ただ、食べさせたかっただけ
ネタが溜まってきたので、もう少ししたら更新を再開します。
ライナガンマ防衛戦が終結し、各騎士団が拠点に戻り、そろそろ任務に入ろうとしていたころの話である。
騎士団総本部に、各騎士団から数人の正騎士が招集されていた。
三ツ星騎士団のケンタウロス一名、豪傑騎士団のオーク二名とリザードマン二名、そして水晶騎士団のリザードマン一名。
彼ら彼女らは一室に集められ、互いの顔を見合いながら困惑している。
「なぜ我らがここに集められたのか……イラルキ卿、なにか心当たりは?」
「いいえ、まったくありませんわ」
三ツ星騎士団のケンタウロスから質問をされた、水晶騎士団のイラルキ。
本気でわからない様子で、集められた面々の顔を見ている。
「まあそう悪いことはおきんのでは? 我らは先日大手柄を上げたのです、ここで集めて『クビ』なんていわれるわけもなし」
「どんと構えてればいいでしょう」
一方で豪傑騎士団のオーク二名は、なんとものんきだった。
とはいえロジックにおかしなところはない。
この場にいる正騎士たちは、誰もがライナガンマ防衛戦に参加した者達である。
それを集めて罰する、なんてことはあり得まい。
(確かにお二人のいう通りだな……ヒクメ卿レベルの違法行為が発覚しない限りは、だが……)
(ヒクメ卿みたいに、違法な植物をガンガン栽培していない限りは、ね……まあ私はしていないから、ありえないけども……)
ガイカク・ヒクメがやっているような、死罪レベルの大罪を犯していればその限りではない。
それをやって許されるのは、ガイカク・ヒクメだけである。
「皆さま、お待たせして申し訳ありません。ティストリア様直属正騎士、ウェズン。遅参、お許しあれ」
そんな部屋に、ウェズン卿が現れた。
ここは彼の職場なのだからなにもおかしなことはないが、彼が部屋のドアを開けたことで全員の顔が少し変わった。
(なんだこの匂い)
(何、この匂い……)
香水だとか花の匂いだとかではなく、明らかな『匂い』が全員の鼻に入ってきたのだ。
そうして全員の顔色が変わったことを見て、ウェズン卿は顔を少し緩める。
「ごほん……各騎士団の正騎士の皆様……お察しかと思いますが、こうして一つの部屋にお集まりいただいたのは、少々密談があるからなのです」
そして彼に続いて、カートを押して歩いてくる影が一つ。奇術騎士団団長、ガイカク・ヒクメであった。
その彼が持ってきたカートを見て、全員が「あ」と察したのであった。
「この度、ティストリア様を通じまして、皆様をお呼びしたのはこの私……奇術騎士団団長、ガイカク・ヒクメにございます」
彼が持ってきたカートの上には、いろいろな料理が並んでいた。
運び方に反して『簡単』な料理ばかりだったが、それを見て察したのである。
「先日皆様をライナガンマへ空輸する際……我が奇術騎士団に所属しない種族である皆様に、適した料理を提供できませんでした。非常に今更ですが……不肖、この私……気になっておりまして……」
ライナガンマ防衛戦へ向かう際、ティストリア率いる騎士団は奇術騎士団の動力付き気球によって移動していた。
その際に食事は奇術騎士団が用意していたのだが……緊急の任務であったため、奇術騎士団に所属していない種族の食事は準備できなかったのだ。
そのため他の種族用の料理をふるまったのだ。それなりに好評だったのだが、ガイカクとしてはあんまり気分が良くなかった様子である。
「今更なのですが、のどに小骨が刺さった気分を解消すべく、皆様にお食事を用意させていただいた次第です」
「なんだよ、騎士団長サマ……いいところあるじゃねえか!」
「いや~~、実は気になってたんだよなぁ~~! 御馳走になるぜ!」
非常事態ならともかく、平時にガイカクの作ってきた料理など、何が入っているのかわからなくて仕方ない。
正直怪しさが爆発しているが、オーク二人はまったく警戒していなかった。
そして他の面々も、警戒してはいるが味への好奇心や食欲を抑えきれずにいた。
(ま、まあ……いまさら我らに怪しい薬を盛っても意味がないだろう。我らの戦力が低下するだけだしな)
(大丈夫よね、ちょっとぐらいなら……)
それだけ、匂いは脳を殴ってくる。
密室で、それなりに空腹で、そして騎士団の総本部である。
彼ら彼女らは、最初から逃げ道がなかった。
「今回はおかわりも用意しておりますので、どうぞお楽しみください」
なにより、目の前にいるガイカクから悪意や作為、演技を感じられなかった。
海千山千の戦場、現場をくぐってきた彼らなら、ガイカクに悪意が潜んでいればあっさり感じ取っただろう。
だがそれがなかったこともあり、彼の出す料理を無心で楽しむことにしていた。
「それでは先日とは逆の順番で……ケンタウロス用のお食事から」
そうしてガイカクがお出ししたのは、皿一杯の野菜、果物の盛り合わせだった。
ただし、乾燥させたものと油で揚げた物の二種類の盛り合わせであったが。
「果物と野菜、それぞれを乾燥させたものと揚げた物になります」
「ほうこれは……見たことのない品種ですな」
日持ちするように水抜きのされた、カット野菜とカット果物。
三ツ星騎士団のケンタウロスは、それを一枚一枚食べ始めた。
「むぅ……これは、手が止まりませんね!」
フライドされた、サクサクの食感。
乾燥された、もにゅもにゅとした食感。
それら二種類の食感と、多種多様な『この国で栽培が認可されていない食材』。
一つ一つを楽しみながら、しかし手が止まらずに食べていく。
結構な量が準備されていたが、それがみるみる減っていった。
「あ~~、わ、私たちの分もいいかしら?」
その料理そのものには食欲がわかずとも、おいしそうに食べていく姿には食欲がそそられる。
水晶騎士団のイラルキは、思わず催促していた。
「もちろんです。こちらリザードマン用の保存食……三色味漬卵ですね」
リザードマン三人の前に出されたのは、どかんと大きな卵が三種類であった。
おそらくゆで卵を更に汁に漬けて、瓶詰にしたものと思われる。
それぞれが香しい卵であり、リザードマンの脳をものすごく揺さぶっていた。
「使用している卵は、最大の海洋鳥類であるダチョウペンギンの卵を培養したものです。どうぞお楽しみを」
「それじゃあお言葉に甘えて……!」
「いただかせてもらおう!」
それはもう大きな口を開けて、三人のリザードマンは卵を一つ放り込む。
酸っぱいもの、辛いもの、甘いもの。それぞれの汁のしみこんだ、栄養満点の卵。
その味が、三人の舌を殴ってくる。
「ん~~! たまらない! たまら、たまら、たまらない!」
「卵自体もいいのを使ってますな! こんな大きい卵、故郷でも食べたことがない!」
「我らエリートでも食べたことのない卵……こりゃあ、ご法度もんですな!」
実にうまそうに食べている三人を見て、取り残されたオーク二人は不機嫌そうである。
どうせなら全員どかんと出してほしいのに、お上品に順番に、説明しながら出されたらそりゃあ不機嫌だ。
「おい、兄ちゃん! 俺たちの分も、もったいつけずに出してくれよ!」
「っていうか、俺らもアレを食べたいんだが!? お代わりがあるのはいいけどよ、アレをこっちにも回してくれ!」
そんなオーク二人の前に、ガイカクは自信満々で皿を出した。
その上には、三食の味漬卵が乗っている。ただし、卵の大きさは明らかに異なっており、品種自体が違うことは明らかであった。
「こちら、オーク用の三色味漬卵になっております。卵の品種は、オークが食べやすいようにエミューペンギンの物を。味付けもオーク好みで仕上げております」
「おっほ~~! わかってるじゃねえか、お兄ちゃん!」
「勿体つけるな~~! うめぇから許すぜ! マズかったらぶっ殺すけどな!」
「性分なもので……お許しを」
手づかみで卵を口の中に入れていくオーク二人。
その誉め言葉を聞きながら、ガイカクは嬉しそうに笑っていた。
空になった皿を下げて、次いで本命を出す。
「こちら、オーク用の保存食……カチカチーズハンバーグにございます」
ガイカクが出したのは、大きめのチーズ、にしか見えない料理だった。
それを割ってみると、中には焼いたであろうハンバーグが入っている。
「こちらのチーズは特殊な製法で作っており、中に入っている食材を保護するようになっております。とはいえとても堅いので、オークなどの顎が強い種族以外にはあまり適さない料理なのですが……」
「ん、ん!」
「おかわり、おかわり、おかわり!」
ガイカクが内容を説明するより先に、オークの二人はそれを食べきっていた。
よほどおいしかったのか、感想より先におかわりを要求するほどである。
「こちらはそのままでもお食べいただけますが、焼くとより一層味が引き立てられるものとなっております。これは手で掴めないので、フォークをどうぞ」
「おほ~~!」
「気が利いてるね~~!」
そんな二人へ追加で出したのは、焼いたカチカチーズハンバーグであった。
焼かれたことで香りの増しているそれを、二人のオークはフォークで切りわけて食べていく。
さすがに熱いので一気には食べられないが、その分長く食べている様子であった。
そしてそれを見ているリザードマン三人は、新しい匂いにつられ始めた。
「あ、その、なんだ……リザードマン好みの、その、カチカチーズハンバーグもあるのかな? あるのなら、是非頂きたいが……」
「もちろん、こちらに」
やはりガイカクは、リザードマン用のカチカチーズハンバーグも用意していた。
それぞれにふるまうと、ここでようやくお代わりなどの催促も終わる。
それを見てウェズン卿も安心していたが、彼にもガイカクは料理を出していた。
「ウェズン卿、こちら人間用のクラッカーとなっております。味は薄めですが、その分食べやすいですよ」
「私にもあるのですか?」
「それはもちろん……ささ、お茶もありますので」
おもてなしも好きなガイカクである。
自分の予定通りに説明できて、自分の予定通りに料理を楽しんでもらっている。
その顔は、実に楽しそうであった。
そんな彼へ、ウェズンやケンタウロスは申し訳なさそうにしていた。
「いやあ、ヒクメ卿にはいつもお世話になっているのに……申し訳ない。今度三ツ星騎士団の方からも、何か催させていただきます」
「私も同じ気持ちなのですが、総騎士団長直属である我らは、そうしたことが許されないのです。一方的に享受することになり……恥ずかしいばかり」
「何をおっしゃる! ティストリア様や三ツ星騎士団とは、今後も良い関係を築いていきたいのですから! それに……」
ここでガイカクは、ちょっとふざけた顔をした。
「私の弱みを黙ってくださっているのですから、これぐらいでは足りませんよ」
(確かに……)
今更ながら、納得してしまう二人であった。
そして、そうしている間に食事も終わる。
この場に集められた正騎士たちは、満足そうにお腹をさすっているが……。
「いやあ、皆様に満足していただけで、私のこころの小骨も取れました。それでは……」
ここでガイカクは、ものすごく真面目な顔になった。
「皆さま、お帰りになる前に歯を磨いて水浴びをして、匂いを取り除いてくださいね」
「は?」
「え?」
そこまで異常な要求ではないが、なぜ言われるのかわからない様子であった。
「ふぅ……いいか、お前たちが俺の作った料理の匂いをぷんぷんさせたまま帰ってみろ……お前らんところの騎士団長サマが、俺のところに乗り込んでくるだろうがよ」
そしてガイカクは、露骨に不愉快そうな顔をしていた。
「俺はなあ、ルナやヘーラとは仲良くしたくないんだよ……!」
さっきまでにっこにこだったのに、一気に振る舞いが変わるガイカク。
しかしながら、彼の気持ちはわからないでもない。
先日の空の旅でも、豪傑騎士団団長ヘーラや水晶騎士団団長ルナとは、それこそ衝突を繰り返していたからだ。
(本当に、食べさせたかっただけなのか……!)
なお、それを聞いてウェズンは戦慄していた。
本当に一切裏表がないのだが、だからこそこれですっぱり終わらせたかった様子である。
これでは恩を売るよりも始末が悪い気もする。
「だからマジで、匂いは消して行けよ。俺に礼が言いたいなら、黙っててくれよな」
(嫌われたもんだが……まあ仕方ないか……)
(ま、まあ……黙ってればバレないでしょ)
そして各騎士団の正騎士たちは、あっさり騎士団長を裏切るのであった。
※
その日の夕方……。
拠点で過ごしていたガイカクの元に、ルナとヘーラが突撃してきたのである。
「オラ、ガイカク、てめえ! ウチのオークとリザードマンに飯食わせたな!? なんでアタシを呼ばねえんだ、ボケ!」
「イラルキちゃんにご飯あげたでしょ! 私にもちょうだいよ~~!」
「なんでわかったんだ、お前ら! 証拠は隠滅したはずだぞ!!」
「騎士団総本部に行ってきただけなのに、風呂に入ってたからだ! 匂いをごまかすためだとしか思えねえ!」
「イラルキちゃんの顔がほくほくしていて、しかもそれを隠していたからね! あっ、ってなったの! 友達だからわかるんだ!」
「無駄に優秀さを発揮しやがって~~!」
ガイカクは読み誤っていた。
ルナもヘーラも、ティストリアが認めた騎士団長であることを忘れていた。
自分と同格の存在であり、けっして愚かではないのだと。
だからこそ、質が悪いともいえる。
「おいお前ら! ティストリア様かオリオン卿呼んで来い! 大急ぎでな!」
「てめえ、言いつける気だな……甘いぜ、飯に誘われてねえ正騎士が、お前の部下を足止めしているからな……!」
「イラルキちゃん以外の私の部下が、総本部に行って足止めしてるから時間かかるよ!!」
「なんでそこで頭使うんだ、お前ら~~!」
なお、『なぜこのタイミングで水晶騎士団は話題を振ってきたのか』と思ったティストリアが自主的にガイカクの元へ確認に来るまで、この騒ぎは止まらないのであった。
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