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無知の知

発売まで、あと二日です!

 兵器を生産することには、多大な予算が必要となる。

 それ以上に、兵士の育成には予算と時間が必要になる。

 高級な兵士は、何時の時代も高級品である。

 これは幕僚なども同様であり、高度な教育を長期間受けさせなければならない。


 教育そのものが高級であるこの時代では……いや、どの時代もそんなものかもしれない。


 マルセロ軍の本陣にいた兵士たちは、全員がそれであった。

 それが無意味に喪失した事実は、後々に効いてくるだろう。


 だがティストリア率いる騎士団にとって、それは途中目標に過ぎない。


 鮮やかな奇襲に成功した彼女らは、ライナガンマ側へ……というよりも、ライナガンマの近くにある、攻城兵器群へと向かっていった。

 道中の敵を殲滅しつつ、正面入り口前に置かれた破城槌を目指す。


 その動きを誰よりも把握していたのは、当然ながらライナガンマ側であった。

 城壁の上から確認できる、騎士団の猛烈な快進撃。

 それを見ていた兵たちは、上層部へ報告をしていた。


「複数の騎士団旗が確認できただと!? その上すでに敵本陣を殲滅し、こちらの正門前に向かっている?!」

「我らと合流するつもりか……正面入り口の封鎖を解け! 城外に出る精鋭部隊の準備もしろ、歩兵よりも騎兵がいい!」


「封鎖を解く?! よ、よいのですか?! 外にはまだ、十万の兵が……」


「すでに包囲は緩んでいるのだろう? 短時間ならば門が開いても、敵がこちらに殺到してくることはない!」

「機を逃すな! うまくすれば、この戦いだけで敵を撤退に追い込める!」


 複数の騎士団旗が立っている。

 その意味するところは、味方にとっても信頼があるということ。

 これが豪傑騎士団と奇術騎士団の旗だけなら、円滑な城内との連携はできなかっただろう。


 司令部は騎士団の動きの真意を見抜き、迅速な指示をしていた。

 陥落しないとしても、長期戦となる。多大な犠牲を伴う、残酷な戦いを覚悟していた。

 だがそれが、短期決戦で終わらせ得る。

 それならば……。


「……城外に出る精鋭部隊は、ほぼ壊滅するでしょうな」

「それができることも含めて、精鋭部隊だ。それに……生存の見込みは大いにある」


 司令部には、希望が芽生えていた。

 あまりにも速い救援は、的確に敵の急所を抉り続けている。

 それは身の安全を放棄しての、献身的な奉仕だ。

 だからこそ、こちらもそれに応えなければならない。


「城外へ兵を送ることは、我らにとってメリットは大きくリスクは最小限。これは……騎士団がすべてのリスクを背負っているからこそ。応えなければなりますまい」



 ライナガンマを遠くに見る、マルセロ軍による包囲網の外側に立つ、救援の軍隊たち。

 それらはライナガンマを助けたいと思う一方で、膨大な敵を前に指をくわえてみることしかできなかった。

 だがその彼らでさえ、包囲網に異常が起きていることは確認できた。

 何が起きているのかはわからないが、何かが起きているのだ。


 それを見た各軍の将たちは、申し合わせたかのように同じ対応をした。


「圧力をかけるぞ、前進だ! 敵にこちらの姿を見せる!」


「ええええ~~~!? こ、こっちはたった千人の軍ですよ?! それを前に出したら、マルセロ軍は突っ込んでくるじゃないですか!?」

「そうそう! さらっと二千ぐらいの兵をこっちに突っ込ませてきますって! 俺達なんて、それで全滅ですよ!」


 もちろん、周りの兵たちは反対した。

 無理もないだろう、誰もが命を捨てる覚悟を持っているわけではない。

 彼ら自身が包囲されているわけではないので、当然のことだった。


「バカか、俺だって死ぬ気はない! 誰も突っ込めとは言っていない! 敵がこちらに攻め込みそうになったら、さっさと逃げるさ」


 十万からなる軍勢からすれば、点在していて連携をしていない、千の軍がどう動いても脅威ではない。

 だが、それなりには対応をしなければならない。千の兵というのは、無視できる規模ではない。


「いいか。敵からすれば俺たちは、絶対に倒さなければならないほどの相手じゃない。だから俺たちが姿を見せても、突っ込んでこない限り、警戒したままのはずだ。もちろん、わざわざ包囲してまで全滅させようとはしない! 簡単に逃げられる!」

「……でもそれに、なんの意味が?」

「お前たちも言っただろう? 千人の軍である俺達を叩き潰すには、二千人は用意しないといけない。俺達を警戒するってことは、二千人の兵を俺たちの前に配置しないといけないってことだ!」


 無視できないということは、タスクが増えるということである。

 一応とはいえ警戒しなければならない敵が、視界内をうろうろしてくる。

 それも、無視すれば被害を受けてしまうレベルであり、いつでも逃げられる場所にいるのだ。

 内部で何かが起きている状況では、うっとうしくて仕方あるまい。


「俺達以外にも、周辺で息をひそめている兵は大勢いる! 全員でやれば……敵の半分近くを、釘付けにできるかもしれない」



 奇術騎士団はあいさつ代わりに、攻城塔を四台破壊し、食糧庫を一か所焼いていた。

 それは、それ自体が有効であった。だが同時に、伏線でもある。


 攻城塔の破壊は、ライナガンマ周辺から敵を下がらせることにつながった。

 これだけなら無意味だが、騎士団の出現と活躍によって、ライナガンマ内部から救援を出しやすいという状況へと変化する。


 さらに食糧庫を焼いたことによって、敵は他の食糧庫の守りを厳重にしなければならなくなった。

 これも騎士団が出現する前はあまり意味のないことだったが、本陣が壊滅したことによって『優先順位の更新』が止まってしまった。

 既に食糧庫が一か所焼かれている現状、他の食糧庫を守らなければならない、というのは客観的な事実である。

 だがそこにリソースを割いているため、周辺の敵軍が動いたことへ対応する兵が激減してしまっていた。


 マルセロの言う通り、この包囲網には十分なリソースが、余力があった。

 だが騎士団の出現によって、それは猛烈な勢いで消費されていく。

 本来なら無視できたリスクが、顕在化、肥大化していく。


 これこそガイカクが言っていたことであろう。


『……今回ほどの大戦争だと、俺達以外の要素が大きい。だがだからこそ、俺達は最善を尽くし、俺達が原因で破綻しないようにする』


 騎士団が捨て身で作り出した『好機』は、全体へと波及し、大きな流れを作っていった。

 これが、大勢を変える力。騎士という希望が生み出した、兵士一人一人の持つ力であった。



 ティストリアを先頭とする騎士団の快進撃は、衰えることを知らなかった。

 ライナガンマ正門前の、破城槌に向かって進撃をしている。

 破城槌周辺の部隊は、当然ながらそれを把握していた。


「ヤバいぞ、騎士団がこっちに向かってきてる!」

「なんで外から騎士団が来るんだよ! 十万で包囲しているんだぞ、それを全部破ってここに来たのかよ?!」

「そうかもしれん! だがそうなら、いい加減疲れているはずだ!」

「あほかよ! ここは最前線だぞ?! 一番遠くからここまで来てるんだぞ!? いきなり疲れて動けなくなるなんてことがあるか!」


 だがしかし、心の準備ができていない。

 破城槌周辺の兵たちが、いきなり後方から騎士が来たらどうしよう、などと考えているわけがない。

 想定外の事態だからこそ、彼らは動揺してしまっていた。


「そ、それでもどうにもならんだろう! 迎え撃つしかない、もしも何もせずに逃げたら……俺達は死罪だ!」


 だがそれでも、一応は兵士である。

 背後から迫ってくる敵部隊に対して、守備陣形を構築する。

 盾と槍を使って、どっしりと腰を下ろした壁を作った。


 もちろん騎士団ならば、これを破れるだろう。

 だがそれでも、確実に消耗する。騎士団のスタミナが削られれば、後に響くことは確実だった。


 だが、その時。

 固く閉ざされていたライナガンマの正門が、開き始めたのである。


「おい、嘘だろ……門が、開き始めた!」

「なんで開くんだよ、俺達何もしてないぞ?!」


 真後ろへの防御陣形を作ったため、真正面への防御はおろそかになっていた。

 その真正面側、ライナガンマ側から兵が出てくる。

 それも人間の騎兵隊であった。


「我らが飛び出し次第、門を封鎖しなおせ! 敵が全面撤退するまで、門を開けてはならんぞ!」

「騎士団をこのまま死なせるな! ライナガンマは、我らこそが守るのだ!」


 ライナガンマは籠城戦をしていたが、まだ本格的な消耗はしていなかった。

 だからこそ士気の高い、強力な兵たちが大勢残っている。

 その士気の高い兵たちが、帰らぬ覚悟を持って城外に踊り出ることができたのだ。


「ぎゃ、ぎゃあああああ!」


 一方行への対応をし過ぎた結果、本来の敵であるライナガンマ側への対応が全くできなかった。

 騎兵突撃ということもあって、破城槌付近にいた兵たちはあっという間に全滅する。


 守りのなくなった、ただの長い棒に堕した破城槌。

 それに対して、ライナガンマの兵たちは火を点けた。

 ゆっくりと燃えていく、ただの炭になって行く破城槌。

 自分たちの都市を脅かさんとした巨大兵器を、彼らは呪わし気に睨んでいた。


「ライナガンマの兵ですね? よくぞ城外へ出てくださいました。私は指揮官である、総騎士団長ティストリアでございます」

「……おお、ティストリア! 名高き騎士の頂点が、多くの騎士を従えてきてくださるとは……!」


 その彼らの前に、ティストリア率いる騎士団がやってくる。

 本来自分たちが破壊するつもりだった破城槌を横にして、精強なる部隊が『完成』していた。


「我らライナガンマの騎兵隊、千名! これより騎士団の援護として参戦いたします! どうぞ我らを使い潰して……」

「おお、兄者! やっぱり出てきてくれたか!」


 騎兵隊の先頭にいる人間の将に、ヘーラは笑いながら駆け寄った。

 もちろんヘーラはオーガなので、血縁はないと思われる。

 だがそれでも、彼女は実の兄と会えたかのように喜んでいた。


「ヘーラ、お前の旗も見えたので察していたが……今はそれどころではない」

「わかってるって!」

「……来てくれて、助かった。とは言わん」


 そして騎兵隊の隊長は、あえて褒めることはなかった。


「だが、来てくれると信じていたぞ」

「おう!」

「……ティストリア様、お待たせしました。何なりと、ご命令を」


 短い、しかし意義のある時間だった。

 それをしている間に、ライナガンマの門は再び固く閉ざされる。

 これで、ライナガンマそのもののリスクは、まったくなくなっていた。

 騎士団がライナガンマに籠城する、という安全策もまた消えていた。


「それでは、このまま攻城兵器を破壊していきます。騎兵隊の皆さんには、妨害しようとする敵兵への対応をお願いします」

「承知!」


 だがそんなものは、彼らにはない。

 自分たちを使い潰す覚悟を決めて、都市を包囲している攻城兵器への破壊工作を敢行し始める。


 それこそが、ド本命。

 既に多くの敵と戦った騎士団は、残る力を振り絞ろうとしていた。



 少し前、死ぬ前のマルセロが最後に出した指示は、『攻城兵器を敵の射程外まで下げて、整備点検しろ』というものであった。

 その指示には当然、敵の破壊工作員への備えも含まれている。

 だが当然ながら、騎士団が突っ込んできた時に対応できる戦力、なんてものはない。


「うわああ! 無理だ、絶対無理だ! 逃げろ逃げろ~~!」


 攻城兵器周辺にいたマルセロ兵達は、一目散に逃げだしていた。

 当然だろう、複数の騎士団旗には、それだけの破壊力がある。

 寡兵の時でさえそうだったのに、今は千名からなる騎兵隊までいる。

 客観視すれば、騎士団の総攻撃に見えなくもない。

 そして戦力的には、ほぼそれと同等であった。


「周辺には、大砲があります。なので火薬樽もあるでしょう。いささか危険ですが、攻城塔に火薬樽を設置し、そのまま燃やしましょう」


 敵が逃げたのなら、こんなありがたい話はない。

 ティストリアは一切焦らず、しかし喜ぶこともなく、淡々と指示をしていた。


「大砲に関してですが、私や直属の騎士で対応をします。よいですね」

「ええ……では敵兵への対応は、先ほどの指示通りに我らが!」


 だが逃げる兵ばかりではない。

 このライナガンマ周辺には、依然として十万の敵兵がいる。

 騎士団の旗を目指して、意気のある敵兵たちが向かってきていた。


 それを足止めしようという騎兵隊には、ここで死ぬ覚悟もあった。

 だがそれを、ティストリアは一旦たしなめる。


「お待ちください、まだ早い」


 彼女は点検目的で集められていた、城攻め用の大砲を摑んだ。

 彼女はその細腕で、高々と大砲を持ち上げる。


「直属騎士たちに命じます、私に続きなさい」


 ーーー砲丸投げ、という競技がある。

 文字通り、大砲の弾を投げる競技である。


 だが彼女が投げたのは、大砲だった。

 おそらく並のオーガでは不可能なことを、彼女はこともなく行った。

 投げた先は、もちろん向かってくる敵兵である。


「な?!」


 当然だが、砲丸投げであっても、人間に当たれば死ぬ。

 それが大砲そのものであったなら、当たれば何人も死ぬ。

 しかもティストリアは、雪玉でも投げるように、しかも正確に投げ続けていた。


「ティストリア様に続け!」


 しかも投げているのは彼女だけではない。

 彼女直属たる、人間のエリートたちもまた同じように投げ始めた。


 向かってきた敵兵たちも、これにはたまらんと、あわてて足を止めた。

 改めて、自分達が戦おうとしている怪物の強さに、肝をつぶされたのだ。


「ではお願いします」

「……承知」


 その足を止めたところで、ティストリアは許可を出した。

 千名の騎兵隊もまた、彼女とその側近たちに心服する。


(彼女らも、疲れないわけではない。ずっと戦い続けていれば、さすがに疲弊する。だが休む時間を少しでも作れるのなら……より多くの攻城兵器を破壊できる! 命をかける、意味がある!)


 これだけの騎士が、助けに来てくれた。

 間近で活躍を見る彼らは、より一層の士気を燃やして、心をくじかれた敵に突っ込んでいく。


 だが悲しいかな、所詮は千名の騎兵。

 四方に敵が溢れる状況では、カバーが間に合わない。


「また別動隊が来たわ! 私たちの進路をふさぎ始めている!」


 既に汗まみれのダークエルフ、アルテミスが警告をする。

 付近の攻城兵器は、ほとんどが壊されている。

 これから別の場所へ向かうのだが、それは敵からしてもわかりやすい。

 その進路を徹底して塞げば、攻城兵器の破壊をこれ以上防げるだけではなく、足を止めた騎士団をそのまま殲滅できるだろう。


 極めて適切な、正しい戦術である。


「じゃあ私がそれを妨害してくるわ!」


 ここで、単騎で走り出した影があった。

 水晶騎士団のエリートリザードマン、イラルキであった。


 彼女は重武装のまま、ただ普通に走り始めた。

 リザードマンはそこまで足が速い種族ではないが、それでもエリートである彼女はそれなりには早い。

 その姿を見た敵兵は、早急に対応をしようとする。


「相手はリザードマンの騎士か! 縄や網の用意はあるか?! 定石なら、動きを止めるべきだ!」

「そんなもの、いきなり出せませんよ!」

「ならば仕方ない……とにかく削れ! エリートリザードマンと言えど、無敵ではないのだからな!」


 効果が薄いとわかったうえで、兵たちは弓矢を放ち、攻撃魔術をもたたき込む。中には、火縄銃を打ち込むものまでいた。

 しかしそれは、想定通りに効果が薄かった。


「そんなもの、何の意味もないわ!」


 リザードマンは、遠距離攻撃に対して無類の強さを誇る。

 固い上になめらかな鱗が、攻撃を弾くからだ。

 彼女の体に当たった矢玉は、ぶつかって止まるのではなく、弾けて見当違いの方向に飛んでいく。

 それは攻撃の持つ運動エネルギーのほとんどが、彼女に届かなかったことを意味していた。


 彼女はほぼ無傷のまま、敵陣に突貫する。

 エリートオーガほどではないにしても、彼女の怪力は十分人間を越えている。

 敵を摑んで振り回し、あるいは敵兵から武器を奪っては蹴散らしていく。


 こうなれば、陣形はむしろあだとなる。

 彼女が殺しやすい位置に密集しているだけのことだ。


「おっしゃあ、姉ちゃん助けるぜぇ!」

「矢玉がこなけりゃ、こっちのもんよ!」


 その彼女を援護するべく、無尽の生命力を誇る豪傑騎士団のオークが突入した。

 さすがはフィジカルエリート、崩れた陣形を殲滅していく。


「……この陣形は、放棄する!」

「後方に下がれ、味方と合流するぞ!」

「くそ……全方位から袋叩きにしたいのに!! それだけの兵がいるのに!」

「落ち着け、必ず疲れる、必ず倒れる! ここで踏ん張って攻城塔を守れば……」


 それでも、兵力の差は埋まらない。

 ティストリアたちがどれだけ無双の働きをしても、千人ほどしか殺せていない。

 攻城塔も、一つ燃やしたばかりだ。


「いくらトップエリートの集団とはいえ、この十万からなる軍をどうにかするなど……」


 その時である。

 戦場全体に、大きな銅鑼の音が聞こえ始めた。

 それは最初、一か所から聞こえてくるものだった。

 だがやがて、全方位から聞こえてくるようになった。


「どうやら、生きていた敵将は判断を速めたようですね」


 マルセロ軍の兵たちは、その銅鑼を聞いて愕然とした。

 そして戦う手を止めて、ティストリアたちから離れ始めた。


 つまりは……全面撤退である。



 最初に銅鑼を鳴らし始めたのは、包囲の一角を担う将軍であった。

 彼はティストリアが燃やした攻城塔を見た時点で、撤退を決断していた。

 それに対して、彼の部下たちは文句を口にする。


「よ、よいのですか!? 今回の作戦が全面的に失敗したと認めるなど……!」

「まだ兵は、全然残っています! 燃やされた食料も、全体からすれば大した量ではありません!」

「攻城兵器が攻撃を受けているのはわかりますが、それとて兵力を派遣すれば……」


 だが武将は、すでに決断していた。

 あるいは他の方向を包囲している武将たちも、同じように考えているのだろう。


「無論、わかっている。今すぐに兵を派遣することができれば、攻城兵器周辺の敵を倒すことはできるだろう。そうなれば、このライナガンマを攻略できる」

「ならば、なぜ!」

「見通しが、まったく立たないからだ」


 現在騎士団は、すべての札を投入している。

 彼らの主観では、もう力尽きるまで戦うしかない。

 だがそれは、彼らの主観だ。

 敵からすれば、まだ手があっても不思議ではない。


「今大きく兵を動かせば、残っている食料をすべて燃やされかねない。そうなれば、いよいよ攻城戦は破綻する。それを避けるには、一旦体勢を立て直すしかない」

「建て直せばよいではないですか」

「体勢を立て直すとは、一旦相手の攻撃が届かないところまで下がる、という意味だ。今それをすれば、敵は間違いなく……攻城兵器をすべて破壊した後で、ライナガンマに戻る」


 マルセロならば、リソースを使い切っているはず、と読む。

 もちろんこの将も、同じように考えてはいる。


 一度目の時点で一か所しか焼けなかったのだから、少なくとも同じ方法で食糧庫を焼くことはもうできないのだろう。


 だがそれは、推測でしかない。

 なんなら、別の手段で焼かれる可能性さえある。


 であれば、今以上に包囲を緩め、はっきりしている敵全員と距離をとって、情報の確認などをするしかない。

 だがそれは、事実上の敗北である。


「下手をすれば、周辺で様子見をしている敵さえも、ライナガンマに入りかねない。そうなれば、陥落させるまでの日数が大幅に伸びる。そうなれば、いよいよ敵の援軍が来てしまうぞ」


 そもそも、リソース的にありえないというのなら、最初の攻城塔破壊と食糧庫への放火がすでにありえないことだった。

 それが終わった後でも進撃が行われている以上、過敏になるしかない。


 そしてすでに起きていることへ対応する範囲でさえ、破綻は目に見えている。

 ならば、もう下がるしかない。


「お前が今すぐに、戦場の情報をすべて集めて提出してくれるのなら、私も別の作戦をたてられる。だがそれはお前には、いや、誰にもできまい」

「ならばせめて、私達の策を蹂躙した者だけでも始末をつけましょう!」

「そうしたいのはやまやまだが、そもそもどうやって本陣のど真ん中に現れたのかもわからないのだぞ。下手をすれば、そのまま逃げかねない。あるいは、ライナガンマの城壁から縄梯子を垂れ下げて、そのまま逃げられかねないぞ」


 確かに、兵の消耗は軽微だ。

 だがそれは、もう一つの意味を持つ。


「今退けば、傷は浅い」

(そうか……多大な犠牲を出した後なら、目的に固執することもある。でも……今回はそうではないから……!!)


 余裕があるからこそ、退けるのだ。

 各地の将たちは、何が起きているのかわからないからこそ、わかっている範囲の材料で判断し、撤退を開始した。


 それは、マルセロが負けたことを意味している。

 彼の大戦略は、今ここについえたのだった。

書籍第一巻は、だいぶ書き直させていただきました。

すでにここまでお読みになった方でも、楽しんでいただけると思います!

よろしくお願いします!

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