脱走兵討伐依頼
伯爵からガイカクへの依頼。今回は山賊となった元正規軍の兵士を、討伐することであった。
居場所は大雑把にしかつかめておらず、今のところ特定できていない。
はっきりしているのは経歴と装備に加えて、その人数が二十人ほどだ、ということだろう。
種族 人間
装備 鉄の剣、鉄の槍、木の盾、革の鎧。
能力 並
魔法 初級攻撃 初級防御
人数 二十人
戦場 不明 人の少ない場所を移動していると思われる。
ガイカクは拠点に戻ってすぐに奴隷たちを集め、その情報を共有し、簡素ながらも軍事計画を練り始めた。
初めて自分たちが参加する仕事ということで、ダークエルフたちや獣人たちは緊張している。
そもそも、どうやって進行するのかもわからなかった。
まず何から始まるのかと思っていると、エルフたちが切り出した。
「今回は! 私たちの支援砲撃は必要ありませんね!」
「そうだな」
「いよっし!」
「やった~~!」
「人間ごときに、あんなに疲れたくないもの……」
「安心したわ……」
今回は支援砲撃をしない。それにガイカクが賛同したので、エルフたちは大いに喜んでいた。
その喜びように、ダークエルフも獣人も引いている。
とはいえ、砲撃に魔力を持っていかれたエルフたちの疲労具合を一度みれば、どれだけ嫌かは想像できる。
「どこにいるのかわからないんだから、砲撃の準備をするのは無理だしな」
エルフたちによる砲撃は、攻城兵器に近いところがある。
それは遠くから高威力の攻撃ができるという点もそうだが、移動や設置に時間がかかるという点も同じなのだ。
砲台も砲塔も大荷物で、運ぶルートも考えなければならない。
どこにいるのか全く分からない相手を探しながら運搬するには、本当に無理がある兵器なのだ。
「砦に陣取っているわけでもないから、オーガたちに突っ込んでもらってもいいんだが……今回は獣人の初投入ってことで」
「私たちが戦うのですね、族長」
「ああ。ダークエルフたちには、斥候を任せる。いろいろ道具を渡すから、夜間に探索してくれ」
「お殿様、それは構いませんが……」
やる気に満ちている獣人とちがって、ダークエルフたちは少し不安そうである。
その理由は、やはり自分たちが落ちこぼれだからだろう。
「相手は人間です、そう簡単にはいかないかと」
「ほう、その心は?」
「私たちの故郷でも、人間相手に夜襲を仕掛ける時は用心しろ、とよく言っていました。私たちのような落ちこぼれではない、普通の人へです」
ダークエルフは、夜に強い種族である。
それと敵対すれば夜襲をすると分かりきっているのだが、それでも夜襲を成功させている。
もちろん当人たちも自信があるのだろうが、それでも人間相手には注意しろと言ったのだ。
それは一種の敬意であり、警戒なのだろう。
「それは話が半分だな。相手が山賊に落ちたものなら、まったく問題ではない。まあそもそも、今回は夜襲なんてしないしな」
「そうなのですか?」
「ああ……まあ、やってみればわかるさ。人間の強さと、そのもろさをな」
そして、まさに人間そのものであるガイカクは、仮にも同族を襲うにも関わらず、なんとも嬉しそうな顔をしていた。
※
元々正規軍だった、人間の山賊二十人。
彼らがどうしてお尋ね者になったのかと言えば、シンプルに待遇への不満であった。
彼らは正規軍に入隊するため、そのための学校に通い、そこで多くの技術を身に着けた。
それには多くの費用と、多くの労力を要した。そのうえで彼らは、立派な兵士になった。
だが実際に正規軍へ入隊した彼らを待っていたのは、残酷な事実というには余りにもささやかで、しかし残念な現実だった。
軍隊の一部には、エルフやオーガ、獣人やドワーフもいた。
その彼らは、人間よりも待遇がよかったのである。
異種族の面々が全員エリートで、凡庸な人間を突き放す力があったなら、まだ納得できた。
だが実際には、並の実力者でしかなかったのだ。
同じく凡庸な者たちなら、せめて対等でいてほしい。
だが実際には、大きな差がついていた。
人間の国なのに、人間が冷遇されているのである。
「納得できません!」
「しかしだなあ……君も知っての通り、従軍しているエルフの魔力は人間の五倍、オーガの腕力は人間の五倍……それがどれだけ有効か、わかっているだろう?」
「それはわかっています。ですが兵士の仕事は、戦うことだけではありません! 平時の彼らは、何をしているのですか!」
「……たしかに、異種族の彼らは、平時は仕事をしていないようにも見える」
「実際そうではありませんか!」
「……しかしねえ、考えても見てごらんよ。彼らは故郷から遠く離れた土地に来ているんだよ? もしも待遇を悪くすれば、そりゃあ帰るだろう。そうなったらどうするんだ?」
「では我々人間の正規兵は、いくらでも替えが効くから待遇が悪いとおっしゃるのか!」
人間の兵士の方が、給料は少ないし仕事も多かったのだ。
もちろんそれには、仕方ないところもある。
エルフは力仕事ができず、オーガは細かい仕事ができない。
遠くから出稼ぎに来てくれた人へ、大目に給料を渡すのもある意味当たり前だ。
だがそれでは、納得できないところもあった。
彼らは抗議の意味を込めて、砦を無許可で抜けたのである。
如何に異種族が強いとしても、人間の軍の主体は人間。
自分たち二十人が抜ければさぞ困って、あわてて呼び戻すだろう。
そう思っていた彼らは、当初にやついてさえいた。
だが実際には、そんなことにはならなかった。
彼らが務めていた砦には、彼らと同等の補充要員が速やかに送られてきた。
加えて、彼らは脱走兵として速やかに手配された。
なんとも皮肉なことだが、人間の強さはあっさりと証明された。
彼らのような正規兵は学校によってすみやかに『育成』され、彼らのような脱走兵は速やかに『犯罪者』として報せられる。
これが他の種族にできるかと言えば、否であろう。人間はまったく、とても優秀であった。
彼らは大いに慌てたが、後悔してももう遅い。
彼らは砦から持ち出していた武装を手に、山賊に落ちるしかなかったのだ。
なお、おとなしく出頭するという考えはなかった模様。
とはいえ、彼らにとって唯一幸運だったことは、一人ではなかったということ。
異種族が優遇されることに不満を持っていた『二十人』は、全員が学校を卒業した正規兵。
質と数の合わさった暴力により、一般人相手の恫喝に成功することは当然ながら、同業となった山賊たち相手にも余裕で勝利し、順調に山賊としての旅をしていた。
だがしかし、そんな順調さはすぐに終わる。
凡人二十人ごときが山賊をしたところで、長続きするはずがないのだから。
※
正規兵崩れの二十人は、今現在森の中、道なき道を歩いていた。
彼らがなぜ道のないところを歩いているのかと言えば、多数の兵と遭遇するのを避けるためである。
だがしかし、その所作に臆病さはまるでなかった。
山賊に落ちた元正規兵たちは、正規軍時代よりも表情や振る舞いに風格があり、まるで十年も最前線で戦ってきたかのような雰囲気を出していた。
それは彼らが自信を身に着けている証拠であり、現在順風満帆だと自覚しているからだろう。
現在の彼らは、失っていた自信を取り戻していた。
やはり自分たちは優秀で替えが効かない存在なのだと。そうでなければ、とっくに捕まっているはずだと。
だからこそ自分たちは特別な存在であり、これから更なる躍進が待つはずだ。
今は共に軍を抜けた同志だけだが、直に配下を増やし、軍と呼べる規模の賊となり、自分たちを冷遇したすべてに復讐してやると大志を燃やしていた。
ありえない、とは言い切れない。
世の中の『乱』なんてものは、大抵こんなものから始まる。
彼らは火種であり、温床となる『可燃物』が、同じ不満を持つ者が大勢いれば一気に爆発する。
そしてこの世界は、悲しいことにその可燃物が多くあった。
権力者たちは、それをよく把握している。
だからこそ、彼らが動き出さないうちに、『ボヤ』の内に消そうと動いていた。
権力者の手足、何もわかっていない者たちへ命じたのだ。
森の中を進む彼らの、その前方。生い茂る木々の枝の隙間から、勢いよく『何か』が飛んできた。
如何に武装している兵士たちとはいえ、移動中常に剣や盾を構えて周囲を警戒しているわけでもない。
突如として突っ込んできたそれに、反応できたものは一人もいなかった。
「おごっ?!」
不意打ちだった。
前を歩いていた男五人は、一発ずつ『それ』をくらっていた。
ある者は顔面に、ある者は胴体に、ある者は手足に、ある者は持っていた武器に。
彼らはまったく警戒しないままくらってしまって、痛みを受けた場所を抑えてうずくまった。
また、直撃こそ受けなかったものの、危うく当たりかけた者たちもいた。
彼らは攻撃を受けたのだと理解し、一気に戦闘態勢になる。
「な、なんだ?! おい、大丈夫か?!」
「敵襲?! くそ……何を当てられた?!」
「これは……」
何かが飛んで来た方を警戒しつつ、山賊たちは仲間を盾でかばいながら周囲を見て、何が起こったのかを確認する。
「くそ……石だ!」
兵士に当たって血にまみれている石が転がっている。
木に、地面に、石がめり込んでいる。
それを見た兵士たちは、これが投石攻撃だと理解した。
「木の上だ……誰かが、木の上にいる! 石を投げてきた!」
「野卑な真似を……異種族だな!?」
「俺たちに仕掛けてくるとは、バカな奴だ!!」
投石攻撃。
それは原始時代から続く、非常に有効な攻撃の一つ。
安価で訓練が簡単で、遠くから相手に当てられる。
だが、それだけとも言える。
移動中とはいえ、兵士たちは防具を身に着けている。
その上ここは森の中、隠れる場所はいくらでもあった。
「あわてるな、人数はそんなに多くない!」
「矢継ぎ早に攻撃してこないということは、そういうことだ!」
「今ので死んだ奴がいるか? 最初の不意打ちで倒せなかったのだ、もうこちらが勝って当然!」
「だいたい木の上に潜んでいるのだろう? そんなに多く石を持てるものか!」
兵士たちは一旦木の陰に隠れた。
そのうえで周囲を見渡し、自分たちに石を投げてきたものを探す。
もちろん、絶対に生かして帰す気はなかった。
彼らは武器を抜かず、魔術の準備に入る。標的を見つけ次第、魔力攻撃を叩き込むつもりだった。
木の上に隠れているので見つけにくいが、木の上に隠れているからこそ移動できない。
見つけてしまえば、それで終わる。元兵士たちは、そう思っていた。
「いくぞ!」
「うん!」
女性の高い声が、森の中で聞こえてきた。
それを聞いて、兵士たちは笑う。
馬鹿め、どこにいるのか明かす馬鹿がいるか。
だがその笑いは、次の瞬間に砕かれた。
木々の隙間から飛び出してきたのは、緑色の服を着ている獣人の女だった。
彼らに見えたのは、本当にそれだけだった。彼らの自信が砕かれたのは、その彼女たちが別の木に飛び移り始めたことである。
「な、なんだ?! 獣人?! こんな動きをするなんて、聞いたことがない!」
動き自体は、そこまで早くなかった。
だがしかし、彼女たちが翻弄するように木から木へと飛び移り始めたことに驚いたのだ。
「おかしいだろう?! なぜ枝が折れない?!」
「太い枝ならともかく、細い枝も踏んでいるぞ?!」
「どんな手品だ?! 上から縄で吊っているのか?!」
「そんなわけがあるか! どこから吊っているんだ!」
彼女たちは何かの手品を使っているのだろう、到底体重を支えられるとは思えない細枝の上も踏んで飛び跳ねている。
そして気付けば、また木の陰に隠れてしまった。
この状況になって、兵士たちは気づく。
「ま、まずい! 攻撃するな、防御しろ!」
「盾と魔術で防御しろ、急げ!」
慌てるが、まったく間に合わなかった。
木の陰に隠れていた兵士たちだったが、それは正面からの攻撃しか防げない。
今飛び跳ねている間に側面や背後に回り込まれていたなら、包囲されたならば、ただ立ち止まって動かない的だ。
「~~!」
声のない気合とともに、獣人たちは投石を再度行う。
先ほどよりも近い距離で、より投げやすい足場で、より木が邪魔にならない角度で。
先ほどよりも少し大きくて重い石を、思いっきり投げていた。
「あ、ああがああ!」
「おづぅ!!」
今度の攻撃で、十人の悲鳴が上がった。
先ほどは十個の石を投げて半分しか当たらなかったが、今回は全部が当たり、なおかつほとんどが顔や頭に当たっていた。
それだけ彼女たちがいいポジションにつけた、ということだろう。
彼女たちは訓練の成果を確認すると、笑いをこらえながら他の木へ飛び移り、その影に隠れた。
「く、くそったれ!」
兵士の一人が、攻撃魔術を使用する。
基本とされる『マジック・バレット』。ボールほどの大きさの球を、高速で発射する魔術である。
当然ながら、相当の威力がある。もしも直撃すれば、軽装の獣人などひとたまりもない。
「ぐ……あ、当たってない……!」
だがしかし、兵士の一人が撃っただけでは、木の幹に隠れた相手に当てられるものではない。
枝を折り幹をへこませることはあっても、木の陰に身を隠した獣人たちには、一発も当たらなかった。
「落ち着け! 迷彩服を着ていて、木を壁にして、しかも飛び跳ねて移動できる相手に当てられるわけがない!」
「十数発も撃てば当たるだろうが……それで一人倒して終わりだ! 全滅させるより先に、全員の魔力が尽きる!」
迷彩服というのは、意外と馬鹿にできるものではない。
例えば一枚の写真の中に『五人いるから探そう』と言われれば、案外見つけられるだろう。
だがどの範囲にいるのかもわからないのなら、捕捉は困難を極める。
「ぐ、ぐうう!」
同志からの指示を聞いて、攻撃魔術を使った兵士は攻撃の手を止めた。
撃っている本人もまた、それが分かっていたのだろう。忠告を聞いて、即座に手を止めた。
「奴らは軽装だった……持っている石も、あと一つか二つだろう」
「どんな手品を使っているとしても、それを使い切れば離脱するはずだ」
「そうだな……なんとか耐えるしかない」
兵士たちは、初級防御魔術、シールド型のマジックバリアを展開した。
それはドアほどの大きさを持ち、正面からの攻撃を防ぐ盾となる魔術。
全員で輪を作れば、シェルター型にも似た運用ができる。
特に負傷している者を中心として、防御陣形を作っていた。
これで、しのげる。反撃こそできないが、相手を追い返すことはできる。
そう、信じていた。
「みんな! 最後の一投だよ!」
そして読み通り、彼女たちは投げる物をあと一つしか持っていなかった。
だがそれは、石ではない。また、未知の何かでもない。
兵士である彼らは知っているし、使ったこともある武器だった。
剛速球のように投げてくることはなく、何なら放物線を描いて投げてきたもの。
まるでパスでもするような、優しい投球。
それが自分たちの元へ転がってきた時、兵士たちは目をむいて驚いていた。
「な……焙烙玉?!」
火薬を二枚のお茶碗で挟み込み、縄で縛った物。それに火をつけて投げると、火薬が爆発することによって周囲へ陶器の破片がばらまかれる。
つまりは、フラグメントグレネード、手りゅう弾である。
しめて十発の手りゅう弾が、兵士たちの足元に転がってきた。
もちろん防御体勢はとっているが、それでも彼らの顔は引きつり……。
「……!」
その焙烙玉を投げた獣人たちは、あわてて木の陰に隠れ直して、目を閉じて、頭の上についている耳を抑えた。
そのしばらく後、抑えた耳が痛くなるほどの音が森の中にとどろいた。
鼻が痛くなる、火薬の臭い。
それが獣人たちの顔をしかめさせるが、その彼女たちはすこし気の抜けた顔で、木の上から降りた。
それこそ、まるで上から吊られているかのような、ゆったりとした着地だった。
「勝った、のかな……」
自信がなさそうに、獣人たちは互いを見合って、その後合流し、兵士たちのいた場所へと向かった。
そこには、元々くたびれていた武装が、さらにボロボロになっている、傷だらけの兵士たちがいた。
「じゅ、獣人か……!」
「くそ、なんで獣人が焙烙玉なんて……」
彼らは息も絶え絶えだったが、それでも生きていた。血まみれだが、立って武器まで持っている。
しょせん、陶器の破片をばらまくだけの武器。防御魔法を使っている人間たちを殺すには、火力が不足しすぎていた。
だがしかし『無力化』には成功していた。もうすでに、人間の兵士たちは立っていることしかできない。
「人間に渡されたんだろうな……自分が作ったわけでもない武器を、自分の手柄のようにな!」
「お前たちはいつもそうだ……人が作ったものの中で暮らしていて、なんの感謝もない!」
「自分たちには専門分野があるから、と言って……ええ?! なんでもできる奴は雑用でもしていろってのか?!」
彼らは呪いを吐く。
せめて彼女たちが嫌な気持ちになってくれと、最後の自己表現を行う。
「俺たち人間が、人並みにできるようになることに、お前たちが訳知り顔で使っている武器を作れるようになるのに……どれだけ頑張ったと思っているんだ! 人間ならそのうちできるようになる、とでも思っているのか?!」
「お前らにはわかるまい……一生懸命努力して力をつけても、その他大勢扱いされることの屈辱が!」
無力なるものの叫びだった。
強者への反抗だった。
それを聞く獣人たちはしばらく互いを見合った。
そして、にまりと、卑しい笑みを浮かべた。
「お前たちは……私たちが憎いのだな」
「当たり前だ!」
「そうか……ありがとう」
弱者として憐れまれることもなく、無価値として無視されるわけでもない。
強者として、勝者として、心底から呪われる。
それは彼女たちの自尊心を、大いに満たしていた。
「嬉しいよ、呪ってくれて! ぜひ、地獄の底でも呪っていてくれ!」
彼女たちは残された最後の武器……金属できている、ただの山刀を抜いて構えた。
そしてもう何もできないかわいそうな者たちに、残虐にも襲い掛かったのだ。
※
ぱっと見た限りでは、ランドセルと一体化したベスト、というとわかりやすいだろうか。
前側、お腹側にはいくつかのポケットがついており、そこには投擲するための石や焙烙玉を収納できるようになっている。
これだけ見ればただの軍用ベストだが、重要なのは背中側だ。この
この風船内部には非常に軽いガスが詰められており、着ている者や前側の武装の重量を軽減する効果がある。
あまりにも軽いため、武装を使い切ると本人が浮かんで空に行ってしまう恐れさえある。
それこそ、海中を歩いているかのような浮力を得るため、シー・ランナーの名前を与えている。
これを装備した獣人は、高機動擲弾兵となる。
機動力によって相手の側面や背後に回り、爆発物のような投擲武器を効果的に運用する。
ガイカクが立案し研究した運用法であり、獣人たちはそれをこなすために訓練を受けた。
単純に軽くなった体での身のこなしや、木と木の間の移動、体の可動域が減った状態での投擲。
何よりも、投げるとき以外は極力遮蔽物に隠れるという基本戦術である。
この
当然防御力もほぼなく、まともな防御力は期待できない。被弾は即死を意味するため、遮蔽物を利用した戦術を要するのだ。
また攻撃力も携帯武器に依存するため、十分とはいいがたい。実際相手が防御態勢をとっていたとはいえ、虎の子の焙烙玉を十個すべて当てたにも関わらず、人間ごときを殺せなかった。
相手がオーガなら素で耐えられてしまい、逃げるしかなくなっただろう。
とはいえ……そんなものは、運用法の問題に過ぎない。
人間二十人を相手にするには、十分だった。話はそれだけである。
事実として、任務は達成された。
獣人十人は、倍の数の正規兵を全員殺し、ほぼ無傷で帰ってきた。
彼女たちは両手で『首』を持ち帰り、実に鼻息を荒くしている。
勝利の興奮冷めやらぬ、とはまさに今の彼女たちだろう。
「ご苦労だったな」
襲撃地点の近くに置かれた野営地にて、ガイカクは彼女たちを迎えていた。
今回は野営地から動かなかった彼は、それでも彼女たちの状態を見て、それだけで自分の予定通りに事が進んだと笑っている。
その姿を見て、ダークエルフたちは驚いていた。
自分たちの故郷で、並の者たちが警戒していた『人間の正規兵』。それが、傷も負わせられないまま全滅した。それも、人数が半分の落ちこぼれたちを相手に。
「お殿様、どういうことでしょうか? 私たちの故郷の認識が間違っていたのでしょうか?」
「いや? お前たちの故郷の認識は正しい、確かに人間の軍隊は強い。人間は何でもできるから、対応の幅が広い。だが……それは社会全体の強みだ」
凶暴なほどに、ガイカクは笑っていた。
「城を作れる、畑を作れる、武器を作れる、流通ができる、役割分担ができる、大勢で軍を作れる。人間の万能さは、突き詰めれば社会を構築することだ。社会から切り離された人間なんて、大して怖くねえよ」
「同じ強さでもですか?」
「当たり前だ、とれる戦術の幅が違う。不意に襲われたとしても仲間を呼ぶこともできるし、拠点へ逃げ帰ることもできる。奴らにはそれができないから、その場で自分たちだけで戦ったのさ。そんなの料理できて当然だろう」
社会こそが、人間の強さ。
なるほど、この魔導士たるガイカクも、自分で社会を作っている。
ならば獣人たちは、ガイカクの生み出した社会による強さを振るったということだろう。
「ふふふ……勝って当然だった!」
ガイカクは、悦に浸る。
「勝って当然の『状況』が、実践されて実証された! つまり……俺の理論は、兵器は、運用は、戦術は、準備は! 十分に完ぺきだった! 素晴らしい!」
机上で描いた詰将棋が、実際の戦場でも計画通りに進んだ。
ガイカクは己の才気に、己の兵器に、己の頭脳に酔いしれていた。
これを味わうために、彼は違法魔導士をしているのだ。
「獣人たち! これで高機動擲弾兵の有用性は証明された! ありがとう、これで今後、より一層楽しい戦術が練れるぞ!」
「……族長に喜んでいただけで、何よりです」
「今までは重装歩兵と砲撃兵だけで、めちゃくちゃ単調だったからな! まあそれで大抵の相手には勝てたが、エルフたちの負担も半端なかったし、何より対応できる状況が……」
「ですが……」
興奮してしゃべりまくっているガイカクへ、獣人たちは傅いた。
「私どもの感謝の気持ちを、伝えたく……」
「……俺が喜んでいるだけじゃ嫌ってことか?」
「はい……私たちは『喜ばせ方』など一つしか知りませんが……」
それを聞くダークエルフたちは、顔を見合わせて下がり始めた。
貞操観念の強いダークエルフたちからすれば、こうも大っぴらに、集団で、体をささげるとか言われるのが信じられないのだ。
というか、他人事ながら恥ずかしくてたまらない。
「貴方に、感謝を伝えたいのです」
「やれやれ……オーガどもは興奮して仕方ないって感じだったが、お前たちは嬉しくて仕方ないのか。まあいい、欲求はこまめに解消するのが一番だしな」
一般的な人間が十人の獣人相手から求愛された時、どうふるまうのだろうか。
少なくとも、この男はそれから外れているだろう。
「今晩俺のテントに来い、全員分の感謝の気持ちを受け止めてやる」
男は、異常者だった。
次回は18:00投稿予定です。