おかしな大騒動
ガイカク・ヒクメが製造していたものは、お菓子の調理器具でした~。ちゃんちゃん。
と、結論だけ聞くと馬鹿馬鹿しいが、実際の調理器具を見れば何かあると思っても不思議ではない。
急激な減圧によって穀物を膨張させて作る、お菓子。
なんともガイカクらしい、見栄えのする調理風景であった。
正直大した話ではなかったが、騎士団がよく依頼している鍛冶屋からの質問であった。
それへの対応も、ウェズン卿の仕事。それをこなした彼は、ちゃんとティストリアへ報告をしていた。
「ティストリア様。本日ですが、鍛冶屋のドワーフより質問がありました。『奇術騎士団から用途の分からない道具の製造依頼があった』というものです。既に用途を確認し、鍛冶屋からも納得をいただいています」
「協力してくださっている外部組織との関係維持もまた、我らの仕事です。よくやってくれました、ウェズン卿。それで、具体的にはどのようなものだったのですか?」
「ええ~~……奇術騎士団に属するゴブリンへの福利厚生の一環として発注した、特殊なお菓子の調理器具だったようです」
「鍛冶屋でもわからない調理器具だったと?」
「はい……私も使うところを見るまでは、お菓子の調理器具だとはわかりませんでした。蓋つきの大砲、のような形をした道具でして……超高圧の圧力鍋だそうです」
本当に大仰な装置だったため、使われるまでは安心できなかった。
それを思い出しながら、ウェズンはティストリアに報告をする。
「それで作るお菓子は、ドンというお菓子だそうで」
「ドン……?」
ここで、ティストリアは露骨に食いついてきた。
「ドンと言えば……『おかしの魔女~お米の大砲どっか~~ん~』に出てくる、どんな武器も通じないドラゴンを倒すために、魔女が作ったお菓子ですね」
「お、お詳しいですね」
「ええ、愛読書です。おかしの魔女シリーズはとてもユーモラスな表現が多い上に、食べたくなるような『架空のお菓子』が多く出ていたのですが……そうですか、実在したのですか」
児童向け、ゴブリン向けの絵本にやたら詳しい総騎士団長。
彼女はやや人間らしい、感情をあらわにした顔をしていた。
「では彼ならば、他のお菓子も作れるかもしれませんね」
「い、依頼なさってみますか?」
「いえ、結構です。彼も私も忙しい身……煩わせることは、本意ではありません」
とはいえ、そこは総騎士団長。
仕事に私情を挟むことはない。
「機会があればふるまって欲しい、と伝えてもらえれば十分です」
「承知しました」
食べたいけど我慢する。
これが言えるあたり、彼女はだいぶまともであった。
「しかし……ヒクメ卿の知見は測り知れませんね。その調理器具についてもそうですが、彼の製造した動力付き気球についても、私は驚きました」
「え、ええ、おっしゃる通りかと。アレが実用化されれば、我々の作戦もだいぶ変わるかもしれません」
「同じような理由で、軍部から問い合わせがありました。今のところ軍事機密である、現在試運転中であると伝えていますが……そのうちに、かなり強い要請が来るかもしれません」
なんでも作れる、なんでも使える。
やりたい放題なガイカク・ヒクメは、騎士団長という立場を思いのほか満喫している様子だ。
実力があるからこそ、好き放題にできる。
だが実力を示すほどに、周囲から利用されてしまう。
「しかし、それが無いほうが問題です。彼は私が特例で入団させました、今後も利用価値を示していただきたいですね」
「おっしゃる通りかと」
だがそれさえ乗りこなしてこそ、騎士団長。
二人はガイカクに、より一層の働きを期待していた。
※
さて、もう一人の目撃者、鍛冶屋のドワーフである。
彼は彼で、酒の席などで今回の件を仲間に話していた。
「俺さあ、騎士団から仕事をもらってるんだよ。知ってるだろ? んでよお、噂の奇術騎士団から仕事を請け負ってよお……」
「あの動力付きの気球を作ったところか!」
「すげえ毒とかヤバい薬を作っているところか!」
「すげえ酒も造ってるとか!」
「おう、酒もごちそうになったが……違う違う」
本来なら、武器を多めに納品した、なんて情報さえ漏らすことが許されない。
だが今回は、ゴブリン用のお菓子の調理器具である。
そんなもの、話したって問題ないだろう。
実際、ガイカクやウェズンも許可を出していた。
「蓋つきの大砲、みたいな形のもんを発注されたんだよ。ほれ、設計図」
「おう……なんだあ、こりゃあ……圧力鍋、それも横向きか?」
「構造的に、一気に蓋をバカっと開ける感じだが……」
「それで何を作ると思う? ゴブリン向けの菓子なんだぜ」
大笑いしたくなるような、傑作な話である。
「中にコメを入れて、蓋を閉めて、火にかけてぐるぐる回して、ばっか~~ん、よ。それで菓子が出来上がるんだぜ。絵本にもなっている、外国では有名な菓子なんだと」
「へ~~……こんな大仰なもんで、菓子がねえ~~……」
「さすがは奇術騎士団、なんでも作らせるなあ……」
しょせんお菓子の調理器具、しかもガイカクのオリジナルではない。そのうえ、圧力計もない廉価版。
酒の席で見せられても全然問題ないことだった。
まあそもそも、そこまで技術として革新的なら、外部のドワーフが作れるわけがない。
「まあ、いい仕事をさせてもらったぜ……」
「蓋と本体がピッタリ合わさるようにして、圧力をがっちり抑えて、かつ一気に開いて……接続部もしっかりしないとダメだもんな」
かくて、どうでもいい情報はそれなりに伝播した。
そしてこれが、とある場所に流れ着く。
それが少々厄介な事態に至るのであった。
※
ガイカク・ヒクメ率いる奇術騎士団。
当然ながら新興であり、同時に色物である。
騎士団と同じ働きができますよ、というだけのごり押しで無理矢理騎士団の座に就いている異色の騎士団。
その奇術騎士団と、正式に親交があるのは三ツ星騎士団だけである。
ガイカクとしては『ここまで親密なら、三ツ星騎士団一つで十分だろ?』であったし、オリオンとしても『他の騎士団と親交を深めると、周囲からの信頼を損なうなあ』であった。
叩けばホコリが出てくる、ではなく、むしろ違法行為しかしていない騎士団である。
うかつに同盟相手を増やしたくないところであった。
なのだが……。
「ああ~~……そのなんだ、ヒクメ卿。こちら、我らと同じ騎士団長である……」
「水晶騎士団団長、ルナと申します……よろしくお願いしますね、ヒクメ卿」
奇術騎士団本部に現れたのは、三ツ星騎士団団長であるオリオンと、彼の紹介で現れた水晶騎士団団長、ルナであった。
奇術騎士団の面々も揃っており、誰もが新しいトップエリートの姿を興味津々で見つめている。
「これはこれは、ルナ卿……よくぞいらっしゃってくださいました……ゲヒャヒャヒャ!」
(なぜ初対面の相手には、いつもこれをするのだろう……)
ガイカクはすっぽりとフードを被って、正体不明の怪しい男を演じていた。
これが彼の接客モードなのだから、悪ふざけと言うほかない。悪ふざけで接客をしているということであるし。
(この人が、水晶騎士団の団長か……)
(噂には聞いていたけど、初めて見たわ……)
「しかし、このような場所でお迎えして申し訳ない。ここにいらしたとなれば、お名前に傷がつくこともありましょう」
(本当に違法な作物がわんさかあるからな……)
「総本部でも、そちらにでも、お伺いするつもりでしたが……」
さて、多種多様な種族のエリートが集まる騎士団。
その一つである、水晶騎士団の団長、ルナ。
若手の女性である彼女の種族は……。
「実はその……申し上げにくいのですが、私の独断で、オリオン卿に無理を言って、ここに参上したのです」
「はあ?」
「水晶騎士団としてではなく、私個人のお願いだと思って欲しいのですが……」
世にも珍しい、エリートゴブリンであった。
「噂では、ヒクメ卿は優れたパティシエだとか……」
「ぱ、パティシエ?」
「あの幻のお菓子、ドン菓子まで作れるとか!」
「……ドン菓子を作れるから、パティシエ? 広義ではそうなのか?」
「ぜひ作ってください!」
口調こそかなり知性的であるが、体格も表情も嗜好も、わりと普通のゴブリンであった。
彼女はやはりお菓子に目がなく、ヒクメ卿がお菓子を作れると聞いて慌ててやってきたのである。
「ヒクメ卿……申し訳ない」
「いやまあ……いいですよ、そんなに時間かからないんで」
申し訳なさそうなオリオンに対して、ガイカクは苦笑いしつつ対応をしていた。
もとより、道具さえそろっていれば面倒ではない。
掃除の手間はあるが、そこまで目くじらを立てるほどではない。
(面倒だなあ……)
だが、祭りをして数日後に、子供から『もう一回アレ!』と言われたかのような面倒くささはあった。
「それじゃあ作りますからね~~っと……」
「ありがとうございます~~! これが、魔女のお米の大砲か~~!」
ガイカクはおもてなしが好きな男ではあるが、予定外に図々しいことをされるとそんなに楽しめない男でもあった。
そしてエリートゴブリンのルナは、そんなことを気にせずに、ドン菓子が完成するのを楽しみにしている女であった。
「……ねえみんな、ゴブリンのエリートって何がすごいの?」
「さあ、知らないね。見たところフィジカルって感じじゃないけど……」
「手先の器用さじゃないか? ゴブリンはいつも料理を上手に作ってくれるし」
「手先の器用さで、騎士団長が勤まるかな?」
一方で奇術騎士団の面々は、エリートゴブリンの特徴について話していた。
ゴブリンは奇術騎士団にも在籍しているが、その仕事はもっぱら雑用である。
もちろんそれに関してはありがたく思っているが、ゴブリンの長所と言われると思いつかなかった。
「ああ……ごほん。エリートゴブリンの長所は、魔力だ。彼女は貝紫騎士団のセフェウ卿に次ぐ、膨大な魔力の持ち主だよ」
そんな彼女らへ、オリオンが説明をする。
それを聞いて、ほとんどのメンバーが納得するが……。
「ええ……」
わざわざ他所の騎士団に来てまで、お菓子をねだる女性。
お世辞にも成熟しているとは言い難い彼女が、自分達をはるかに超える魔力の持ち主とは認めたくなかった。
「……いくらなんでも、その反応は失礼だろう。彼女は騎士団長として、君たち以上の武勲を上げている。もちろん、周囲からの信頼も厚い。その彼女の種族的な特性を、個人の欠点のように考えるのは良くないことだぞ」
「すみません」
だがこれには、オリオンも語気を強めにして注意をした。
実際オリオンは彼女やその部下とも肩を並べて戦ったことがあり、信頼できる、安心できる仲間であった。
「さて、そろそろ……」
「わあ……どっか~~んとした!」
ほどなくして、ガイカクが作ったドンが完成した。
水蒸気とともに出てきた、膨張したお米の菓子。
それを彼女は満足げに受け取って、冷ましながら食べ始める。
その顔は、心底から幸せそうであった。
「絵本に出てきたお菓子を食べられるなんて……夢のようだわ!」
「喜んでいただいて何よりですよ……ただまあ、今度はもうちょっとこう、事前に前置きとかが欲しいですね」
「ええ、ごめんなさい。図々しいお願いだったわね……それじゃあ……」
ドンを食べた彼女は、持ってきていたカバンから数冊の絵本を出した。
それは『おかしの魔女』シリーズの絵本であった。
「次は、これを作ってほしいの!」
「『フルーツの素敵なドレス』……これはたしかチョコフォンデュだったな。『くるくるのアメ』、これは綿あめ。『お魚の名前』は……タイ焼き」
「作れるわよね!」
「……いやまあ、作れるけども」
「じゃあお願い! 子供のころからの、夢だったの!」
「自分でかなえろ!」
あまりの図々しさに、ガイカクは流石にキレていた。
そのキレ具合を危惧して、オリオン卿が話に入ってくる。
「ああ、そのなんだ、ヒクメ卿。そんなに難しいのか?」
「調理が難しいものはそんなにない! でもなあ、コレ、準備が面倒なんだよ! 俺にはわかるんだよ、こいつは同じモノが食べたいんじゃなくて、調理するところもひっくるめて見たいんだよ!」
実のところ、ルナが作ってほしいと言った料理は、味の再現まではそこまで難しくない。
だが専用の調理器具を求められると、その手間暇が爆発的に増大する。
「なんでそこまでしないといけないんだ!」
「ええ、パティシエなんでしょ?」
「違う!」
「他のパティシエにも聞いたけど、これを作れる人はいなかった。貴方だけでしょ?」
「そうだけども、パティシエではない!」
ガイカク・ヒクメ、大体なんでも作れる男。
その彼の力を求めて、強硬な手段をとる者が現れる日が来てしまった。
彼は今後も、利用価値を示さなければなるまい。
「じゃあなんなのよ!」
「騎士団長だよ、お前と同じ!」
(……まあそうだけども)
言い争う二人の同僚を見て、オリオンは改めて、ガイカクが何者なのか考えてしまうのであった。