは、『道』である。切り立った岩山にある、かろうじて人が通れる道。それを確保することこそ、この山城の意味である。
味方が攻め込むときには橋頭保となり、敵が攻め込んだときには防衛の最前線となる。
この山城やその道を通らなくても、もちろん山を登ることはできる。
だがそれは登山であり、武装している軍隊が兵糧をもって大勢で登る……なんてことができるルートではない。
よって、斥候や密偵はともかく、軍隊が移動するにはその山城を落とさなければならないのだ。
そんな山城を落とすとなれば、容易ではない。
まず周辺が切り立った岩山であるため、大軍が一気に包囲する、というのが現実的ではない。また大掛かりな攻城兵器を持ち込むことも難しい。
建設するために多くのコストを支払ったのであろうが、それ故に堅牢な城である。
陸の孤島という表現に近いが、岩山という地形そのものが堀のような役目を持っているのだ。
まさに難攻不落の城なのだが……そこに向かう奇術騎士団の足取りは軽かった。
険しい山道であるにもかかわらず、全員がにっこにこである。
騎士団長であるガイカクでさえ、うきうきと弾むように歩いていた。
その姿を見て、三ツ星騎士団の面々は苦笑いをしている。
「いやあ……黒い噂とどす黒い噂しかない騎士団とは思えない、初心な表情ですなぁ……」
「死刑になるような違法行為を山札になるぐらい重ねている奴らには見えないぜ」
「まあいいじゃないか。私達にもああいう時期はあった……武勲を上げた若者なら、これもご褒美の範疇だよ」
「その通りだ……不測の事態には、我らが対応すればいい」
移動中も、一応仕事中である。
にもかかわらず、騎士とは言い難い緊張感のなさであった。
それはある意味、三ツ星騎士団も同じだっただろう。
不測の事態に対応するのは自分たちで十分、という認識は甘いと言わざるを得ない。
そんな彼らは、敵の拠点から少々離れたところにある、友軍のキャンプ地に到着していた。
そこで彼らを待っていたのは、期待に目を輝かせる兵士たちの姿である。
「おお……アレが奇術騎士団と三ツ星騎士団か!」
「新進気鋭の奇術騎士団と、老練の三ツ星騎士団の同盟軍……彼らが来てくれるとは!」
「ライナガンマでも武勲を上げたと聞いているぞ! 10万の敵兵に突っ込み、そのまま追い散らしたとか!」
「これはもう勝ったな……あんな城、陥落の秒読みが始まったようなものだ!」
「今回はどんな新兵器で作戦を遂行するんだろうな……その目撃者になれるなんて、故郷で家族に自慢できるぜ!」
待望の展開に、奇術騎士団は得意げな顔で行進する。
いっぱしの騎士団、英雄になったことを実感しながら、彼ら彼女らは友軍の中を進む。
そんな彼らの前に、友軍の指揮官、将であろう若き青年が現れた。
とても慌てた様子であるが、安心したような笑顔をしている。
「ああ、三ツ星騎士団様、奇術騎士団様……よくぞお越しくださいました!」
「要請を受けたのだ、参上するのは当然のこと」
「ひょひょひょ! ティストリア様から命令をいただけば、どこにでも参上いたします」
「おお、心強い!」
若き将は、とても疲れた顔をしていた。
緊張が切れたのか、一気に腰を曲げてしまう。
「この城を攻め落とし、占拠することこそ、私の役目……しかし地の利を生かした城を攻め落とすことは簡単ではなく……騎士団を頼るしかない、自分の無能が情けなく……」
騎士団に限らず救援要請をするということは、自力での解決が困難だと認めるということ。
それは借りを作る行為であり、軟弱者だと周囲から認定される行為に他ならない。
どう言いつくろっても、呼ばない方がいいに決まっている。
「ふうむ……確かに、自力で任務を達成できる方がよいに決まっている。それはそうでしょう。しかし引き際を弁えることも、将の力量」
落ち込んでいる青年を、オリオンは慰めていた。
「城攻めでは、相手が立てこもっている分攻めに体重をかけやすい。じわじわと味方が消耗していき、気付いた時には壊滅しているということもある」
オリオンは改めて、周囲の友軍を見た。
疲れている顔をした兵が多いが、怪我をしている兵はそこまでではない。
「非力であることは恥じるべきだが、愚かではなかった。それは安心なさると良い」
「お、オリオン卿!」
「ここからは我らも助力させてもらう。とはいえ、仕込みの段階はヒクメ卿に任せることになりそうだがな……」
「ひょひょひょ! ええ、お任せくださいませ!」
ガイカクは自分の部下を背に、友軍のど真ん中で道化めいた振る舞いを始めた。
それはまさに、サーカス団の座長そのもの。
道化師を演じる天才魔導士に、誰もが目を奪われていた。
「あそこに見える、難攻不落の山城を! 皆さんの目の前で、あっという間に攻略してみせましょう!」
キャンプ地から見える、攻略対象。
山にそびえる、山そのものにさえ思える堅牢な城。
それをガイカクは、あっという間に攻略すると宣言していた。
「それはもう、どか~~ん! と一発で!」
彼が得意げに演説をしていた、その時であった。
どか~ん、と。
山城が爆発したのである。
ガイカクを含めた全員が、山城の方を向いていた。
全員が見ている前で、山城が燃えていたのだ。
「ヒクメ卿、一応お伺いしますが……どんな手品を使ったのですか?」
「何もしてねえよ……マジで」
何もしていないのに壊れた、という言葉がある。
それが実際に起こったことで、騎士団も友軍も思考停止に陥っていた。
※
さて、深淵を覗くものは深淵からも覗かれる、という言葉がある。
遮蔽物がない岩山では、相手を見る位置にいるということは、相手からも見られるということだ。
旗を高々と掲げて山道を登ってきた両騎士団の接近は、山城の方からも見えていた。
見張りからの報告を受けて、山城の城主たる指揮官は下士官を集めて会議を開いていた。
「ど、どうするんだ! 騎士団が二つも来たぞ!? それも奇術騎士団もだ!」
「奇術騎士団といえば、動力付き気球を実用化し、それをライナガンマ戦で投入し……マルセロを討ち取ったとか……」
「どうするんだ、そんなもんを投入されたらこの城の壁も意味がない!」
「落ち着け……奴らが気球みたいに大掛かりなものをここに持ってきたという報告は上がっていない!」
「だが城攻めの準備はしてきてるんだぞ! 絶対に陥落する!」
「友軍の救援を呼べば、一週間もあれば……」
「バカが! 騎士団二つだぞ? 普通に考えて、半日も持たない!」
だが下士官たちは、パニックに陥っていた。
無理もないだろう。ライナガンマでの輝かしい戦績を聞いていれば、誰でもこうなってしかるべきだ。
だが一人……城主たる指揮官だけは違っていた。
彼はまるで動揺せず、下士官たちが落ち着くのを待っていた。
動かざること山の如し。
この異常事態の中では、うかつに発言をしないものこそが頼られる。
それが最高指揮官ならなおのことだ。
下士官は期待と不安の入り混じった顔で、指揮官の言葉を待っていた。
「実は……軍の上層部より、事前に指示があった」
彼の言葉は、決定事項を伝えるものであった。
「もしも奇術騎士団に遭遇したときは……」
ガイカク・ヒクメ率いる奇術騎士団。
その存在は余りにも特異であり、『似たような組織』などどこの国にもない。
その異物に対して、上は何をしろというのか。
「全面撤退しろ、というものだ」
なんとも情けない話だが、割と現実的で、ありがたい命令であった。
何があっても全滅させろとか、何が何でも浚ってこい、とか命令されても不可能であるし。
「……その、良いのですか? この山城は、かなり時間と労力を費やして建築したものです。これをむざむざ敵に明け渡すのは……いえ、戦いたいわけではないのですが……」
将棋も囲碁もサバイバルゲームも、突き詰めれば『陣取り合戦』である。
この山城を建設したことも、そこを守るために兵が配置されていることも、突き詰めれば陣取りのためである。
陣地を確保する、ルートを確保する、城を守るということには、兵士の命以上の価値があるのだ。
それをあっさり放棄するというのは、いくら事前の指示があったとしても無理があるだろう。
「もちろんだ、私もむざむざ明け渡す気はないし、空城の計を気取るつもりもない」
指揮官は自分のできる範囲で、最善を尽くそうとしていた。
「この山城は、敵に利用されないように破壊する」
奇術騎士団がどんな手品を用意しているとしても、この城を可能な限り無傷で占拠することが目的のはずだった。
それを初手で打ち破ってしまえば、ガイカクと言えどもどうにもなるまい。
「爆破後に全面撤退……それが私の決定だ」
そしてそれは、本当に……ガイカクであっても、どうにもならないことであった。