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価値のある弓について

 任務だと言って、騎士団総本部へ呼び出されたガイカク。

 彼の顔は、とても困惑していた。


(おかしい……今の俺達は、とてもじゃないが任務を達成できる状況じゃない。その状況でなぜ?)


 奇術騎士団に限らず、どの騎士団も現在は休業中である。

 これは先日の戦争で消耗しているからであり、休養のためであった。

 もちろん貝紫騎士団はそうでもないのだが、彼らはそれこそ最後の保険として待機している。

 本当の有事には、彼らが消耗していない従騎士を従えて赴くこととなるのだ。


(これは……それこそハグェ家の時と同じか)


 ガイカクは、ティストリアを評価している。

 彼女が『え、疲れてる? 行け』などと非合理なことを言うとは思えない。また、『え、疲れてる? あ、忘れてた』と阿呆なことを言うとも思っていない。

 ガイカク一人で解決できる、しうることだと判断されているのだろう。

 そしてガイカクには、その実績もあった。


(さて、どんな任務かね。できればパーティー前には、余裕をもって終わらせたいが……)


 スポンサーへの挨拶も、騎士団の務め。

 趣味を抜きにしても、そちらへ向かわねばならない。

 そう思いつつ、ガイカクは総騎士団長の部屋へ入った。


「ゲヒヒ……ご尊顔を拝謁でき、恐縮至極……貴方の忠実なる下僕、ガイカク・ヒクメにございます……ゲヒヒ!」

「よく来てくださいました、ヒクメ卿」


 もう本当に挨拶感覚となっている、ガイカクとティストリアのやり取り。

 それを聞いているウェズン卿は、もはや気持ちが動くことすらなくなっていた。


「今回お呼びしたのは、他でもありません。騎士団随一の智嚢である、貴方にしか頼めない任務なのです」

「……オーロラエ地方をご存じでしょうか?」

「オーロラエ地方? たしか高原地帯であり、ケンタウロスの支配下であり、植生としては多年草が多く、それを食べる小型の草食獣や、さらにそれを捕食する大型の鳥類がいることぐらいしか存じませんが」


 ガイカクは知恵者ではあるが、世情に明るいわけではない。

 知らないことについては、素直に聞いていた。


「十分な情報です。その区域で暮らすケンタウロスと我ら騎士団は同盟関係にあり、騎士団の中にはオーロラエ地方出身者も在籍しています。そのケンタウロスたちから、貴方に事件の解決依頼が来ました」

「事件、ですか」

「ええ。とはいえ、なにもはっきりしていませんが」


 ティストリアもまた、神ではない。

 現地から来た情報そのものがあいまいならば、ハッキリしたことは言えない。

 そしてそれは、そのまま『はっきりさせてほしい』という依頼でもある。


「そのケンタウロスたちの祭祀長の孫が、一時行方不明に。コブラリコリスの群生地帯で倒れているところを発見され、処置を受けるも意識不明のまま。祭祀長はなんとしても、孫がそのようになった理由を暴きたいようです」

「コブラリコリス……地下茎でつながり合う、群生しやすい毒性の多年草。この時期は開花しているはずですし、非常に目立つはず。そこに足を踏み入れたとなると……」

「ええ。たまたま偶然そこに踏み込んだ、ということはあり得ません」


 たとえば……毒キノコをよく似ている食用キノコと間違えて食べる……ということはあり得る。

 だが明らかに毒があるとわかる毒草地帯に、たまたま偶然足を踏み入れるということはない。


「祭祀長は、誰かが孫をそこに追いやった……と考えているようです」

「まあありえなくはないですね、子供のやる悪戯の枠に収まりそうです。しかしそうなると、そのお孫さんが意識を取り戻せば解決では?」

「どうやらなかなか目を覚まさない様子です。それもあって、祭祀長はかなりお怒りの様子。だからこその、依頼です」

「……ですが、さすがに周囲の者が止めるのでは? 騎士団へ依頼をするというのは、それなりの『借り』です。それをこんなことに使うというのは……」


 以前にガイカクは、エルフの領地である、ディケスの森の問題を解決したことがある。

 リザードマンが森を襲い、さらに人質を取って森長の家を占拠したのだ。

 その時でさえ部下から『呼ぶのは止めた方がいい』と忠言される程度に、騎士団を呼びこむことはコストがかかるのだ。

 同盟関係なので、騎士団が救援に向かうことはある。だがそれには対価が伴う、というのも当たり前だ

 呼び出さずに済むのなら、それに越したことはない。


「いえ。周辺のケンタウロスもまた、賛成したようです。というのも、このままでは祭りを開催できないから、だそうです」

「オーロラエ地方のケンタウロスは、この季節に集まって祭りを催すそうなのです。その祭りを取り仕切る祭祀長が『孫がこうなった原因を究明するまでは、祭りなどやっていられない』と言って聞かないそうで」

「それはまた難儀な……難儀ですなぁ……ひゃははは」


 思い出したようにふざけてから、ガイカクはしばらく黙った。


(無理だろ)


(無理だと思っていますね)

(やはり無理でしたか)


 どう考えても、無理である。

 真実を突き止めるだけならともかく、『真実である証拠』を出すことはできないのだ。


(祭祀長の孫だ、それなりに狙われる理由があるだろう。現にこうして、俺達にまで話が来ている程だしな。だが……状況が中途半端すぎる。そういう、大人の理由じゃない)


 なかなか意識を取り戻さないというのだから、コブラリコリスの毒の強さは察せるだろう。

 だがそれは、子供が、長く毒草に包まれた状態でのことである。

 逆に言って大人なら、鼻や口に布を当てていれば、それなりの長い時間いても大丈夫なのだ。


(たとえば誰かから襲われて、毒があると知ったうえで群生地に入って、敵が諦めるまでしのいだ……ということはあり得ない。誘拐目的なら普通に浚うし、殺す目的なら追撃ぐらいするだろう。脅し目的なら、なにがしかの接触があったはずだ。何もなく、ただ痛めつけただけ……)


 おそらく祭祀長の読みは、正しいだろう。

 今回の一件は、本当に子供の悪戯だ。

 そうでなければ、祭の延期を望む何者かの犯行であろうが……。幼稚な理由だからこそ、逆に証明が難しい。

 誰もが納得できる、とは言わないまでも、祭祀長が納得できるだけの証拠を出すことは難しい。


(孫を治して、証言をとる。でもそれ、俺がいく間でも間に終わってそうだしな。いや、だが……それだけ長く意識不明になっていれば、記憶なんて残らないか? あるいは記憶が脳内で編集されている可能性も……だとしたら、ますます真相は闇の中か)


 ガイカクの考えていることは、それこそティストリアやウェズン……あるいは現地のケンタウロスたちも考えていることだった。

 それでもガイカクにお鉢が回ってきたのは、彼ならばあるいは、と思うからこそ。


 そして……。


「あ」


 その期待に、ガイカクは応えていた。


「あ、あ、あ……ああ」


 ガイカクはここで、ものすごくイヤそうな顔になった。

 それは何か、『彼だけが気付けたこと』があったということだろう。


「ん……ん、ん!」


 ガイカクは視線を左右に動かし始めた。

 そのうえで、しばらく迷った後、ぽんと手を打った。


「ゲヒヒヒヒ! ティストリア様、今回の一件は私にお預けください!」

「良いのですか?」

「ええ。まあ私が出向いた時には、もう真実は明らかになっているかもしれませんが……それでも解決できるのは、私ぐらいでございましょう。ただし……ただし……ゲヒヒ!」


 ガイカクは下品な笑みをわざとらしく浮かべて、ティトリアの前でへりくだった。


「単なるなぞ解きにしては、経費が多めに発生するかもしれませぬ」

「かまいません。しかし、経費が多く発生すれば、その分仕事の成果への評価基準も厳しくなると知ってください」

「もちろんでございます……ひゃははは!」


 ガイカク・ヒクメは、大いに笑っていた。


「手品のように、解決してみせましょう」



 ガイカクは一旦奇術騎士団本部に戻ると、歩兵隊隊長を呼び出した。


「大した要件じゃなかったから、俺一人で任務を片付けてくる。お前たちは有事に備えて残ってろ、なにお土産を持って帰ってくるさ。俺が発注したいろんなもんが、納品されるぐらいにな」

「……なんか猛烈に嫌な予感がする言葉選びですね」

「砲兵隊には『また薬使うから、減った分ノルマを増やしておいてくれ』と伝えてくれ」

「凄く言いたくないです」


 ガイカクはとても上機嫌そうだったが、いろいろな意味で彼以外に迷惑であった。


「ああそうそう。お前達前に、『歩兵隊にも何か作ってください』って言ってたよな?」

「あ、はい……私達だけ、普通の装備なんで……まさか、素敵な武器とか防具とか?」

「さすがに百人分は無理だろ……考えろよ」

「そうですよね……」


 ガイカクは、悪い男の顔で笑った。


「特製ペンダント、お前ら全員分持ってきてやる。パーティーに着けていけるような、素敵なのをな」

「……嘘じゃないですよね、信じてますよ、団長!」


 それをきいて、歩兵隊長は悪い男に騙される女の顔をしていた。


「ああ、信じて待ってな」


 ガイカク・ヒクメは悪い男であるが、詐欺師ではなかった。



 オーロラエ地方、祭祀の一族の縄張りにて。

 周辺のケンタウロスの中で、一番の射手を決める大会が始まる時期が近づいていた。

 その関係もあって、各地から続々とケンタウロスが集結しつつある。


 だが祭りが始まる気配がなかった。

 祭祀長……つまり主催者の孫が毒で寝込んでいるから、主催者が怒って祭りを開催しないと言い出したのだ。


 これに対して、大人たちは一定の理解を示した。

 祭祀長の息子……つまり本来の跡取りは、妻と一緒に死んでいる。つまり祭祀長にとって、孫はもはや唯一の家族なのだ。

 それが毒で倒れたとあっては、正気を保てなくても仕方ない。

 加えてこの時期である、もしかしたら別の部族の若者がやったのではないか、と思って攻撃的になっても不思議ではない。


 だからまあ、ちょっとは様子を見てやろう。

 孫が意識を取り戻せば、気分も落ち着くだろう。

 それが大人たちの、基本的なスタンスであった。


 だが、それは大人の理屈である。

 祭に出るつもりだった若者たちは、不満を抱えていた。


 そう、ケンタウロスの祭とは、若者を集めて行う競技大会なのである。

 追物射と呼ばれる種目であり、長い帯などを巻いた小動物を野に放って、それを弓矢で射って集めて点数を競うというものだ。


 その大会に出ることは若者にとって一種の義務であり、出ないとものすごく下に見られる。

 もちろん優勝すれば、老人になっても語れる自慢話となる。

 だからこそ、若者たちはやる気になっていた。

 延期、ましてや中止など冗談ではない。


 とはいえ……。彼らの主観でも、孫が倒れている老人に向かって『おい、仕事をしろ! 祭りを開催しろ!』と怒鳴りつけるのはアウトである。

 心底から同情しているわけではないが、それを親たちに言ったら『お前にケンタウロスの心はないのか!』と怒鳴られるのはわかっていた。 

 だが不満はたまっていたので、その四本の足で遠出をして、文句を言いあうに至っていた。


「いやまあさあ、俺だって弟とか妹とかいるからさあ、気持ちはわかるけどさあ……俺達、このままじゃ親になれねえよ!」

「同じ部族の女って、妹とか姉みたいなもんだしな……この祭りがなきゃ、他の部族の女にアピールできないし……」

「俺の父ちゃんと母ちゃんも、ここで知り合ったって話だしな……俺もそうしたい」


 すべての若者が、志を高く持っているわけではない。

 それなりに活躍して、それなりの成績を残して、それで他の部族の女にアピールして、結婚したいと思っているのだ。

 それは彼らにとって、切実な願いである。


 そしてもちろん、志の高い者たちもいた。


 普段は各地に散っている、若き『ケンタウロスのエリート』たち。

 若者の中でも中心になっている彼らは、厳しい顔で話し合っていた。

 彼らは愚痴を言うだけではなく、自分から積極的に事態を解決させようとしていたのだ。


「……お前たちのところに、例の孫をイジメた奴はいたか?」

「かなり強く聞き出したが、いなかった。というよりも、ほぼ接点がないからな」

「そもそも容疑がかかっているのは、初期に集まっていた奴らだけだからな。そいつらもすでに大人から絞られている。まあ、ないだろう。そもそも祭りの前なんだから、到着した時点から忙しかったはずだ」


 彼らの意見も、おおむね一致していた。

 今回の事件は、子供の理屈で起きたことだと。


 今回の事件が陰湿ないじめだとして、やりそうなバカが何人か浮かんでいたのだ。

 だがそういう者達には、大抵アリバイがあった。

 アリバイがない者もいるにはいるが、逆に確たる証拠もなかった。


「だいたい、犯人がいたとして、そいつが認めるか?」

「だよなあ……大人は知恵者の騎士を呼ぶって言うが、どうやって特定する?」

「動機……動機から絞り込むのか?」

「どうせちょっとムカついたから、ぶっ殺そう、とかそれぐらいだろう」

「どうやってもいいが……祭は、つつがなく開いてほしい」


 若きエリートたちは、優勝を狙っていた。

 彼は優勝者となって祭の主役になり、祭事を行うことだった。


「追物射で優勝すれば、あの弓(・・・)を使うことができる。ずっと使えるわけじゃないが、それでも唯一の機会だ」


 祭のメインイベントでは、祭祀の一族が保管する『最高の弓』を使って演舞のようなものが行われる。

 それは本当に美しい弓であり、使い心地も最高だとか。


 その神秘性に惹かれて、エリートたちは優勝を求める。


「……ところで、一応聞くが、その弓はちゃんと保管されているんだよな? 祭祀長の孫をあんな目に合わせた奴の目的が、それを盗み出すことなんじゃあ……」

「それはないだろう。孫を人質にとって『孫を返してほしくばあの弓をよこせ』って言うならまだしも、放置していたんだろ?」

「だいたい、どこにあるのかははっきりしているじゃないか。見晴らしのいいところに建っている、祭祀長の家の中だろ。聞き出す意味がない」

「それに大人たちだって、あの家の見張り番に確認したさ。怪しい奴は、誰もあの家に近づいていないってよ」

「あの家、マジで見晴らしがいいからな。ダークエルフだろうが獣人だろうが、誰にも気づかれずに侵入して、弓を盗み出すなんてできねえよ」


 ケンタウロスたちの神器、最高の弓。

 その名前は……。

 

「『バリウスニス』を、盗む、か……叶うなら、俺がそれをしたいぐらいだ」


 漆黒に輝く美しい弓、バリウスニス。

 孫のことで騒ぎになっている間にそれが盗まれていたのなら、それこそ『大人』の犯行であろう。

 そうなっていないのだから、子供の悪戯であると誰もが信じているのだ。


 逆に言えば、そのバリウスニスには、祭祀長の孫を襲う価値があるということでもあった。

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