『試行錯誤』
さて……奇術騎士団は特例であるため除外するが……。
他の騎士団の構成について語ろう。
以前も語ったが、三ツ星騎士団こそが『最初』の騎士団であり、正統なる騎士団。
そこの正騎士および騎士団長は、騎士養成校で教育を受けたエリートだけで構成されている。
とはいえ、騎士養成校を卒業したエリート全員が、三ツ星騎士団に所属するわけでもない。何割かは他の騎士団で騎士となる。
ちなみに話は逸れるが、総騎士団長であるティストリアは、騎士養成校の卒業生である。卒業後そのまま先代総騎士団長専属の正騎士となり、そこから総騎士団長になっている。
話を戻すが……三ツ星騎士団団長であるオリオンは、当然騎士養成校の卒業生。
そして他の騎士団に入った騎士とも、先輩後輩の関係になっているのだ。
そのうちの一人が……
※
貝紫騎士団の本部に、オリオンは訪れていた。もちろん、貝紫騎士団の団長に会うためである。
お互いに忙しい身なのでそうそう会うことはできないが、この度は本部に戻っている時期が重なっていたため、なんとか面会が叶っていた。
強壮なるエリート獣人オリオンは、しかし背を丸めて、耳をしぼませて、縮こまりながら面会室の椅子に座っている。
その正面にいるのは、中年のエリートエルフ、セフェウ。
典型的なエルフである彼は、やはり手足が細く、オリオンと比べるとあまりにも貧弱だ。
その一方でエリートエルフであるが故の膨大な魔力を持っており、戦闘ともなればオリオンに負けぬ実力を発揮できる。
彼の顔は、ある種の高慢さが滲んでいた。
「セフェウ先輩……この度はなんとお詫びをしていいのか……」
「何についてだ? まあどれであっても、頭を下げたくなるだろうがな」
突き放すようなセフェウに対して、オリオンは言葉を続けられない。
それこそ、謝ることが多すぎるのだ。
「……先に、騎士団の長として言っておく。今回の事件は残念だが、その解決のために騎士団長同士が連携し、さらに総騎士団長が許したことだ。口を挟むことはできないし、謝られても困る」
それを察して、騎士養成校の先輩であるセフェウは、高慢ながらも気を利かせた。
騎士団はある程度の裁量を与えられており、騎士団長の決定に文句を付けられるのは総騎士団長だけ。他の騎士団長であっても、異論は言えない。
法律上は、そうなっている。
歴史ある三ツ星騎士団が、黒い噂の絶えない奇術騎士団の軍門に降るような真似をしたとしても、文句を言えないのだ。
文句がないわけではないが、言えないのである。
「私個人としては、ふざけるな、と言いたいがな」
「もうしわけない……」
一拍置いて、彼はもう一つの立場から語る。
「親としては……まあ文句も言いたいが、それは危険にさらしたことについてだ。その後に怪しい男を頼ったことについては……最善を尽くしてくれてありがたく思っている。むしろ体裁を重んじて助けなかった方が、親としては許しがたかった」
そう……今回の事件で被害を受けたエリートエルフの娘は、彼の子供である。
エリートの子供が必ずしもエリートになるわけではないが、少なくともこの親子はそうであった。
親が騎士団長ということで、彼女もまた騎士を志し、この事件の被害を受けたのである。
「判断に迷って、子供が死んでいれば、それこそお前を殺しに行っていた」
「はい……」
「他の親御も、同じ考えだろう。法的、体面的にはともかく……そこまで強くは不満を言うまいさ」
セフェウは、とりあえず許していた。
務めて冷静であろうとしている彼に、オリオンはより一層頭を下げている。
「……それでだ。ここで謝罪を終えた後、例の騎士団がどんなものか聞くところなのだが」
(騎士団の敷地で、堂々と違法な栽培をしていると、言っていいのだろうか……)
「それは、少し後にしてもらう」
セフェウはなぜかここで、少し恥じた顔をした。
そして応接室の外へ、入ってきていいと話かける。すると何故か、「エルフ」の青年が一人入ってきた。
その姿を見て、オリオンは首を傾げた。
(今の騎士団に在籍しているエルフは、奇術騎士団以外だと、セフェウ先輩だけのはずだが……?)
エルフの高貴な服を着ている彼が、一体何者なのか。
オリオンには、まるでわからなかった。
「紹介しよう、オリオン卿。こちらはエルフ評議会の議員、レウス閣下だ」
「評議会! こ、これは失礼を……」
「公式の仕事で来ているわけではないので、お気になさらないでください」
エルフ評議会。
これはざっくりいうと、エルフの国際連合である。
エルフは各地の広大な森に棲んでおり、その森ごとに都市国家のようなものを形成している。
その都市国家の代表が集まる場こそが評議会であり、他種族では見ることがない国家の枠組みを超えた大連合となっている。
凄い! 知的! 文化的! 先進的! こんなのは人間にも無理!
とまあ、その存在自体がエルフの誇りであり、それゆえに強い権威を持っている。その議員となれば、相当な名士だ。騎士団長とはいえ、軽く扱うことはできない。
まあ実際人間の国家全部がそろって会議、なんてありえないので、相当凄いことだと誰もが認めている。
(なぜ議員が……いや、考えるまでもないな)
ここでオリオンは、想定外の事態に冷や汗をかいていた。
毛深い獣人は、汗腺が体に少ないのだが、それでも汗をかいている気がした。
「や、やはりガイカク卿についてでしょうか……」
「ええ、その通りです。貴方がこちらへいらっしゃると聞きましたので、セフェウ卿に無理を言って同席させていただきました」
奇術騎士団にエルフの評議会が接近したがっていることは、割と有名である。
そしてそれを、ティストリアが拒否していることも有名だった。
従属に近いとはいえ、三ツ星騎士団が奇術騎士団と正式に連携をとることが決まったので、間接的にでも接触しようと、このレウスが送り込まれてきたのだろう。
(エルフの評議会は彼に接触さえできないのに、私は立場を利用して協力を要請してしまった……恥ずかしい……)
手のひらを返したことも含めて、自分の卑しさを恥じるオリオン。
しかしながら、彼よりも恥じているのは、他でもないセフェウだった。
「閣下。話を進める前に、確認をしたいのだがよろしいか」
「なんでしょうか、セフェウ卿」
「我ら、エルフの! 総意であるはずの評議会が!」
自種族の議員に対して、彼は露骨に嫌悪感を隠さない。
本来誇りであるはずの彼を、あるいは彼を送り込んできた評議会を、それこそ恥のように感じていたのだった。
身内の恥である、とても恥ずかしい、と強調しながら、セフェウは話始めた。
「かの奇術騎士団に接触を試みている、というのなら、騎士団長であるガイカク卿の医療の腕についてのことなのでしょう」
「……おっしゃる通りです」
「正気とは思えない、どう考えても時間の無駄だ」
オリオン卿では言えないことなので、セフェウはそれこそ全力でぶちまけていた。
「彼の配下にはエルフがおり……全員が家族に売られた奴隷だという。恵まれた生まれである私が奴隷売買の是非について語るつもりはないが……これは、それ以前の問題だろう」
本音を言えば、資質が劣るとはいえ、家族を売るなどなにごとだ、とぶちまけたい。
しかし貧困層の経済状況を思えば、なかなか言えない。仮に売らなかったとしても、捨てるだけのことだろう。
よって……知性溢れるエルフの社会に、奴隷制が合法で存在していることには、言及を避けた。
「彼女たちは、家族や故郷で冷遇……迫害されていたのだろう」
沈痛な、面持ちであった。
それこそこの場にいる、騎士団長だとか、評議員だとかが、想像してはいけない境遇であった。
「単に売られたというだけではない。その前段階で、元々家族や故郷にいい思い出がなかった。その彼女たちの心中は、察するに余りある。もしも私が同じ立場なら、それこそ焼き討ちにしていただろう」
魔力に乏しく、奴隷として売られていた彼女らにそれができるかはともかく……。
セフェウと同じだけの力があれば、森ごと焼き討ちにしたくもなるだろう。
それについては、想像に難くない。
「そんな彼女らを部下にしているガイカク卿が、エルフという『社会』に拒否感を示すのは当たり前だ」
ある意味、エルフの社会から切り離されている彼だからこその発言だろう。
それは的を射ており、オリオンも無言で同調していた。
だがそこから先のことには、さすがにオリオンも驚く。
「もちろんエルフの社会が積極的に接触を持とうとしても、ガイカク卿は拒絶するだろう。私がガイカク卿と同じ立場でも、同じように対応をする。
過激で高慢な言いぶりに、オリオンは思わず確認をした。
「そ、そこまでですか?」
「同じだと思われては困るので……!」
悲しいことだが、差別があったことは否定できない。
嫌なことだが、奴隷制が合法であることも否定できない。
だがしかし、その売った娘を保護している者へ、協力を要請するなど許されない。
恥の上塗りである。
「とはいえ、そんなことは、そちらもわかっているでしょう」
ここで、セフェウ卿は語気を緩めた。
「もちろんです……」
「……ではなぜ、ガイカク卿にこだわるのですか」
オリオン卿の前で行われる、エルフ同士の話し合い。
謝罪に来ただけなのに、巻き込まれたことに困惑するが……。
オリオンの前で問いただすことに、いろいろと意味があるのだろう。
それを察した彼は、黙って聞いていた。
「臓器移植も臓器培養も、生体魔法陣も……違法として封印された技術でしょう。それこそ政治的に、開放可能ではありませんか」
(その通りだな……それについては、我らにはできないことだ)
セフェウの指摘に、オリオンも内心で頷く。
オリオンは生徒が刻印を受けた時、技術の解放を求めた。
しかしそれは騎士団の権限を越えていたため、ガイカク卿を頼ったのである。
エルフの評議会は、ガイカク卿を頼れない。
しかしエルフの評議会だからこそ、エルフの法律を好きなように変えられるはずだった。
「正式な手順を踏んで封印されていた魔導技術を開放し、禁止している法律を廃止し、研究開発を再開すればいいのではありませんか」
ガイカクの持つ医療技術は、違法である。
だからこそ逆に『未知』ではない。
政治家たちがその気になれば、なんとでもなるはずだった。
「なぜそうしないのですか?」
セフェウは、あくまでも理由を聞いていた。
目の前の議員が『その発想はなかった! そうしよう!』なんて言うとは思わなかった。
言い出したら、殺している。
何か理由があるはずなのだ、評議会が恥知らずな申し出をする理由が。
「……法律的には可能でも、政治的には不可能だからです」
レウス議員は、まさに沈痛な顔をしていた。
「我らエルフでは、魔導技術を開放しても研究や開発ができないのです」
「な、なぜでしょうか」
ここで、オリオンはたまらず口を挟んだ。
「魔導技術とは、誰でも使えるものなのでしょう? だからこそ厳重に封印されているし、稀に漏洩していれば事件につながっている。我ら騎士団も魔導については専門外ですが、それを解決することがあるので知ってはいます」
「オリオン卿のおっしゃる通りです。魔導とは、その……料理のようなもので、レシピさえ守れば誰でも同じ結果になると聞いています」
もちろん、セフェウも同調していた。
騎士団長の立場だからこそ、そのように感じていたのだ。
「料理、レシピ、ですか……」
レウスは、その言葉を反芻していた。
「私ども、評議員も、最初はそう考えていました。ですが、その、専門家の意見を聞いたところ、即座に否定されたのです」
なぜならそれは、彼らこそが専門家に言ったことだったからだ。
「まず、エルフへの外科手術が神業なのです。これは料理で例えるとその……飴細工のような物らしく、レシピ云々ではないそうです」
「飴細工……なるほど、言い得て妙ですな」
「そうでしたね、まずそれが難しいのでした……」
飴細工。
飴は熱すると柔らかくなり、冷えると固まる。
その性質を利用して、繊細な造形を作り上げる技術。
それこそ名人芸であり、本を読んだところで真似できるものではない。
あるいは、大根の桂むきを知っていれば、それを例に挙げただろう。
一定の厚さで途切れることなく、芯になるまで大根を桂むきする。
基本と言えば基本だが、素人と玄人では精度が異次元となる。
これらは、レシピ云々ではないのだ。
「また、臓器培養も生体魔法陣も、研究途中で封印されていたため、まず『正解のレシピ』が完成していないのです。その上、トラブルが起きた場合の対処法もなく、それを見分ける術もありません」
「それについては、研究しなければならないのでは?」
「そうですね……それを調べる、見つけるのが研究では?」
やはり専門外である二人の騎士団長は、『研究しない理由』が分からなかった。
しかし、次の言葉で納得する。
「専門家がおっしゃるには……完成するまでに膨大な人体実験を必要とするそうです。その、
多くの修羅場を乗り越えた二人の騎士団長は、黙っていた。
そしてそれは、海千山千の政治を潜り抜けた評議員たちが知った時と、同じ表情である。
「研究が断念された元々の原因が、それなのです。基本的にはどの医療技術もそうですが……この外科手術に関しては犠牲が多すぎると判断され……半端なまま封印されたのです」
法律的には可能でも、政治的には無理。
なるほど、二人でも理解できた。
この研究開発を容認するなど、それこそエルフたち自身が納得しない。
「完成するまで、何十年かかるのか、何百人死ぬのかわからない。しかもすでに完成形があると知ったうえで、独自に研究、実験をするなど……
「……なるほど、納得いたしました。浅慮をお許しください」
「恥を忍ぶだけの理由があったのですな……ん?」
ここで、オリオン卿は、更にぞっとする『事実』に気付いた。
「で、ではその……」
彼はそれを、口にすることにも躊躇していた。
オリオン卿の脳内には、知り合ったばかりのガイカク卿の顔が浮かんでいる。
「ガイカク卿が習得している医術は、何十年もかけて、何百人ものエルフを犠牲にしたものだと?」
「!!」
それには、セフェウも血相を変えていた。
つまり話に聞くだけで嫌になる、考えたくもなくなることが、既に実行されていたということだ。
これはもはや、善悪だとかそういう問題ではない。
「……専門家も、そういっています。彼個人ではなく、先人から受け継いだものでしょうが……技術の完成には、それだけの
もちろん、いきなり難易度の高いエルフに挑んだわけではあるまい。
他の種族、人間やゴブリンから初めて、ある程度習熟した後でエルフに進んだのだろう。
だとしても、いやだからこそ、その『必要な犠牲』は膨大であろう。
「国家でさえ忌避した、諦めたものを……ごく少数の魔導士が、違法と知って、人知れずに研究し続けてきた。もう、尊敬するしかない……狂気の沙汰です」
自力で研究すればいい、と言ったことを、この場の三人は改めて恥じていた。
尊敬に値する狂気があるのだと、社会地位を持つ者たちは痛感していた。
それはまさに、医師たちが至った傷みであった。
「……なるほど、状況は理解しました。ですが」
セフェウは、改めて『自分が言ったこと』をもう一度言う。
エルフ社会側の事情はわかったが、それでも拒否している理由に一切の変化がないのだから、意見を翻すことはない。
なんであれば、ガイカクが拒否していることへ、納得が増えたぐらいだ。
「やはり私は、協力いたしかねる。それほどの『秘伝』を開示してほしいなど軽々には言えぬし、やはり彼の部下には何の関係もない。彼自身が協力を申し出ない限り、貝紫騎士団は反対の立場を貫かせていただく」
「……我ら三ツ星騎士団は、元よりこれ以上何かを言える立場ではない。私にできることがあるとすれば、奇術騎士団へ全力で協力することぐらいでしょう」
そしてオリオンは、レウスが望めた、唯一の希望をみずから口にする。
「……彼をいたずらに、無防備にはしませぬ」
「ええ、お願いいたします。彼の叡智が失われるなど、あってはならないことですから……」
もとよりレウスは、ガイカクを死なせないでくれと、言いに来ていた。
戦場にあって難しいことだが、それしか頼めないのであった。
「ところで……この場であえて聞くのだが、オリオン卿の目から見て、ガイカク卿はどんな人物だ? 色々と黒い噂が絶えないのだが……」
「そうですね、私もお伺いしたい」
「私も彼との付き合いは長くないので、どちらかと言えばウェズン卿の方が詳しいでしょうが……」
ここにきて、オリオン卿が語る側になった。
二人のエルフに聞かれた彼は、なんとか慎重に話題を選ぼうとして、しかし言えることが一つしかなかった。
「とりあえず、奇術騎士団の敷地では、違法な薬物の材料となる植物の栽培が大っぴらに行われています。また本人も、その手の薬についてとても詳しい様子です」
「……そうか、そうかぁ」
「やはり、恐るべき人物のようですね……」
議員も騎士団長も、
ガイカクと違って具体的な成分や製造法、体内でどんな作用をもたらしているのかは知らないが、その『果て』はうんざりするほど見てきた。
そのため、『それぐらいいいじゃん』なんて言えるわけもなく……。
(しかし、その薬が治療に使われている可能性も……そもそも大抵の違法薬は、元々医療目的だったというし……しかしそれをやっている輩を騎士団として認めるのは……だが我らも頼る日が来るかもしれないし……いやいや……ううむ。とにかく、他の騎士には伝えないほうがいいな……刺激が強い)
セフェウ卿は苦悶の表情を浮かべつつ、なんとか自分を納得させようとしていた。
(我らエルフが彼から薫陶を受ける好機に恵まれた場合、その手の違法薬物の栽培も制限付きであれ合法化しなければならないのか。これはますます、普及の道が遠ざかる……いっそガイカク卿にならって、暗黙の了解とするべきか……専門家にも意見を求めたい。これを聞けただけでも、ここに来た価値があったな)
一方でレウス議員は、この情報を有益だと判断していた。自分だけではなく、評議会に持ち帰り共有するべきとまで考えている。
この辺りは『法律を執行する側』と『法律を制定する側』の違いであろう。
「幸いと言うべきでしょうか。さすがの彼もティストリア様のことは『脅威』だと認識しているようでして、あの方の指示には忠実です」
騎士団長が総騎士団長の命令には忠実。
当たり前すぎることだが、ガイカクのバックボーンを想像した後だと、よく制御できているなと感心してしまう。
なんなら、まず見つけたことが凄い。とはいえ、総騎士団長が凄いなんて、当たり前のことではあった。
「獣人のトップエリートである貴殿が『脅威』という言葉を使うとはな……まあティストリア様なら、当然だが……」
「ええ、恐ろしい方です」
騎士団長であるセフェウもオリオンも、ガイカクと同じ立場である。
ティストリアとよく会う身分であり、彼女の指示に従って仕事をしているのである。
だからこそ、『ガイカクはティストリアを恐れている』という言葉には納得しかない。
(……どんな人なんだろう)
なお、レウス議員は良く知らない。
ガイカクの底知れなさを知ったうえで、それを御して当然と思われているティストリア。
あらためて、騎士団の恐ろしさを痛感するのだった。
※
さて、オリオン卿である。
セフェウやレウスとの会談を終えた後の彼は、その足で奇術騎士団の元へ向かっていた。
彼の生徒たちはほとんどが退院しており、残っているのはセフェウの娘であるエルフの少女一人だけだが……その看病のために行こうとしているわけではない。
ガイカクに対して、今回の会談について話すためである。
(ガイカク卿曰く、『彼女の皮膚を広範囲にわたって取り換える必要がある。万能細胞を使ったエルフの皮膚の備蓄はあるが、彼女自身の細胞を培養した皮膚の方が結果としては完治が早い』とおっしゃっていたが……アレも『試行錯誤』で得られた統計によるものか……)
彼の脳内では、ガイカクから言われた多くのことが、意味深となって反響していた。
ガイカクの説明している、魔導医療における専門用語など、オリオンにはさっぱりわからない。
だが『Aのやり方よりBのほうがいい』という言葉だけでも、両方を膨大に重ねた結果だとわかってしまう。
そういう想像ができるようになっただけでも、オリオン卿にとって先ほどの会談は意味があったのだろう。
「さて、ガイカク卿はどこに……!?」
奇術騎士団の敷地に入ったところで、オリオン卿の耳に破裂音が入ってきた。
それこそかなり大きな音であり、ここが奇術騎士団の敷地内でなければ、敵襲を疑うところである。
「お前ら~~、もう耳栓外していいぞ~~」
案の定、ガイカクが屋外で実験を行っているようだった。
彼の周囲にはエルフやオーガ、ドワーフが集まっており、全員が耳栓を外しているところである。
なにやら大きな音が出る作業をしていたようだった。
「はあ~~……疲れた~~」
「苦労して作った手動ポンプが、ほとんどぶっ壊れちまった……これ新しく作るの、アタシらなんだよなあ……」
「貴方達ドワーフはまだいいでしょ、私達なんて最初から全部破裂させる前提で作らされてたのよ?」
「文句の多い奴らだな……今回の実験が最終的にどれだけ画期的な兵器に至るのか、お前たちはわかってない! この実験は、大いなる一歩と言っていいんだぞ! って、おや……」
不満たらたらの部下たちに怒るガイカクだが、オリオンが現れたことに気付くと態度を一変させる。
「げひひひひひ! これはこれは、オリオン卿! よくぞいらしてくださいました! このガイカク・ヒクメ……気付くのが遅れて申し訳ありませぬ!」
「いや……予告なく来た私が無礼なのだ。どうか、お気遣いなく」
相手によって態度を変えるのは、あまりいいことではないとされている。
ガイカクの場合はそれが特に露骨であり、部下からは特に不満を持たれやすいが……。
(お、オリオン卿……三ツ星騎士団団長、獣人のオリオン!)
(あのアルテルフに勝るとも劣らぬ、獣人のトップエリート!)
(ティストリア様と同じ、正統派の騎士……改めてみると、凄い迫力だ……!)
その部下たちも、オリオンの姿の方に畏怖を覚えていたのでそれどころではない。
今のオリオンは周囲を威圧しているわけではないが、絶対的な強者はそこにいるだけで周囲の空気を変える。
まして先日アルテルフに殲滅させられかけたオーガ達からすれば、逃げ出したくなるほどの『脅威』であった。
「この度はガイカク卿に話があってな……ああ、部下を下がらせる必要はない。むしろ聞いてほしくもある。特にエルフたちにはな」
「エルフたちには? ああ、そういう……」
オリオン卿は、ガイカクの振る舞いを全肯定しているわけではない。
だがそれはそれとして、同盟関係にあるガイカクに一方的な不義理はできなかった。
「実は先ほど、貝紫騎士団の団長、セフェウ卿と……」
セフェウやレウスに情報開示を行ったこと、それ自体をガイカクに話に来たのである。
オリオンは一切包み隠さず、何を話したのか、何を言われたのかを語った。
それを聞いた一同は……。
「ひゃあははははは! はははは!」
「ああああははははははは!」
「いひひひひいいいいいひひひひ!」
否、エルフたちは腹を抱えて笑い出した。
それはもう、エルフらしからぬ醜態である。
他人の不幸を喜ぶ、もっとも卑しい振る舞いである。
「いやあ、セフェウ卿っていう団長、いいエルフですね! まだあってませんけど、今度お会いしたらお礼を言いたいです!」
「もう議員をぶっ殺してくれてもよかったよね! ねえええええ!」
「マジで悔い続けろぉおおおおお!」
「あの、すみません……見ないでください……」
「身内だけならまだしもなあ……はあ」
エルフの乙女たちは大笑いしているが、それに対してオーガもドワーフもドン引きしている。
というか、恥ずかしがっている。
彼女らの事情は分かっているので咎められないが、他所の騎士団の前でやられると恥ずかしかった。
「オリオン卿。私としては、今入院しているエルフの騎士候補生が、セフェウ卿のご息女であることを教えて欲しかったのですが」
「そ、そうでしたな! 申し訳ない! あの時は火急でしたし、彼女を特別扱いしていたわけでもないので……」
「まあ、他の生徒も同じような素性かもしれませんし、治療に必要ないのでわからなくもありませんが、落ち着いた後で言っていただきたかったですな」
一方でガイカクは、そのことでエルフを咎めなかった。
オリオンが彼女らを軽蔑することはないと思っていたし、自分がセフェウの娘を治療していたことの方が重要だったからだ。
「事後報告になってしまい、申し訳ない」
「ひひひひ、何をおっしゃる! オリオン卿のお気持ち、しかと受け止めておりますぞぉ~~! まあそれに……貴方にばらされて問題になるようなことは、何もありませんので」
(そうか?)
ふとオリオンが視線を動かせば、そこには相変わらず薬物が栽培されている。
ことが公になれば、騎士の身分をはく奪されるだけではなく、最悪死罪になることもある。
まあもっとも、騎士団へ捜査権をもつのはティストリアだけなのだが……。
「ところでガイカク卿、この度はどのような実験を?」
「ああ、これですか。今回はこのとおり、樹脂製の袋の耐圧試験です」
ガイカクたちが屋外で行っていた実験は、ゴムで作った風船へ手動ポンプで空気を突っ込みまくって破裂させる実験である。
ゴム風船といっても、実際にはゴム製の水枕のような分厚い物であり、普通に空気を入れるだけなら破裂しそうにない頑丈な代物である。
それをオーガたちが手動ポンプを使い、数人がかりで圧力を加えて、破裂させていたのだ。
つまり、無理やり破裂させること自体が目的の実験である。
「どの程度の圧力まで耐えられるのか、またどこから破裂するのかを調べる実験です」
「……一応お聞きしますが、どのような目的で?」
「ヒヒヒヒ! 内緒、です!」
オリオンの質問に対して、ガイカクはそれこそ素の笑いを見せた。
へりくだる笑いではなく、楽しそうな笑いであった。
「まあ実際のところ、モノとしてはそこまで画期的でもないので、今明かすと面白くありません。それにまだまだ実験段階なので、お披露目をお待ちください」
「そうか……まあ貴殿がそうおっしゃるのなら」
天才魔導士を自称するだけであって、ガイカクは医療とは全く関係のないことにも精通している。
少なくとも今の実験は、医療分野と全く関係ないように思えた。
しかし……。
「さあて、持ち帰るとするか」
「は? ヒクメ卿、その……この破裂したものを、すべて持ち帰るのですか?」
破裂したゴム風船は、およそ十個ほどである。
ガイカクはそれを一つずつ丁寧に袋詰めにして、それを持ち帰ろうとしていた。
それを見て、オリオンは驚く。素人の彼からすれば、持ち帰る理由が分からなかったのだ。
「その、どの圧力で壊れたのか、どこが割れたのかはわかっているのでしょう?」
「ええ、もちろんです。しかし、外から見ただけではわからないこともあるでしょう」
ガイカクは、まったく表情を変えなかった。
彼の言葉は、まったく普通のものであった。
「どうやって壊れるかを精査しなければ、改善案が出せない。だからこそ徹底的に解体して、破裂の原因を調べつつ統計を取るのですよ」
彼の言葉を聞いて、オーガたちはそんなものかなあ、と首をかしげている。
エルフやドワーフは、なるほど、と頷いており……。
「失敗すれば、解体する……統計を取る、ですか」
「何かを完成させるということは、成功以外を埋め尽くす、失敗を知り尽くすということなのですから当然でしょう」
オリオンだけは、背筋が震えるような顔をしていた。
ガイカクはそれを見て、おおむねを察し、恐ろしく笑う。
「こうしないと、試行回数が無駄に増えてしまいます」
しばらく時間をいただきますが、次回をお待ちください。