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人生で一度はやってみたかったこと、やってみたかっただけのこと

 攻城塔が四台、立て続けに倒壊した。

 加えて、マルセロ軍の食糧庫で火災が発生した。

 それはライナガンマ側からも確認できた。


 もちろん、敵が困っているのだからいいニュースである。

 だがライナガンマ軍は、混乱していた。


「何がどうなっている!! 誰がやったんだ、誰が!」


 ライナガンマ軍、司令部。

 城壁の上から確認できた情報を聞いて、本人たちも現場へ行って確認して、愕然としていた。


 司令部内では、誰が今回のことを指示したのか『責任者探し』をしていた。


「攻城塔が近づいたのは、ついさっきのことだぞ! つまり前の晩に、誰かが潜入して、細工をしたとしか思えない! 誰がそれをやれと言った!」

「誰がそんな優秀な工作員を抱えているんだ、言え、言え!」

「それに、食糧庫への火攻めもだ! アレだけの火災を起こせる火薬を、誰がどうやって持ち込んだんだ!」

「いや本当に、誰がどうやったんだ!?」


「外部の者がやったのでは……我が都市が陥落すれば、周辺の町も逃げ出さざるを得ないわけですし」

「この場に指示した者がいないのなら、そういうことだろうが……だとしても、どうやって?」


 攻城塔を破壊してもらえた、敵の食糧庫を焼いてもらった。

 非常に効果的な破壊工作だったが、定石でもある。

 どう考えても、敵はそれを警戒していたはずだ。なんなら、それ以外は無警戒だった可能性さえある。

 にも拘わらず、それを成功させていた。一体どれだけ凄腕の破壊工作員なのか。


「……特に、火薬が謎だな。食糧庫に忍び込んで火を点けることも大変だが、大量の火薬を付近に並べる方がよほど大変だと思うが」

「まったくだ……」



 一方、マルセロ軍司令部。

 マルセロは各地から集められた報告書を確認し、しばらく目を閉じた。

 敵と戦って死んだのではない、敵の罠にかかって無為に死んだのだ。

 敵の工作員の手柄になるだけで、彼らの人生は終わってしまった。


 そこのことを、彼はしばらく悔やんだ。

 その悔やみを、サヒアは感じ取る。

 彼の繊細な、人としての部分の傷に、彼女自身も揺さぶられたのだ。


「恐れながら、マルセロ閣下」


 部下が無為に死んで、悲しまない将はいらない。

 だが悲しむばかりの将もまた、いらない。


「できるだけ迅速な指示をいただきたいものですな」

「……もちろんだ」


 グリフッドの厳しい忠言に、マルセロは応じる。


「いったん、攻城兵器を下げさせなさい。敵の弓矢が届かない間合いまでね。そのうえで、各機の点検を行って欲しい。そのうえで、各地の食糧庫の警備を、より厳重に」

「以上でよろしいので?」

「ええ、問題ありません」


 智将マルセロは、極めて冷静だった。


「大都市ランナガンマを攻め落とそうというのです、この程度の抵抗は当然でしょう。どれだけ兵を防備に当てても、大軍だからこそ抜かれる時は抜かれるものですからね」


 指示した覚えのないライナガンマ側とは違って、彼はそういうこともあるだろう、とは思っていた。

 実際、凄腕の工作員が複数いれば、物理的に不可能というわけでもない(と思える)。

 そしてもっといえば、誰が何の目的でやったのかは、余りにも明らかだ。敵が、こちらを妨害するためにやったのだ。

 究明すべき謎など、一つたりともありはしない。


「……マルセロ様、大丈夫でしょうか」

「問題ありません。攻城塔も修理できますし、食糧庫も数あるうちの一つが燃やされただけ。しかもここは国境付近、自国からの補給もあります」


 おそらく、少人数の破壊工作員が死力を尽くしたのだろう。

 費用対効果からすれば、すさまじい成果であろう。

 だが、大勢を変えるには至らない。


「死亡した兵の数、戦闘不能になった兵の数は、合わせてもせいぜい百人。このライナガンマを落とすことに、何の問題もありません」


 敵の破壊工作によって、ライナガンマを陥落させるための日数が、数日遅れるかもしれない。

 だが、それだけだ。

 陥落するという未来を、変えるには至らない。


「こうした破壊工作が成功されてしまうことも含めて、城攻めには十倍の戦力が必要なのです。逆に言って、十倍の戦力差があれば、この程度の妨害工作は問題になりません」


 マルセロは、まったく焦っていなかった。

 この作戦にある程度の予定を作ってはいたが、それは一か月以上も余裕を持たせている。

 一日二日の遅延など、問題ではない。

 いや、一日二日の遅延で破綻するような計画など、彼は最初から立てないだろう。


「これだけの都市を陥落させるのです。順調に行かなくて当然、敵の妨害が成功して当然。そのうえでの計画です」


 陥落させることに支障がない以上、彼はまったく動揺が無い。


「心理的要素など、些細な変化を起こすだけ。この戦いの大勢は、既に、物理的に決している!」



 一方、ライナガンマ上空。

 唯一戦場の空に浮かぶ一号機内で、騎士団は下界の戦況を見守っていた。


 望遠鏡や双眼鏡に映る敵の流れは、一旦城壁から離れている。

 包囲を維持しつつ、点検や警戒を重点的に行う構えであった。


「やはりこうなりましたか。敵はまったく焦っていない、だから余裕をもって慎重に戦う……もちろん、敵側である我らに読まれることも想定済み。そのうえで、読まれたからなんだ、と思っている」 


 十万からなる敵軍を、自陣から一切被害を出さないまま翻弄する。

 その悦で、ガイカクは震えていた。というか、踊っていた。

 それはもう、奇妙な民族舞踊であった。


「妨害工作の目的が、マルセロ軍の攻撃をいったん止めるためだ、とマルセロ軍もわかっている。そのうえで、十万も兵がいる自分たちが、何かされるわけがないと思っている。だってまあ、実際そうですからねえ! いきなり十万の敵が現れたとか、いきなり味方が半分死んだとかじゃないですからねえ!」


 気球の中で奇妙な踊りをしながら、彼は笑っていた。


「ひゃはははははは! だが残念! 犠牲を抑えつつ、堅実に戦おうとする智将……俺の大好物! お前が定石を守る者なら、俺は定石を作る者! 判断ミスですらない、思考の死角からの攻撃、備えられるものなら備えてみろ!」


 ガイカクはフードを被ったまま、全力で負のオーラをまき散らしていた。


「いや~~、戦争しているな~~! 俺はこういう戦争がしたかったんだよな~~! あ、如何ですか、ティストリア様! 貴方様の思い描いていた戦術は、これでいっそう容易になったのでは?」

「ええ、その通りです。流石はヒクメ卿、見事な戦術眼です」

「ゲヒヒヒヒ! お褒めに与り、恐縮至極……!」


 ライナガンマは、包囲されたままではある。そのうえで、敵が攻撃の届かないところにいるため、何もできない状態になっている。

 だがそれは、打って出やすい状態と言うこと。


「さあ、皆さん! 感想をいただきたいですね! 私の部下へ、惜しみのない賞賛を!」

「……それはもちろんそうなのですが」


 ティストリアは、相変わらず平坦だった。

 だがその一方で、他の騎士たちはまた別のことを気にしていた。

 代表して、ウェズン卿が感想を述べる。


「……上空から気球で、望遠鏡や双眼鏡で戦場を俯瞰するのは、その……とても良いですな」

「そこですか……え、そこですか? いやまあ、それはそれでそうかもしれませんが……気球ぐらい、誰でも作れるでしょう?」

「それはそうですが、ここまでいいポジションに移動できないでしょう」


 一目瞭然という言葉が、まさにぴったりだった。

 敵がガイカクの言うように動いていることは事実だが、それ以上に実際に見られるというのが大きい。

 今回は比較的単純な攻城戦なので意味合いは薄いが、もしも高度な読み合いをする野戦だったならば……。


「ん~~……おっしゃりたいことは想像がつきますが、これは『こんな戦場で気球を飛ばしているわけがない』という思い込みがあるからでしょう。今回の武勲が世に知られれば、逆にちょっと空を確認するだけで、こっちを認識されかねません。そのまま魔術で撃墜されるでしょうな」

「それは……まあ、そうですが」

「私が敵なら、それこそ破壊工作員に離着陸の時を狙わせますよ」


 妙に白けた顔になって、冷淡なことを言うガイカク。

 彼はやはり、新兵器が『新兵器』に過ぎないと理解している。


 初めて実戦投入したから敵が対応してこないだけで、次からはむしろもっとも警戒され、必要以上の攻撃をされるとわかっていたのだ。


「そんな先の話より、今の任務に臨むとしましょう」


 ここでガイカクは、語気を検めた。

 その雰囲気で、騎士たちも顔色を変える。


「いよいよ、奇術騎士団の手品も、タネが尽きます。次の一手で、皆さんを戦場に送り届けて……そこから先、我らにできることは一つもありません」


 ガイカクは、あくまでも現実を見ていた。

 そもそも自分達だけで戦局を変えられるのなら、最初の段階で話を引き受けていただろう。


「十分です。貴方達奇術騎士団は、想定をはるかに超える役目を果たしてくれました。総騎士団長として、感謝を」


 ティストリアに合わせて、他の騎士たちもガイカクに、そして動力騎兵や夜間偵察兵に礼をする。


「ありがとうございます。では……」

「あ、あの!」


 ここで、弁えもせず、夜間偵察兵の一人がガイカクに寄った。


「御殿様、後部に搭載した……アレを使う気ですか?」

「もちろんだ、アレを使わなければ、敵の中枢に騎士を送り届けられない」

「……危険です」


 その言葉の意味を騎士たちは測りかねた。

 だがガイカクには、もちろんわかっている。


「そうだな。だがな、俺は……三号機の奴らに、危険な爆弾を大量に持たせて、揺れる気球で移動させた。その俺が、危ないからやめる、なんてのは許されないだろう」

「それは、そうですが……」

「それに、アレは俺以外に操縦できない。だから俺が行く、そういうことだ」


 その言葉を聞いて、オリオンは察した。

 つまりこの場の騎士たちを下へ送り届ける任務は、ガイカク自身がやるのだと。

 あらゆる魔導に精通しているこの男は、その命を惜しげもなく最前線に投じようとしている。


(エルフの評議会が聞けば、どう思うか……いや、今更だな)


 夜間偵察兵は、騎士たちに頭を下げる。

 それを終えると、彼女は後方に走っていった。


「……それでは皆さん、後方へ! 一号機に搭載している、強行着陸用車両『タラクサクム』へご搭乗願います! 座席に名前を書いてありますので、その通りに座り、体をベルトでしっかりと固定してください!」


 正騎士、騎士団長たちは、いよいよ出番が来たと動き出す。

 今までただ驚くばかりだった彼らは、迅速に、いままで立ち入ることが許されなかった後方へ向かう。

 そこには、ライヴスにも似た巨大な車があった。

 だが大きく違うのは、車輪が無く、そのかわりに『ソリ』が付いていることだろう。

 そのそりが、まるで跳び箱の踏切板のような形をしており、ショックを吸収するためのものであると察しはつく。


(なるほど。ある程度高度を落として、これを投下する形か)


 いくら何でも、敵陣のど真ん中にこの気球を下ろすことはできまい。

 止まってしまったら、それこそいい的である。

 だからこそ、移動しながら、強行してこれを投下するのだろう。


 それを肯定するように、『タラクサクム』の内部にある座席は、かなり頑丈に作られていた。

 そのうえ、椅子の柱にはバネが仕込まれており、極力座っている者を保護しようという努力が感じられる。

 特にゴブリンであるルナ用の座席は、これでもか、と衝撃緩衝材がぎっちりとした、チャイルドシートのようになっていた。


 それぞれの席に座った騎士たちは、体をしっかりとベルトで固定する。

 もはやガイカクへの疑いはない、この男の力は理解している。

 この男を信じて、この男に命を預けていた。


「よおし、全員座りましたね! それでは……おい、後方の扉を開け!」

「はい、御殿様!」

「それじゃあ、行ってくる!」

「はい! お気をつけて!」

「ご武運を祈っています! どうか、ご無事で!」


 運転席に座っているガイカクと、タラクサクムの外にいる夜間偵察兵隊との会話を聞いて、騎士たちは『ん?』となった。

 一応言っておくが、気球はまだ何百メートルも上空にある。

 にもかかわらず、なぜ今いきなり後方の扉を開けるというのか。

 そしてまるで、今からこの車体を投下するようなことを言うのか。


 その疑問を口にするより先に、タラクサクムの車体が、大きく後ろへ傾き始めた。

 正しく言うと、この動力付き気球ドラゴンフライ一号機の、その機体そのものが後ろに傾き始めたのである。


 先ほど攻城塔が傾いたのと同じ理屈で、重武装していた一団が、一気に後方へ動いたので、機体の重心が後ろに傾いたのである。

 その上、後ろの扉が開いているのなら……。


「お、おお……」


 ずず、ずずず……と。

 タラクサクムは、後ろに向かって滑っていく。

 そして、そのままドラゴンフライから落っこちた。


「おおおああああああああ!」

「ぎゃあああああああああ!」


「はははははは!」


 いきなり上空数百メートルから落っこちて、絶叫する騎士たち。

 その声を聴いて、ガイカクは爆笑する。


「いやあ、驚かせてすみません。でも大丈夫、これならすぐ地上に着きますから!」


 大いに笑いながら、ガイカクは愉快そうにお詫びをしていた。

 もちろん、全然誠意が感じられない。


『御殿様、後部に搭載した……アレを使う気ですか?』

『もちろんだ、アレを使わなければ、敵の中枢に騎士を送り届けられない』

『……危険です』


 さっきの問答は、こういう意味だったのか。

 確かにこれは、とても危険だった。


「ヒクメ卿。このままでは地面に激突して、全滅は必至でしょう。何か対策はあるのですか?」


 なお、ティストリアはこの状況でも平然としていた。

 彼女は落下のさなかでも、人間味を感じさせなかった。


「もちろんです、ご安心ください! 落下傘、展開!」


 やはり楽しそうなガイカクは、運転席天井に着いていたレバーを引っ張る。

 すると、タラクサクムの天井部分、屋根の外側部分が勢いよく解放されていた。

 そして、そのなかに収まっていた巨大な布……特大のパラグライダーが展開された。


「ん、おおおおお!?」


 その展開と同時に、騎士たちの体は下側から押し上げられるかのような圧力を受けた。

 それが収まると再び落下を味わうが、それが明らかにゆっくりとなっており、さらに前進している感覚も覚える。


「ヒクメ卿、説明をしていただけますか?」

「現在このタラクサクムは、落下傘を使って……タンポポの綿毛のような原理で、空中を移動しています。とはいえ、滑空しているだけなので、上昇も後退もできませんが……前進と左右への方向転換は可能です」



 巨大な車体の重量を支えられるだけの、巨大な落下傘。

 それと車体をつなげる、頑丈なケーブル。

 どれもガイカクの作った、珠玉の品である。


「これでこのまま、敵陣に突っ込みます。ただ着陸は本当に荒っぽいので、御覚悟のほどをお願いしますね」

「承知しました」


 だがそれでも、強行着陸であることに変わりはない。

 それこそ飛行機の胴体着陸より荒っぽい、危険極まる凶行(・・)着陸であろう。


「それじゃあいくぞおおおお! ひゃははははは! 戦争しているなあ! 最高に戦争だな!」


 科学者的な意味で血の気の多い男、ガイカク。

 彼は大笑いしながら、運転席のかじを切る。

 パラグライダーを操作して、十万からなる敵軍の、その中枢に突撃を仕掛けていた。

 もう誰も、この男に突っ込みを入れる余裕はない。


「皆さん、聞いた通りです。気を付けてくださいね」


 もちろん、ティストリアに対しても、であった。



 一方で、マルセロ軍、司令部。

 ライナガンマを見る、軍のど真ん中。

 多くの部隊に守られた、ある意味ではライナガンマよりも安全な場所。

 ある人は『人は城、人は石垣、人は堀』というのなら、多くの兵に守られたここは城の中枢以上に安全だった。


 だがしかし、その城や石垣、堀を飛び越えて滑空してくる物体があった。

 巨大な落下傘を広げて、一直線に向かっている巨大車両。

 その大きな影に、マルセロの側近たちも気付く。


「な、なんだ、なんだアレは?!」

「なんでもいい、なんでもいいから逃げろおおお!」


 もはや隕石が降ってきたような騒ぎである。

 いきなりライナガンマの反対側から、馬車の荷台のようなものが滑空して来たら、驚かない者はいない。

 流石のマルセロも、その側近たちも、精強なる護衛兵たちも、誰もがその車両を左右に避けていく。

 そしてただ滑空していただけだった車両……タラクサクムはやがて接地した。

 下面がバネ付きのソリとなっているタラクサクムは、小さくバウンドしながら、本陣近くの地面を移動する。

 だがそれも、やがて滑っていくことになり、本陣の大きなテントに激突することで停止していた。


「な、なんだ……?」


 マルセロもサヒアもグリフッドも、本当に何が何だかわからなかった。

 まったく未知のものが自陣に飛び込んできたので、どう対応していいのかわからない。


「だ、だだだだだだだだ、だだだだだだ、だ、だ、だ!」


 そう思っていると、車内から声が聞こえてきた。

 これは、口でドラムロールのようなことをやっているようである。


「じゃじゃ~~ん!」


 運転席の上に、ハッチがあった。

 それを開いて、中から人が飛び出してくる。


「遠からん者は音に聞け、近くば寄って目にも見よ!」


 ノリノリで見栄を切るのは、怪しいフードの男。

 ダンス大会で最後の〆に入ったかのような高揚感で、彼の周囲には星が輝いているようにも見える。


「我こそはティストリア様の忠実なる部下! 奇術騎士団団長、ガイカク・ヒクメ!」


 ここで、車両から奇術騎士団の、ポップな旗が飛び出してくる。



「参上、仕り候!」



 実に、堂々たる名乗りであった。

 名誉ある一番槍を成し遂げた彼は、満面の笑みを浮かべている。


 彼は戦場で正しい作法を踏んでいるだけなのだが、それを見る誰もが理解に苦しんでいた。

 否、もはや理解を放棄しかけていた。


 天才とは、こういうものなのかもしれない。

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