戦争の序曲
三ツ星騎士団といえば、超正道の騎士団である。
超邪道な奇術騎士団と手を組むことによって、株が大幅に下がったが……。
それでも、ザ・騎士団であることに変わりはない。
少なくとも、奇術騎士団よりは信頼と実績があり、奇術騎士団のお世話係としては十分である。
この騎士団がセットなら、たぶんまあ変なことにはならないだろう。
軍上層部もそう判断しており、ティストリアへこの二つの騎士団を派遣してもらうよう依頼してきた。
もちろんティストリアはこれを受け入れ、二人の騎士団長を呼んだのである。
「よく来てくださいました、オリオン卿、ガイカク卿」
「騎士団長として、当然のことです」
「げひひひ! 今日もお美しいですなあ、ティストリア様……ひひひひ! 眼福にございます!」
「確認ですが、両騎士団は動けますか?」
かみ合っているのかかみ合っていないのかわからない会話であった。
ティストリアもオリオンもガイカクも仕事モードなのだが、ティストリアは事務的で、オリオンは紳士的で、ガイカクは下手に出ていた。
そして全員ある意味真面目なので、特に突っ込むことなく話が進む。
「報告の通り、三ツ星騎士団へ回ってきた仕事は、すべて完了しております」
「奇術騎士団で入院されていた生徒は、全員退院いたしました。エルフの少女……貝紫騎士団団長のセフェウ卿のご息女も、皮膚の移植が済みましたので、転院の手続きをしております」
「そうですか、それは何よりです。では両騎士団に、合戦への参加を要請します」
わかっていたことではあったが、軍務であった。
普通なら緊張するところであるが、精鋭中の精鋭たる騎士団長にそれはない。
ガイカクでさえ、まったく怯えていなかった。
「カマナッカ平原でハルノー将軍の軍と合流し、敵と当たってください」
「承知しました」
「ひひひ! 拝命致します」
「これは言うまでもありませんが、オリオン卿からは伝えにくいはずなので、私から明言いたします」
何もかも事務的なティストリアであるが、有能であることに変わりはない。
彼女の『注意』は、まさにオリオンが言いたくても言えないことであった。
「ガイカク卿。現地ではハルノー将軍の指揮下に入り、その指示に従うように。またオリオン卿からの指示があれば、それにも従ってください。これは総騎士団長である私からの命令です」
(ありがたい……私からは言えないからな……)
三ツ星騎士団と奇術騎士団の関係……というかオリオンとガイカクの力関係は、明らかにガイカクが上である。ガイカクが問題行動をしても、オリオンは突っ込めないのだ。
任務外ならそれも許されるが、戦場でそれを通されるわけにはいかない。
「おお……おお! そのような心配をさせてしまうとは、このガイカク・ヒクメ……申し訳なさで心が一杯でございます!」
「貴方に非はありません。先日の参加でも、足並みを乱すことはなかったと聞いています。貴方の実績を見るに、本来なら不要な命令です」
(そうか?)
ティストリアは発言とかをガン無視して、実績だけで判断している。
それはそれで正しいが、ガイカクの振る舞いを横で見ているオリオンは、正直疑問だった。
「しかしそれは貴方の功績を良く知る、直属の上司である私だからこそ。ハルノー将軍やその配下にはわかりようがありません。なのでこの命令はガイカク卿やオリオン卿に向けたものではなく、外部を安心させるためのものだと思ってください。もちろん、だから破っていい、と言うわけではないのでご注意を」
今回の命令は、ハルノー将軍側にも伝えられている。
つまりガイカクがこの命令に反する……ハルノー将軍やオリオンの命令に反したときに『ティストリア様にチクるぞ!』と言えるようにしておくのだ。
これで相手は安心なのである。正しく言うと、安心材料が一個増えるのである。
「ご安心ください、ティストリア様。このガイカク・ヒクメ、一軍を操れるだけの器量も力量も持ち合わせておりませぬ」
(器量と力量、か……ガイカク卿も、ド素人ではないらしい)
この場合の器量とは、周囲から『こいつの命令なら聞いてやってもいいかな』と思わせるだけの権威である。
この場合の力量とは、軍に対して具体的な指示を出せる力である。
この二つは明確に別の物だが、ガイカクにはどっちも備わっていなかった。
素人ほど「やってみればなんとかなるんでないの?」と思うので、できない理由を並べられるだけ、ガイカクはマシである。
もちろん、器量はともかく、力量に関してはできるほうがいいのだが。
「よしんば私めが知ったようなことを言っても、誰もが聞き流して真に受けますまい! 私の指示に従うのは、私の部下ぐらいなものですので……」
「わかっているのなら、何よりです。ですが現場では思わぬ衝突もあり得るもの、オリオン卿はいざという時に判断を誤らぬように」
「承知いたしました……」
ティストリアも言っていたが、言うまでもないことではある。
だが言っておいてもらうと、心理的に楽になるのも事実だった。
オリオンは承知しました、という一方で『ありがたいです』と言いたくなっていた。
※
さて、大規模な軍事作戦への参加である。
奇術騎士団待望の、武勲がありえる作戦である。
それを聞いて、奇術騎士団の面々の反応は種族それぞれであった。
「つうことで、今回はゴブリン以外の全員を連れていく。ダークエルフは必要性が薄いが、手は多いほうがいいからな」
「前回と同じように、私たちが活躍する戦場……」
「その分狙われるけど、勝てば凄い武名が……!」
オーガたちは、リスクを理解したうえで高ぶっていた。
まさに先日最悪の可能性を引き当てて、たまたま生き残った彼女たちだが……。
それでも、彼女らは『普通のオーガ』であった。
暴れたい、勝ちたい、称賛されたい。そんな本能を持ち、それを良しとしていた。
「奇術騎士団の名が上がれば、我ら擲弾兵部隊の名もいずれ前に出る……」
「そうなれば、滅びた一族の名もまた、世にとどろくかも……」
獣人たちも、おおむね同じようなものだった。
オーガたちと違って『らしからぬ』戦法をとる彼女らだが、それはそれとして戦闘要員である。
活躍して賞賛されることを想像すると、恐怖など吹き飛んでいた。
「……いいなあ、アタシらも前線で戦いてえ」
「ほぼ全員で出るってなると、アタシらは整備兵だもんな……」
前者二種と近い気質を持つドワーフたちは、戦場に立てないことに不満を持っているようだった。
とはいえ本当に我慢できなければ暴れだす彼女らである、そこまで大きい不満でもない模様。
「弾か……」
なお、あんまり好戦的ではないエルフたち。
彼女らは砲兵として活躍することがイヤなので、それはもう不本意そうな顔をしている。
(私達って、基本何でも屋なんだよね……)
(人間ほどじゃないけど、小器用だもんねえ……)
ダークエルフたちは不満というよりも、少し不安そうであった。
他の面々と違って何をさせられるのかわからない分、どう思っていいのかわからないのだろう。
実際、『手』というのはそういう意味なので、間違った認識ではない。
「おおぅ……いよいよ本格的に騎士団として……!」
「ぐ、ぐぐぐ! いざとなると……!」
「……遺書とか書いたほうがいいかな?」
一方で人間たちは、百人もいることも含めて、意見がバラバラであった。
だがそれは表に出ている感情が違うだけで、内面にさほどの差はないと思われる。
「……お前たちの気持ちは、それぞれだろう。だがそんなものは、大して気にすることじゃない。楽観しても戦況は良くならないし、悲観しても悪化しない。大事なのは今この瞬間の気持ちじゃない、今この瞬間までに何をしてきたかだ」
ガイカクの表情には、自信が溢れていた。
その根拠は、部下たちにもわかりやすく伝わっている。いや、伝わっていたというよりも、彼女らこそが『根拠』だ。
なぜならセフェウの娘を治療している間、ガイカクの部下たちは戦力増強、魔導兵器の製造にあたっていたのだ。
「今日まで俺たちは積み上げ、積み重ね、組み立ててきた。敵だって味方だって、訓練やら経験やらで準備をしてきたが、俺達だって劣るわけじゃない……!」
その最たるものこそ、新型ライヴスであろう。
小型化し、装甲を薄くし、製造コストを抑え、整備性を上げ、操縦を簡単にし、量産できるようにした廉価版。
物資と人員を運搬するためのトラックであり、それが何十台も並んでいる。
奇術騎士団の全備蓄と人員を乗せられるだけの車両が、既に準備できていた。
そしてそれとは別に、戦闘目的で強化されているライヴスも二台用意している。
「さあて……テクノロジー格差の暴力を見せてやるぜ!」
ガイカクはまだ知らなかった。
これから向かう戦場に……自分の天敵ともいえる種の猛将がいることを。
そしてこの一戦が、彼の戦歴にどれだけの意味をもたらすのかを。