前へ次へ
60/118

旅立ちの空にて

 総騎士団長指揮のもと、三ツ星騎士団、豪傑騎士団、水晶騎士団、そして奇術騎士団の共同作戦が始まろうとしていた。

 しめて五つの騎士団が力を合わせて戦うという、とんでもない大戦争。

 しかし大都市ライナガンマが陥落寸前となれば、当然の対応と言えるだろう。


 その成否を握るのは、言うまでもなく奇術騎士団であった。

 彼らが役割を仕損じれば、それこそ現場に到着することもままならない。


 奇術騎士団本部に戻ったガイカクは、極めて真剣な表情で構成員を全員集めていた。


「ということで……各騎士団の正騎士、騎士団長を乗せて、ライナガンマに向かうこととなった。出発は明朝、それまでに準備するぞ!」


 ガイカクは、いわゆる現場監督でもある。

 彼は仕事を割り振ろうとしたのだが……。


「団長! それでは私たちもその作戦に参加するんですね! こ、これは……たまらない!」

「親分! 今度こそ、パレードですよ、祝勝ですよ! やってやりましょう!」


 盛り上がっている、歩兵隊(にんげん)重歩兵隊(オーガ)

 割と好戦的な彼女らは、この一大事に士気を燃やしているのだが……。


「お前らは居残り組だぞ」

「え? だ、団長……私達、主力ですよね?」

「親分、私たちが最強の兵力じゃないですか!」

「今回は気球で移動だからな、人数の限界がある」


 そう言って、改めて、完成したばかりの四台の気球を見る。


「お前たちも知っての通り、今回製造した気球は四台。その内、人を輸送できるのは一台だけだ。他のはもう、装備を乗せてあるからな……」


 今回の気球は、かなりの大型である。

 正騎士、騎士団長だけではなく、奇術騎士団を全員輸送できそうではあるが……。

 人を運ぶ用の気球が一台しかない、という問題があった。


「朝までに外す、というのは現実味がない。アレはあのまま乗せていく。それに……」

「籠城戦の手助けなら、アレがいる。だろ、棟梁」

「そういうことだ」


 ガイカクはここで、論理の趣旨を変えた。


「各気球に、五人ずつ動力騎兵と夜間偵察兵を配置する。もちろん、気球を操縦するためだ」

「おう!」

「はい!」

「動力騎兵は、各機構を点検した後、明日に備えて寝ろ! 気分が高ぶっているだろうから、睡眠導入用の薬草湯を飲んでおけ! 夜間偵察兵は最終チェック係だ、他の奴らは集中力が落ちる時間帯になるから、お前達に最終確認を任せる!」


 まずどこに誰を配置するのかを話したうえで、出発までに何をするのかを話し始めたのである。


「二号機には、砲兵隊(エルフ)二十人を全員配置!」

「はい」

「出発までに、各機の心臓(エンジン)の点検をしておけ! 予備用の心臓も二号機に乗せる、全部動かせるようにしておけよ!」


「三号機には、高機動擲弾兵(じゅうじん)二十人を全員配置!」

「はい、族長!」

「前回から補充しなおした備蓄を、全部のせておけ! 爆発しないように、細心の注意を払えよ!」


「四号機には、工兵隊(ゴブリン)二十人を!」

「はい、旦那様! 頑張ります!」

「よし、いい子だ。それじゃあ保存用の食糧を運んでおいてくれ。その後はゆっくり寝ていいぞ」


 連れていく面々に指示をした後で、ガイカクは歩兵隊(にんげん)たちに向き直った。


「お前たちは、居残り組だ」

「はい……団長」

「俺達がいない間に何かあれば……他の騎士団の従騎士と連携してくれ」


 留守を任せる、仕事を任せる。

 ガイカクは、歩兵隊に信を置いていた。


「前の戦場でもそうだったが、お前たちは俺の魔導兵器がなくとも、他の騎士団の従騎士と肩を並べて戦えるだけの力がある。今回も、できるはずだ」

「……はい! 後のことは、お任せください!」


 そして、最後の部隊、オーガたちへ話しかける。


「重歩兵隊……」

「親分!」

「明日の朝までに、燃料や栄養液の移動よろしく!」

「……頑張ります」


 かくて、奇術騎士団は無茶な発進スケジュールに合わせて、夜を通しての突貫作業が始まった。

 もしもここでほころびが起きれば作戦は破綻し、最悪正騎士や騎士団長全員が無為に死ぬ。

 彼女らはそれを理解したうえで、大急ぎでの作業に没頭するのであった。


「なあ棟梁。この大仕事、上手くいくと思うか?」

「……今回ほどの大戦争だと、俺達以外の要素が大きい。だがだからこそ、俺達は最善を尽くし、俺達が原因で破綻しないようにする」

「……だな」



 朝日登りゆくなか、奇術騎士団本部の前に、整然とならぶ騎士団の姿があった。

 豪傑騎士団、三ツ星騎士団、水晶騎士団、奇術騎士団。そして、総騎士団長直下の騎士団であった。

 さらに加えて、軍部の首脳も集まっている。


 本来なら、従騎士たちも同行するべきであろう。

 少なくとも、この場に並ぶ従騎士たちは、誰もが悔しがっている。

 国家存亡にかかわる戦争に、馳せ参じることもできないことを悔やんでいる。


 彼ら彼女らは、あくまでも見送りなのだ。


「……総騎士団長、ティストリア。君の率いる騎士団(・・・)に、すべてを賭ける」

「お任せください」


 軍のトップから、騎士団のトップへの、短い激励。

 これは状況がそれだけ切迫している証拠であると同時に、これから起きる異様な状況に興奮を禁じ得ないからであろう。


「それでは、ヒクメ卿。お願いします」

「ゲヒヒ……ティストリア様、お任せを。それでは皆様……どうぞ、この一号機へ」


 国家が誇る精鋭無比の強者たちが、動力付き気球へと乗り込んでいく。

 彼らが入った入り口は、内側から堅く施錠された。

 そして、だんだんと『機体』の上部が膨らんでいく。

 樹脂製の風船が、熱されて膨らんでいくのだ。


「全機、全ストーブ点火! 全心臓(エンジン)、定格手順で回転開始!」


 あくまでもゆったりと、しかし確実に……。

 動力付き気球は、浮上を開始する。


 わかっていたことではあったが、見上げていると驚嘆する。

 いや、気球が浮かぶ、それはわかるのだ。

 異様なのは……前進しているということ。


「全機、一号機に続け! 目標、大都市ライナガンマ! 友軍の救援に向かう!」


 兵力の、空輸。

 まさに画期的な、否、物理的な限界を超越したかのような光景を、従騎士や軍のトップたちは見上げる。


「改めて……すさまじい手品だな」

「手品も、手品……大手品です」


 この大仕掛けに、すべてを賭ける。

 彼らは四機の気球が見えなくなるまで、見送ったのだった。



 ガイカクの製作した大型気球は、縦長の三層構造になっている。

 前部には機関部、および操縦するための『本体』が詰まっており、後方には搭載されている兵器が乗せられている。

 そのうえで、真ん中には兵員が待機するスペースがあるのだが……。


(わかり切ってはいたが……狭い)


 総騎士団長直下の、人間だけのメンバーはまだいい方だ。

 だが豪傑騎士団はオーガ三人、オーク二人、リザードマン二人という大柄ぞろいであるため、おおいにスペースを圧迫していた。

 その上、全員が興奮状態にあるため、圧迫感がすごかった。

 仮に、この場に子供がいれば、彼らを見るだけで泣いてしまうだろう。


 だが無理もない、友軍へ救援に向かう最中なのである。

 焦っていても、当然と言えるだろう。


「……ティストリア様、狭く苦しくありませんか? ヒクメ卿に依頼して、もう少し広いスペースに移動させてもらいましょうか」


 この場では唯一のベテラン団長であるオリオンが、ティストリアに気を使った。

 それに対して彼女は、相変わらず平然と答える。


「軍用の船に、何度か乗ったことがあります。その時の狭さに比べれば、大したことではありません。それよりも、今はヒクメ卿の邪魔をするべきではないでしょう」

「その通りだぜ、オリオン卿よう……」


 中部分にも、外を見るための窓がいくつかついている。

 豪傑騎士団団長たるヘーラは、そこからずっと外を見ていた。


「結構揺れてるし、外を見ているとそんなに早く進んでいるように見えねえが……気付けば、いいペースで進んでやがる。あのヤロウ、いい仕事しやがるぜ」

「……そうだな。昨日のタイミングで無理に出ても、今頃この気球を見上げて、臍を噛むことになっただろう」


 空を飛んでいるため、速度を感じるには地面を見るしかない。

 しかしそこそこの高度で飛んでいるため、地面が遠く、あまり速く進んでいるように思えない。

 だが、見上げている雲が、止まっているように見えて猛スピードで動いているように……。

 この動力付き気球も、陸路とは比較にならない速さを発揮していた。


 これは、気球が根本的に軽い、という理由が挙げられる。

 追い風を得ることができれば、それこそ風のような速さで進めるのだ。


(こう言ったらなんだけど……この揺れがワクワクを誘うよね)

(聞こえるように言ったらダメよ、それ……)

(マジでぶっ殺されるわよ……落とされて……)


 初体験の、空の旅。

 水晶騎士団の面々は、浮かれてはいけないとわかったうえで、ついつい盛り上がってしまっていた。


 さて、そんな状況の中で、前部からドワーフが現れた。


「すんません。騎士団長だけ、こっちに来てくれませんか? 棟梁が……騎士団長が呼んでるんで」

「わかりました、すぐに向かいます」


 まさにティストリアが言ったような、ガイカクからの呼び出し。

 それに応じて、ティストリア、オリオン、ヘーラ、ルナは前部へと向かう。

 もちろん、他の騎士をかき分けるように、であった。


「失礼しま~~す……きゃあああ?!」


 機関部でもある前方に来たルナは、思わず絶叫していた。

 無理もあるまい、透明な容器に突っ込まれている心臓が、どっこんどっこんと動いていたのだから。

 機関部の、文字通りの心臓を見て、彼女が悲鳴を上げても不思議ではない。


「る、ルナ!? 今なんか、悲鳴が……!?」

「大丈夫なの?!」

「な、なんか、なんかどっこんどっこん言ってる!」

「なにそれ?!」

「ちょ、ちょっと、私たちもそっちに行く?!」


 自分たちの団長が悲鳴を上げたので、おもわず自分たちも突入しようとする水晶騎士団。

 しかしそれを止めたのは……。


「うるせえ! ちょっと奇抜なもんを見ただけだ、来なくていい!」


 豪傑騎士団の、ヘーラであった。

 豪胆を地で行く彼女は、まったくうろたえていなかった。


「お前もお前だ、ルナ! 黙ってろ!」

「ヘーラの言う通りです。あまり騒がないように」

「……はい」

(イヤ、これは驚くと思うが……)


 ルナが驚いたことに、オリオンだけは同情的である。

 彼も正直驚いていたので、声を出した彼女を咎められなかった。


「驚かせてしまって申し訳ありません、ルナ卿。しかし他に、会議のできる場所もないので、ここで会議をさせていただきたく」


 四人が落ち着いたところで、ガイカクが改めて声をかけた。

 フードを被っておらず、ふざけた様子は見せていない。

 彼にとっても、緊張している状況と言うことだろう。


「それで……」

「細かいことはいい。それで、何時着くんだ」

「……」


 誰よりも気が急いているヘーラ。

 説明を中断させられて、ガイカクは苛立ちそうになるが……。


「ヒクメ卿。彼女の言い分も、間違ってはいません。この気球は、いつ戦場に着きますか」


 ティストリアからの言葉に、理解を示していた。


「まあそうですね……風次第ではありますが、明日の昼頃には……」

「走っていくよりは断然早いが……それでも、今日中は無理か」


 悔しそうにするヘーラ。

 今この瞬間も、ライナガンマが孤軍奮闘していることを思うと、胸が張り裂けそうである。

 これならいっそ、走っていた方が気がまぎれたかもしれない。


「ヘーラ卿の言う通り、陸路より圧倒的に速い。それはとても助かっている。私が言うことではないかもしれないが、無理をせず、確実に到着するようにしてくれ」

「そう言ってもらえると、こっちも気が楽ですよ」


 ややストレスを貯めていそうなガイカクへ、労いの言葉を贈るオリオン。

 その気遣いに、ガイカクは少し気を緩めていた。


「じゃあしょうがねえな……で、飯は?」

「あそうだ! ご飯は?!」


 だが、いきなりストレスが跳ね上がっていた。

 若手騎士団長二人からの、率直な要求であった。

 

「軍議は?!」

「明日到着するんなら、後でいいだろ。それより飯だろ」

「ごはんごはん! いや~~、昨日は緊張してご飯が喉を通らなかったんだよね~~!」


 ガイカクは改めて、自分の部下を評価していた。

 同じ種族であっても、彼女らはここまで自由ではなかったはずだった。


「二人とも、控えなさい」


 そこで釘をさすのは、ティストリアであった。


「さっきから、さすがに失礼です。この気球は、彼の船だと思いなさい。船の上では、船長こそが最高の権限を持っています。それを忘れないように」


「……うっす」

「わかりました……」


(こういう時、ありがたいっすね)

(当然だ、総騎士団長なのだからな)


 改めて、ティストリアが参加してくれたことに感謝する、ガイカクとオリオン。

 ある意味当たり前だが、一番偉い人が諫めてくれると話が早い。


「それで、軍議なのですが……」


 ここでガイカクは、軍の本部から託されたライナガンマ周辺の地図を広げた。

 もちろん、敵がどこにいるのか、味方の状況はどうなのか、まるでわかっていない。

 だからこそ、ここで話し合えるのは推論だけである。

 しかし砦攻めの状況なのだから、そこまで複雑とは思えなかった。


「ここまで大規模な作戦を練る敵です。間違いなく、大掛かりな攻城兵器なども用意しているでしょう。しかしライナガンマには大砲もあると聞きます。これを黙らせるまでは、敵もそれを持ちだすことはないはず」

「であれば、敵はあせらずに、じっくりと城攻めをするつもりですね」

「おっしゃる通りです、ティストリア様」


 今回の敵将マルセロは、定石を打ってきている。

 籠城戦では敵の十倍の戦力が必要だからこそ、実際にその数を用意した。

 逆に言って、奇策を練っているわけではない。

 だからこそ、このままいけば敵は成功する。

 しかしそれは、猶予がある証明でもあった。


「このまま航海……いえ、航空がうまく進めば、到着すること自体は可能でしょう。問題は、具体的にどうするかです。一応ですが、二号機と三号機には、それなりの兵器を積んであります。皆さんを煩わせることなく、攻城兵器の破壊などは可能でしょう。しかし……それも、時間稼ぎにしかならない」

「我らという打撃力を、如何に生かすか、ですな」


「まどろっこしいなあ! 全員でライナガンマに入って、そこで敵を相手に暴れてやればいいんだよ!」


 真剣に議論をしているつもりのヘーラ。

 別に間違ったことは言っていないが、会議中にまどろっこしいと言ってはいけないだろう。


「ヘーラ卿の提案も、正しいでしょう。こちらも奇抜なことをしようとせず、本格的な援軍が到着するまでの時間を稼ぐことに専念する。それはそれで、間違っていません」


 ティストリアは、あくまでも冷静だった。

 言葉が荒かったヘーラの提案を、捕捉しつつ肯定した。


「しかし、周辺の状況次第では、攻勢にでることも視野に入れましょう」


 そのうえで、ヘーラよりも無茶なことを言い出した。


「ライナガンマ周辺にいる友軍が、もしも機を探って待機しているのなら……我らこそその機となって、一番槍の誉となりましょう」


 十万からなるであろう敵軍に、この人数で突っ込む。

 それが成功したとしても、生還する可能性は低い。

 そうとしか、思えない。


 だがそれでも、彼女はまったく感情を動かしていなかった。


「私達全員が死ぬとしても、それだけの価値がある作戦です」

「流石だぜ、ティストリア様! それでいこう!」

「友軍の状況次第です、ヘーラ卿」

「なに! 絶対に、機をうかがっている軍がある! 私たちが突っ込めば、それに呼応して動くはずさ! そうなれば、一気に殲滅できちまうぜ!」


(ティストリア様も大概だが、ヘーラも乗りやがったか。しかし……)


 ガイカクは、ティストリアやオリオンのことを知っている。

 勝算があるうえでなら、死地に飛び込むことを恐れはすまい。

 だがさて、ゴブリンであるルナはどうするか。


「ふっ、いいですね、やりましょう!」


 ゴブリンとは思えない、果断さと豪胆さであった。


「水晶騎士団が、きゃぴきゃぴ言っているだけの集団ではないことを、実戦で証明してやりますよ!」

(これは……騎士団長だな)


 ガイカクは、自分の不明を恥じていた。

 そのうえで、凶暴に笑う。


(それなら、アレが使えるな……くくく、面白くなってきた!)


 奇しくも、であるが。

 ガイカクもまた、獰猛な表情をしていた。

 彼の場合、勇敢さとはまた違うのだが……。

 それでも、彼もまた騎士団長の顔をしていた。


(なんでも作っておくもんだ……敵も味方も、びっくりするに違いない!)


 ただし、奇術騎士団団長の顔であったが。

前へ次へ目次