おかしな木
奇術騎士団団長、ガイカク・ヒクメ。彼は悪しき、違法魔導士でもある。
しかし、そもそも魔導士とは何なのか。雑に言えば、研究者である。
広義において、医者も魔導士、栄養士も魔導士、設計士も魔導士と言えなくはない。
ガイカクは基本何でもできるため、基礎研究も応用研究も、実用化も全部自分でやっている。
部下のスケジュール管理、栄養管理、健康管理なども、全部自分でやっている。
というか、全部好きなので、全部を自分でやることに意義を感じている。
管理職の業務を、全部彼がやっている。
実際、とんでもない働き者が、彼なのだ。
「俺はそんな暇じゃねえ!」
「ヤダヤダヤダ~~!」
言い争う、二人の騎士団長。
それを前にして、もう一人の騎士団長、オリオンはしばらく考えていた。
考えたうえで、結論を出す。
「あ~~……すまない。越権を承知で申し上げるが、誰か本部に行って、ウェズン卿、あるいはティストリア様を呼んでくれ」
「あ、はい! わかりました!」
歩兵隊の面々が、オリオンの指示に従った。
彼女らは慌てて、騎士団の総本部へ向かう。
その間に、オリオンは二人の間に入っていた。
「ルナ卿……落ち着いてくれ。どう考えても、貴殿が悪い」
「む、ぬぬぬ……」
「ヒクメ卿、ご迷惑をおかけした」
「……ああ、いや、まあ……ゴブリンの厄介さは理解しているんで、お気になさらず」
年長者の介入によって、二人は一旦落ち着いた。
この場合、どう考えてもルナが悪い。
ルナ自身もわかってはいるので、彼女はやや弱気になっていた。
だがこれでことが解決するのなら、世の中騎士はいらないのである。
「ルナ卿……連れてくる前も言ったが、ヒクメ卿はお忙しい方だ。同じ騎士団長なら、気持ちもわかるだろう」
「はい……」
「仮に休日だとしても、休むこと自体がコンディションを整えるために必要なのだ。それを妨げることは、よくあるまい」
「はい……」
「では……事前にも言ったように、彼が断わったのだから話を終わらせてくれ」
厚意に甘えるのは、相手に厚意があるときだけである。
無理強いをしたら、それはもうただ無茶を言っているだけだ。
「嫌です」
そして、無茶を言い出すルナであった。
「……ああ、その、なんだ、ヒクメ卿。何がどう無理なのか、教えてもらえるか?」
「調理器具の準備が面倒ですね。ドン菓子の調理器具ほどの危険性はありませんが、それでも構造が少々複雑です」
一応補足するならば、ワタアメもチョコフォンデュもタイ焼きも、そこまで複雑な料理ではない。
特にチョコフォンデュなど、鍋と材料があれば作れる。多めのチョコを鍋で溶かして、フルーツなどを突っ込めばいいだけだ。
ワタアメも専用の調理機が必要だが、ドン菓子に比べればめちゃくちゃ簡単だ。飴が溶ける程度の熱と、ぐるぐる回す機構があればいい。
何なら一番難しいのはタイ焼きだろう。だがそれでも、タイ焼き、の形にこだわらなければそれっぽいものを再現できる。なぜなら、タイ焼きはタイの形をしている必要性が薄いからだ。
が……。
絵本に出てくるような、立派な機械で作る販売されるレベルのお菓子となれば、というかその立派な機械を作るとなれば……。
それこそ、手間暇が尋常ではない。
「設計図を作るのに、それぞれで、それなりに時間がかかります。特に、チョコフォンデュが難しい」
「……さらっと言っているが、凄いな」
「そうでしょう、俺は天才なのです……でも暇じゃない! それに、部下の為に作るならいいが、他の奴のために時間を使いたくない!」
ガイカクは、才能もやる気も能力も資産も材料もあるが……彼は一人しかいないのである。
一度に複数のことを達成することはできない。
「俺は、やりたいこと、作りたいことがたくさんあるんだよ! 新型の気球も作りたいし、それに合わせた兵器も作りたいし、戦術も練りたいし、戦争もしたいし!」
発言は物騒だが、騎士団長なので業務だと言える。
「ううむ。ルナ卿、話はわかったな? 彼にしかできないことだからこそ、今回のことは諦めねばならない」
「で、でも……この人にしかできないんですよね? この機会を逃したら、もう食べられないし、作るところも見られないんですよね?」
「……まあそうだが、仕方あるまい」
「ぐぐぐ……」
まさに、大人が子供に言い聞かせているようであった。
年齢から言えばそんなものだが、一応成人男性と成人女性である。
「こうなったら、奇術騎士団の弱みを握って、交渉材料に……」
「やめろ!」
危うい一線を越えそうになるルナ、それを止めるオリオン。
いまさらだが、ふと周囲を見るだけで違法な植物がてんこ盛りである。
弱みを探す必要はない、見渡せばそこには犯罪の証拠が有り余っている。
「そこまでです、ルナ卿」
そうしているところに、ティストリアが現れた。
騎士団同士のもめ事を仲裁することも、彼女の務め。
ごく自然に、彼女は現れた。
その彼女に、その場の全員が敬礼の姿勢を取る。
ルナでさえも、あわてて黙っていた。
現れた彼女は、まずルナを諫めた。
「騎士団へ監査する権限を持つ者は、私だけのはず。越権行為をすれば、貴方自身へ罰を与えねばなりません」
「申し訳ありません!」
「オリオン卿、貴方に非があるとは思いません。私を呼んだことも、正しい判断です」
「いえ、お手を煩わせてしまいました!」
「ヒクメ卿」
「はっ!」
その後でティストリアは、ドン菓子を製造したであろう調理器具を見た。
まだ片づけてはいないため、匂いなども残っている。
それを、彼女は数秒見ていた。
そこには、人間の感情が感じられた。
だがすぐに視線を切る。
「騎士団の業務に、菓子の製造、販売は含まれておりません。同等の騎士団長から要請があったとはいえ、拒絶するのは当然のこと。気に病むことはありません」
「恐縮です……ゲヒヒ!」
「とはいえ、ゴブリンの種族特性として、彼女をこのまま引き下がらせることは困難でしょう」
彼女はあくまでも、総騎士団長としての威厳を保っていた。
「まず……前提として、ルナ卿がヒクメ卿に要求し、断られたこと。これは断られたこととして終わらせます。そのうえで、ヒクメ卿が今後部下のゴブリンへ、福利厚生の一環としてお菓子の製造をする際には、個人として要求をする……これは止めません。ヒクメ卿も、それはよろしいですね?」
「……承知しました。あくまでも、部下への福利厚生のついでであれば」
「ルナ卿も良いですね」
「はい……」
今は無理だが、その内なんとかなる。
それを聞いて、ルナも納得せざるを得なかった。
「そのうえで、ヒクメ卿。これは要請であり、命令ではありませんが……貴方の手を煩わせない、貴方を長期間拘束しない範囲で、彼女の欲求を満たすことはできますか?」
「ゲヒヒヒヒ! ティストリア様からのご命令……いえ、要請とあれば、なおさら否とは言えませぬなあ!」
ガイカクはティストリアの提案には、あっさりと乗っていた。
命令系統に関しては従順、そうでなければ騎士団長は務まらない。
そして従順に従える範囲の命令を下せるからこそ、総騎士団長が勤まるのである。
(まあ、妥協点としては十分だろう。これ以上ゴネてもいいことねえしな。じゃあ『おかしな魔女』のアレを作るか……)
ガイカクは手短に作れる、絵本のレシピを脳裏で検索していた。
「おい、
「はい、旦那様~~!」
「
「まあいいけどよ……何するんだよ、棟梁」
キビキビ指示をするガイカク。
それに従って、奇術騎士団は迅速に動いていく。
「さて……」
何をするつもりかと思っていると、ガイカクは騎士団内部に生えている木に、釘を打ち付け始めた。
ある程度深く刺すと、代わりに鉄のパイプを刺す。それを三回繰り返していた。
それを見て、騎士団長たちは察していた。
「なるほど、メープルシロップを採集するのですね」
「樹木の蜜を、ああして採集する手段があるとは聞いていました。なるほど……初めて見ますね」
「私もです!! 確かにワクワクしてくる~~!」
メープル、つまりはカエデの一種。
樹木の内部を流れる樹液を、幹から直接採取し食用とすることがある。
当然、この国でも有名なのだが……。
専門外だからこそ、三人の団長は気づかなかった。
そもそも、ガイカクが釘を刺した木が、カエデではないということを。
とろとろと出てきた蜜だが……やや黒かった。
もちろん黒い蜜など珍しくないのだが、匂いがすこしばかり違っている。
ガイカクはそれを、切ったパンの上にたらしていく。
それはパンにしみこんでいき、奇麗な黒に染めていった。
「で、これを焼く、と……」
焚火でそのパンを焼き始めると、未体験の甘い匂いが周囲に立ち込め始めた。
ただそれだけで、ルナを含めたゴブリン、ティストリアが目の色を変える。
「これはもしかして、『おかしの魔女~スイーツの木~』で出てきた……多種多様な蜜の出る樹ですか?」
「ご明察、その本のモデルになった『ラトル属の木』ですね。品種によって、色や味の違うシロップが楽しめます。まあその分害虫を寄せるので、この国では大昔に育成が禁止されたのですが……見なかったことにしていただけると幸いです」
ガイカクは三本の木から、それぞれ蜜を集めていた。
それぞれが、黒、桜色、黄色と……まるで果汁のような色をしていた。
それが塗られたパンが焼かれていく姿に、総勢二十一人のゴブリンのみならず、ほとんどの女子が前のめりになっていた。
「さ、みんな食べていいぞ。ぶっちゃけほとんど糖質だし、食べ過ぎなければ問題ないぞ~~」
ガイカクの許可を得て、奇術騎士団の面々も、ルナも、それを食べ始める。
焼きたての、甘いパン。
それはとんでもなく美味しく、彼女らのほほを大いに緩ませていた。
「団長、ありがとうございます! いや~、庭に生えている木がこんなに凄かったなんて~~!」
「親分も人が悪いな~~私たちが世話とかしているんだから、たまには食べさせてくれてもいいのに~~」
「先生、これもっと食べていいですか? 私、桜色のが好きです!」
「御殿様のご厚意……美味しいけど、たくさんは食べられないな……半分こしない?」
「故郷でも同じような木があったが、こちらの方が味が複雑で美味しいな」
「アレは材木としても使ってたけど、食えるんだね~~。どうりで甘い匂いがすると思ったよ」
「これはこれでいいな~~! ヒクメ卿、ありがとう!」
ハニートースト的なお菓子パンに、誰もが喜んでいる。
一方で、一人、そわそわしている女子が一人。
「ティストリア様、よろ……」
「はい、なんでしょうか」
ガイカクが耳元で囁こうとすると、かなり食い気味で返事をするティストリア。
彼女は、明らかに何かを……甘味を期待していた。
「こちら、ティストリア様の分になります。これで今後も、ごひいきに」
「賄賂であれば、受け取れません」
「では、要請ということで」
「それならば」
ティストリアは、一応格好をつけたうえで、自分の分のトーストを食べ始めた。
「……実に美味しいですね。ヒクメ卿、ありがとうございます」
その顔は、普段からは想像もできないほど乙女のそれであり……。
(怖いな……)
(怖いっすね……)
それを見ていた二人の騎士団長は、ギャップがありすぎてビビっていた。
そして、その二人の元に、冷静さを取り戻したルナが訪れる。
「その……オリオン卿、ヒクメ卿。この度は、大変ご迷惑をおかけしました。大分落ち着きましたので、その……先ほどまでのご無礼をお詫びします」
「落ち着いたようで何よりだ、うむ」
「ひっひっひ……甘味が良い薬になったようですなあ」
ガイカクはこの上なく露骨に、下衆な笑いをする。
「これで水晶騎士団団長に、大きな借りができた、ということでよろしいですか?」
「あ~~……それなんですけど~~……」
なお、ルナはいたずらっ子のような顔をしていた。
「実は部下から、『奇術騎士団には絶対近づくな』と言われていたので……部下には内緒にしてほしいなって……だから……貸しもないしょにしていただきたいです」
「……そっすか」
(この場合、部下が正しいから、何も言えんな……)
お菓子を食べれば、人は幸せになる。
だがそれはそれとして、お菓子で解決する問題と言うのは、本当はないのかもしれない。
※
後日、ガイカクの元にウェズン卿が現れていた。
「実は水晶騎士団のスポンサーの中には、お菓子を扱っている商人もいらっしゃいまして……。水晶騎士団御用達、という看板も立てているのです」
「ほう……なるほど、利のある関係ということですな」
「ええ、それで……申し上げにくいのですが、ヒクメ卿の所有する『秘密の蜜』を、卸していただきたいと……との、要望があったそうです。水晶騎士団を通して……です」
「ウチは農家じゃない!」