空中給油
総騎士団長直下、奇術騎士団、三ツ星騎士団、水晶騎士団、豪傑騎士団を乗せた空の旅。
その中で、ある程度の軍議は済んだ。
前情報が無さすぎるので、現地についてから本格的な作戦を立てることとなった。
こうなれば、奇術騎士団はやることが無い。
ただ一日の、空の旅。
それこそ英気を養うだけでいいのだが……。
「で、飯は」
「おい」
他に考えることが無いからなのか、ヘーラは質問をしてきた。
いい加減、ガイカクもキレ気味である。他に話すことはないのか、と言いたいらしい。
「ううむ……そのなんだ、ヒクメ卿。私も気になっていたのだが、この気球のどこに食料を積んでいるのだ?」
オリオン卿は、わずかに論点をずらすことで解決を図った。
これなら、そこまでおかしな質問ではない。
「外観は確認したが、前はここ、中が先ほどまでいた場所。であれば、後部にあるのかな?」
「なんだよ、後ろにあるのかよ。じゃあ取りに行くわ」
話題をそらそうとしたら、とんでもない方向に飛んだ。
ヘーラがこの前部から後ろに行こうとしたところで……。
「いや、この船にそんなものは積んでない」
「は?」
「はあああ!?」
「この船に何人乗っていると思ってるんだ、そんなものを積むスペースも、重量の余裕もない」
オーガたちのようなフィジカルエリートも大勢乗っている。その上全員が、重量級の武装をしている。
これに食料まで積むとなれば、たしかに気球が浮くかも怪しい。
「じゃあ明日の昼まで飯抜きかよ! それで戦えってのかよ!!」
「いやまあ……そこまで非現実的でもないが……ライナガンマにも、食料の備蓄ぐらいあるだろうし……」
怒るヘーラであるし、実際怒ってしかるべき対応だった。
オリオンもどうかと思わないでもないが、状況的にそこまで異常でもない。
とはいえ、動力付き気球に乗って、さっそうと登場したのに『昨日から飯を食ってません、飯ください』というのは、格好が悪いなんてもんではない。
「一号機には積んでない、四号機に積んである」
ガイカクはそう言って、編隊飛行をしている気球の一つを指さした。
「あの四号機には食料を積んでいる。ウチの工兵隊が食事の準備をしていて、昼頃になったら出来上がるはずだ」
「なんだよ、最初からそう言えよ~~……」
「いやまったくだな、もったいぶらないでほしい。とはいえ……まさか一旦降りてから運ぶのか?」
飲まず食わずで現地に向かう、という事態は避けることができた。
しかし他の気球で作っているとなると、一旦降りて合流することになってしまう。
まさか、空中で投げてよこすわけでもあるまい。
「ああ、それも大丈夫です。ちょいと仕掛けがあるんで」
※
ちょうど、昼頃。
四号機。揺れる気球の中で調理をしていたゴブリンたち。
彼女らはガイカクから指示されたとおりに、備蓄食料を調理していた。
それが出来上がったため、協力して気球の出入り口へ運んでいく。
「動力騎兵ちゃ~~ん。ごはん運ぶから、高度あげて~~」
「おう、わかった! まずは一号機だな~~! ストーブにちょいと燃料入れろ! 高度を上げるぞ~~!」
操縦部にいる、四号機のドワーフたち。
彼女らはストーブに燃料を追加して、高度を少しばかり上げた。
とはいっても、一メートルか二メートル程度である。
その高さにしたうえで、一号機とできるだけ接近し、なおかつ速度を完全に同期させていた。
横並びになったうえで、四号機が高くなっている状態である。
「旦那様~~!」
「おう、いいぞ~~!」
その状態で、四号機の右側出入り口から、ゴブリンが声をかけた。
下側の一号機に乗っているガイカクは、左側……つまり四号機側から返事をする。
「それ~~!」
ゴブリンは、食事の入った鍋を投げた……わけがない。
彼女たちは、頑丈そうなロープをだらーんと、下に投げたのである。
なおそのロープのもう一方の端は、四号機内部の柱に固定してある。
「さってと……」
折り畳み式の、フック付きの棒。
それを構えたガイカクは、それを気球の外に伸ばしていった。
そのまま垂れ下がったロープを回収して、一号機内部の柱に引っ掛ける。
「固定できたぞ、やってくれ」
「は~~い!」
ここでようやく、渡されたロープに、料理の入った大きな鍵付きの箱がフックで引っ掛けられる。
その鍵付きの箱そのものにも少し細いロープが付いており、一気に落ちないよう調整しながら下に下ろしていく。
そうすれば、おのずと一号機に着く流れとなるのだ。
「よし、中身は全部出した。回収してくれ~~」
「は~~い!」
そしてガイカクが中身を全部出すと、ゴブリンたちは細いロープを引っ張って箱を回収していったのだった。
もちろんそれが済むと、一号機と四号機をつないでいたロープも外して、四号機に返すのである。
「それじゃあ皆さんに配りますね~~」
「なんかすごい愉快だったね! 私もやっていい?」
「遊びじゃないんだが……」
風とほぼ同じ速さで飛ぶ気球だからこその芸当だろう。
すさまじいほどのローテクによって、ガイカクたちの一号機に料理が届いていた。
なお、ルナは今のを見てちょっと興奮気味である。
「……おい、ガイカク。お前に確認だが、まさかお菓子みたいなもんじゃねえだろうなあ。ルナの奴、お前のところでお菓子がおいしかったとしか言わねえから、まさか……」
「少なくとも、オーガにそれは食わせねえよ」
「ならいい。俺はルナのところのポイペーと違って、甘いもんは大嫌いなんだ」
「そりゃあ硬派なことで……」
ガイカクは調理された備蓄食料の一つを、とりあえずヘーラに渡していた。
「ほら、ステーキソーセージだ」
「……肉だからいいけどよ、もったいぶってソーセージ一本ってお前」
「文句言うなら食うなよ」
「わかってるって……」
ガイカクがヘーラに渡したのは、かなり太く長いソーセージであった。
もちろん加熱してあり、かなり香ばしい匂いがしている。
行軍中の食事に文句を言うほど、彼女もバカではない。
肉であるということもあって、文句を言わずに食べた。
そして、その瞬間、目を丸くする。
「うぉ?! に、肉汁がブシャっと……すげえ旨いぞ、こんなソーセージ、初めてだ!」
「そりゃあよかったな、じゃあもう黙ってろ」
「おかわりは」
「ねえよ! あるわけねえだろ!! あるにはあるけども、お前の部下とかのだよ!」
ガイカクは料理自体は、並の腕前である。
だが魔導技術への理解が深いことに加えて、単純に美味な食材そのものを多く所有している。
食べやすく、ゴミが出ず、満腹感を得やすく、各種族に合わせた栄養バランスの良い食事を準備できるのだ。
なので、もっと食べたくなるのだった。
「私のは、私のは?」
「ああ、はいはい……こちら、握りプリンですよ」
ゴブリンであるルナに渡したのは、 握り飯、オニギリのような形をしているプリンであった。
おにぎりの形をしているのは持ちやすく、箸やフォークが無くても食べられるようにするためである。
またその形を保つために固くなっているが、それでもゴブリンがちゃんと噛める固さであった。
「ん! ちょっと固いけど、プリンだ!」
「栄養バランスはいいので、安心してください」
「おかわり!」
「さっきの話聞いてたか?」
大急ぎで出発したので、本当に準備が不十分で、余裕がなかった。
なので今日の晩飯、明日の朝飯、昼飯分しかない。
まあ仮にあったとしても、部下以外からの、もっとちょうだい、に応えるほど寛容ではないのだが。
「はあ……遅くなって申し訳ありません、ティストリア様。こちら人間用の食料……キャンプパンになっております。野菜などを色々混ぜたパン、と思っていただければ……」
「食事を配給する順番も、貴方の裁量。気にすることはありません」
「そう言っていただけると幸いです」
最高指揮官なのに、食事を後回しにされたティストリア。
彼女はキャンプパンと呼ばれた、野菜の粉末を練り込まれたパンを食べる。
ぎっしりと詰まった、硬いパン。それは野菜の味を感じさせるものであった。
「お味の方は?」
「一般的な軍の糧食よりも、各段に美味しいですね」
「そう言っていただけると、私も幸いです」
さて、こうなると残ったのはオリオンである。
「すみません、オリオン卿。最後になってしまいました」
「何をおっしゃる、貴殿こそ最後ではありませんか。そんなことはおっしゃらないでください」
「あの二人を後回しにしたかったんですがね」
「そんなことはおっしゃらないでください」
この状況で、角が立ちそうなことを言わないでくれ。
オリオンは、割と切実であった。
「こちら、ハードミートボーです。獣人用の携帯食料なので、歯ごたえを大事にしているのですが、私の部下用なので少し柔らかいかもしれません」
「……いえいえ、なかなか旨いですよ。私もおかわりを要求したくなるほどです」
「それで我慢していただければ……では私は、このまま真ん中の、正騎士の方へ配りますので……」
かくてガイカクは、真ん中の控室にいる騎士たちへ、食事を配りに行った。
何分壁がそんなに厚くないので、騎士団長たちの声はばっちり聞こえている。
ガイカクの用意していた食事がおいしいと聞いて、誰もが期待をしているようだった。
「ん! 確かにこれは美味しい! もっと欲しくなるかも!」
「コレ、ウチの騎士団でも採用されねえかなあ……」
「他の種族用のも食ってみてええな……いや、半分でも渡したくねえしなあ……」
人間、オーガ、獣人。
彼らは騎士団長と変わらない感想を述べて、実にうまそうに食べている。
ただこの手の携帯食料の宿命として、体積が小さいことが問題であった。
もっとどっさり食べたい、という欲求だけが、彼ら彼女らを困らせている様子である。
「ダークエルフのお二人には、こちらとなっております」
三ツ星騎士団、水晶騎士団の正騎士には、ダークエルフも在籍している。
この二人の分は、当然ながらダークエルフ専用の食事であった。
「ささみの燻製です。なんの木を使っているかは、聞かないでください」
「では言わないでいただきたいのだが……」
「ささみの方は、大丈夫なのかしら……」
ダークエルフたちは、脂身を嫌う。
現在部屋の中に充満している脂の匂いで、食欲を失っているほどだった。
だが差し出されたササミの燻製は、ダークエルフの食欲に訴える匂いを発している。
だからこそ不安になるが……まあ大丈夫だろうと判断して、口にする。
「……大変美味しい。コレの作り方を聞きたいほどだな」
「そうですね、ぜひ」
「違法なものを、ふんだんに使用しております」
口にして出た言葉は、やはりもっと食べたい、であった。
一体どんなチップを使って、この燻製を作ったのだろう。
違法品らしいので調べやすいかもしれないが、手に入れるのは困難だと思われる。
「あ~~、ごほん。わ、私たちの分はまだかな?」
そんなことを話していると、三ツ星騎士団のケンタウロス、豪傑騎士団のオークとリザードマン、そして水晶騎士団のリザードマンが質問をしてきた。
順番なのでしかたないが、彼ら彼女らだけまだである。
「~~……」
そんな彼らに対して、ガイカクは申し訳なさそうにしていた。
「大変申し上げにくいのですが、奇術騎士団に、ケンタウロス、オーク、リザードマンは在籍しておりません。なので、それぞれの種族用の携帯食料の準備がなく……」
「え~~?!」
奇術騎士団は、全騎士団の中でも一番多くの種族が在籍している騎士団である。
だがそれでも、ケンタウロス、オーク、リザードマンは在籍していなかった。
なので、それぞれの種族専用の携帯食料、というものを用意できなかった。
「時間さえいただければ作れたのですが……くっ!」
「じゃあないのか?!」
「ええ~!?」
「申し訳ないのですが、代用品を配らせていただきます」
そう言って、まずはオークにゼラチン状のものを渡した。
「こちら、『獣肉入りの煮凝り』です。コレは元々ドワーフ用なのですが、オークにとってもそこまで悪いものではありませんので……」
「ん……いや、うめえ。アンタんところのドワーフは、全員これくってんのか? やべえな……ドワーフになるかな」
「どうすりゃなれるかな……ひげ伸ばしてみるか」
「なにを言ってんだアンタたち……」
超特濃の肉汁のゼリーに肉を入れている。
煮凝り自体はよくある料理だが、ドワーフ用ということでかなり脂が多い。
それをオークは、実に美味しそうに食べていた。
「リザードマンには、ハードミートボーを。獣人用ですが、問題ないと思います」
「ん……ん~~……旨いけども、獣人用ってのは、たしかに残念だ……今度の機会があれば、リザードマン用でコレ作ってくれ」
「あ、いや……リザードマンには、また別のがあります」
「じゃあそれも作ってくれ」
「おい……」
「私からもお願いしていいかしら~~?」
「おい!」
リザードマンには、獣人と同じものを。
本来リザードマンは、獣人と比べて顎や歯が少し弱い。
だが最低値の女性用であったため、おいしく食べられた様子である。
なお、これを言うと『顎が弱い奴用のをよこしただと~~!?』となる。
「それでケンタウロスなのですが……本当に、申し訳ないのですが……キャロットケーキの常食用で……」
「……食べなれた味ですな」
なお、ケンタウロスは、他の種族と食性がかなり異なるため、本当に一般的なものしか用意できなかったものだった。
彼がものすごくがっかりしていたのは、言うまでもない。
全員に配り終えて、前にも戻るガイカク。
さあ働いているドワーフたちにも、順番で食事をさせようと思っていたところで……。
「おいガイカク、お前がこの料理の作り方を考えてるんだよな?」
「……うんまあ」
またも、ヘーラから絡まれた。
「それってアレだよな、栄養士だよな」
「……そうだな、それは合ってる」
ようやく的を射たことを言う、ヘーラ。
これにはガイカクも、全面的に賛同する。
実際ガイカクは、奇術騎士団の栄養士という役目も果たしているのだ。
「豪傑騎士団に取り立ててやろうか?」
「俺は騎士団長なんだけども!?」
同格の騎士団長に対して、部下にしてやろうかというヘーラ。
もう何度目かわからないが、怒るガイカクであった。
総騎士団長、および直属正騎士 人間六人。
三ツ星騎士団 獣人二人、ダークエルフ、オーガ、ケンタウロス。
水晶騎士団 ゴブリン、ダークエルフ、リザードマン、オーガ、獣人。
豪傑騎士団 オーガ三人、オーク二人、リザードマン二人。