君(たち)のために毒を練る
英雄女騎士に有能とバレた俺の美人ハーレム騎士団 ガイカク・ヒクメの奇術騎士団
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ガイカクが祭祀の一族に渡したブローチの仕様書。
それは、それなりに精巧な細工を求められる一品だった。
とはいえ、頑張れば一人で、一日で作れなくもない品であった。
それを百個作れと言われたのだから、百倍大変であった。
祭祀の一族は、総がかりで日夜励んでいた。
労働時間を無視した、まさに一族経営のブラック企業である。
もちろん彼らとて、騎士団長が『女』に送る品を作りたいわけではない。
なんなら、粗悪品ばかりにしてやろうか、と思わないでもない。
だがそれでも……というか、だからこそ、彼らは頑張らざるを得なかった。
「皆、もう寝ていいぞ。私は出来上がった品の検品をしてから寝る」
「長……良いのですか? 検品の手伝いは、我らも……」
「儂の償いだと思ってくれ。いや、それ以外の何物でもないのだからな」
もうすっかり夜も更けているが、それでも祭祀長は作業を続けていた。
他の者達には休むように言い、手伝いを進言されても止めていた。
「……今回の一件は、儂に非がある。いや、儂にしか非が無い」
孫に非があるか、といえばあるだろう。
だが孫は子供であるし、責任能力はない。
しかし祭祀長には非があり、責任能力もある。
彼が償わずして、誰が償うというのか。
「そんなことはありません、我らもまた止めきれませんでした。全員の罪ではありませんか」
「周囲から見ればそうであろうが、儂からすればそうではない。それにお前達とて、ここで儂が怠れば、心にしこりが残るであろう。儂は、その方が恐ろしい」
すでに老齢に入っている祭祀長は、だからこそ世間の厳しさを知っている。
ここで踏んばらない者に、未来はない。
そして祭祀長が信頼を失えば、そのまま孫の未来も閉ざされる。
「そういうことだ、休んでくれ」
「はい……」
改めて、祭祀長は完成した……あとはニスを塗るだけのブローチを見る。
それを、一つずつ検めていく。
(この労働が、チップ……正規の報酬のおまけか……)
祭祀長も人間のことはそれなりに知っている。
このブローチが、本当の意味での恋人に送るものだとは思っていない。
だが、それでも……。
(感謝の気持ちを込めねばな……)
結果から言えば、ガイカクが来てくれて助かったのだ。
本来なら、騎士団が『んなこと知るかボケ』と返事をしても、他のケンタウロスたちや同じように同盟している種族たちも『そうでしょうね』と言うだろう。
それで祭祀長は怒り、当たり散らし……最終的には不承不承で祭りをすることになって、そして事態が露見して……『ぜんぶ祭祀の一族のせいじゃん』となってしまうのだ。
(考えるだけで恐ろしい……)
そんなことを考えていたら、眠気は吹き飛んでいた。
(本当に、百人の恋人へ送ってもよいように作らねばな……)
老人は、わかっていた。
この作業を終えたあと、正式に他の一族へ詫びをして、自分の一族にお詫びをして、その後祭りを終えて……。
それでようやく、眠りにつけるのだと。
(感謝……感謝)
祭祀長は、彫刻刀を手に取った。
検品するだけではなく、制作作業に戻ったのである。
一つ一つに丹精を込めて、受け取った人が笑ってくれるように……。
彼は、ブローチを作り始めたのである。
※
さて、ガイカクの作業風景である。
彼はコブラリコリスの群生地近くに、小型のテントを用意していた。
対BC装備をつけたまま……まずコブラリコリスを採取し、それをテント内に運び込む。
さらにコブラリコリスを、花弁とそれ以外に分ける。
花弁だけを専用の鍋に入れ、それ以外は廃棄用の壺に入れる。
分別された花弁を、専用の溶液に付け込む。
すると花弁の中の成分が抜けて、溶液はどんどん変色していく。
(これがやべえんだよなあ……)
その変色した溶液と出がらしとなった花弁を分けるため、一旦ざるを通す。
ざるに残った花弁は、先ほどの廃棄用の壺に入れた。
(さあて……)
ここから更に、粉末状の薬品を適量入れる。
そして軽く熱しながら、かき混ぜていく。
するとだんだん、溶液が上と下の二層に分かれていく。
上側はやや澄んでいき、下側には粘着性の強い液体が沈殿することとなった。
上側が『バリウスのニス』、下側が『有害な廃液』となる。
文章にすると簡単ではあるが、実際には一人で、対BC装備をして、さらに作業一つ一つが長時間で力仕事である。
対BC装備のため、目に入った汗をぬぐうこともできず……。
食事や生理現象のため、対BC装備を脱ぐときには十分間除染が必要で……。
それを怠ればケンタウロスの領地を汚染してしまうという、精神的な負担も抱えていた。
(まあでも、アイツらも今までついてきてくれたからな……)
ガイカクは、極めて有害な猛毒と向き合い、完全防護の服を着込んたまま笑っていた。
(バリウスのニスは、本当にキレイだ……あいつらもきっと、喜んで受け取ってくれるに違いない)
お母さんが子供に手編みのマフラーを作るように……。
娘が父親の為に弁当を作るように……。
ガイカクは、仲間の笑顔を思いながら、毒液を練っていた。
傍から見ると完全にBC兵器を製造しているようにしか見えず、しかも実際大体あっているのだが、それでも仲間のアクセサリーを作るために頑張っているのだ。
そこには、私利私欲はそんなにないのであった。
(ケンタウロスの木工品は、市場に出回らないからな。こういう時ぐらいしか手に入らない……そんな希少品を、バリウスのニスで塗装すれば……プラス6は固いな)
百人からなる、奇術騎士団主力部隊、歩兵隊。
その一人一人を思いながら、ガイカクは危険作業に勤しむのであった。
※
数日後、ガイカクは作業を終えていた。
多くのケンタウロスたちを集めて、作業の報告を始めている。
久しぶりにしっかりと普通の姿をしている彼は、仕事をやり遂げた充実感に浸っていた。
彼の前には、いくつかの壺が置いてある。
それには頑丈そうな蓋が付いており、さらにそれを粘土で封をして、その上から更に蜜蠟で二重の封をしていた。
そのうえ、壺には『有害、危険!』『○○年まで解放禁止!』と書いてある。
「こちら、お話していた廃液となっております。どうぞ、お預かりください」
「……うむ」
何一つ詐欺はないのだが、だからこそ実物を見て、祭祀の一族は『安請け合いをしたかも……』という気分になっていた。
だがその祭祀の一族が周囲を見ると『アレを預かるのは、マジで罰ゲームだな……』『責任をとるためとはいえ、尊敬するぜ』という顔になっている。
それを見ていると、やったほうがいいな、という気分になるから不思議であった。
「先日も申し上げましたが、割れると周辺一帯が汚染されます。除染は極めて困難ですし、長期にわたって不毛の地となります。もちろん、これが生物の体に触れた場合、最悪死にます。そうでなくとも、QOLを著しく損なう危険性がありますので、どうかご注意を」
「……はい」
「悪意ある物がコレを利用した場合、このオーロラエ地方全体に被害が及びかねませんので、ご注意を」
「はい……」
「かなり頑丈な壺ですが、それでも割れる時は割れます。移動の際にも、よく注意してくださいね」
「はい……」
違法行為を是としているのだが、魔導に関しては嘘を言わない男であった。
彼は事前に説明していたことを補足しているだけなのだが、それでもリスクが積み上がっていくようで、祭祀の一族の顔色は悪くなっていく。
ガイカクの誠実さが、あだとなっている……ように見える。ただ脅しているだけ……にも見える。
実際には、必要な説明なのだが。
「それから……本来の目的であるバリウスのニスですが、こちらになります。あと、これは実際に塗ってみたものですね」
ここでガイカクは、大きめの壺を一つと、その上に一つの弓を置いた。
それはやや照りが強いものの、『ケンタウロスの神器、バリウスニス』とよく似た色合いの弓に仕上がっている。
「し、試作品、作ってたのかよ!?」
「そうでもないと、納得できないでしょう」
「それはまあ、そうだけど……」
「今はまだ色が薄く見えますが、年数がたてば色合いも変わっていきます。使ってみますか?」
そういってガイカクは、素手でその弓を掴み、持ち上げた。
アレだけ重装備していたガイカクが自分の手で掴んでいるのだから、完全に無害になっているのだろうとわかる。
「じゃ、じゃあオレが!」
逸った若者の一人が、新しく作られたバリウスニスの弓を手に取った。
そして適当な矢をつがえると、明後日の方向に撃ってみる。
「お、おおお……」
普通の弓とは、明らかに使い心地が違う。
弦の音も、まるで弦楽器のように澄んでいる。
使う前は猛毒の塊、危険物にしか思えなかったが、使ってみれば……まさに国宝級である。
「すげえ……」
「次、次、俺な!」
「バカ言え、もう一回……」
「代われよ!」
「ひっぱるな、壊れちまうだろうが!」
我も我もと、若者たちが順番待ち……もとい、争うように試射を始めた。
実際に試射した者達は、普通の弓との違いに感動し、打ち震える。
なるほど、長年にわたって信仰され、保管され、崇められてきたわけである。
彼らはその弓のもつ『魔力』に魅了されていた。
「……ああ、ごほん。そのなんだ、騎士団長殿。そのニスで、どれだけの弓を塗装できる?」
「ここからブローチの塗装も行いますので……ざっと見積もって十本ほどでしょうね」
「……分けてねえのかよ」
「その分、無駄が出ますから」
デカい壺の中にニスが詰まっている、これでたくさんのバリウスニスの弓が作れる……と思って、内心浮かれていた若きエリート。
その彼に対して、ガイカクはやはり事前の打ち合わせ通りのことを言う。
夢のない展開に、彼は少しがっかりするのだった。
「それに、塗装もそちらにお願いするつもりでしたしね。私は所詮素人、本職に任せようかと」
「うむまあ……装飾品は、特にそうじゃろうな。さて……」
ここで祭祀長は、百個のブローチを詰め込んだ箱を、ガイカクの前に出した。
「これが注文された品じゃ。ニスを塗る前に、確認してほしい」
「これはこれは……丁寧な仕事をどうも」
「存分に確認してくれ」
チップを検め始めたガイカクを置いて、祭祀長は周囲のケンタウロスたちを見る。
ここにある、十本分のバリウスのニスをどうするか。それを相談しようとしていた。
「以前の儂なら……バリウスニスの弓は一つだけで十分、残りはニスのまま保管する、とでも言うじゃろう。じゃが今の儂は、そんな厚かましいことを言うつもりはない」
少し疲れた様子で、かつ安心している顔の祭祀長は、主導権を放棄すると言っていた。
「儀礼用の、装飾の多い弓を一本分……それを新しく保管すればよいと思う。無論それを保管する係も、儂らである必要もない……その年の優勝者が一年保管する、でもよいさ。残りの九本分をどうするかは、皆で決めてよい。というより……口出しする資格もないのでな」
ここで大人たち、若者たちは互いを見た。
製法を知った、というか、製造するところを実際に見た後なので、いろいろと思うところもある。
(作れる奴がいるのはいいけどよ……ぶっちゃけ、近くで作業してほしくねえしな)
(廃液の保管もなぁ……今は祭祀の一族が買って出てくれてるが、今後奇術騎士団に頼んだら、その一族が保管することになりそうだし)
(もっとたくさん作ってくれ、はナシだな。いろんな意味で)
製造法が確認できて、しかも原材料が付近にあるとわかっていて、製造できる人間とも同盟関係にある。
だが量産しようという話にならないのは、彼らが賢明だからであった。
「……まあアレだろ。このニス塗ったって、ずっと使ってれば折れるんだろ? それならもう、個人用でいいだろ」
「今回のことで、若いのが迷惑を受けたわけだしな。今回の祭りでいい成績を修めた奴……上位九人にくれてやればいいだろ。そうすれば、後腐れはねえ」
「妥当な線だな……これ以上もめたくねえし。ただ、若いのはマジで、それで納得しろよ? 今回の犯人である祭祀長の孫へ代替わりしても、ネチネチ言うなよ?」
もめごとにうんざりしていた大人たちの出した、シンプルな結論。
今回の祭で上位の成績を修めた九人が、自分用のバリウスニスの弓をもらえるという。
そのことを知って、上位九人に入る自信を持った者たちは、より一層のライバル心を燃やし始めた。
本来なら一位以外に意味はないが、今回は九位と十位にアホほどの差が生まれることになる。
それも、来年以降は取り返しのつかないものだった。これは、大いに燃える。
「百個、たしかに検めさせていただきました。とても素晴らしい品ですね、仕上がりが楽しみですよ」
「……そういってもらえて、儂も嬉しい」
一方で、マイペースに確認をしていたガイカク。
期待通りの仕上がりに、満足している様子であった。
嬉しい、という祭祀長。
しかし彼の顔は『これから仕上げもするんだよなあ……高クオリティで』というものであった。
そう、ガイカクはニスを作ったので仕事が終わっているのだが、祭祀の一族はこれから百個のブローチをニスで塗装して、更にその後祭をやって、それでようやく休めるのである。
それも、孫のことでさんざん興奮して、疲れている体で。
「ああ、そうそう。一つ確認を忘れていました」
その疲れたケンタウロスに、ガイカクは訊ねた。
「今回の私の仕事は、いかがだったでしょうか? 最高評価をいただけないと、ティストリア様から叱られてしまうので……ね?」
「……もちろん、最高評価ですぞ」
騎士団への依頼は高くついた。
だがそれに見合う成果……未来を買うことはできた。
最高評価は、脅されたからではなく心底からであった。
「それはそれは、一生に一度のお買い物ですな!」
(二度はない、か……それはそうだ)
なお、ガイカクにとっても労働強度が高かった模様。
次回はいよいよパーティー!