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ガイカク・ヒクメの一面

ご購入を報告してくださった方、ありがとうございます!

自分も今後、より頑張らせていただきます!

 奇術騎士団恐るべし、ガイカク・ヒクメ恐るべし。

 圧倒的な戦果によって評価が更新された、新進気鋭の奇術騎士団。


 今回のライナガンマ防衛戦の電撃的な成果は、国中のみならず、他種族の同盟区域にも伝わっていた。

 それは以前に奇術騎士団に救われた、エルフの支配地域、ディケスの森でも同じだった。


「十万からなる敵を、あっという間に撤退へ追い込んだ……さすがに『大本営発表』では?」

「動力付き気球で、他の騎士団と共に奇襲。敵将を討ち、攻城兵器を破壊し、食糧庫を焼いた……ということらしい。彼は動力付きの車両を作っていた、ありえなくはない」

「……そうですね」


 森長、ディケス。

 彼は側近と共に、今回の戦果を確認していた。


 この世界では、気球自体は存在を知られている。

 そのうえ、ディケスの森ではガイカクたちはライヴスで乗り込んでおり、更に作戦にも使用していた。

 なので『気球にタイヤの代わりになりそうなのをつけたのでは?』という推測はできていた。

 実際、原理的には同じである。


「ですが、彼がその……道化めいた振る舞いをする、下品な行動が多い、というのは……」

「それは悪評かもしれんし、あるいはここでは気を使ったのかもしれん。あの状況でふざけていて、しかもあんな作戦を……いや、ふざけた様子であの作戦を提案されたら、私は彼を殺していたかもしれんからな」


 ディケスの森では、ガイカクは終始紳士としてふるまっていた。

 それは彼が事態を解決できるだけの自信がなかったからであり、ふざけていたら提案を受け入れてもらえないと悟っていたからである。


「そうした些事はともかく……彼が騎士団長として躍進する姿に、複雑な思いを抱かずにいられないよ。まったく、私は下劣な男だ」


 エルフの有力者たちの中には、願ってしまう可能性があった。

 それはガイカクが政争などで敗れ、国を追われるという未来だ。

 まあガイカク自身が違法行為で任務を解決する男でもあるので、その可能性は十分高い。


 その時にガイカクがエルフへ保護を求めれば……。

 その対価として、様々な知恵をいただければ……。

 そんな、下衆で下品で下劣な願望を抱いてしまう。


 エルフたちは、それを卑しいと思う程度には、恥を知っていた。


「それに……他の騎士団と共に、敵の中枢へ突撃を仕掛けたともある。これが本当ならば、彼は相当危険な目にあったということ……」

「これも、『大本営発表』ではないと?」

「彼はリザードマン相手に、自ら囮を買って出たであろう?」

「……そうでした。申し訳ありません」


 ガイカクは、必要なら自分の身を危険にさらすこともいとわない。

 これもまた、この地で彼が証明したことである。


「本当に卑怯なものが、勇敢に、高潔に振舞えるものかよ……そして、私たちは、うわべだけの高潔さだった」


 そのガイカクから言われた言葉が、脳に反響して離れない。


『エルフは家族愛に厚いようですが……血がつながっているだけでは、家族として認めないようで』


 ディケスは、ため息をついた。


「で、例の『家族』はどうしている」


 現在このディケスの森では……否、他のいくつかのエルフの森では、『例の家族』という言葉が隠語になっていた。

 これは『奇術騎士団に在籍するエルフたちの家族』という意味である。

 本来なら誇らしいはずだが、実際には家族を売り払った者であった。


「ご指示通り……きちんと、監視下に」

「ならばよい。うかつな処理は、控えねばな」



 砲兵隊(エルフ)の家族をどうするか。

 評議会でも裏の議題になるほどの、紛糾した話題になっていた。


 ここで問題なのが、まず奴隷売買が合法であるということ。それも自分達政治家が許可しているということ。

 自分たちが公認している、明文化している、合法としている奴隷売買をした罪を問う……など、エルフにはできないことだった。


 そして、奇術騎士団から具体的にどうしてほしい、という依頼が無いことであった。

 そもそも奇術騎士団はエルフ社会を拒絶しているため、依頼などする気が無いのである。


 とはいえ、エルフ社会、砲兵隊としてはなにがしかのペナルティを与えたいところであった。

 議論の末出された結果が……。


 まず大家と談合し、彼らの暮らしている家を潰す(物理的に)。

 その関係で合法的に退去してもらう。

 さらに彼らの勤め先を、経営者と相談のうえで廃業(もちろん便宜を約束して)。

 その関係で、合法的に失職してもらう。


 奴隷商人に娘を売るような家族なので、元々貧乏であった。

 その関係で暮らしていた家も勤めていた職場も大したことがなかったため、あっさりと完了した。


 この時点まではかなり苛烈だが、ここで手を緩めた。

 自分たちをイジメた後にうっぱらった家族だが、社会が合法的に始末をしたら、それはそれで嫌であろう。

 なので『その家族』達には、寮付きの職場を提供した。

 というか、その家族が他の場所に就職できないようにしていた。


 もちろん、違法(ブラック)企業ではない。

 仕事の内容も、仕事の強度も、合法の範囲内である。

 なんなら、同じ条件で働いている人々も大勢いるので、彼らもそこに収まっただけのこと。

 ある意味、保護下にあると言っていい。


 とはいえ、である。

 薬品工房で、ひたすら製薬をし続けるというのは、かなりのストレスではあった。

 暮らしている寮も提供する食事も合法の範囲であり、決していじめなどもしていないのだが……。(というかエルフは貧弱なので、そんなことをしたらすぐ死ぬ)

 

 彼らには、明るい未来などなかった。

 詳しい事情を知らされていない家族たちも、大きな流れのようなものは感じていた。

 自分たちはこのまま一生、いやそれどころか子々孫々までこんな暮らしをするのではないか、と。


 食うに困るわけではない、健康に被害が及ぶわけでもない、雨風をしのげないわけでもない。

 だが何か楽しいことがあるわけではなく、未来に希望があるわけでもない。

 同じ作業を、ずっとし続けるだけの人生。


 それが、彼らにのしかかっていた。


 そのうちの一人、トゥレイス……。

 砲兵隊員の兄にあたる、若きエルフ。

 エリートとは呼べないまでも、エルフの中で比較的多い魔力を持つ者。


 彼は製薬をしながら、ずっと自分を励ましていた。


(私は、大丈夫だ……ヒクメ卿に、名前を憶えてもらっている。きっといつか、私に声がかかるはずだ)


 彼はもはや慣れてしまった製薬作業の退屈さに勝つため、過去の出会いを美化していた。


(奇術騎士団が躍進しているという噂は、ここにも届いている……やはりあの方は、とても偉大な方だ。ならば私が……清貧に耐えながらも勉学に勤しんだ私に、手を差し伸べないわけがない)


 妹を売った金で勉強をしていた男は、それに対して何の罪悪感も覚えぬまま、それでも耐えている気になっていた。


(いつかきっと、私の前にあの方が現れる。遅くなって済まないとお詫びをして、私をこの森の外に連れ出してくださる。それをみて、私を蔑んでいた者達は後悔するのだ)


 魔力の乏しい妹を蔑んでいたことなど、彼はまったく覚えていなかった。

 仮に思い出したとしても、まったく悪びれることはあるまい。

 彼は自身の中で、常に被害者であった。誰も傷つけたことのない、清く正しい青年であった。


(そして私は、奇術騎士団で騎士として活躍する……そうなれば、こんな仕事とは、完全に無縁となる……そうだ、私には未来が、希望がある……!)


 トゥレイスは、諦めを振り払おうとしていた。


(そうだ、私の人生がここで終わっていいわけがない……明日も明後日も、来週も来月も……ずっとこんな日々が続くなど、ありえない!)


 ずっとずっと、同じ薬を作り続ける。

 それはそれで、立派な仕事である。

 卑しさはない、人の役に立つ仕事である。

 だがそれを、彼は受け入れられなかった。



 いっぽうそのころ、奇術騎士団本部では……。

 楽しかったパーティーを終え、仲間と共に帰路に付き、待っていた歩兵隊や重歩兵隊と再会した砲兵隊(エルフ)

 華々しい活躍を終えて、人生の絶頂を味わった彼女たちを待っていた『奇術騎士団の業務』は……。


 製薬だった。


「……落差が、落差が酷い」

「もう一度、パーティーに行きたいよ~~」

「あのパーティーに出席していた他の人たちは、こんなことをしてないんだろうなあ……」


 今回はがっつり備蓄を使ったので、その補充が急務であった。

 彼女たちはガイカクに指示された通り、たくさんの薬を製造することになっていた。


 もちろん彼女たちの仕事は、とても大事である。

 既に魔導の知識を得ている彼女たちは、自分達の作る薬がどれだけ重要なのか理解している。

 それが今回の作戦でも、とても役に立ったと理解している。


 だがそれはそれとして、先日の華々しいパーティーからの落差が酷かった。

 シンデレラストーリーのような、急激な人生の上向き。

 その後に待っていたのは、普通に魔導土方であった。


「明日も明後日も、来週も来月も……ずっと作らないといけないんだ……」

「私たちは薬を作る機械になったんだ……何度も何度も繰り返すんだ……」

「騎士団なのに……勲章とかもらってるのに……」


 しかも補充のノルマは、それこそ膨大である。

 一か月や二か月で、終わる量ではない。ガイカクの予定では、向こう三か月は薬を作り続けることになる。

 終わりは決まっているのに、終わりが見えない。彼女たちは、涙を流していた。

 一度生活水準が上がってしまうと、戻った時に大変なのである。


「なにぶつくさ言ってるんだ、お前達。マスクしているとはいえ、唾液が薬に入っちまうだろうが」


 泣いている女の子たちへ、業務的なことを言う男。

 それが、ガイカク・ヒクメであった。

 なお、実際唾液が入るとマズいので、大変に正しい模様。


「先生~~! またパーティーやりましょうよ~~!」

「また主役になって、ドレスを着て、周りの人から褒めたたえられたいですよ~~!」

「もうずっと、それだけして生きていきたい……」


「仕事を舐めるな」


 ご褒美がききすぎたな、とガイカクは困っていた。


「世の中にはな、これと同じような仕事で一生を送る人もいるんだぞ。その人たちは、お前たちが味わったみたいな絶頂なんて、一生味わえないんだぞ。それを思えば、泣いてなんていられないだろうが」


「でも、だって~~!」


「それになあ」


 ガイカクは、以前にティストリアから言われたことを、彼女たちにも言った。


「お前たちは、騎士団だろうがよ」


 ガイカクは、楽しそうに笑っていた。


「またでっかい手柄を挙げて、またパーティーの主役になれるだろうがよ」


 一度、絶頂を味わった。

 だからこそ辛い気持ちもあるが、逆に希望も見いだせる。


 自分たちのような才能に恵まれなかったエルフでも、騎士団として活躍し、パーティーの主役になれること。

 それは夢物語ではないのだ。


「薬品の補充が終わったら、また任務に就く。そうしたら行く先々で、『ライナガンマを救った騎士様だ』って、周りから一目置かれるぜ。なんなら、俺達が来たってだけで、パーティーが始まるぜ」

「そ、そうですよね!」

「それにな……お前たちが寝るベッドも、新しい、高級なものに変わるだろ?」

「軍部から、たくさん報酬をもらえましたもんね!」

「食事だってそうだ。俺がゴブリンたちへ、新しいレシピを渡しておいたからな」

「また私たちの知らない、新しい料理が食べられるんですね!?」

「保養施設の紙オルゴールも、新しい曲をいくつか作ってやる」

「ああ~~!! ありがとうございます!」


 退屈な仕事であっても、希望が持てる。

 待遇はどんどん良くなっていき、目に見えて生活の質が向上する。

 それが彼女たちに、勇気と意欲をよみがえらせる。


「だから頼むぜ、お前達。俺がいくら天才でも、お前達抜きじゃ何にもできないんだからな」


「はい、先生!」


 こうして彼女たちは、今日も頑張って働くのであった。


 年中無給で。



(同一労働が続く、でマイナス5ぐらいだったが……今のでプラス6ぐらいは行ったか……じゃあこれ以上は追加しなくていいな)



 ガイカク・ヒクメ、多くの手札を持つ男である。

次回から新章です!

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