予言者
ガイカクがこの地に来てから、およそ六日が経過した、その日の朝のことであった。
あいにくの曇り空で、お世辞にもいい天気とは言えない。その空模様を見て、ガイカクは心底嬉しそうに笑っていた。
「くくく……いい頃合いだ、最高だな、天の時、地の利、人の和……完璧にそろったときが来たなあ」
部下たちは付近の宿屋に泊まらせていたが、自分は領主の屋敷で厄介になっているガイカク。
彼は自分にあてがわれた部屋の中で、窓の外から空を見ていた。
そんな時に、部屋に入ってくる者が二人。
オーリ婦人と、ナバタタ少年である。
二人はそれこそ賢者や予言者を相手にしているかのように、恭しい態度をしている。
「ヒクメ卿……あらかじめおっしゃっていたように、気球の演習へ抗議をしてくる者が出ました」
「複数で現れましたが、そのほとんどが付き合いできた様子……やる気があったのは、一名だけでした」
無料で渡し舟をするとなれば、一種の不当廉売、ダンピングになる。
同業他社からすれば、潰しにかかられているようなものだ。
それに対して不満をぶつけてきても、そこまで不思議ではない。
いいや、正当な抗議と言えるだろう。
「そうですかそうですか……それで、なんとお答えを?」
「台本通り……何の問題があるのか、と」
とはいえ、である。
奇術騎士団の渡し舟を利用しているのは完全に貧困層であり、それすら全部さばけているわけではない。
人数が多すぎて順番待ちが長くなり、他の有料の渡し舟に乗る者も多いのだ。
であれば、客を独占している、とは言いにくい。
なにより、小舟の船頭たちへの救済措置でもある。
そのあたりを、前に出せば、強い抗議はできないだろう。
「素晴らしい」
何かの冗談のようで、悪党のようで、名探偵のようで、手品師のようだった。
「それではいよいよ明日、解決と行きましょう」
※
ガイカクが『明日解決しましょう』と言った六日目も、特に何も起きることなく、また奇術騎士団が何か変わったことをすることもなく、渡し舟が終わった。
だが一つだけ、変わったことがあった。
『明日は天候の不良が予想されるため、休止とさせていただきます』
これは、当然のことだった。
素人が空を見ても、『今日の夜にはドカッと雨が降るな』という空模様だった。
何なら、今もぽつぽつと降り始めている。
「へえ、明日は休みか……」
「まあ、あんなぷかぷか飛ぶのならなあ……まあ俺らの船だって、雨の後は休むし、そういうもんだろう」
もはや従業員と化していた、小舟の船頭たち。
彼らは明日が休みと聞いても、まったくうろたえなかった。
むしろ、ドラゴン・フライも普通の乗り物なのだなあ、と納得するほどである。
だがそんなふうに能天気なのは、仮雇用されている者ばかりである。
奇術騎士団の面々は、ドラゴン・フライをしっかりと地面に固定していた。
なにせ気球である、基本的に軽いのだ。
たとえ着陸していても、強い風が吹けば飛んで行ってしまう。
気球とは、そういうもんである。
地面に杭を打ち、しっかりとロープで固定する。
テンションを確認し、ゆるみがないことを確かめていた。
そう、この新兵器が、夜の大雨とそれに伴う大風で吹き飛んで壊れる……というのは、十分に考えられることなのだから。
厳重に固定しているということは、つまりそういうことである。
そして、その固定ぶりを遠くから見る影があった。
※
その夜、誰もが想定したように、大雨が降り始めた。
なかなか強い風も吹いており、多くの建物が風で軋んでいる。
そんな中で、街から外れた場所にある『発着場』に忍び寄る一団がいた。
半魚人である。
おそらくはアマノゾン河に潜んでいたであろう、およそ十人ほどの半魚人たち。
どこに潜んでいるのか見当もつかなかった存在が、あろうことか、自ら奇術騎士団の発着場へ現れたのである。
夜、雨降りしきる中。
全身が鱗に覆われた半魚人たちが、群れを成している。
それだけでもホラーなのだが、驚くべきことに雨合羽を着ている、二十人ほどの人影も見えた。
総勢三十人もの、あきらかに不穏な空気を身にまとうものたち。
あまりにも強い雨音の中、互いの姿を確認し合うと、そのままドラゴン・フライに近づいていく。
如何に強力な兵器と言えど、仲に誰も居なければ簡単に破壊できる。
そして……この気象条件ならば、嵐のせいだと思うだろう。
彼らは万事うまくいくことを確信したうえで、前に進む。
彼ら自身も、よく前が見えない。
そう、ダークエルフでもない限り、ここまで暗い道中でしっかりと視認することはできない。
(本当に来た……)
(全員、行くよ!)
そう、ダークエルフの見張りがいたのならば、発見は可能である。
雨音に負けないほどの音量で、警笛が鳴らされた。
なにごとだ、と襲撃者たちがうろたえるより先に、ドラゴン・フライの後部、客室部から武装した動力騎兵隊、高速擲弾兵隊が飛び出す。
「本当に来やがった……てめえら、アタシらのドラゴン・フライに何をするつもりだぁあああ!」
「餌に獲物がかかったな! 全員捕らえるぞ~~!」
「ち、ちくしょう、待ち伏せだ!」
「騎士団となんて、戦えるか! に、逃げるぞ!」
「おい待て、半魚人! 勝手に逃げるな~~!」
再三言うが、ガイカクの部下は、全員が各種族の最低値である。
だが相手が正規兵どころかただのチンピラで、しかも不意をついたのだから負ける要素がない。
雨に濡れることなく、ドラゴン・フライの中で英気を養っていた乙女たちは、瞬く間に『雨合羽』の男たちを拘束していた。
「くそ……逃げろ、逃げろ! 河に入れば、こっちのもんだ!」
「もう付き合ってられるか、俺らは逃げる! もうここに来ねえよ!」
だがさすがに、河に向かって全力疾走する半魚人たちまではどうにもならない。
仮に追いかけて河に落っこちるようなことがあれば、さすがに助からないだろう。
どうにかして陸の上に誘導したとしても、河辺である限り、半魚人は河に逃げられて終わりだった。
だが逆に言えば……逃走ルートが確定している、ということでもあった。
「河に飛び込め~~! って、おい! ま、待て! く、来るな!」
「お、おぼぼぼ、あ、いだ、いだあああ!」
ダークエルフたちは接近に気付いた瞬間に笛を吹いたのではない、半魚人たちが特定のポイントにたどり着くのを待っていたのだ。
そしてそこから河へ向かう最短ルート上に、あらかじめ袋形の網を配置していたのである。
まさに、一網打尽。
半魚人たちは河に向かって走る途中で、網に絡まって逃げられなくなっていた。
ガイカクの作戦通りに、極めて予定通りに、問題は解決した。
なにやら一緒に襲撃した者達も捕まえたが、とりあえず半魚人を捕らえるという目的は達成されたのだ。
だが……。
「本当に、捕まっちゃいましたね……御殿様の作戦通りですけど……」
「ああ、どうやらこのドラゴン・フライを餌にしたのだろう。なぜ餌になったのかは、まったくわからんが」
「棟梁はここに来る前から、こうなるって分かってたんだよな……なんでだ?」
ガイカクの手足たる乙女たちは、その作戦の全容……というよりも、今回の事件の全貌を知らないので、なぜ成功したのかわからないでいた。
※
さて、翌日である。
まだまだ空は荒れ模様。風はなかなか強く、やはり気球が飛べる気象ではない。
そんな空の下で、網でまとめられている十人の半魚人と、二十人の人間の男性たちが、広場で拘束されていた。
その広場には、船頭をはじめとした、大勢の市民が集まっている。
「さて皆さん、私ども、奇術騎士団は……半魚人が小舟を転覆させるという事件を解決するために、ここに参上しました。そして到着して七日目、皆さんの前に半魚人を捕らえて御覧に入れました」
そこには当然ながら、奇術騎士団やこの地の領主一家、そしてその側近が集まっている。
この場を仕切るのは、もちろんガイカク・ヒクメである。
「しかし皆さんの中には、なぜ一緒に人間を捕まえているのか、わからないという方もいらっしゃるでしょう。もしや無関係な人間も捕まえてしまったのか、と思うかもしれません。ですがご安心を、思いっきり関係者です。私が捕まえたかったのは、むしろこっちの方ですしねえ」
二十人もの、如何にもチンピラのような、成人男性。
事件について話題にも上らなかった者たちを、なぜ捕まえる必要があるのか。
捕まっている者達、領主一家と側近は把握しているが、他の誰もが首をかしげている。
なんなら、奇術騎士団の面々もそうである。
「ですが……今回の事件の全貌を語るには、一人欠かせない人物がいらっしゃいます。その方が来るまで、少々お待ちを」
だが今になっても、ガイカクは少々もったいぶった。
だがさすがの段取りである、ほどなくして領主の兵に連行される形で、一人の男がこの広場に現れた。
その表情は、すっかり憔悴しきっている。
「さて、皆さん。彼がなぜここにいるのか、どんな法的根拠によってここへ連れてこられたのか……さぞ疑問に思うでしょう。なので、彼が何者なのかを話そうかと」
当然だが、この連行されてきた男……三十代の男性は、この町の住人である。
しかし、そこそこ大きい町であるだけに、誰もが彼を知っているというわけではない。
「彼は……大きな渡し舟の船主、その一人です」
大きい渡し舟の、オーナーだという。
確かに裕福そうだな、と納得する。
しかしやはり、半魚人と関係があるとは思えなかった。
「そして、今回我ら奇術騎士団が逮捕した男達……半魚人と一緒に、ドラゴン・フライを破壊しようとした男たちの雇用主でもあります」
だがしかし、ここでいきなり、関係性が浮上していた。
「わかりやすく言えば、私が逮捕した男たちは、彼の船の用心棒です。彼が雇っている用心棒が、騎士団の兵器を破壊しようとしていたのですから、そりゃあ確認のために呼んでも不思議ではないですよねえ?」
もしもそうならば、この船主がここに呼ばれたことに異論はない。
普通に考えれば、用心棒たちは、この男の命令で気球を壊そうとしたのであり……半魚人ともつながっていたということになる。
「では皆さんお待ちかね……事件の全容について、お話ししましょう」
すべてのピースを揃えたうえで、ガイカクは満を持して推理を始めた。
彼の部下も含めて、全員が息を呑む。
「それまで、黙っていてくださいね?」
まだ容疑者ではない船主へ、黙るようにお願いするガイカク。
そう言われてしまえば、船主は黙るしかなかった。
「まず皆さん……この町の、善良なる市民の皆さんは、今回の事件を知ってこう思ったはず……長期間にわたって半魚人が船を転覆させ続けるなど、普通ではないと」
これに、誰もが頷く。
確かに一度や二度なら、過去にもあった。
だが今回ほど長期化したのは、さすがに前例がない。
「私もそう思いました。一回や二回なら楽しい悪戯ですが……長いこと転覆させるとなれば、もう労働、業務、仕事です。誰かに雇われている、としか思えなかった」
言われてみれば、当たり前の理屈だった。
またこの状況からして、船主に雇われていたのだろう。
もうその点に、疑問はない。
「であれば、半魚人に妨害工作を命じている誰かがいて……その誰かは、その妨害工作で利益を得ているはずです。そうでなければ、雇用を持続させられない。であれば、今回の事件で得をしている人物の中に、黒幕がいるはずでした」
しかしこの言葉には、今一頷けない。
大型船の船主が、今回の事件で得をしたなんて話は聞いたことがない。
だがその反応も、ガイカクにはわかっていた。
「そう……この船主殿だけが大いに潤っていたのなら、誰もが彼を怪しみ……私が呼ばれるなんてことにはならなかった。今回の事件をわかりにくくしたのは、この船主の得た利益が『ささやか』だったことです」
ガイカクは、大いに嘲っていた。
この船主が黒幕であることに、誰も気付かなかったことではない。
この船主の犯行の動機が、そしてその成果が、余りにもしょぼかったことへの嘲りである。
「今回の事件で起きたことは……大型の船舶が用心棒たちを雇用したことと……小舟を利用されていた客が大型の渡し舟に流れたことです。つまりこの船主は……」
は? というのが、全員の感想だった。
たしかに、その通りではあった。
当たり前のこと過ぎるが、この状況で言うということは……。
「小舟を転覆させまくれば、自分の船にお客がたくさん乗ってくれると思ったのです」
びっくりするほど、しょうもない話だった。
だが半魚人のチンピラ十人を雇って行う事件なら、なるほどと言いたくなる規模の悪事でもあった。
「そしてこの計画は、それなりに成功しました。事件を起こす前は赤字だった経営が、黒字にまで戻ったはず。だからこそこの船主は、半魚人に依頼を続けた……続けられたのです」
その言葉が真実であることは、船主の顔色からして明らかだった。
彼は一言も話さなかったが、その表情は余りにも雄弁だった。
真実が明らかになるにつれて、船頭たちの顔が怒りに震えていく。
戸惑いは晴れ、本来の感情が顕わになったのだ。
彼らの生活を脅かしていた者が、この船主だと理解したがゆえに。
「私はそれを察していました。なので私は、自作の気球で無料の渡し舟をはじめ……大型の船に流れていた、懐に余裕のないお客様を奪ったわけです。こうなると、もともとささやかだった彼の利益は、一気になくなりました」
船主は、震えながら、ガイカクを見上げた。
自分の腹の底を見抜く、どころではない。
自分の懐の奥まで、じっくりと観察されているようだった。
「不自然に思われないために、他の大型船と同様に用心棒を雇い、さらに半魚人を雇用していた関係で……事件を起こす前よりも人件費は増していた。かといって、今半魚人との雇用関係を切っても、何もかもが元に戻るだけ。結局赤字は確定です……とはいえ」
なにもかも、この男の掌の上。
今回の事件を『どうやって半魚人を捕まえるのか』などと考えていた者とは、発想のスタートから違っていた。
「仮に都合よく夜の雨が降るとして、騎士団の気球を襲うか、と言う話です。そりゃあ彼がその決断をしてくれれば、半魚人をけしかけてくれるでしょう。半魚人だけに陸の力仕事を任せるのは不安なので、用心棒も送り込んでくれるでしょう。ですが……まあやらないのでは?」
現に襲撃は起きているが、しかし言われてみれば変な話である。
待っていればその内騎士団が帰るかもしれないのに、なぜリスクのある行動をしたのか。
馬鹿だから、では済まないことであろう。
「私もそうおもいました。なので……領主様の側近に、合力を願ったのです」
ガイカクはここで、領主の傍に控えていた、執事やメイドに話を振った。
彼ら彼女らは、胸を張って、自信をもって、自分達の働きを報告する。
「私どもはヒクメ卿の要請通り、街の中にあるすべての『金貸し屋』を訪ね、次のように問いました」
「今回の事件が起きる前は返済が滞っていたのに、事件が起きて以降は返済が順調になった船主はいないか、と……」
同時に、市民たちや奇術騎士団は納得する。
犯罪に手を染めるほど、赤字に襲われていた船主である。
ならばその前段階で、借金をしているはずだった。
「それでは側近の皆様……どうですか、返答はありましたか?」
「いえ、どの金貸しも、正式な命令もないのに答えられないと」
「私どもはそれを聞き、そのまま戻りました」
「けっこう! まあ、正式な命令もないのに、答える義理はありませんねえ。ですが金貸しもバカではない、領主の側近がこの状況で訪ねてきたのですから、裏を読んだはず」
借金取りたちは、自分達が金を貸している者の中に犯人がいる、あるいはその容疑者になっていると悟った。
その彼らは速やかに帳簿を洗い、借金の返済がいきなり順調になった債務者を探し当て……。
おそらくすぐに、借金の返済を要求したのだろう。
「借金取りたちは、いい仕事をしてくれたのでしょうね。この船主を大いに追い詰め、正常な判断ができないようにしてしまった。ただでさえ犯罪を犯していた者が、さらなる罪を犯すほどになっても不思議ではない……いえ、当然でしょうねえ」
これが、水面下の動き。
ガイカク自身は気球の演習をしていただけだが、その実多くの事象を自在に操っていたのだ。
「そして昨晩を迎えた……以上です」
ここでガイカクは、あえて、オーリ婦人とナバタタ少年を見た。
そのままぐるっと回って、船主を見下した。
「さあ、なにか申し開きはありますか……この犯罪者め!」
いよいよ、この演目が終わる。
さあクライマックスだ、というところで……。
「奇術騎士団団長、ガイカク・ヒクメ卿」
厳粛に振舞うオーリ婦人が、ぴしゃりと芝居を辞めろと言ってきた。
「私どもの依頼は、あくまでも半魚人の捕獲であったはず。それを大きく超える判断は、慎んでいただきたい」
「お、オーリ婦人……?」
「ここは私どもの領地……今は亡き我が夫が治めた土地です。そこで越権行為をなさるのなら、恩知らずと言われようとも、声を上げねばなりません」
それに続いて、ナバタタ少年が、否、ナバタタ子爵が前に出た。
「ガイカク・ヒクメ卿。貴殿のおっしゃっていることは、たしかに筋が通っている。しかし、状況証拠に過ぎない。そこの半魚人や、半魚人と共に気球を襲った用心棒たちはともかく……」
子爵はあくまでも、公正、公平なる意見を述べた。
「船主が黒幕である、という確たる証拠はないはず」
「し、しかし……すでに、用心棒や半魚人どもから、証言は……」
「犯人の言葉を、鵜吞みにするというのか?」
ここで調子に乗っていた名探偵は、道化になっていた。
確かに、物的証拠はどこにもない。
演技の熱に浮かれていた市民たちは、正気に戻っていた。
「半魚人に小型の舟を襲わせれば、大型船も用心棒を雇わざるを得なくなる。そう考えた用心棒たちが、自分達の雇用を作るために半魚人と手を組んだ……という線もある。それはそれで、筋が通るであろう?」
「お、おっしゃる通りでございます……」
船主が怪しいことは明らかだが、騎士団長であるガイカク・ヒクメが子爵に従っていれば、誰も異論を言えなかった。
半魚人や用心棒たちはそうでもなかったが、彼らは口枷を噛まされている。
悔しいが、何も言えなかった。
「それで、どうなのだ船主よ。お前の口から、真実を明かすがよい」
「は、はい!」
天の助けを得たと、船主は一世一代の平伏に出た。
「た、たしかにそこな男たちは、私の雇った用心棒! し、しかし、この男どもが半魚人とつながっていたなど、知らなかったのです!」
嘘であった。
ガイカクの推理が正しく、この男こそが黒幕である。
半魚人も用心棒も犯罪者ではあるが、この男に報酬を渡され、指示を受けていたのだ。
だがこの場を乗り切れば、その真実は闇に消える。
「その不明は、恥じるばかり……し、しかし、誓って……誓って! 小舟の転覆、ましてや騎士団の気球を襲うように指示を出したことなど……!」
「なるほど、知らなかった、わからなかった、見抜けなかった、と」
「はい~~!」
平伏している船主は、内心で大いに笑っていた。
天魔の如きガイカクには叶わないと思っていたが、この小僧は公正さを貫こうなんて馬鹿をして、真実の犯罪者を自ら見逃そうとしている。
なんという若さ、青さ、間抜けさ。
内心で、嘲りが止まらなかった。
世間知らずの女やこの若造が、この場の最高責任者であったことを幸運と思っていた。
「そうか、ならば信じよう。半魚人どもと用心棒たちは、しっかりととらえる。しっかりと裁きを下すゆえ、神妙に時を待て。船主は管理責任を問うが、刑罰は下さぬ! 良いな!」
大人ぶった、真面目ぶった少年子爵の言葉。
それにはガイカクでさえ文句を言わず……そのため、騎士団もまた黙るしかない。
「寛大なお心づかい、感謝いたします! このような者達を雇用していた不明は、償わせていただきます……!」
だが船主は、自分が助かっていないことにまだ気付いていない。
「では船主よ……お前は今後、この河で渡し舟の業務を行うことを禁じる!」
「ははぁ! ……え?」
子爵の言葉は、寛大と言えば寛大だった。
業務許可を取り消すだけなのだから、捕まるわけではない。
だがこれを受け入れれば、借金だけ残して会社が倒産することを意味している。
しかし、これを止められるものは、やはりいないわけで……。
「このアマノゾン河に橋がない理由は、国防のためであることは知っているであろう。その大事な河の渡し舟を、お前のように従業員の腹の底も見抜けぬ者に任せておけぬ」
そして、返す言葉がなかった。
刑罰を避けるためとはいえ、自分の非を認めてしまった後である。
今更弁明など、できるわけもなく……。
(ま、不味い……にげ、逃げないと……!)
彼は夜逃げを計画し始めた。
しかし……。
「領主様、お話は済みましたかな?」
「ここで沙汰が終わりましたのなら、この船主はもう自由と言うことでよろしいですね?」
この場に集まった市民の中には、まさに領主の側近が接触した金貸しもいたわけで……。
船主は、ぞっとしていた。自分はちっとも助かっていない、刑罰を受けた方がマシであったと知った。
「うむ……無論だ。貴殿らが彼へ融資をしていたというのなら、その返済について話し合いをするべきであろう」
「ご理解いただき、感謝しております」
金貸したちは新しい子爵へ最大級の礼を払い、船主に近づいていく。
腰が抜けている彼を捕まえると、無理矢理立ち上がらせた。
その姿は、如何にも『出荷』であった。
怒りに震えていた船頭たちも、これには溜飲が下がる。
「ああ……ああ……」
「ふん……おい、見てみろ」
絶望している船主の顔の角度を、金貸しの一人が無理矢理変えた。
そうやって船主が見せられたものは、どす黒い顔で嘲るガイカクの顔だった。
「~~~~~~~!」
船主は、ここで周囲を見る余裕ができた。
こうして解決した事件の後には、市民の尊敬がナバタタに集まっている。
底知れぬ騎士団長さえ諫め、公正で厳粛な子爵。そういうヒーロー像が出来上がっており、頼りない少年と言う印象が消えていた。
一方でそのナバタタとオーリは、誰にも気づかれないように厳格な顔をしているが、それでも良く観察すれば『ちゃんと演技できた』という安堵が見える。
(こ、ここまで全部か、全部台本通りか!)
本当に台本があったことなど想像もできないだろうが、ここまでガイカクが描き切ったことに驚嘆して、船主は『悪党』の差を思い知るのであった。