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最善の方向性

 大勝した、その日の夜。

 ハルノー軍の幕僚たちは、改めてガイカク・ヒクメとオリオン、両騎士団長と軍議を開いた。

 ガイカクは普段通りにフードで顔や肌を隠しており、体を縮こませている。

 露骨に演出されるうさん臭さは、それこそ真面目にやれと言いたいところだが……。


「げひひひ! 改めまして……奇術騎士団団長、ガイカク・ヒクメにございます! ハルノー軍の皆様にご挨拶が遅れたこと……深くお詫びいたしますぞ……キヒヒヒ!」


(これが今日の大勝を演出した男か……)


 まさに、実績で黙らせていた。

 一番危険な役目を引き受けたうえで、敵を大いに崩した騎士団の長である。

 自分たちの無能で軍が負けかけていることを把握している幕僚たちは、彼のふざけた態度に文句を言えなかった。


「ヒクメ卿、軍議の場で過度な戯れはご遠慮願いたい」

「ゲヒ……お、おお! オリオン卿、お許しください……!」


 過度(・・)な戯れはよせ、と釘をさすオリオンに、ガイカクはあっさりと従った。

 ふざけすぎませんよ、という小芝居であったらしい。


 実際、ふざけている場合でもなんでもない。


「ヒヒヒヒ……今日のところは気持ちよく勝たせていただきましたが……明日はこうもいかぬでしょう」

「……話に聞くガゲドラとやらは、今日の戦場に影も見せなかった。これはたっぷりと、しっかり休みを取ったということでしょうな」


 軍の責任者が戦争中に一日休む、など普通なら異常である。

 だが自分が最高戦力であることや、奇術騎士団という何をしてくるのかわからない輩の参戦を思えば、むしろ当然の対応であろう。


「ガゲドラとやらは、間違いなくオーガのトップエリート。それも肉体的な全盛期……一日のしっかりとした休暇は、体の調子を戻すに十分。もちろんそれでも全快とはいかないだろうが……」


 つい昨日、傷を負いながらも全力で戦い、しかし今日一日しっかり休んだガゲドラ。

 つい昨日到着したばかりで、しかし今日一日前線で戦ったオリオン。


 両者が『明日』戦えばどうなるか。


「まず間違いなく、私よりは強いだろう」


 既に全盛を過ぎているオリオンは、一切臆さず事実を伝えた。


「三ツ星騎士団総出で潰せば話は違うだろうが、奴にも相応の部下はいる。奴同様に、今日しっかり休んだ者たちがな……」

「ゲヒヒ! ああ、怖い怖い! まあそうでもなければ、ハルノー将軍を倒すことはできますまい」


 そしてガイカクもまた、その脅威を讃えていた。

 敵を褒めるなと言いたいところだが、ここで落とせばハルノー将軍の格も落ちる。

 幕僚たちは、黙して言葉を受け止めていた。


「敵方も、ガゲドラ将軍が戻れば勢いを取り戻す……今のところ人数差では勝っているが、場合によっては明日だけでひっくり返されるだろうな」

「ゲヒヒヒヒ! 聞けば敵の前線は負傷兵が多かったとか……焙烙玉を使い切ったのに、殺せたのが負傷兵ばっかとか……いやあ、合理的な敵は手強いですなあ!」


 二人は悲観的なことばかりを言って、しかし自信がみなぎっている。

 これが異常か、と言えばそうでもない。仮にここにハルノー将軍がいれば……。


(閣下がいらっしゃれば、同じように笑っていたはず……)


 幕僚たちは、この悲観的な不敵さに頼もしさを覚えた。


「その、強大なガゲドラと側近は我ら両騎士団で受け持つ。勝つことはできないだろうが、持ちこたえて見せる」

「三ツ星騎士団はともかく、奇術騎士団にあまり期待なさらないでいただきたいですなあ。なにせ我が奇術騎士団は、弱兵ばかりですので! まあそれでも、三ツ星騎士団の『呼吸』を助けるぐらいはするつもりです」


 二つの騎士団が総がかりで、劣勢になるしかないと言い切るガゲドラとその配下。

 それを戦場で実際に目にすれば、味方の兵たちは心が弱り、敵は奮い立つだろう。

 それを思うと、幕僚たちは……奮い立った。

 彼らは、優秀である。ハルノー将軍の信頼する、優れた策士たちである。


「承知しました、我らもまた守勢に回り、何とかして敵の進撃を食い止めましょう」

「少々ですが、こちらの士気も持ち直しております。両騎士団が健在ならば、兵たちも踏ん張れるはず」

「もとよりこちらの数は多い……無謀な攻めと非情な捨て駒の、そのツケを払わせてみせましょう!」


 彼らは明日の守勢に向けて、本格的に動き始めた。

 守勢に備えて、どこにどう兵を配置するか。

 そのために何が必要なのか、何に警戒するべきか。


 彼らはようやく将の不在から復帰し、己の職務を果たし始めた。

 その姿を見て、ガイカクとオリオンは当然、と笑いあうのであった。



 同時刻、であった。

 ガゲドラ軍の陣地では、まさに軍法会議が始まっていた。


 今日はまさに惨敗、言い訳の余地がない。

 如何に想定されていたこととはいえ、決定的な敗北ではなかったとはいえ、看過しがたい大敗北であった。

 そしてなんとも残酷なことに、誰が悪いのかはっきりしていた。

 前線の指揮官たちであり、前線の兵士である。


 彼らが崩されたことで、後方の兵たちはまるで何もできなかった。

 むしろ巻き添えをくらって、負傷した兵たちもいたほどである。


 だからこそ、ガゲドラ軍の幕僚では、前線から生き残った将校たちが裁かれようとしていた。


「今回……奇術騎士団とやらが見事に引っ掻き回してくれた。これはもう、褒めるしかないな。少なくとも私は、騎士団相当の戦力があったとしても、同じことができるとは思えない。が、それはそれとして、お前たちの失態は明らかだ」


 多くの将兵が集まる中で、ガゲドラの参謀を務める高級将校は粛々と、しかしわかりやすく話を進めていた。


「死んでもらおうか」


 この決定に、異を唱えることはできない。

 この場で許されたとしても、他の将校たちの手で闇に葬られるだろう。

 だがだからこそ、前線に配置された将校たちは、心の底から吠えていた。


「ふざけるな! お前たちは最初から、私たちを、私と兵たちを見捨てるつもりだっただろう!」

「そうだ……負傷兵が多かったのは、つまりそういうことだ! 奇術騎士団が何をしてくるかわからないから、既に傷を負っている者をぶつけたんだろう!」

「私たちを使い捨てたとしても! 次は我が身だな!」

「ガゲドラが今日何をしていた? 酒を飲んで女を抱いて、寝ていたんだぞ! 奴をまず裁け!」


 彼らの叫びは、本心だった。

 実際、他の将校たちもそれはわかっている。

 そう、戦いが始まる前から、わかっていた。


「そうだな」


 いや、将校になった時から、わかっていたことだった。


「お前たちの言っていることは、そんなに間違っていない。だがな、それは今更だろう。兵法とは根本的にそういうものだ。そして……すべて必要なことだ」


 参謀は、あくまでも淡々と語った。


「あえて言う。お前たちも参加した、初日の『無理な突撃』。アレをしていなければ、我らは今頃壊滅していた」


 万の軍を従える、歴戦の雄ハルノー将軍。

 その彼の元に、正統派騎士団三ツ星騎士団と、想定不能の奇策を用いる奇術騎士団が来ていれば……。

 それこそ、正面からぶつかって敗走、さえ許されない。包囲されてそのまま壊滅に追い込まれていただろう。

 ガゲドラがそれを未然に防いだからこそ、今日は敗走で済んでいる。


「加えてだ、今日ガゲドラ将軍が出ていればどうなったと思う。昨日の激戦で疲労したまま戦地に立てば、三ツ星騎士団のオリオンとやらに殺されていただろう。そういう強襲は、獣人の十八番だからな」

「……」

「そうなればやはり、我らは敗北していた」


 兵を徒に殺せば、将兵から反発を買うのは当然。

 だが冷静に考えれば考えるほど、他に打てる手がない。

 ガゲドラは最善を尽くし、犠牲を最小限に抑えようとしている。

 その犠牲になったのが、最前線の者達と言うだけで。

 

「そしてお前達のように傷ついた兵を前線に置いたのは……これは弁解の余地がないな。とはいえ、不適当でもない。再三いうが、総じてみればこちらが不利なのだ。配慮する余裕などない」


 仮に、この戦争で負けたとする。

 敗軍の将は責任を取ることになるだろう。

 だが、最善を尽くしていれば罰は軽くなる。

 そしてこれから殺される将校たちを除いた全員が、ガゲドラ将軍は最善を尽くしていたと言い切り……。


 敵前逃亡をした将兵たちは、殺すしかなかった。


「それに対して聞くが……お前たちはなぜ踏みとどまらなかった? 兵が逃げたとしても、捕まえて戦わせるのがお前たちの仕事だ。そしてそれができなかったなら、それは罰を受けるに値する」


 最前線の兵たちは、捨て駒だった。

 だがそれは、言わなければわからないことだろうか。

 そもそも最前線の最前列とは、そういうものである。

 敵に騎士団が合流したことを伝えているし、報酬も弾むと言っているのだから、暗に危険だと伝えているようなものだ。

 少なくとも将校たちは、そう受け止めるべきだった。


「責任を取れ、以上だ」


 捨て駒は捨て駒で、役目と言うものがある。

 つぶれ役として、踏みとどまるという役目であった。

 それを果たさないことは、重罪である。

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