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片づけるべき仕事

 さて……奇術騎士団は後ろめたいことしかしていないため、基本的に他の組織とはかかわりが無い。

 その分ガイカクが好き放題にやっているのだが、彼へ口出しをできる人物が二人……正確には三人だけいる。


 一人は言うまでもなく、総騎士団長ティストリア。

 ガイカクにとって唯一の上司であり、彼を監査する権限を持つ唯一の相手であり、一切保身を考えていない上にめちゃくちゃ強い化け物である。

 彼女をその気にさせてしまったら、ガイカクは絶対に助からないだろう。

 奇術騎士団が存続するには、彼女に対して価値を示し続けなければならない。


 残る二人……。

 ラサル・ハグェ前公爵とサビク・ハグェ現公爵である。

 奇術騎士団にとって唯一のスポンサー様であり、多額の寄付金をいただいている。

 この金が無ければ、気球を作ることもできなかったのだ。

 明確に罰されることはないが、それでもガイカクはある程度彼らの要望を聞く必要がある。


 と、同時に……。

 奇術騎士団が活躍すればするほど、上司であるティストリアと、スポンサーであるラサル・ハグェ前公爵とサビク・ハグェ現公爵の株も上がる。

 そうなれば、誰も悪い気はしない。よく頑張っているな、と褒めたくもなるだろう。


 ティストリアはことあるごとに褒めているが、ラサルとサビクはそうもいかない。

 なので……良い意味での呼び出しが入ることとなった。



 絶賛備蓄を補充中の奇術騎士団。

 現在彼女らは、ガイカクの前に集められていた。

 ガイカクが大変普通の笑顔をしているので、誰もが気を緩めていた。

 まあ今戦場に行っても、誰も何の役にも立たない。

 そのこともあって、実に気楽であった。


「今回我ら奇術騎士団は、ライナガンマ防衛戦で大いに活躍した。そのことでハグェ公爵様が、俺達へお祝いのパーティーを開いてくださるらしい」

「お~~~!」

 

 公爵と言えば、大貴族である。

 そこでお祝いをしてもらえるのなら、さぞ豪華なパーティーになるだろう。

 既に何度もお祝いされているが、何度祝われてもいいものである。

 彼女らは大いに盛り上がるが……。


「連れて行くのは、歩兵隊(にんげん)重歩兵隊(オーガ)だけだ」

「え~~??」


 ガイカクからの残念な決定に、誰もが不満を漏らす。

 行けない者達からだけではなく、行くことになった歩兵隊と重歩兵隊も同じだった。


「……あの、いいんですか? 私達、今回何もしてないんですけど……」

「人の手柄でお祝いってのは……私たちもイヤなんですが……」


「安心しろ。今までのお祝いパーティーと違って、ライナガンマ防衛に関することは『おまけ』だ。大体、ハグェの人たちからすれば、ライナガンマは遠い場所だからな。そんなにはかかわりが無い。俺たちの今までの活躍を、喜んでくださってるってだけのことだよ」


 ガイカクは、忖度するまでもなく、歩兵隊と重歩兵隊を褒めた。


「お前達は、たしかにライナガンマとは無関係だ。だが今まで何もしてこなかったわけじゃないだろう」


 ガイカクの言葉に、歩兵隊も重歩兵隊もハッとする。

 そして、自信をもって頷いた。


 通常とは著しく異なる兵科ばかりの、へんてこ騎士団。

 それが奇術騎士団ではあるが、歩兵隊と重歩兵隊はその限りでもない。

 彼女たちは、普通の人間の兵、普通のオーガの兵と変らぬ働きを求められてきた。

 そしてそれを、常にこなしてきたのである。


「俺達は、ライナガンマで急遽抜擢されたのか? それまでは敗戦続きで、なにも結果を出せなかったのか? お前たちは他の奴らと比べて、なんの活躍もしてこなかったのか? 誰かに語れる武勇伝が、一つもないってのか?」

「違います!」

「ならそれでいい。お前たちは、胸を張って俺に同行しろ」


 そこまで言って、ガイカクは残す予定の面々を見た。


「お前らは最近パーティーし過ぎだし、そもそも備蓄の補充が終わってない。だから今回は譲ってやれ」

「でも先生は……」

「じゃあ俺の代わりを、誰がするんだ。相手はスポンサーだぞ、無礼があってはよくない」

(いつも無礼な気が……)


 残る面々も不満たらたらではあるが、既に祝われた身ではある。

 パーティーに参加できていない歩兵隊と重歩兵隊に、出席を譲ることへそこまでの不満はなかった。


「パーティーが始まるのは、だいたい二か月半後だ。まあ先方も忙しいし、結構な数の客を呼ぶつもりでもある。だからまだまだ先と言うわけだな」

「で、でも……それだけ規模の大きいパーティーということ……」

「オーガ用のドレス……今から買えますよね?」

「ああ、もちろんだ。支度金はやるし、店も紹介してもらうよ」


 パーティーに出席するのも、騎士の仕事。

 むしろ万人の想像する『煌びやかな仕事』と言えば、それではなかろうか。

 それに参加できるということで、歩兵隊も重歩兵隊も大盛り上がりである。


「まあ俺は俺で、いろいろと準備があるからな……くくく……」

「な、何をするんですか、団長……」

「実はこれまでのパーティーで、不満があってな……」


 ガイカクはしみじみと、後悔を語った。


「奇術騎士団なのに、手品を披露していないんだ」


 物凄くどうでもいいことだった。

 どうでもよすぎて、全員が呆れるほどだった。


「考えても見ろよ、お前達。俺たちは奇術騎士団で、俺はその団長だぞ? なのにパーティーで手品の一つも披露できないというのは……期待を裏切っているようで、申し訳が無い」


 だがガイカク本人は、割と真面目に悔やんでいるようである。


「種も仕掛けもない手品だと、俺は数学パズルぐらいしかできないが……それは相手にある程度の教養が無いと伝わらないからな。カードを使ったテクニック系の手品は、目の肥えた富裕層の前で披露できるほどじゃないし……」

「……カード系のマジック、使えるんですか?」

「まあ一応はな。だが本職からすれば、見習いレベルだよ。俺は大掛かりな仕掛けを使ったやつの方が得意だね」

(本当に何でもできるな、この人……)


 奇術騎士団団長として、手品のように難題をこなしてきた男。

 意外というか当たり前だが、本職の手品師ほどの腕前はないらしい。


「その仕掛けを、いつもお世話になっているドワーフの工房に依頼した。ちゃんと何に使うのかも書いて渡したぞ」

(棟梁からの依頼だってのに『手品の仕掛け』ってのは……さぞがっかりしただろうねえ……)

「ああ、ついでに『タイ焼き機』の発注もした。アレの図面描くの大変だったぜ~~! 構造は単純なんだけど、タイの形を図面にするのが大変でさ~~」

(お菓子の調理器具の注文……それもそこまで乗り気じゃないだろうねえ……)


 今回ガイカクの株は、大いに上がった。

 モノづくりで国家を左右する、というのを地でいったのである。

 ドワーフの職人達からすれば、羨望の的だろう。

 そのガイカクから『難しいの作って』と言われて、それが手品の大道具やタイ焼き機だった。

 職人たちの心境や如何に。


「パーティーの会場で振舞えば、きっと大盛り上がり! いやあ~~今から楽しみだなあ~~!」


 真面目で目立ちたがり屋で、サービス精神旺盛で努力家。

 なるほど、ガイカクは確かに奇術師向けの性格をしているのかもしれない。

 彼が率いる騎士団が奇術騎士団と名付けられたのも、今更ながら納得である。


「ああ、お酒も持っていくか。キャララがいくつか完成していたはず……きっと楽しんでくれるぞ~~!」


 ガイカクはいろいろと準備がよく、また行動も早い男である。

 彼はすでに、パーティーに持ち込む物が用意できていた。


 それが、よかったと言えばよかったのかもしれない。



 ケンタウロスの縄張り、オーロラエ地方。

 そこはケンタウロスの走りやすい高原地帯であり、そこには多くのケンタウロスたちが生活を営んでいる。


 だがそのオーロラエ地方も、すべてがケンタウロスの天国というわけではない。

 ごく一部に、危険な場所が存在する。


 猛毒の花、『コブラリコリス』。

 多年草の一種であり、開花の時期以外は問題にならず、開花の時期でも近づかなければ問題にならない。

 だがもしも開花の時期に……その花の密集地帯に踏み込めば、ただでは済まない。

 一本一本の毒性はそこまで強くないが、とにかく数が多い。

 そのため、美しい赤い花の咲くその場所に立ち居れば、大人であってもただでは済まない。

 まして子供なら、命にかかわる重体となるだろう。


 そして……その花の中で横たわる、幼いケンタウロスの少年がいた。

 行方が分からなくなっていた大人たちが彼を探しに来た時には、既に意識はなかった。

 なぜ彼がここにいるのか、誰にも分らなかった。

 だが確かなのは、彼にもきちんと、ここが危険だと教えていたということ。


「なんでだ……なんで、この子がコブラリコリスの中にいたんだ……なぜ、なぜだ!」


 その少年に、既に親はいなかった。

 彼の身よりは、祖父だけである。

 その祖父は周辺のケンタウロスのまとめ役、祭祀長であった。


「孫は……助かるか」

「はい、おそらくは……処置も済みましたので……ですが、意識が戻るのは、かなり先かと……」

「それならいい……だが、孫がこうなった原因は、必ずはっきりさせる!」


 そしてこの周辺のケンタウロスは、ディケスの森のエルフと同様に、騎士団と同盟関係にある。


「たとえ、騎士団を頼ってでもな……!」


 こと謎の探求に関しては、適任者は一人しかいない。

 ガイカク・ヒクメに、この話が行くのは当然であった。

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