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砦攻略演習

 人間の歩兵百人を加えて、ほぼ倍となったガイカク・ヒクメの『底辺奴隷騎士団』。

 彼女たちはそろって、騎士団長となるガイカクの話を聞いていた。


「知っての通り、俺は今まで最低限の実力を持つ奴隷しか買わなかった。それはなぜかと言えば……」


 彼は今後の方針について、赤裸々に語ろうとしている。


「安いからだ」


 彼は天才魔導士だが、口は達者ではなかった。

 いや、取り繕う気がなかったとも言える。

 ゴブリンたちは何が何やらという顔だが、他の面々は、嫌そうな顔をしていた。

 いくら自覚があっても、雇用主からそういわれて楽しいわけがない。


「俺は兵器開発をメインに据えたい、設備投資に予算を割きたかった。だから奴隷は安い方がよかった。お前たちが一人も死なないようにしていたのも、それが理由の一つだ。買うのは高いし、育てるのも手間だしな」


 だがしかし、無関係な話をしているわけではない。

 彼の本題は、ここからである。それこそ彼女たちにとって、とても重要なことだった。


「そういう理由だったから、お前たちが死んでも俺ががっかりするだけで、そこまで重要な問題じゃなかった」

(がっかりするだけ? がっかりだけ?)

「だがそれは、今までの話だ。これからは違う、違い過ぎる。お前たちが死んだら、凄い困る。俺の人生計画に差し障る」


 赤裸々だからこそ、伝わる真剣さもある。


「はっきり言うが……騎士団って言ったって、総戦力はそう大したものじゃない。双方が死ぬまで戦うという頭の悪い前提でなら、千人ぐらいの兵隊にも負けるぐらいだ。だが……決定的に違うのは『(きし)死な(へら)ない』ことだ」


 ガイカクは極めて論理的に、騎士団の恐ろしさを語る。


「そもそも騎士になるようなエリートでも、疲れれば死ぬ。実際俺たちがあのエリートを殺しても、総騎士団長サマでさえ不思議には思わなかったからな」


 一対一の決闘という形式なら、常人の数十倍という数値は絶対的な差になるだろう。

 だが人数が公平でもなんでもない戦争なら、不意打ちをされうる多人数の戦闘なら、そこまで決定的ではない。

 如何に希少なエリートとはいえ、一騎当千と言えるほどではないのだ。


「だからこそ、騎士団(・・・)を作る。複数の騎士を、エリートを集めて編成し、相互に援護しあうことで消耗を避ける。同等の戦力を持つ部隊で起こってしまう、(きし)の消耗を可能な限り抑えることができる。まあその分消耗したらデカいわけだが……」


 ぶっちゃけた話、騎士団と同じ任務を成功させる、それ自体は無理ではない。

 だが通常の部隊がそれをやれば、どうしても兵が死んでしまう。

 兵が死ねば、再編成をしなければならない。補充要員を申請し、来るまで待ち、古参兵とのすり合わせをして、場数を踏ませて部隊になじませなければならない。

 その間、万全な働きができるか、というと微妙である。


「つまり……俺たちは俺たちなりのやり方で、損耗を抑えつつ任務をこなし続けなければならない。俺はお前たちに死なずに勝つ作戦を授けるが、お前たちはそれを全力で実行しなければならない」


 ガイカクが言いたいのは、この一文である。


「俺の命令に従わなければならないが、『命令通りにやれば死なないだろう』なんて油断は排除しろ」


 死ねとは言わないから、全力を尽くせ。

 端的に言えば、そうなる。


「そうすればお前たちは……生きて帰れるかわからない兵士ではない、生還を前提とする騎士になれる」


 これを先日までのガイカクが言えば、白々しく聞こえるだろう。

 だが今のガイカクは、他でもないティストリアから騎士団の団長になることを打診されている。

 ある意味では、騎士になること自体は保証されているのだ。

 その栄光が続くかと言えば、微妙なところではある。


「ええ、ごほん! 実に、実に心を揺さぶられる提案だな! 正直に言って、私たちの心は動かされたぞ。だが鼓舞はここまでにして、実際何をすればいいのか教えてほしい!」


 そしてその微妙さを、口に出すものがいた。

 元アマゾネス傭兵団団長、現歩兵隊長である。


「誰も死なせずに勝つ、言うは易し行うは難し。騎士団長殿の言葉を疑うわけではないので、具体的な訓練の内容や、実戦での想定を聞かせてもらいたい!」

「いいことを言うな……一応は傭兵をやっていただけのことはある。まあいうだけなら誰でもできるからな」


 元団長が、新しい雇用主と円滑に話をしている。

 それを見て、人間の歩兵たちは少し安堵していた。


 この怪しい男は、自分たちに何をさせるつもりなのか。

 正直に言って、不安で仕方なかった。


「次の任務次第ではあるが……俺がお前たちに期待するのは『普通』だ。普通が欲しいから人間を雇った、それだけのことだ」


 ガイカクは、奇抜なことを言わなかった。

 それを聞いて傭兵たちは『安心』した。

 なるほど、この男は戦争を理解していると。



 ボリック伯爵の城に、ガイカク・ヒクメは二日連続で現れた。

 彼を迎えたのは、いないということになっているティストリアと、伯爵の座を息子に譲ったボリック(無職)だった。

 ティストリアは整った顔で、しかし一切感情を見せずに彼を迎えた。

 一方でボリック伯爵は、この上ない怨嗟をあらわにした顔で彼を迎えた。

 ここに、顔を見せないガイカクを加えたことで、話し合いが始まる。


「話はまとまった、ということでいいですか?」

「はっ……このガイカク・ヒクメ……騎士団長としての登用、謹んでお受けします」

「そうですか、とてもありがたいことです」


 当然と言えば、当然のやり取りだった。

 しいて言えば、ガイカクがメッセンジャーではなく組織の長だった、ということには驚きの要素があるのかもしれない。

 いや、ガイカクはあくまでも代理で、表に出せない本当の長がいるかもしれないが……。

 ともあれ、何もおかしなことのない結果であった。


 だがしかし、ボリックはこの状況に憤りを禁じえなかった。

 こんな自分の顔も晒せない、身分ももちろんわからない、民を欺くことぐらいしか取り柄のない、不誠実な男が騎士団長。


 この登用は、あまりにも暴挙であった。

 彼の眼には、それこそ殺意が燃えている。


 だがしかし、それに二人は何の反応も見せなかった。

 今ボリックをここに置いているのは、単に『もうお前の手先じゃない』と示すために過ぎない。


「では貴方はこれより新しい騎士団の団長として、国王陛下に謁見し、受勲を得る……と言いたいところですが、やはり実力を見せていただきたいですね」


 そして、ここでボリックにとって希望が現れた。

 さすがにこのまま、何事もなく登用とはいかないらしい。


(そうだ、切りかかれ! 私にしたように、この男も脅してくれ!)


 ボリックは短絡的に、自分と同じ目に合わせてほしかった。ガイカクの無様な命乞いをティストリアがみて、自分と同じように失望してほしかった。

 あるいはそうなれば、これならボリックの方がマシ、と思ってくれるかもしれなかった。


「いくつか任務を任せますので、それを短期間でこなしてください」

(はああ?!)


 ボリックは思わず絶叫しかけた。

 彼女につかみかかり、体を揺さぶり、力の限り文句をつけたかった。

 もちろんそんなことをすれば、返り討ちに会うのが当然だが。


(なぜだ! 私の時にそれをしてくれなかった! というか、なぜこの男にはそれをする!)


 ボリックは世の無常、あるいは理不尽を嘆いていた。

 ありえないことだが、なぜなのか、と彼女へ聞けば『彼は自分が強いとは言っていない』と素で返すだろう。

 もちろんボリックも内心ではわかっているので、聞いていない。ただそれを認めるとあまりにも惨めなので、心中ではそう発声していた。


「ではまず最初の任務ですが……」


 ぺらりと、彼女は一枚の分厚い紙を渡した。

 そこには地図と、少々の文章が書かれている。


「敵国の手に渡った砦を落としてきてください」

「……百人規模の兵がいる砦、ですね」

「ええ。以前はここに街道があったので、それなりの要所でした。なので敵国に奪われ、奪い返しを繰り返していた時期もあったのです。しかし新しい、もっと便利な街道ができたことや、国境が少々変わったことによってあまりうまみがなくなりました。そのため放置していたのですが……試金石とするには十分でしょう」


 敵国としても、奪ったものを捨てるのは面白くない。

 なので一応の戦力を、そこに置いているらしい。


「ここの奪還が、貴方の任務です。そのうえで、はっきり言いますが……評価の基準について述べましょう」


 彼女はあえて、言うまでもないことを口にした。

 それは彼女なりの実直さであり、公平さであった。


「まず第一に、期間が短ければ短いほど評価します。第二に、可能な限り捕虜をとって、敵国への身代金が要求できるようにすることです。第三に……砦の損壊を抑えることです」

「承知しました」


 彼女は何もおかしなことは言っていない。

 他の誰であっても、この条件で評価をするだろう。


「そのうえで……一応、念のため、申し上げておきます」


 彼女はまったく心を込めていない顔で、しかし念入りに注意事項を述べた。


「貴方は一応とはいえ、騎士団の一員。騎士団全体の評判を貶めるような乱暴狼藉は、極力控えることです」


 その注意事項については、あまり細かく言わなかった。

 それは逆に、項目が数えきれないほど存在し、なおかつ破った場合の容赦のなさを意味している。

 とはいえ、何が犯罪なのかをいちいち説明しなければならないのなら、騎士団はおろかお抱えにもできまい。


「できますね?」

「お任せを」


 ガイカクはうろたえることなく、これを受けていた。

 その姿を見せられているボリックは、さらなる憎悪に燃え上がる。


(なんなのだこれは! これなら私でもできるではないか! いや、今までと何も変わらない! ティストリア様からご命令を賜るという栄誉を、あの男が直接受けているだけだ! なぜ今までのように、私を介さない!)


 ティストリア自身も言っていたが、ボリックを騎士団長にしてもよかったのだ。

 それはそれで、ティストリアとしてもガイカクとしても、まあ悪い話ではなかった。もちろんボリックにとっても、最上の話である。

 そうなれなかったのは、他でもないボリックの見栄。

 彼が正直に話していれば、こんなことにはならなかった。


(なぜだ、なぜだ、なぜだ!)


 それを言われたにも関わらず、彼はそれを忘れたふりをする。

 ほんとは覚えていて、理解していて、納得している。

 だがそれを認めてしまうと、彼はいよいよ立ち上がれなくなる。


 彼は自分を守るために、敵を作って憎しみを燃やしていた。


「ああ、そうそう」


 ティストリアは、露骨に話題を変えた。


「もしも任務以外で面倒があれば、私へ『直接』報告しなさい。総騎士団長として、適切な対応をします」

「……その時は、頼らせていただきます」


 彼女はあくまでも感情をこめずに、ガイカクへ指示を出していた。

 だがそれは、ガイカクへの指示というよりも、ボリックへの警告であった。

 それが分かる程度には、ボリックは理解力を持っていた。


 総騎士団長からの警告を受けて、彼の体は震える。

 そう結局のところ、彼という男は。


 どれだけ本気で怒っても、一滴の恐怖で鎮火する。

 その程度の分際であった。



 重要度が低い、百人ほどを収容できる砦。

 維持するための負担はあるが、無駄な存在ではない。

 今後次第ではまた重要な拠点になりえるし、もっと言えば練習の場としてはこの上ないと言える。


 砦に勤める、というのはただ戦えばいいというものではない。

 閉鎖空間で長期間滞在するだけでも意味はあるし、その中でどんな面倒ごとが起きるのか体験し、それをどう処理するのかを考える意味もある。


 要所ではない砦だからこそ、兵も指揮官も練習をすることができるのだ。

 そして……仮に敵から襲撃されたとしても、文字通り砦に立てこもって戦うことができる。


「敵がこちらに接近している?」


 貴族の三男坊、トリマン。

 跡継ぎになれないことが決まっているため軍人になった、若い人間の男子。

 精悍な顔つきの青年が、この砦の現在の主だった。

 やはり演習としてこの砦にいるのだが、万一襲撃されれば当然対応しなければならない。

 若い彼は、その万が一が起きたことに驚きつつ、しかしそこまで慌てはしなかった。


「はっ! 付近に野営地が建設され、そこから百人ほどの歩兵がゆっくりとこちらに向かってきています!」


 トリマンに対して、古参兵が報告をする。

 彼はなかなかの年齢であり、トリマンとは親子ほど歳の差があるが、それでも上官として敬意のある振る舞いをしていた。


「攻城兵器は見えるか?」

「長梯子だけです!」

「まあそうだろうな……」


 攻城兵器、というのは大掛かりなものである。

 破城槌、攻城塔、巨大投石機、大砲、などなど。

 どれも強力で、城を落とすにはこれが必須と言っていい。


 が、どれも高く、なおかつ運ぶのが大変である。ここへ持ってくるだけでも、膨大な手間がかかる。

 百人ぐらいしかいない砦を落とすのに、そこまで労力を割くまい。

 普通の梯子をつなげて長くしたものぐらいしか、持ってきていないのが当たり前だ。


「おそらく、敵方も演習のつもりだろう。我らが籠城戦の演習なら、相手は攻城戦の演習ということだな」

「迷惑な話ですな」

「なに、こちらも籠城戦の練習をすればいい。相手がほぼ同数なら……城にこもっている方が圧倒的に有利だ」


 トリマンの判断は、おおむね間違っていない。

 少なくとも、大多数の将校は同じ判断をするだろう。


「よってこちらは、ただ普通に守備の配置について、手はず通りに動けばいい。まあ……誰かがこの地の備蓄を横流ししていて、そのための武器や食料がないのなら話は別だが」

「ご冗談を、数日前に点検をしたではありませんが。この僻地で、数日で、どこかへ売りさばけるわけがありませぬ」


 トリマンの悪ふざけに対して、古参兵はやや笑いつつ応じる。

 ここに来てトリマンが焦るようなことがあれば問題なので、彼としても嬉しいことだった。


「ならばやはり、こちらの勝ちは動かない。なに、腰を据えて構えていればしのげる。それが籠城というものだ」


 彼は古参兵を通じて、砦の兵たちに指示を出した。

 特に奇天烈な策を用いることはない、砦の防衛計画に沿って、人員を配置するだけである。


 だからこそ、兵たちは慌てることも混乱することもなく、配置についていく。


 この砦は、非常にシンプルな構造をしている。

 石製の外壁が四方を守っており、北側にだけ大きめの門があり、他の三方向には小さめの扉が一つずつある。

 また壁の内側には住居などのスペースがあり、倉庫などもここにある。

 石壁の上には遮蔽物つきの通路があり、そこに弓兵などを配備できるようになっている。


 あいにくと旧型のため、大砲などは配備されていない。

 しかしながら小型の砦としては、十分な機能があるだろう。

 兵たちは突然の敵襲に緊張する一方で、退屈な演習を吹き飛ばす刺激に興奮を禁じえなかった。


「敵の構成が判明しました。人間の歩兵が東西南に二十人ずつ、計六十人。それから正面北側にオーガらしき重歩兵が二十人。合計八十人です」

「……舐めているのか?」


 古参兵は、城壁の上から得られた情報を、トリマンへ報告する。

 指揮官である彼自らも城壁の上、狭い通路の上に立っていた。

 その彼は、余りにも少ない数に呆れていた。


「そうかもしれませんな……相手はこちらの弓矢が届かぬ距離を維持しつつ包囲しています。いや、人数が人数なので包囲とも言えませんが……」

「ふむ……挑発しているのかもしれんが、乗るわけにはいかないな」


 砦にいるのは、純粋に人間の兵百人だけ。

 それでオーガ二十人を含めた八十の軍勢と、砦を出ての野戦で勝てる自信はなかった。

 いや、勝てなくはない。ただ確実に勝てるほどの戦力差ではないし、かなりの損害が想定される。

 砦に陣取って、動かないことが大事だろう。


「城壁の上からの弓矢が届かないのだから、相手はなお届かない。このまま相手が動かないのなら、こちらも動かないだけだ」

「それは結構ですが……これからどのような動きが想定されますかな?」

「テストのつもりか?」

「いえ、純粋に想定される戦術の確認です」


 まるで演習の続きのように、古参兵は質問をする。

 それに対して、トリマンは少しだけ不満そうだった。


「そうは言うが……こちらから打って出ることができない以上、ただ守勢に徹するしかないだろう」

「では近づいてきた時は?」

「基本は弓矢での迎撃、弓矢の補充が間に合わぬ時は魔術による攻撃、そして接近されれば投石だ。その準備もできている」

「そして梯子をかけられれば抜剣……まあ普通ですな」

「とはいえ、実際に戦いだせばトラブルも起きる。そこを補強するのが私の役目だ」

「……ええ、問題ありません」


 籠城戦は、非常にシンプルである。

 攻城側が何か手を打てば対応しなければならないが、相手が普通に攻めてくる分には普通に対応するしかない。


 とはいえ、そのシンプルさこそ、籠城側の有利である。

 城壁の上に立てるという位置エネルギーの有利、石製の遮蔽物に守られている防御力の有利、豊富な備蓄のある持久力の有利。

 時間をかけて建築した砦だけに、地の利は圧倒的。

 攻城兵器、あるいは圧倒的な物量抜きでは、到底攻略不可能だろう。


「とはいえ、指揮官殿。相手の思惑が読めないのは、不気味ですな」

「ああ……演習にしても、何もかも半端だ」


 この砦の周囲には、あまり大きな森はない。

 つまり見晴らしがとてもよく、伏兵などを配置する余地がない。

 よほど遠くに配備すれば話は違うが、それではどのみちここまで近づけないだろう。


「……敵の中にエリートがおり、その初陣ということでは?」

「まあそうかもしれないが……わざわざこの砦でやることか?」


 常人の数倍、十数倍、数十倍の力を持つエリート。

 その存在は知られているが、当然希少である。

 こんなどうでもいい砦にぶつけて、万が一のことがあってはたまらないだろう。


「ではやはり演習、挑発と考えるべきですかな?」

「……その可能性は濃厚だ。だが、それでは話が終わるな」


 トリマンはまだ若い指揮官である。

 だからこそ真面目であり、生真面目に思考していた。

 半端に場数を踏んでいる者と違い、慣れで気を抜くことはなかった。


 だがしかし、これから何が起きるのか、それを想定することはできなかった。

 知らないのだから、想定のしようがない。



 指揮官であり騎士団長(仮)のガイカクは、現在野営地にいた。

 今まで彼は、魔導師であり指揮官でありながら、前線にいることが多かった。

 だが今回は、ある意味普通なことに、後方にいたのである。


 現在野営地にいるのは、ガイカクを除いて、ダークエルフ十人、エルフ二十人、人間四十人であった。

 これが後詰と考えれば、十分な数と言えるだろう。

 いや、少なくとも人間の兵は前方に配置するべきか。

 いやいや、そもそもこれだけの数で砦を落とそうとするのが無理なのか。


「さて……前方の配置は万全だな」

「そのようですね……」


 この野営地には、一種異様な光景があった。

 それは、望遠鏡の存在である。


 遠眼鏡ともいうが、遠くを見る道具である。携帯ができるほど小さいものもあるが、ここに置かれているのはどれもかなりの大型で、地面に三脚で固定するタイプであった。

 野営地から砦を望遠鏡で覗いているのだが……その数が異様だった。

 なにせ、二十台である。普通なら一つ二つあればいいものの、二十台も望遠鏡が並ぶなど異様どころではない。それこそ、望遠鏡の見本市であった。


「さあて……新兵器の実戦投入だ。今までは人数が足りなかったんで使えなかったが……人間の兵がどかんと百人増えたんで可能になったわけだな」

「……それでも私たちが弾役なのは変わらないんですね」

「大丈夫大丈夫! 命に危険はない!」

「……切ない」


 そして毎度のことながら、エルフたちは魔法陣の上に座っていた。

 ただ今までと違うのは、彼女たち一人一人に魔法陣が置かれているということだろう。

 今までの図式から言って、彼女たち一人の魔力を吸い上げて、それを一発の魔力攻撃へ変換する様子である。

 そういう意味では、彼女たちにさほどの変化はない。


「で、射手チームは準備いいか?」

「……わ、私たちは特に何もしないので」

「いやいや、お前たちだって大事だぜ」


 今までと違うのは、砲塔が火縄銃のような形をしていることと、それを持っている人間がいるということだった。

 手で持てる大きさになっている砲塔を、うつ伏せになりながら構えて、それを『砦の方向』に向けている。


 これだけ見れば、彼女たち()狙撃をしようとしていると思うだろう。

 だが実際にはそんなことはない。彼女たちはガイカクに言われるがまま、ただ伏せて狙撃の体勢をとっているだけで、その実照準など見ていないのである。いやそもそも、彼女たちの持っている砲塔にそれらしいものがないのだ。


 射手(かのじょ)たちがやることは、砲塔を固定することと、引き金を引くことだけなのである。


「測定手チーム、各員照準は合っているか?」

「あ、はい! 全員、照準を合わせています!」

「よしよし!」


 測定手チーム、と呼ばれた人間の兵士たち。

 彼女たちは望遠鏡を覗いているグループであり、彼女たちこそが『狙いを定めている』のである。


 彼女たち測定手チームは、その望遠鏡に取り付けられたマジックポインター、魔力光を放って目標点に小さな光を当てる道具を使って……狙った相手に点を当て続けている。

 もちろんとんでもなく遠くの相手なので、望遠鏡の角度がわずかに変わるだけでも見失うし、相手が歩くだけでも狙うことができないだろう。

 幸い……というよりも、砦で守備に就いている兵士たちだからこそ、ほとんど動かずに立ってくれている。

 おかげで狙いを定め続けるのは、比較的楽だった。


「訓練の時は、吸い上げる魔力、発射される魔力攻撃の威力、射程距離はしょぼかった。だが今回は違うぞ……底辺エルフ一人の魔力を全部吸い上げて、遠い目標に向けて狙撃する……二十人で、一斉にな!」


 ティストリアからの初任務であるが、それでも新兵器が威力を発揮する興奮は変わらない。

 この感動を味わうために、彼は魔導士をやっている。


「それじゃあカウントダウン、行くぞ……」


 二十人のエルフたちは、何もかもを諦めて魔法陣に身をゆだねる。

 二十個の魔法陣は、彼女たちから魔力を搾り取り、二十人の射手が持つ砲塔へ送っていく。


「さん」


 射手たちは、自分の持っている砲塔が熱くなることを感じた。

 今自分たちが持っている砲塔には、人間二人分、エルフ一人分の魔力がみなぎっているのだ。

 緊張して、思わず生唾を呑みこむ。


「に」


 カウントダウンのさなかも、測定手たちは望遠鏡を覗いていた。

 もはや狙いを整える余裕はない、望遠鏡から目を離さないように、しかし望遠鏡を一ミリも動かさないように、全力で緊張していた。


「いち……発射!」


 射手たちは、合図に合わせて引き金を引いた。

 彼女たちがやったことは本当にソレだけだが、効果はまさしく劇的だった。


 一キロ以上離れた野営地から放たれた、二十発の弾丸。それは普通の人間では視認できない速度で空を行き、一直線に『点』を目指す。

 測定手たちが点を当てていた、城壁の上に立つ、弓矢を構えている兵士たち。

 城壁の北側にいた二十人全員に、見事に命中していた。


「……」


 それは、胴体に当たった者もいた。

 頭に当たった者もいるし、肩に当たった者もいた。

 だがその着弾個所は、大きく穴を穿たれていた。


 それこそ、無痛の域の致命傷。

 一点に注ぎ込まれた人間二人分の魔力は、人間一人を殺すには十分だった。


 体を穿たれた兵士たちは、声を出すこともなく、死を意識する間もなく、一瞬で即死する。

 ただ穴が開いただけではなく、超高速の弾丸が命中したことで、大きく後ろにのけぞる。

 そして自分たちの守っていた、砦の中に落ちていった。


 二十人が、一斉に、同時に、戦闘が始まってもいないのに。大量の血をまき散らしながら、砦の中に落ちていったのである。


 その彼ら二十人の傍にいた兵士たちは、は? と声を出す間もなく、その倒れていった彼らの方を向いた。

 そばにいなかった者たちも、武装している二十人が落ちていく音を聞いて、なにごとかとうろたえる。

 しかし守りについているからこそ、城壁の上にいる者たちは、誰も動けない。

 少なくとも二十人が死んだという事実を知るまでの間、彼らは危機感を覚えなかった。


 砦の内部には、後詰部隊もいる。

 彼らが何事かと駆け寄って、惨状を確認すれば話は変わるだろう。

 だがそれまでの間、砦の兵たちは混乱だけをしていた。


「獣人部隊、今よ!」

「わかった!」


 北側に配置されていた、二十人のオーガ部隊。

 彼女たちは倒れていく敵兵を見て、自分たちの大きな体の後ろに隠れていた、十人の獣人部隊へ合図を出した。


 シー・ウォーカーを装備して軽くなっている彼女たちは、ポケットから焙烙玉をとりだしつつ城壁に向かっていく。


(今この瞬間だけ……北側は完全に無防備! 今なら、私たちなら、この装備なら、壁を駆け上がれる!)


 落ちこぼれの彼女たちは、獣人たちの中ではさほど足が速くない。

 人間と比較すれば倍ほどはやい彼女たちだが、それでも己の遅さが不甲斐なく歯がゆかった。


(急げ……急げ! 気づかれたら死ぬぞ! 私たちは、ろくな防具も身に着けていないんだから!)


 軽くなっている体で、城壁を駆け上る。

 二十人ほど倒されたが、それでも自分たちの数倍の敵がいる砦へ、彼女たちは侵入した。


(……くらえ!)


 城壁の上にある、通路。

 少々の遮蔽物に守られている、兵士たちが矢を射かけるためのスペース。

 そこへ、火のついた焙烙玉を転がしていく。

 前にいる歩兵たちや、後ろの物音に反応していた砦の兵士たちは、勇敢なる獣人たちの、無音の突撃に反応できなかった。


「な、なんだ?」


 一人につき一つずつ、焙烙玉を転がしていった獣人たち。

 彼女たちはそれを済ませると、速やかに城壁を飛び降りて、砦から離れていく。

 その姿を見つける兵士たちもいたが、それを記憶する暇などあったかどうか。


「あ……ほ、焙烙玉だあああああ!」


 気づくのが、遅すぎた。

 前から投げられたのなら、投げ返すなりはじき返すなりできた、なんの変哲もない焙烙玉。

 だがそれが後ろから、しかも足元へ転がされたのだから、反応は大いに遅れていた。

 城壁の上に立つ兵士たちからすれば、足元にいきなり焙烙玉が出現したようなものである。

 声をあげる暇があった者さえ、ごくわずかだった。


 足元で、焙烙玉がさく裂する。

 それは大量の破片をばらまき、なおかつ大音量で周囲をかき乱していた。


「あ、あああああ!」

「いでえ! くそ、破片が足に!」

「な、なんだ、何をされた?!」

「耳から血が……何も、何も聞こえない……いや、なんかごうごうと音が……!」


「ひやあああ?! なんだ、砦の中に仲間の死体が?!」

「し、侵入者か?! まだ隠れているのか?!」

「おい、こいつ、城壁の上にいた奴だぞ?!」

「どうなってるんだよ、二十人もいる……全員死んでるぞ!?」


 もはや砦の内部は、大混乱であった。

 装備も人員も十分に思えたが、それが一瞬で、敵と戦うことさえなく、完全に瓦解していた。

 その狂騒は、砦の外部、弓矢も届かないところにいる歩兵たちにも伝わるほどである。


「どうやら作戦はなった様子……さすが総騎士団長からスカウトされただけのことはある、か」


 元アマゾネス傭兵団団長、現底辺奴隷騎士団歩兵隊長は、南側からそれを見ていた。

 ここに来てから、ただ立っていただけの彼女だが、それでも満足気である。


「では……作戦通りに行こうか」


 そういって、周囲にいる、攻城用の長梯子を持った部下たちへ合図をする。


「全員、撤収! 野営地に戻るぞ!」

「了解!」


 ただでさえ、非常にゆるく包囲していただけの部隊。

 それが何もしないまま、ただ混乱を見届けて撤退する。

 それも一方向の部隊だけではなく、四方向すべての部隊が、である。

 元々距離をとっていたが、そのまま野営地へと戻っていく。

 はっきり言って、意味が分からないだろう。今攻め込めば砦を速やかに陥落させられるだろうに、わざわざ下がるなど勝機を自ら逃しているとしか思えない。


「トリマン殿、敵が下がっていきます! いかがしますか?!」

「?!」

「追いますか?!」

「いや……それよりも負傷者の救助を優先しろ! それが終わり次第聞き込みを始めるのだ……いいな」


 当然ながら、指揮官であるトリマンには敵の意図が読めなかった。

 だが追えるほどの戦力があるわけではない以上、彼にできることは救命の指示だけだった。


 戦いが始まる前刃、敵の思惑など一切わからなかった。

 だが戦いが終わった後も、敵の思惑が一切わからない。


「いったい、どんな手品を使われたのだ……!」


 わかっているのは、事実上この砦が崩壊したことだけだった。



 さて、底辺奴隷騎士団の野営地である。

 もうすぐ夕方になるという時刻に、一団は集まっていた。

 とはいえ、エルフ二十人は力尽きており、既に簡易ベッドで横になっている。

 他の面々だけで、今回の作戦が堅調であることを確認していた。


「総騎士団長曰く……できるだけ敵兵を殺さず、砦も壊さず、短期間で陥落させろ。それが評価のポイントだそうな」


 ガイカクは改めて、自分の目標を確認する。


「ならば、敵を一人も殺さず、城も傷めず、初日で陥落させること。それが満点だ」


 やろうと思えば、できなくはなかった目標だ。

 しかしながら、今回の作戦では無理だった。

 なにせ作戦通りに進めた結果、初日が終わろうとしているのだから。


「だがな、それを無理にやって、お前たちがケガでもすればたまったもんじゃない。まあ今回の作戦でも獣人たちには危ない目にあってもらったが……もしも砦の内部へ突入していれば、それ以上に事故が起こった可能性もある。敵の編成も、ちゃんとはわかってないしな」


 つまりガイカクは、最初から満点は目指していなかった。

 満点以外は不合格、と言われていたら話は違ったが、合格点を越えれば十分だと思っていた。

 功に逸って、兵を失う。それを避ける、賢明な判断である。


「この作戦なら、うまくいけば明日の朝には砦を制圧できる。たまたま敵の援軍が大挙してくる、なんてアホなことがない限りはな。まあさすがにその場合は、総騎士団長殿も大目に見てくれるだろう」

「そううまくいきますか?」


 疑問をぶつけたのは、ダークエルフの一人である。

 作戦が成功して大打撃を与えたのは事実だが、甘く考えすぎるのは怖かった。

 根拠があるわけではなく、ただネガティブなだけである。


「行かないかもな。実際、この状況をひっくり返されうる……いや、俺たちが一番困るのは、夜襲を仕掛けられることだ。さすがにその場合はそれなりに痛手を受けるだろうから、お前たちには監視を任せる。これで不意打ち対策も万全、勝ったも同然!」


 勝ち誇るガイカクに対して、やはり不安がぬぐえないダークエルフたち。

 その一方でアマゾネスたちは、やや緩い顔をしていた。


「ダークエルフたちが警戒してくれるのなら、大丈夫そうですね」

「最初はどうなるかと思ったけど……いい雇用主に拾われたわ~~」


 彼女たちは『自分の価値』を理解している。

 ゆえにまったく、何も恐れていなかった。



 夜明け前、砦内部にて。

 多くの負傷者と戦死者が出た砦内部は、深夜を過ぎても騒がしかった。


 なにせ、いきなり部隊が半壊したのである。

 それも防御側が圧倒的に有利な、籠城戦で、何の前触れもなく。

 見晴らしのいいところにある砦で、見える範囲にしかいない数えられる程度の敵で、伏兵がいればすぐわかる状況で。

 攻撃の直前までは、誰もが何もかもを把握した気になっていた。

 だからこそ、負傷者も、負傷していない者たちも、混乱に混乱を重ねていた。


 だが指揮官たちは、そうもいかない。

 混乱している間も、状況の判断をしなければならなかった。


「皆、聞いてほしい」


 砦の指揮官であるトリマンは、自分と同様に貴族出身の将校(その候補)を集めて、今後についての決断を話そうとしていた。

 その顔にもはや迷いはなく、苦渋の決断を済ませた後の険しさがある。

 だがそれは、混乱している若き将校たちにとっては、一種の希望だった。

 トリマンと同様に演習でここにきていた彼らは、当然ながら経験が浅い。

 こんな時どうすればいいのか、誰もわからなかったのだ。


「……明日、いやもうすぐ朝なので明日でもないが……おそらく敵は、降伏を勧告してくるだろう。

私たちはそれを受け捕虜となり、部下を解放してもらい、砦を明け渡す」


 だがトリマンの口から出た言葉は、極めて凡庸で、しかも不利益なものだった。

 全面降伏することを、そのまま伝えただけである。

 もちろんそんなことをすれば彼らは敵国にとらわれるし、帰ったあとも負け犬扱いとなる。

 はっきり言って、未来は暗いだろう。


「トリマン殿?! なんかこう……無いんですか、逆転の切り札とか、奥の手とか、秘策とか!」

「そんなものはない!」

「隠れていた才能とか、覚醒とか、援軍とか!」

「そんなものはない!」

「じゃあ、敵の弱点とか……急所とか……相手がどうやってあんなことをしたのか!」

「それは、わからなくもない」


 トリマンは指揮官として、生き残った兵士たち、および死体から情報を集めていた。

 はっきり言って気分の滅入る作業だったが、それでもある程度は把握できた。


「北側にいた兵士たちは、全員が死んでいた。彼らは明らかに強い魔力攻撃を受けていて、それが死因だった。他の兵たちは焙烙玉によって、主に下半身へ傷を受けている。これから導き出される結論は……」


 トリマンの結論は、ほぼ正解に近かった。


「敵は北側に、オーガ二十人を配置していた。だがオーガは魔術攻撃はおろか、焙烙玉を投げるという器用な真似もできない。ならばオーガの後ろに、こそこそとエルフや獣人を配置していた……と考えるべきだろう」

「……オーガの図体を利用していたのですか」

「もちろん、オーガがこちらへ近づけばすぐわかる。こっちは上から見ているのだからな。だがそれをごまかすためにも、相手は距離をとっていた。それを不自然に思わせないために、他の側でも距離を作っていたのだろう」

「なるほど、エルフが魔術を使って砦の上の者たちを倒し、さらに獣人が飛び出して城壁の上に侵入、そのまま焙烙玉をばらまいたと……」

「言われてみれば、簡単な話ですね」


 この推理は、他の将校たちには納得のいくものだった。

 少なくとも、やってやれないことはなさそうである。


「ただ……これはあくまでも可能、というだけだ。弓矢が届かない距離から、遮蔽物に体を半分以上隠している我らの兵二十人を、ほぼ同時に全員殺すなど……よほどのエリートでもなければ難しいだろう」


 よほどのエリートエルフなら、弓矢の届かない距離から、遮蔽物で体が守られている、二十人の武装した兵士を、ほぼ同時に攻撃する……ということが可能である。

 この可能というのは、一切防御することなく、仲間にがっちり守られて、しっかり集中すれば、ということだ。

 これについてはオーガに隠れていた状況なので、ある程度満たされているだろう。


「短い時間に砦を駆け上って、焙烙玉をばらまく……というのは、獣人ならエリートでなくてもできそうだがな」

「なるほど、敵の作戦が分かりましたね!」

「それに、それだけの魔術を使用すれば、エリートエルフでも疲弊するでしょう!」

「焙烙玉も、そう沢山は用意できないはず……」

「だから敵は、一度攻撃してすぐに退いたのか!」


 指揮官たちは、大いに沸いていた。

 自分たちを半壊させたあの攻撃は、すぐ再開できるものではない。それが分かっただけでも、彼らを大いに安堵させていた。

 だが肝心のトリマンは、相変わらず苦悶の顔をしていた。


「今のは、ただの推論だ。大体……なぜそれほどのエリートエルフがいながら、あんな雑に使い潰したのだ? 誰がどう考えても、普通に運用したほうがいい。本人も嫌がるはずだしな。それに……それだけ高度で強力な魔術を使うなら、それだけ大きな魔法陣を構築するはず。北側の兵がそれを見れば、何か声を上げているか、遮蔽物に身を隠すはずだ。なぜそれがない?」

「それは、そうですね……?」

「獣人にしても、焙烙玉を投げてそのまま逃げた、というのが分からない。焙烙玉を投げた後は、普通に戦えばいいだろう?」


 あくまでも可能というだけで、なぜそうしたのかはわからない。

 そしてもっと言えば、悩む意味自体がない。


「これから話すことが、一番肝心で決定的だ」


 将校たちへ、冷や水を浴びせる。


「敵に一切伏兵がいない、というあまりにも都合のいい前提の上で……人間六十人、オーガ二十人からなる部隊に、今の私たちは勝てるのか?」


 全員、沈痛な顔で黙った。

 未知への恐怖というあいまいなものではなく、具体的な敵への絶望感であった。


「死んだ兵士は三十人ほどだろう、負傷者はその倍だ。まともに戦える者は、私たちを含めて十人ほどだろう。しかも全員がほぼ徹夜で、まともに食事も休憩もとっていない。そんな状況で、無傷なうえに一切疲れていない八十人とどう戦う?」

「勝てないどころか、戦うこともできません……」


 トリマンの推論を聞いた将校たちは、青ざめながら敵の思惑を理解した。


「敵が八十人という数で攻めてきたのは、私たちに籠城をさせたかったから……」

「そして今その八十人は、私たちを壊滅させるには十分すぎる……」

「敵が焙烙玉を使い切っているかもとか、エルフが力尽きて戦えないとか、そんな希望が何の意味も持たない……」

「敵がさらしている戦力に、私たちは勝てない……」


 今回の作戦で、人間の兵士は際立った活躍をしていない。

 射手や測定手についても、ダークエルフでもできそうであった。

 ならば活躍をしていないのかと言えば、そんなことはない。

 むしろ彼女たちがいたからこそ、こうも円滑に作戦が進んだのだ。


 既知の戦力、分かりきっている戦力だからこそ、相手は決まった対応しかできないのだ。


「敵には十分な通常兵力と、決定力を持った伏兵がいて、私たちを攻め落とすに十分な作戦を練っていた……私たちには最初から、勝ち目などなかった」

「それはわかりましたが……最後に一つだけ、まだわからないことが」


 将校の一人が、諦念を交えつつ訊ねた。


「敵はなぜ昨日のうちに、勝負をつけなかったのですか? 普通に城攻めをしてもよし、降伏を勧告するもよし……。あの場を撤退したことで、我らは仲間への治療や情報の整理ができてしまいましたよ」


 どう考えても、御情けとしか思えない。


「それだ」


 トリマンは、息を吐いた。


「負傷させた、我らの兵の治療が面倒。だから我らにやらせた。情報を整理すれば、絶対に勝てないとわかる。だから情報を整理させた。すべては降伏とその後を、円滑に進めるためだよ」


 自嘲気味に、笑いを漏らす。


「あとはそうだな……砦を一日で、一瞬で壊滅させられた、という汚名を我らに着させないためだろう。一日は持った、二日目で降伏した、という体にしてくれたのだろうさ」

「……優しい、のですかなあ」

「いや、傲慢なだけだ。ただし、強者ゆえの傲慢だな」


 傲慢な情けを、将校たちは受け入れた。

 彼らはほどなく上った日の出とともに、降伏を申し出たのである。


 それをガイカクは受けて、この戦いは終わったのだった。

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