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ファイト!!

 かくて、半魚人は捕縛された。

 その半魚人へ指示を出していた、船主もまた金貸したちによって拘束された。

 市民たちにとって、すべての真実は明らかになった。

 不可解だった半魚人たちによる連続転覆事件は、完全に解決したのである。


 八日目の再開を待つこともなく、七日目の朝で任務は完了となった。

 そのため……七日目の昼から、解決祝いのパーティーが始まった。


 屋敷の者達も全員参加しての、朗らかながらも興奮を分かち合うパーティー。

 それはただ事件が解決して嬉しいというだけではなく、前子爵がいなくなった自分達も参加できたという喜び合ってだった。

 もしも騎士団だけで解決していたら、こうも喜ぶことはできなかっただろう。

 彼ら、彼女らは、誇らしげに笑いあっていた。


 なお、奇術騎士団の面々は、『なんか蚊帳の外だったような気が……』という顔をしている。

 彼女らは台本を渡されていなかったので、ネタバラシが済むまでは何も知らなかったのだ。

 そんな彼女らでも問題を解決できたのだから、ガイカクは恐ろしい存在と言えるだろう。


 さて、そんなガイカクの傍には、当然ながらナバタタとオーリ、そして二人の側近たちが集まっていた。気分は名探偵の補佐役である、貴族でも味わえない刺激的な体験に、熱狂を禁じ得なかった。


「ヒクメ卿、この度は事件を解決していただいただけではなく、私の名誉まで守っていただき……感謝の念に堪えません。本当に、ありがとうございました!」

「ご自分の名誉を傷つけてまで、我らを立ててくださって……本当に何と言っていいのか……」


「ご安心を、奇術騎士団には黒い噂とどす黒い噂しかありませんので! 名誉なんてものは、任務が達成できたことだけで十分です」


 これから子爵としてこの領地を治めていくナバタタにとって、今回のことは追い風になるだろう。

 少なくともあの裁きを見た市民たちは、ナバタタのことを信頼し尊敬し、畏怖するに違いない。


「そ、その上でなのですが……わからないことがあるのです」

「はい、なんでございますか?」

「ヒクメ卿は、初日に私や母へ質問をしましたね。内容自体は当然のものばかりですが、意図が分かりません」


 ガイカクは、なぜか質問攻めをした。

 試すような行為であり、失礼に当たる。

 ガイカクにとって必要なことだったとのだろうが、その意味がいまだにわからない。


「台本でも軽く触れましたが、本来ここは交通の要所です。我が国の防衛を脅かすため、敵国からの介入がない……とは言い切れませんでした」


 結果から言えば、ただ営業妨害をしていただけである。

 だがもしも敵対する国家が絡んでいれば、大局を見据えた戦略になりえる。


「半魚人の襲撃を防ぐ術はない、もう橋を建てるしかない、とね」

「……むしろ、そちらの方がありそうですね」

「ええ、こっちの方がまとも(・・・)です。ですが、お二人から我らに依頼が来た時点でその可能性はほぼ消えました」


 以前ガイカクは、酒のトラブルが原因の事件を解決した。

 領主二人が絡んでいたのだが、両者がそろって解決を避けたため、領民からの依頼となった。


「最終的に橋を建てさせることが目的ならば、必ずお二人の傍にスパイが紛れています。そして何が何でも、我ら騎士団への依頼を阻止していたはず」

「そ、そうですね……私たち正直、『この程度のことで騎士団を呼んでいいのか』と思っていました。もしも側近から強硬に反対されれば、流されていたかも……」

「ええ、そうです。しかしお二人は、私のことを知っていた。私の視点からすれば、お二人がスパイの甘言に耳を貸さず、依頼を強行したという可能性もありました。あくまでも、私の視点からすればですが」


 なるほど、領主側からすれば思いつかないが、ガイカクの側からすればあり得る懸念だ。


「まあ私へ依頼をした時点で、スパイはさっさと姿をくらますでしょう。それはそれで事件の解決を意味しますが、その場合私は捜査を空振りさせてしまう。なので確認をしたかったのです」

「……あの質問で?」


 矢継ぎ早の質問に対して、誰も何も答えられなかった。

 それで確認が済んだというのは、まったくわからない。

 その疑問に応えるように、ガイカクは行動を始めた。


「おい、こっち!」

「は、はい、御殿様!」


 ガイカクに呼ばれて、ダークエルフの一人が駆け寄ってくる。

 ガイカクに耳打ちされると、彼女はその指示通りに、台本通りに話し始めた。


「お、恐れながら……先ほどの船主が、正直に自分の罪を認めていたら、どうなさっていたのですか?」


 ありえないとは言い切れない質問に、誰もが困る。

 オーリもナバタタも、メイドたちも執事たちも、互いの顔を見合わせた後にガイカクを見た。

 それこそ、助けを求めるような顔である。


「まあ、こういうわけです」

「は?」

「今の皆さんは、私に意見を求めました。ですがあの時の皆様は、誰にも意見を求められなかった。『こんな時だれだれさえいれば……』とさえ思わず、ただうつむくばかり。その姿を見て私は察したのですよ、皆さんの周囲にスパイはいないとね」


 もしもガイカクの想定した、国家ぐるみの謀略ならば、スパイは領主へ大いに意見をしていたはずである。

 そして意見をするには、信頼を得なければ、頼られる存在でなければならない。

 それが不在と言うことは、スパイも不在と言うことだった。


「な、なるほど……そういうことでしたか……」


 回答を求めたのではなく、反応を求めていた。

 ガイカクはあの時すでに、領主の内情を把握しきっていたのである。

 そのことを知って、頼もしいような恥ずかしいような、そんな心持ちであった。

 

「あ、あの……御殿様、私からもよろしいですか?」

「ん?」

「ここに来て最初に、大きな渡し船を観察なさっていましたよね? もしやあの時既に、黒幕へあたりをつけていたのでは?」

「ああ、まあな」


 今度は、ガイカクに呼ばれていたダークエルフが質問をした。

 もしかして、という気持ちでの問いかけだったが、ガイカクはなんでもなさそうに答える。


「ええっ?! そ、そんなに早くですか?!」

「わ、私どもはてっきり、船主を対象とした説明会で、強く抗議してきた者が犯人……という風に考えていたのかと……」


 これには、領主側の者も驚きである。

 無料での渡し舟へ、強く抗議してきた船主。

 それがそのまま犯人だったので、台本を渡されていた面々は『ああコイツだな』と気付いた。

 そしてガイカクも『説明会の時に抗議してくる奴が黒幕だろう』と考えていたに違いない、と勝手に思い込んでいた。

 まさか自分たちに会う前から見当をつけていたなど、驚愕どころではない。


「御殿様がわざわざ観察なさっていたので、他の理由が思いつかなくて……でも、どうして双眼鏡で観察しただけでわかったんです?」

「運航している大型船の中に、あきらかに『失敗した船』があった」


 言うまでもないが、航行できている時点で『乗り物』としては成功である。

 だがそれで運賃を取る、商売をするとなれば成功と失敗は分かれる。


「あの船主が持っていた船は二階建てで、遠目でもわかるほど一階と二階に差があった。おそらくだが、一階部分は貧困層、二階部分は富裕層と分けて、それぞれの船賃を設定。両方の客を取り込もうとしたんだろう」

「……それの何が失敗なんですか?」

「そのコンセプト自体が、大失敗だ」


 貧乏人も乗せる、金持ちも乗せる。

 両方をターゲットにする、というのは賢く見える。

 だが実際には、まったく賢くないのだ。


「まず貧困層向けの船賃だが、それなりには安いが、それでも小型の舟の方がやすいだろう。今回のようなことがない限り、貧困層が積極的に乗り込むことはない」

「なるほど」

「じゃあ富裕層はどうかというと……というかそもそも、今回の気球だって、富裕層は全然乗り込んでこなかっただろう。少なくとも、一目見て富裕層だとわかる客は一人もいなかったはずだ」

「そ、そうですね」


 今回ガイカクは、ドラゴン・フライでの運賃を無料と設定した。

 だが客を貧困層に限定したわけではなく、並べば誰でも乗せていた。

 にもかかわらず、富裕層は乗り込んでこなかった。

 もしかしたらお忍びで乗っていたかもしれないが、富裕層とわかる格好はしていなかったはずである。


「善良な貧困層に紛れて、手癖の悪いのが狙ってきかねないからな。だからわざわざ、貧困層の中に入り込まないのさ」


 ターゲット層を広く設定する、というのは『大金持ち、中金持ち、小金持ち』という具合なら成功するだろう。

 だが『富裕層、貧困層』では、明らかに失敗となる。


「まあそもそも……対岸に行くだけだろ? 渡れればいいんだから、どっちもそんなにこだわりがねえよ。こだわりがあるのは、荷物を運んでもらう層じゃないか?」

「観光用の客船、というわけじゃないですもんね……」


 商業的に失敗している船だった、と言うことだろう。

 だからその船の主が怪しい、と最初から見抜いていたのだ。


「あたりをつけたぐらいで、根拠にはならないがね。さて……」


 改めて、ガイカクは子爵を見た。


「一応念のため申し上げておきますが……今は亡き御父上も、ご存命なら事態を解決できましたよ」

「……そ、そうでしょうか?」

「むしろこれぐらいの事件も解決できないようでは、子爵は務まりますまい」


 ナバタタの実父を見たことのないガイカクだが、子爵ができたんならこの事件も解決できたはず、と断じていた。

 結果を知った後ならみんなそう思えるが、それは犯人やその動機が明らかになったからであり、それ以前の状態では無理だと思ったはずだ。


「今回私は気球をつかって小細工をしましたが、普通に聞き込みをしても事件の前と後の変化に気付けたはずです。そこから絞り込めば、時間はかかっても解決しますよ」


 今回ガイカクがドラゴン・フライを囮にしたのは、むしろ演習が主目的だったからである。

 なかったらなかったで、ある程度のあたりをつけた時点で、自分で金貸しなどを探って終わらせていただろう。


 ガイカクが台本に書いていたように、長期化している方が犯人には至りやすい。

 一度の殺人事件よりも連続殺人事件の方が犯人を特定しやすいのと、まったく同じ理屈である。


「少なくとも、私でなければ解決できなかった、というのは誤りです。私の上司であるティストリア様は当然ながら、そのお付きであるウェズン卿も、私に報告書を渡す段階で大体予想できていましたからね」

「そ、そうですか……」

「いずれにせよ……貴方の仕事は、ここからです!」


 既に責任を果たしているガイカクは、改めて無責任なことを言った。


「さっきの有能ムーブによる、市民からの期待に応えられるよう、頑張ってくださいね!」


 未熟な少年に、理想的な領主のマネをさせた。

 それはそれで必要で、実際有益だったが……。

 今後、市民からの期待に応えられるか、不安になる領主とその側近だった。


 そう、彼らはあくまでも台本を読んだだけで、優秀になったわけではないのだから。


(……有能なふりを、しない方がよかったのかも)

「ゲヒヒヒヒ!」

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