オールベッド
穏やかではない命令が、奇術騎士団の元へ届いた。
奇術騎士団団長、ガイカク・ヒクメ。軍本部緊急会議に出席せよ。
もちろん、ガイカクに命令できるのはティストリアだけである。
その彼女からの命令であり……だからこそ、拒否は許されなかった。
他の面々は、いよいよ逮捕か、と戦々恐々としていた。
常にやましいことだけをしているので、無理もない話ではある。
一方でガイカクは、まったくそんなことを心配していなかった。
たとえば総騎士団長が変わるとか、そういう話があるならともかく……。
今このタイミングで、ガイカクを逮捕するだの脅すだのをする意味がない。
まして、ティストリアを介しての正式な命令など……。
「面白いことになりそうだな……いや、面白いことになっているかもな」
ガイカクは仕事に忠実で研究も真剣だが、マイペースな人間でもある。
自分の予定を崩されることを嫌い、それに反する要求に対して不快感を覚える。
先日、ルナから無遠慮な要求をされて腹を立てたことなど、その典型であろう。
だがその一方で、大きなトラブルというものが嫌いでもない。
なんだかんだ言って、自己顕示欲はある。
大きなトラブルを解決して、自分の有能さをひけらかしたい。
そんな凡俗さを、彼は備えている。
凡俗と違うことは、能力が実際に備わっていることであろう。
ガイカクはいつものようにすっぽりとフードを被って、軍の会議室へと入った。
そこには緊張した面持ちの、上位軍人、という姿の男たちが座っている。
彼らは神妙な面持ちで、ガイカクを見ていた。
「ひ、ひひひひ!」
ガイカクは、思わず笑いを漏らした。
やはり、自分を逮捕しようという顔ではない。
自分に何かを解決してほしい、そんな顔であった。
「失礼……奇術騎士団団長……ガイカク・ヒクメにございます。この度は栄光ある軍本部の……」
ガイカクは割と本気で笑いを漏らしてしまったので、それを詫びつつ礼を通そうとした。
こういう時は割とちゃんと儀礼を通さないと、面倒なことになる。
そう思っていたのだが……。
「おい!」
フードを被っていて、ガイカクの視界は狭まっていた。
その死角から、太い手が伸びてくる。
「おおっ!?」
ガイカクの胸ぐらをつかんで、持ち上げてくる太い腕。
その持ち主は、大柄なオーガの女性であった。
(コイツ……間違いない、オーガのトップエリートだ!)
ガイカクのところにも、オーガの女性はいる。
だが彼女らは、オーガの基準において最低数値だ。
それに対して彼女は、オーガの中でも最高数値であろう。
筋肉の発達具合だけで、ガイカクにはそれが分かっていた。
オーガのトップエリートに、胸ぐらをつかまれる。
ここから逆転できるのは同じくオーガのトップエリートだけであり、ティストリアであっても同じ状況になれば助からないだろう。
その、危機的状況。ガイカクは流石に怯んでいた。
「お前が動力付き気球を作っているのは知ってるんだ! 私もアレが飛んでいくところを見ていたからな!」
(やっぱりそれだったか……まあ隠してないし、隠しようもないからな……)
「アレそのものはばらしたってのは、ハルノー将軍から聞いてる! アレより大きいのを、何台も作ってるってこともな!」
だがガイカク以上に切羽詰まっていたのは、その女性本人であった。
「それを、動かせ! 私たちを、ライナガンマに運べ!」
「が……く……!」
「それだけのことだ、できないとは言わせないぞ!」
「そこまでだ……いや違うな、おう……ヒクメ卿、悪いな。止めるのが遅くなった」
ここで、他でもないオーガのトップエリート、ハルノーが止めに入った。
どうやら彼もこの会議室にいたらしい。
彼は目を血走らせているオーガの女から、ガイカクを救助していた。
「は、ハルノー閣下……」
「ただまあなあ……もうちょっと空気を読んだ方がよかった、とは思うぜえ」
「そうですね……」
ガイカクを床に下ろすと、ハルノーはオーガの女性に苦言を呈した。
「結論だけ先に言ったら、逆に話が長くなるだろ。まずは黙れって言ったよなあ」
「こっちは急いでいるんだよ!」
「それはこっちの都合だ。いいから黙ってろ」
ハルノーはオーガの女性を制して、話を進めるように他の軍人へ合図をした。
「……ごほん、まずは暴力についてお詫びをする。ただ、ハルノー閣下もおっしゃったように、そちらにも非があったかとは思う」
「返す言葉もございません……ごほ……」
「そのうえで……だが、現在我が国は大変な事態に陥っている。大都市ライナガンマが、敵襲を受けている。本来、ライナガンマほどの大要塞ならば、ここまで急を要する事態にはならないが……敵は、相応の兵を差し向けている」
勝負は鞘の内にあり。
およそ戦争というものは、始まる前段階の準備で決っする。
その意味で、大要塞を攻め落とす、大々戦力を用意した敵はもう勝っている。
だがそれを座して待つわけにはいかない。
敵が大々戦力を用意するほどの要塞である、奪われれば損失は計り知れない。
「周辺には軍もあるが……包囲している敵軍を倒せるほどではない。早急な兵力の派遣が必要だ。だが、どうしても時間がかかる。そこで……貴殿の発明した動力付き気球、その力を借りたい」
「そうだ、動力付き気球だ!」
ここでオーガの女性は、大きく発言をした。
「私達、豪傑騎士団をあの気球で運べ!」
「うぇ!? お、お前、騎士なのか!?」
如何に軍人とはいえ、暴力を振るうのはいかがなものか。
そう思っていたら、実際には同僚だという。
「そうだ! 私は豪傑騎士団団長! クレス家のヘーラだ!」
(俺が言うのもどうかと思うが……これが騎士団長か……いや、俺が言うのもどうかと思うが)
実力に関しては、間違いないだろう。
だが会議中にうかつな発言や行動をするのは、いかがなものか。
ガイカクは自分を棚に上げつつ、彼女へ不満を持っていた。
もちろん、ガイカクの方がよほどひどい。
「今すぐにでも、私達豪傑騎士団をライナガンマの中へ連れていけ!」
「……あの、ハルノー閣下、地図あります?」
「もちろんだ」
ガイカクは豪傑騎士団団長、ヘーラをガン無視して話を進めることにした。
現在地とライナガンマまでの距離が分かる、大まかな地図を確認する。
ガイカクはしばらく考えた後、返答をした。
「武装している人間百人と、他の種族を五、六人なら……運ぶだけならできなくはないですね。ただ……勝算も撤退の見込みもない戦場に向かう、というのは騎士団長として承服しかねます」
ガイカクの個人的なこだわりはともかく、勝算が無いならまだしも撤退さえできない状況に行きたくない、というのはまともだろう。
「上空を通り過ぎるだけならまだしも、ライナガンマの中に入るなど……普通に撃ち落とされるでしょう。よしんば入ることができたとしても、騎士団の一つや二つが参加したぐらいで、この規模の防衛線で役に立つかどうか……」
「なんだとてめえ!」
「だからやめろと言っているだろ、ヘーラ」
自分たちが役に立たないと言われた、そう解釈したヘーラは暴れそうになる。
その彼女を、やはりハルノーが抑えた。
「とはいえだ……なあガイカク、ヘーラはともかく俺たちがそこまで馬鹿に見えるか?」
「見えませんね」
「俺達は何も、豪傑騎士団をライナガンマに向かわせよう……って言ってるんじゃねえよ」
「ああ!? 違うのかよ!!」
「お前が勝手にそう思っただけだろうが……」
考えてみれば、豪傑騎士団をライナガンマに運べと言っているのは、ヘーラ一人である。
他の面々は、一言もそれを言っていない。
「なあヒクメ卿。アンタ言ったよな? 騎士団を一つ運ぶなら、できなくはないと。それは重量と距離の問題だよな?」
「ええ、その通りです」
「同じぐらいの重量の荷物なら、同じことなんだよな?」
ハルノーの確認に、ガイカクは頷く。
「それはそうですが……この国に、騎士団以上の精鋭がいるのですか?」
「そうだ、その通りだ! 我が豪傑騎士団以上の精鋭が、この国にいるかよ!」
(角が立ちそうなことを言うな、コイツ……)
「だから私たちが行くんだよ!」
「……話がこじれてきたので、我らの作戦を伝えさせてもらう。これは総騎士団長ティストリア閣下から、許可をいただいた作戦だ」
結論を言うことこそが、ヘーラとガイカク、両方を納得させるものだと結論付けた。
軍のトップたちは、国家の危機に対して重大な決定を下していた。
「現在この周辺には、奇術騎士団の他に……豪傑騎士団、三ツ星騎士団、水晶騎士団が残っている」
「それら騎士団に在籍する、すべての正騎士、および騎士団長をライナガンマへ先行させるのだ」
「なにぃ!?」
「ええ~~?」
トップエリートの、集中投入。
それこそが騎士団の本質ではあるが、今回は度を越えている。
替えの効かない精鋭を全ぶっこみなど、余りにも無茶が過ぎる。
だが、だからこそ『この上ない』戦力だった。
「……いいじゃねえか! ウチの従騎士は嫌がるだろうが、私はそれで」
「おい待て、お前……ちょっとまて……」
勝手に賛同しているヘーラを抑えて、ガイカクは肝心なことを聞く。
「私は幸い、ルナ卿、オリオン卿とも親交があります。そのうえで……誰が指揮を担うのですか? まさかこのヘーラ卿ですか? さすがにそれはちょっと……」
「あんだと! 元は軍人である私たちが指揮を執るべきだろうが!」
(こいつ……軍人からのたたき上げか……納得だが)
ガイカクとしては、オリオン卿が指揮を執るのなら納得できる。
だがこのヘーラに指揮を執られると考えたら、作戦には賛同できない。
かといって、オリオンがヘーラを抑えられるかと言えば……。
ルナについては、言うまでもない。多分、ヘーラ以下であろう。
「愚問ですね、ヒクメ卿」
ここで、ガイカクに遅れて、人が入ってきた。
そう、人である。ヒューマンのトップエリートたる、ティストリアが参上していた。
「複数の騎士団へ指揮を執る者は……私以外にあり合えません。それ以外で、私が許可を出すと思いますか?」
「げえ! ティストリア様!!」
「こ、これはこれは、ティストリア様……」
ティストリアが現れたことで、ケンカ寸前だった両騎士団長は居住まいをただした。
彼女の登場によって、話は一気に進む。
「今回の作戦には、私と直属の正騎士も参加します」
かくて……騎士団史、戦術史に名を刻む……ライナガンマ防衛作戦が始まろうとしていた。