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いよいよ書籍発売が近づいてきました!
あとたったの四日です!
まさに、突如として現れた男。
奇術騎士団団長、ガイカク・ヒクメを名乗る人間。
巨大な箱に乗って、空を滑りながら落ちてきた男。
それこそ、宇宙人がいきなり現れたかのようで、猛将であるグリフッドでさえ身動きができなかった。
だがさすがはマルセロ、彼は冷静に対応を始めた。
「名乗っていただき、ありがたい。私はこの軍の司令官を務める、マルセロと申します」
一応礼儀正しいが、警戒心も、敵対心もバリバリである。
一方でガイカクは、明らかに嘲笑していた。
「このタイミングでこの本陣に乗り込んできたということは、貴殿が……つまり奇術騎士団こそが、先ほどの破壊工作を行った者達、ということでよろしいでしょうか」
「如何にも、ご明察、大正解、偉いぞ!」
マルセロの、結論を穿つような問い。
それに対して、ガイカクは邪悪に応じていた。
「……食糧庫への放火、攻城塔の倒壊。それが破壊工作によるものだとは、誰の目にも明らか。それへの指示が済んだ後で、私の元へ現れた敵。考えるまでもないこと」
「ははははは、ひゃはははは! その『考えるまでもないこと』を、お前の周りの皆さんはわかってないようだがな? おいおい、仲間を侮辱するなよ。ちゃんと周りを見て、傷つけない言葉を選ぼうぜ?」
もはや、マルセロの兵たちは動けない。
なまじ、相手が一人の人間で、しかも武器一つを持っていないことも大きかったのだろう。
マルセロが話し始めてしまったせいで、事の成り行きを見守るしかなくなった。
「そうですね、不適当でした」
「おいおい、素直だな」
「過ちを認められないものは、愚かである。師の教えです」
「それは大事にしたほうがいい、だからすぐに認めることだな」
車両の上に乗っているガイカクは、当然のようにマルセロを見下ろしていた。
その顔には、してやったりという愉悦がみなぎっている。
「今回の戦争は失敗した、皆さんごめんなさい、ってな。謝っても許されないとしても、認めるのは大事だぜ」
もはや勝利宣言である。
マルセロの兵たちは、不安になった。
改めて、周囲を見渡す。
そこには十万の味方がいるし、他に大勢の敵がいるわけでもない。
だが、不安に駆り立てられた。
だからこそ、マルセロの言葉に縋ろうとする。
「そんなことは、物理的にあり得ない」
それに応えるように、マルセロは断じた。
「貴方とその部下の、破壊工作の手腕は見事です。食糧庫への放火も、攻城塔の倒壊も、まったく対処できませんでした。ですが、なぜ同時に複数の食糧庫へ放火しなかったのですか? なぜすべての攻城塔へ、破壊工作を仕掛けなかったのですか?」
確かに、奇術騎士団の手腕は素晴らしかった。
どうやったのかはわからないが、それはそれで凄い。
結果だけ見ても、一つの騎士団が成したと思えば、凄まじい成果だ。
だがそれでも、大局を変えるほどの力はなかった。
「決まっています、あれ以上はできなかった。貴方達は、あれ以上の破壊工作をするだけの力がなかった。物理的に、不可能だった」
「俺の前で物理を語るとはな……だが、まあ、間違っちゃあいない。リソースという意味では、たしかに不可能だ」
ガイカクたちは全力を尽くして、成功を収めた。
これ以上ないほど成功した、逆に言ってあれ以上は無理だった。
「しょせん、騎士団一つ。できることには、物理的な限界がある。そして心理的な要素が、それを更に狭める」
「それはどういう意味で?」
「百の力を持つ者は、百を超える成果を出すことはできない。心という要素は、百を減らすことこそあっても、増やすことはないということです」
人は限界を超えた力を出せない。何であれば、常にベストを尽くせるわけですらない。
それが大軍を率いる、マルセロの思想であった。
「だからこそ、余裕を持たなければならない。人数的にも、時間的にも、資材的にも、です。そうした物理的余裕を持たない計画は、いつか破綻する。貴方のようにね」
破壊工作は、完璧だった。
どの程度の危険が伴ったかはわからないが、とにかく成功していた。
そこで満足するべきであった、それ以上を求めるべきではなかった。
「貴方は、ここに来てしまった。来れただけでも大したものですが、それ以上は無理でしょう」
「ほう? 俺の作戦が読めると?」
「あまりにも、明らかでしょう。私を殺し、側近を殺し、この軍の指揮系統をズタズタにすること。他に、本陣突撃する理由がない」
「如何にも、ご明察、大正解、偉いぞ!」
マルセロは苛立ち、ガイカクは笑っていた。
「無意味ですよ、結局ね。貴方は無駄死にをするだけだ」
マルセロは、目の前の男が傑物であると悟っていた。
その傑物が、無為に死ぬこと。それも傲慢さからくる思い違いから、無駄に死ぬことへの苛立ちだった。
「もはやこの軍にとって、私の存在は必要ない。この布陣が完成した以上、私の役目は終わっている。私が殺されたとして……貴方が私を殺すことに成功したとしても……一番肝心な結果を変えることができない」
十万からなる軍勢である、能力の高い指揮官は大勢いる。
しかもすでに包囲陣形が完成しているのだから、特に複雑なことをする必要もない。
指揮官であるマルセロが殺されたとしても、他の指揮官たちが何とかするはずだった。
「ライナガンマは、陥落します。その未来を変えることができない以上、貴方の犠牲には意味などない」
その潔さに、頼もしさを覚える。
マルセロ軍の兵たちは、希望で目を輝かせていた。
「私たちの勝利に、変わりはありません。その箱の中に、どんな手品が隠されていたとしても、です」
それこそ、将棋やチェスでもあるまいに。
敵司令官を討ち取ったら、敵が敗北を認めて帰る……などありえない。
「私が死んだとしても、それは無駄ではない……勝利のための、礎となるのですから」
マルセロのロジックは、完璧に思えた。
確かに、ガイカクがこれから何をするとしても、マルセロを殺すことで限界に達する。
それを成功したとしても、殺されて終わる。それを失敗したとしても、やはり殺されて終わる。
どちらであっても、ライナガンマは陥落する。
欲をかいて『俺が戦争を終わらせてやるぜ』と突っ走った愚か者には、似合いの結末だろう。
「話は、もうよいですかな? 人間の賢人同士の話というのは、どうも頭に入ってこない。つまりそいつは敵で、しかも破壊工作を仕掛けた首謀者。そのうえ、貴方の命まで狙っている……」
整理のついたグリフッドが、前に出た。
「ぶっ殺せばいいのでしょう」
つまり敵なのだから、殺せばいいのだ。
「……あの箱に、爆弾が乗っている可能性もあります」
「いやあ……あれだけどったんばったんして飛んできて、それはないでしょう」
マルセロは『ありうる最悪の可能性』を口にして、グリフッドは『一番高い可能性』を口にした。
「普通に兵が乗っている。それで貴方を殺そうというハラです。そういう剛毅な作戦は、私は嫌いではありませんなあ。それこそマルセロ閣下のおっしゃるように、成功していることも含めて」
グリフッドは、敵意を向けた。
それには、嫌悪や不快感はない。
既に破壊工作を成功させ、最低限の役目を果たしたうえで、一番危険な場所へ帰らずの覚悟で突っ込み、敵将の首を狙う。
オーガの将として、満点の敵であった。
「そのうえでですねえ、マルセロ閣下。先ほどあ奴も言っていましたが……『自分を殺すことは成功しうる』と連呼されるのは、私どもとしては不愉快ですなあ。考えるまでもない、という言葉よりも傷つきましたぞ」
「グリフッド殿の言う通りです!」
グリフッドもサヒアも、ガイカクにそれ以上をさせるつもりはなかった。
なんであれば、こうなっていること自体を、とがめてほしいとさえ思っていた。
「マルセロ様! 貴方がするべきは、叱責だったのではありませんか! 『曲者を私の前にまで来させるとは何事だ、さっさところせ』とね! 一軍の長でありながら、部下への適切な指摘を怠るなど、ありえざることです!」
二人の声に応じて、周辺の兵も動き出す。
当然ながら、兵の質はとても高い。
ガイカクの眼には何百人という、人間を主体とした上級兵が見える。
おそらく、全員が従騎士クラスの実力を持っているだろう。
「ここまでやってきたことは、悔しいですが賞賛しましょう。ですが、マルセロ様を守る兵達は、誰もが『真の兵士』! 多くの志願兵の中から選りすぐられ、過酷な訓練を積んだ、上位の兵士たち! そこいらの雑兵とは、強さも忠誠心も違います!」
サヒアの言葉に、兵たち自身は無言で肯定する。
言葉で『自分たちは強いんだ』などと言わず、ただ武威をもって力を示そうとする。
「そう……貴方が食料を焼いても、攻城兵器を倒しても、まったく問題ではない! 軍にとって本当にかけがえのない財産は、いつでも『兵士』! 彼らがいる限り、我らに負けはありません!」
サヒアはマルセロを背にして、決然と宣言する。
「どんな手品でも出しなさい! 我らはそれを蹴散らしてくれましょう!」
ガイカクは、震えていた。
愉快そうに、面白そうに笑っていた。
それを、隠そうと努力していた。
「ひっひっひっ……!」
肚を抱えて、引き笑いをしていた。
「いやあ、手品を見せたいのはやまやまなんだが……実のところ、もう手品のタネが残っていない。俺にできることは、もう何もない。そこのマルセロ様閣下将軍のおっしゃるとおり、俺はもう持てる力を使い切った後なんだ」
オケラの構えをする、奇術騎士団の団長。
その彼に、彼の立つ箱に、マルセロの兵たちはゆっくりと近づいていく。
一切油断はなかった。それこそ、爆弾が出てきても、対応できるつもりだった。
「万策尽き果てた俺にできることは、もう何もない。きゃ~~! どうしよう! こんなところに来るんじゃなかった~~!」
道化めいた振る舞いをするガイカクを、侮ることもない。
全身全霊で、この男を、この箱を排除するつもりだった。
「……この、絶体絶命の状況でもお茶らけられる、その胆力も評価しますよ」
マルセロは、もうすぐ死ぬ予定の男に、最後になるであろう言葉を贈った。
それに対して、ガイカクは応える。
「それでは、皆さん。種も仕掛けもありません……まじで、本当に、なんのタネも仕掛けもない、手品でもない……奇跡をご覧に入れましょう!」
ガイカクは、両手を高く掲げた。
「私を包囲している兵たちが、あっというまに全員消えてなくなります!」
1、2、3。
ガイカクは、数を数えた。
ちょうどそのタイミングで、マルセロ直属の兵たちが突っ込んできた。
そして同時に、ガイカクの持ってきた巨大な箱が爆発する。
やはり爆弾か、そう思っていたが……。
中から現れたのは、武装していたオーガであった。
精強な兵士たちが子供に見えるほどの、巨大な肉体を持つ女性。
間違いなく、エリートであろう。
だが、やはり驚くべきことではない。
強い味方を連れてくるなんて、当たり前のことだ。
だからこそ彼らは、そのオーガに対抗しようとした。
「お」
そのオーガは、手に持っていた金棒を振りかぶった。
「おおおおおおおおおおお!!」
裂ぱくの気合と共に、それを振り切った。
その軌道上にいたすべての兵士が、粉みじんになって消えた。
だが彼女は、それでも止まらなかった。
吠えながら、叫びながら、金棒を振り回しながら前進する。
ただそれだけで、巨大な箱を包囲していたマルセロの兵たちは消えていく。
跡形もなく、粉砕されていった。
「ああああああああああああああああああああ!!!」
従騎士にもなれるであろう、精強な兵たちが消えていく。
多大な時間、多大な予算をかけて育成された兵士たちが、何も成せぬまま死んでいく。
彼女が吼えるのを辞めた時、そこに人間の兵は残っていなかった。
「……!!」
彼女の顔は、激怒に染まっていた。
怒りと憎しみに燃え盛る、オーガの女傑。
彼女は改めて、包囲されているライナガンマと、その包囲している軍の司令官を睨んだ。
彼女の登場は、つまりこの場の空気が『平常な戦場』に戻ったことを示していた。
彼女は余りにも、まっとうな兵士であった。
彼女は、名乗らなかった。
怒っていることもそうだったが、誰も自分を止められなかった。
そんな輩に対して、名乗る名前はもっていない。
だがその彼女に変わって、彼女に続いて現れた、箱の中から出てきた者たちが紹介を行う。
それはつまり、『旗』。
刃こぼれを起こしている斧と、血まみれになっている剣を持った戦士の姿を象った旗。
それを見て、サヒアはオーガの正体を見破った。
「豪傑騎士団団長……クレス家のヘーラ……! ならばそれに続く、オーガ、オーク、リザードマンたちは……豪傑騎士団の正騎士!」
新参者である奇術騎士団と違い、豪傑騎士団は歴史ある騎士団。その団長もまた、有名人であった。
それ故に、旗を掲げれば何者なのかなどすぐにわかる。
「……私が出るべきでしたな」
ここで、グリフッドが前に出た。
相手がオーガのトップエリートならば、自分が出るしかない。
周囲に居る、他のオーガ兵達にも声をかけようとしたが……。
「な、中からまだ、誰か出てくるぞ!」
「おい、嘘だろ……別の旗を掲げてやがる……!」
兵たちの声を聴いて、固まっていた。
ガイカクの持ち込んだ箱の中から、小さな影が現れた。
しかもその影には、豪傑騎士団にも劣らぬ、精悍な女性たちが付いている。
彼女らもまた、旗を掲げている。
円形の水晶を象った、騎士団の旗。
そしてそれを背負うゴブリンなど、この世に一人しかいない。
「希少個体……エリートゴブリン、ルナ! それが率いるのは、水晶騎士団か!」
にじみ出る圧倒的な魔力ゆえか、小柄なルナは圧倒的な存在感を放っていた。
大柄な他の種族に埋もれることなく、誰もが彼女の存在を察知し、脅威と認識していた。
そして、若手二人に遅れる形で、三番目の旗が掲げられる。
とてもシンプルな、横並びの三つの星。
それを掲げるのは、もっとも由緒正しい最古の騎士団。
「三ツ星騎士団……団長、オリオン!」
ガイカクを含めて、四つの騎士団の、その団長と団旗がそろっていた。
今この場には、四つの騎士団それぞれの旗と、騎士団そのものを象徴する馬に乗った騎士の旗が掲げられている。
「……本物なの?! 手品じゃないの!?」
「見ればわかるだろう、手品ではない!! 手品なら、どれだけよかったことか……!!」
サヒアは現実逃避しかけるが、グリフッドが叱咤する。
どうしようもないほどに、目の前の現実は重厚だった。
これでは、マルセロを守り切れないかもしれない。
彼も、他の兵たちもそう覚悟をしていた。
今すぐにでも三つの騎士団が襲い掛かってくる。
そう思うと、萎縮してしまう。
だがそれを『騎士団』は裏切った。
かつん、かつん、かつん。
戦場のど真ん中で、一人分の靴音が、存在感を放った。
大勢の者達の脳が、その音をこそ拾うべきだと判断して、印象付けていた。
それを裏切らない形で、各騎士団が一様に礼をする。ガイカクですら、最大級の礼をしていた。
それは当然ながら、上位者に対する礼。貴人に対するものではなく、指揮官に対する礼であった。
その礼を見て、まだ姿が見えない靴音の主に対して、誰もが理解をしてしまった。
人も、人ではない者達も、全員の背筋が凍った。
騎士団そのものの旗を背負う女が、直属の正騎士を連れて姿を見せた。
「総騎士団長……ティストリア……」
マルセロはすっかり青ざめて、彼女の名前を呼んだ。
そのマルセロの、蚊の鳴くような声を、礼をしているガイカクは聞いていた。
(なあ坊や、たしかにこの箱に爆弾が入っていたとしても、君を殺すのが精いっぱいだ。そこのグリフッドの言うように兵が入っていたとしても、やっぱりそれが限界だ。俺は殺されて死ぬ)
ガイカクは、マルセロを軽蔑していた。
(だが逆算しようとは思わなかったか? 俺に勝算があるとしたら、あの箱に何が入っているのだろう、とは思わなかったのか?)
マルセロが成すべきことは、それこそ考えるまでもなかった。
敵が自分の前に現れたのなら、さっさと逃げるべきだったのである。
そうすれば、まだ可能性が残っていたというのに。
(心理的な要因は、能力を下げるだけ……君の言葉通りだな。坊やは勝ちを確信しすぎて、逃げるという定石を怠った)
もうこうなれば、もはやマルセロには何もない。
未来が無いのは、彼の方であった。
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