戦場への道
量産された兵員運搬用のライヴスは、トラックや蒸気機関車と同じような構造をしている。
つまり前方の『動力車両』に心臓やら栄養タンクやらが集中しており、後部の車両はただの『荷車』となっている。
こういうと前方の車両に、凄いみっしりと機関が詰まっていると想像するかもしれない。それだと整備性が悪くなるため、それこそ蒸気機関車の先頭車両のように、少々大きめの構造になっている。
よって前後を合わせるとかなり大型の車両なのだが、本当に運搬専用のため戦闘は想定していない。
それこそ先日のケンタウロスたちでも、あっさり破壊することができるだろう。
そんな車両が列をなして進むさまは、なんとも『異様』だった。
だが異様ではあっても、異常だとは認識されなかった。
なにせそもそもの『馬力』が大したものではないことに加えて、普通の馬車と同じ速度で進んでいる。
ちょっとした坂道を上る際には、乗っている者たちが全員降りて、さらに後ろから押すほどであった。
これを見て驚異の新兵器だ、と思う者はそういないだろう。
第一次大戦当時の戦車を、さらにしょぼくしたものだと思って問題ない。
よって、三ツ星騎士団と奇術騎士団の移動は、さほど問題が起きることはなかった。
だが前線へ近づくにつれて、誰もが緊張を高めつつあった。
なにせ、戦場である。先日のアルテルフもそうだったが、騎士として前線に立てば実力のあるものから狙われる。
そんな状況へ向かっていることに、緊張しない方が間違っていた。
だがただ緊張するだけではいけないのが、ガイカクとオリオンである。
二人は戦場に到着する前日も、二人で打ち合わせをしていた。
「重ねて申し上げておきますが……戦場では現地の将軍閣下からの指示に従っていただきたい」
「ええ、それはもちろん。何であれば、指示がない限り指一本さえ動かしませんよ」
「……」
「そう不安がらないでいただきたい。私が信頼できないのはお分かりですがね……ひひひひひ!」
なんとも厄介なことだが、ガイカクは信用されるような人格ではない。
また同時に、なんでもできそうな男である。
だからこそ、やる気はない、と言っても誰からも信用を得られなかった。
もちろん、オリオンもである。
だがそんな困惑に対して、ガイカクはわかりやすい根拠を示した。
「割と真面目な話ですがね……例えば私の新兵器で、敵軍を皆殺し……なんてことはできません」
「それは、まあ、そうでしょうが……」
「これは信じていただきたいですね。そこまでのリソースを、私は持っていない」
リソースという言葉は、オリオンも知るところである。
彼は一切反論や疑問を出さずに、彼の説明に耳を傾けていた。
「少ない労力で、数百倍の敵を殺す……そんな与太話が、ないとは言いません。雪崩を利用するだの、悪天候を利用するだの、トンネルの入り口と出口を同時に爆破するだの……そういう『失敗例』は枚挙にいとまがない」
ここでガイカクは、あえて『失敗例』と言った。
これはジャイアントキリングを成した側の功績と言っているのではなく、されるような状況を作った側の失態だという言い回しである。
まったく、ごもっともであった。少数側が大多数側を一方的に殺すとなれば、大多数側が戦術的な大失敗をするほかない。
「仮に……一軍をどうにかする策や兵器があったとして……それは相応のリソースを割かなければ完成しないでしょう。私にそれはありません」
ひとさじの分量で『全人類の致死量』になる強力な猛毒もある。手に入れようと思えば、簡単に用意できる。
だがそれを敵全員に、確実に、戦闘中に、迅速に投与する……というのは、『相当のリソースを割かない限り』不可能だ。
味方ごとまとめて、という非人道的な選択を含めたとしても、なお無理である。
というか、それが成立する事態があるのなら、それは別の手段でも勝てる状況であろう。
まして大量破壊兵器や爆撃機など、一人の天才が二百人ぐらいの部下をこき使ったぐらいで完成するものではない。
「結局のところ、私もあなたも『敵の流れをよどませる』ことはできても、単独で敵軍を殲滅できるわけではない。そして……戦場をよどませても、数と連携が取れなければ立て直されてしまう」
「……おっしゃる通りです」
「まあとはいえ……こんなのは教本にも書いてあることです。そしてそれを、誰もまもりゃあしねぇ。ひゃははははは!」
ガイカクは、世の中の大馬鹿へバカ笑いをしていた。
「割と真面目な話、いざって時は殴って止めてくださいな。俺の部下も、それぐらいのことで怒ったりしませんよ」
「……冷静ですね」
「どうだか? 現場ではテンパって、わけのわからんことをしでかすかも……げひひひひ!」
ガイカクもバカではない。
オリオンが何を懸念しているのか、よくわかっている。
結局、世の中の人間が全員『教本通り』に動くのなら、事故も事件も起きないのだ。
教本を真面目に読んで、その内容をきちんと把握したうえで、それでも問題行動をしてしまうことは往々にある。
だからこそ、実績を積み上げずして信頼は得られないのだ。
「……現場で判断をさせていただく。それでよろしいですな」
「ええ、我らは現場の者ですからねえ」
この場で『ああしろこうしろ』と言ったところで、現場のガイカクがどう動くのかなどわからない。
すくなくとも以前のアルテルフを討った際には、スタンドプレーに走ることはなかったらしい。
ただ一例しかないが、それでも歩調を合わせるだけの合理性は持っている。
事前に注意する、という最善を尽くしたオリオンは、翌日に備えていた。
「明日の夕方には、現場に到着します。どうか、御覚悟を」
「ええ、楽しみにしておきます」
そんなことを話していた両者だったが、明日にはそれどころではないとすぐに知ることになる。
「……ハルノー将軍へ、無礼のないように願います」
「ひひひひ! お任せを!」
そのハルノー将軍が、敵によって倒されていたのだった。
※
カマナッカ平原。
特になんということもなく、広々とした平原である。
周辺に大きな町もなく、だからこそ合戦の舞台となりやすい土地。
そこへ両騎士団が到着したとき、自軍は大いに混乱していた。
「……ヒクメ卿。一応お伺いしますが、これは貴殿の手品ですか?」
「俺を何だと思ってるんだ、アンタ」
「冗談です。これは……良くない事態のようですね」
「こんな時に笑えねえこと言うなよ……ほら、俺の旗を見て偉いっぽい人が走ってきた」
到着した時、既に夕方。
どうやらつい先ほどまで戦闘が行われていたらしく、周囲はずいぶんとざわついている。
兵たちは興奮しているというよりも混乱しており、騎士団の旗を見た者たちは安堵して崩れ落ちてもいた。
これでは敗北寸前の軍ではないか。
そう思っていた両騎士団の者達へ、幕僚たちが走ってくる。
「お、お待ちしておりました! 奇術騎士団団長、ガイカク・ヒクメ卿ですね!?」
「……違います」
「間に合った、間に合ってよかった……! ハルノー将軍が、敵将の刃に倒れました!」
「……そうですか」
「奇術騎士団団長と言えば、国内随一の医者と聞いております! どうか、将軍閣下をお救いください!」
「……オリオン卿、私は救命処置に入ります。最善は尽くしますが、期待はほどほどに。私が戻るまでの間に、この軍の中枢をある程度まとめてください」
なんで自分の弱兵への治療はほどほどで、他所の者ばかり治療するのか。
ガイカクは天才ゆえの苦悩に悶えつつ、状況を把握していた。
というか、ここまで聞けば状況は明らかである。
両騎士団が合流するまえに、ハルノー将軍が倒れたのだ。
いや、敵が倒した、というべきだろう。
この場合は、敵が成功した、という方が正しい。
そう、正しいのだ。
「……三ツ星騎士団、従騎士! 総員、聞き取り調査を開始しろ! 正騎士は私と共に、幕僚との軍議を行う!」
「砲兵隊! 緊急手術の準備をするぞ! 重装歩兵隊! 相手がフィジカルエリートなら、手術に腕力がいる! 医療用ののこぎりを使うから、協力しろ! 他の奴らは一旦待機!」
仲間内の不和が起きるかどうか、など気にしている場合ではなかった。
軍の要である将軍が倒れたということは、両騎士団長が軍をとりしきらなければならない。
当然ながら、その負担は甚大である。
(相手はおそらく猛将の類だな……根拠があったわけではないだろうが、最悪の手を打ってきた)
(敵は自分の武力に自信がある、若い武将と見た……俺の天敵だな)
シンプルに、敵が強い。
両騎士団長は自分たちの気が緩んでいたことを戒めつつ、最善を尽くし始めていた。
※
カマナッカ平原、自国側。
現在その雰囲気は、大いに沈んでいた。
敵将と味方の将軍が戦い、味方側が負けたのである。
それも、敵は味方の軍を蹴散らしながら接近し、その後で戦い、勝ち、そのまま逃げおおせたのである。
この事実を知って、『なんだ逃げたのか』だの『国一番の医者が間に合ったから助かるだろう』と思う者はいない。
人数的に考えれば、一人が負けただけである。
戦力的に考えても、多めに見積もって数十人分である。
だがその将軍が倒されたことで、自軍は大いに沈んでいた。
将軍と話をしたこともない末端の兵や、下級将校たちでさえ、その将軍が倒されたことで沈んでいた。
落ち込みすぎだ、と笑うことは騎士団にもできない。
彼らとて、騎士団長がやられた時のことなど、考えたくもないのだ。
「もしも旦那様がやられちゃったら、悲しいよね~~」
「族長が負ければ、我らは終わりだな。我ら弱卒を率いてくださるのは、あの方をおいてほかにいない」
「御殿様は前線に出ないけども……後方に陣取っていても、攻め込んでくるんだよね……」
「棟梁のやられるところは想像できねえが……枯れないと思っていた鉱山が枯れることもあるしな」
特に奇術騎士団の『半数』にとって、ガイカクがやられることは致命的である。
彼女らがいい暮らしをできているのは、良くも悪くも彼女らの『能力』によるものではない。
「騎士団長になにかあったら……奴隷契約はどうなるんだろう?」
例外と言えば、人間の歩兵隊だろう。
彼女らは元々傭兵であり、能力も平均である。
百人ひと固まりで雇用されるのは難しいが、ばらければ自立した生活が可能であろう。
「少なくとも、騎士団に属することはできないでしょうね……」
「せっかく騎士になれたのに……いや、騎士と呼ばれていないけども……」
とはいえ、そんな彼女らも……ガイカクが倒れれば、他の騎士団へ移籍……など絶対にありえない。
それどころか、いつか助けた違法魔導士のところで働かされていた人のように、『誰もが想像するかわいそうな奴隷』そのものとして生活することになるだろう。
いや、それどころか、誰からも雇ってもらえず、浮浪者に落ちる可能性が高い。
そんな彼女らだからこそ、『頭』の重要性はよくわかっていた。
それこそ、今悲しんでいる彼ら以上に。
だが……だからこそ。
「まあ、騎士団長たちなら、何とかしてくださるだろう」
悲嘆にくれる自軍の中でも、ある程度の楽観ができていた。
騎士団長がいるから大丈夫、そう思うことができていたのだった。
※
騎士団が到着した日、その深夜。
ライヴスの中で行われていた、ハルノー将軍への緊急手術は一応の終わりを見た。
ガイカクは報告をするべく外に出ると、そこにはオリオン卿だけが待っていた。
「……ハルノー将軍の部下は?」
「私が無理を言って、無理やり寝かせました。寝れてはいないでしょうが……それでも、無理やり休むべきでしょう」
「違いない……彼らまで倒れたら、それこそ撤退するしかなくなる」
ガイカクは、へとへとになっている砲兵隊と重装歩兵隊を下がらせ、代わりに夜間偵察兵隊を呼んで看病を任せた。
そのうえで、真夜中の空の下で軍議を始めた。
細部は後で決めることになるが、大筋はここで決めるつもりである。
「率直に伺います、ハルノー将軍の容体は?」
「術は成功しました、二日後には目を覚ますでしょう。これは彼の精神力が最大値であることが前提だと思ってください」
「それより早くなることはない、と言うことですね。承知いたしました」
オークや一部のラミアは特に生命力にあふれているが、他のフィジカルエリート種族もケガの治りが早い。
適切な処置をすれば、普通の人間よりもはるかに回復が早いのだ。
だがそれにも、限度はある。
「それで、敵将の情報は」
「オーガのエリート、ガゲドラ。若き猛将であり、多くの武勲を上げている強敵です。配下にも強者が多くおり、その精鋭で瞬く間にハルノー将軍の陣を破り打ち勝ったと。その突撃で敵兵にも大きな犠牲が出たそうですが、こちらの指揮の混乱はそれ以上ですな。幕僚を相手に軍議を開こうとしましたが、全員の頭が動いておりませんでした」
「それは強敵だ、わかっちゃあいたが……厳しいな」
味方の犠牲をいとわぬ突撃で、敵将を討つ。
なんとも『バカ』な作戦だが、成功すれば話は違う。
犠牲が出ることが承知で突っ込んで、求めた成果を出したなら、それは成功なのだ。
「我らが到着するとの情報を摑んでいたかはわかりませんが……結果として、我らはだいぶ追い込まれている。脅威、と言わざるを得ません」
「獣人のエリートである貴方から脅威という言葉が出るとは……笑えますねえ」
敵の立場で考えたとして……。
考えようによっては、味方の犠牲を出しつつ敵将を倒したと思ったら、騎士団が二つも到着して立て直しをされてしまった……とも思うだろう。
だがもしも敵将を、ハルノーを倒していなければ、敵はより一層盤石となり、勝ち目が潰えていた……とも考えられる。
いや、後者の方が正しいのだ。
「では、明日が勝負ですね」
「私もそう思っておりました」
ガイカクとオリオンの目が、ぎらりと光った。
「この状況では、五分の戦いはできない。五分になった時、本来の将が欠けていれば踏ん張れませぬ。ゆえに……士気の差が問題にならないほど、数の差を作るよりほかにありますまい」
「士気十分な敵をしこたまぶっ叩いて、数を削ぎまくる……ひひひひひ!」
敵はこちらの指揮と士気をがたがたにした。
だがそれと引き換えに、数を減らしている。
自陣も数を削がれたが、相手の被害はより大きいのだ。
つまり、つけ入るスキがある。
ハルノー将軍が二人に残した、大きな勝算だった。
「不謹慎ですがねえ……楽しくなってきましたよ!」
「奇遇ですね、私もです」
ガイカクは邪悪に、オリオンは凶悪に。
ともに、この苦境で大いに笑っていた。
いや、この劣勢で笑えてこそ、戦場での強者であろう。
ここで臆病風に吹かれては、なにかを守れるわけがない。
「では明日の一番槍は、この奇術騎士団がお受けします! ええ……手品のように、敵を削ぎ落しましょう! ぐへへへへへ、あああああはははは!」