時は来る
ドワーフの保養所、娯楽施設『時計小屋』。
小屋と言うには少々大きい建物であり、その表には大きな時計が付いている。
それだけでも『時計小屋』ではあるのだが、面白いのはその家の中である。
なんと時計の内部が、そのまま小屋の中身になっている。
大量の歯車が規則正しく動き、かみ合いながら回転している。
さらに内部にはからくり人形が仕込まれており、時間に合わせて踊ったり、演奏をしたりする。
時計の内部だけにかちかちとうるさいので、人によっては不愉快かもしれないが……。
機械というものが大好きなドワーフにとって、この部屋の中は天国である。
規則正しい歯車を見ているだけで楽しいし、それがからくり人形を動かしているところも楽しいし、その内部構造を想像するだけでも楽しい。
部品を作ったのはドワーフたちであり、組み立てたのも彼女らなのだが……設計はガイカクである。
彼の性格が現れた、『正確』かつ『遊び心たっぷり』の時計の中で、彼女らは至福の時間を過ごしていた。
「いや~~……こんな立派な時計を作り上げたなんて、アタシらも大したもんだねえ~~」
「アンタ、それ毎度言ってるじゃないか。でもまあ、わかるよ~~……この間来た職人のおっちゃんも、これを見た時は『すげえ!』って、語彙が無くなってたもんねえ」
「あ~~……これを他のドワーフに見せられないことだけが不満だよ~~! なんでウチでは、違法なもんを栽培しているんだろうね! アレさえなければ、開放してもいいだろうに!」
刺さる人には刺さるの、ど真ん中にいる
まさに自分達専用の娯楽施設、最高の一時である。
「ま、それを言っても仕方ないさ。棟梁の考えは、アタシらにはわからねえし」
「……まったくだよ。あの頭の中身、半分とは言わないまでも、十分の一ぐらい分けてくれないかね」
「そうだよ、そこがマジで不満だよ! アタシらも設計したい~~!」
幸せそうな悲鳴、幸せそうな文句、幸せそうな不満が漏れている。
彼女らは今、物理的な意味で希望の中にいる。
この時計小屋のようなからくりを、自分の手で作ることができれば……。
いったいどれだけ、誇らしいだろう。
そう思うと、踊りだしたくなるほどだ。
「棟梁は勉強も教えてくれるけど……アタシらの仕事に必要な分しか教えてくれないもんな~~……」
「いやまあ、どんだけ勉強すりゃあ、こんな設計図が描けるのかって話だけども……」
「何度見ても、すげえ綺麗な設計図だよなあ……」
数学に美があるように、工学にも美がある。
この小屋の設計図を広げて確認する彼女らは、まさに芸術を鑑賞する識者であった。
「全体のバランスとか、各歯車の配置とか……なんつうか……こう……なあ?」
「うんうん……もう、どこも動かせねえもん。一か所動かしたら、全部台無しだもん……」
「実用品じゃないからこれでいい、とか言ってたけどさあ……他のもんも、こういうふうに、精緻にできねえのかねえ……」
どこでどれだけ勉強すれば、こんな素敵なカラクリが作れるのか。
彼女らは天国を夢想するように、その学び舎を想像した。
そこに行けば、自分達でも学びを得られるのではないか、とさえ考えてしまう。
「……まあ、ここでの仕事も、楽しいんだけどね」
皮肉なことに、時計の中だからこそ時間が正確にわかる。
彼女らは休憩が終わったことを、部屋の中に響く音で理解した。
だがそれでも、勤労意欲は萎えていなかった。
小屋を出るとそこには、大きな『箱』が四つ並んでいる。
これから作る動力付き気球の、文字通りのフレームである。
「何度見てもでっかいねえ……前の奴の、倍はあるんじゃないか?」
「試作機が上手くいったから、実用にしたんだと。大きくして四台にしたのは、いざって時に全員運ぶためらしいが……」
「でもよ、人を運ぶ用なのは一台だけだろ? 他の三台にはいろいろ乗せるはずだけど……その一台で全員乗せられるかねえ?」
「まあいろいろ試そうって話じゃないか。どうせ全員が出るなんて、そうそうないんだし」
なんとも恐ろしいことに、この飛行船の『壁』は紙である。
多少の加工、塗装はしてあるが、基本紙である。
つまりこの船は、基本的な構造が障子やふすまのようになっている。
これでも飛ぶ、浮くのだから、ガイカクの技術はやはり大したものであった。
「だよなあ……この仕様書だと、乗せられるもんに限度がある。いくら棟梁でも、これをフル活用は無理だろ……」
「ん、まあしょうがないだろ。作ったときは興奮してたけど……飛ぶものに、そんなにたくさんのものは積めねえさ」
気球に積めるものには、限界があった。
はっきり言って、運ぶだけならライヴスの方が向いている。
地形を無視して高速で向かえるのは利点だが、大量輸送はできない。
であれば……兵器も人も大量輸送……とはいかない。
よって、玄人とはいえないドワーフの視点からしても、今回制作する『武装付き気球』は無為に思えた。
一体どんな戦況ならコレがフル活用できるのか。
彼女らにはわからないし、ガイカクとて考えていなかった。
今回制作する物もまた、実用前の試作品。
試験運転はするし実戦に投入することもあるだろうが、それは小さな任務であり、大きな任務、戦争に投入されるなど考えてもいなかった。
実際には、それどころではなくなってしまったのだが。
※
大都市、ライナガンマ。
多くの兵を擁し、大量の兵器や食料を備蓄する要所。
本来『砦』とは難攻不落であり、攻め落とすには何倍、何十倍もの戦力が必要とされる。
であれば、その何十倍もの戦力を投入されればどうなるか。
文字通りの、四方八方の完全包囲。
ネズミ一匹這い出る隙間もありはしない。
こうなれば高い壁も、檻のようなものか、障子紙のようなもの。
内部の人々は、いつ始まるとも知れぬ城攻めに、恐怖を抱いていた。
「包囲は完了しましたね、では粛々と始めましょう」
何万、十万を超える兵が、大都市ライナガンマを包囲している。
その指揮を執るのは、智将とも呼ばれる大戦略家、ヒューマンの将軍、マルセロ。
包囲のただなか、本陣に坐する彼は、満を持して城攻めの開始を宣言する。
「難攻不落の砦、ライナガンマ……それをこうも包囲する……その事前準備をなさった閣下の腕は流石ですなあ。流石の俺も、その
彼のすぐそばには、副将にして猛将、エリートオーガのグリフッドが控え得ている。
絵に描いたオーガである彼は、自分の太い腕をつかみながら、マルセロの細い腕を称賛していた。
「しかし……戦う前に勝つことこそ理想の戦いとはいえ……いささか寂しくありますな。ライナガンマを普通に攻め落とすなど、いささか達成感にかけまする」
「兵を無用に死なせぬよう、万全を期したマルセロ様の策を、批判するというのですか!」
グリフッドのオーガらしい言葉を否定するのは、マルセロの側近、エリートダークエルフのサヒアであった。
戦場の冗談であろう言葉に、彼女は過敏に反応する。
これにはグリフッドも、真に受けるなよ、と思いつつも反撃せずにいた。
「達成感など不要。入念な準備さえすれば、いかなる砦も陥落できて当然」
一方でマルセロは、あくまでも前の砦だけを見ていた。
「救援を求めても、無駄。この砦を陥落させるまでの間に、この地へ到着できるだけの『軍』が到着するなどありえない」
「そうですなあ……しかし噂の騎士団がやってくるやもしれませぬぞ?」
「来てほしいのですか、貴方は!」
「まあ、正直……」
「これだから、オーガは……!」
「騎士団がいかに精強でも、この十万からなる軍を破ることはできません。そのうえ、そもそも……この周辺に、騎士団がいないことも把握済み。間に合うなどありえない」
マルセロは、絶対の自信をもって断言する。
強い、言葉であった。
それを口にするだけの資格が、彼にはあった。
だからこそ、他の誰も、彼を諫めなかった。
派手な策は、一切使っていない。
ひたすら地味な策の積み重ねで、彼はここまでの砦攻めを成功させた。
それは誰にでもできるようで、誰にもできないこと。
これができる者が、この世において、他に一人でもいるとは思えない。
「この砦が陥落することは、もはや決定事項。それを阻むなど、戦術的に、戦略的に……いえ、
だがしかし、マルセロとは別方向で、この世の者とは思えぬ叡智を宿すものが一人いる。
人知を超えた人智の持ち主、誰よりも
奇術騎士団団長、ガイカク・ヒクメ。
その力を、マルセロはまだ知らない。